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◇恋心④
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「夏野さん、そのお店ってここから近い?」
和久井さんは思いのほか、どら焼きの話に食いついてきた。
「はい。すぐそこです。歩いて五分くらいのところにあります。……ちょっと待ってください」
私はポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンでお店の名前と簡単な地図を書いて見せる。
「ありがとう! 今から買ってくるよ。えっと……どら焼きのなんだっけ?」
「うぐいす餡です。それがそこの名物みたいで」
「わかった」
テーブルの上の書類をひとまとめに鞄に詰めて、和久井さんは私が渡したメモを持って駆け出していった。
そして十五分ほどして、息を切らしながら戻ってきた。
「あったあった! うぐいす餡!」
うれしそうに紙袋を私に見せる和久井さんを目にし、私も自然と満面の笑みになった。
「専務に最高の手土産ができたよ。前からいろいろ持ってきてはいたんだけど、どれも専務の好みから外れてたみたいで。ずっと考えあぐねてたんだ。本当にありがとう」
和久井さんは元気を取り戻し、先ほど座っていたついたてのスペースへと戻って行った。少しは和久井さんの役に立てたのだろうか。
そのあとしばらくして、和久井さんは無事に専務と会うことができた。
「今日はいつもより専務の表情もやわらかかったし、話も長めに聞いてもらえたよ。どら焼きを差し入れできたからだよね」
専務との話が終わってエレベーターを降りてくると、和久井さんは真っ先に私たちのいる受付にやってきてうれしそうに報告してくれた。
「全部夏野さんのおかげだよ。ありがとう」
「いえ、そんな……」
和久井さんは何度もお礼を言ってくれるけれど、私はなにもしていない。ただ社内で小耳に挟んだことを伝えただけだ。
好きな人が困っていたら、どうにかして助けたいと思ってしまう。なにか突破口でも見つかれば、と。
キラキラと輝く和久井さんの綺麗な笑顔を見たいから。
「あとは、専務は少し前から趣味で釣りを始めたそうです。海釣りらしいですよ。……こんな情報、いらないかもしれませんけど」
これも秘書課の人が話していた情報だ。専務が仕事中に高級釣竿を買いに行ったままなかなか戻ってこなくて困ったと嘆いていた。
「そっか、海釣りかぁ。今度話をしてみるよ」
どうやらその情報も、話のネタくらいにはなるみたい。
「夏野さん、なにかお礼させてね」
「いえいえ、それは大げさです」
こんなことくらいでお礼をされたら逆に申し訳ない。私は和久井さんがよろこんでくれれば、それでいいのだから。
「じゃあ和久井さん、今度私たちと飲み会をしません?」
美里がニコニコと笑いながら私と和久井さんを交互に見て言った。
私はその発言に驚きすぎて、目を見開いたまましばし固まってしまう。
「こちらもあと二、三人誘うので、和久井さんも同僚の男性何人かに声をかけてもらうと助かるんですけど……どうですか?」
「いいね。うちの同僚、受付嬢と飲み会なんて聞いたら話に飛びつくはず」
和久井さんは同僚の誰かを思い出して笑っていたが、逃がさないとばかりに美里はどんどん話を詰めて、ついに具体的な日程までこの場で決めてしまった。
「美里、なんで飲み会なんて言いだしたの」
「ん? 舞花の援護射撃に決まってるじゃない」
和久井さんが帰ったあとに、隣にいる美里に口を尖らせて訴えてみたが、彼女は全部私のためだとあきれ顔になった。
「だってさ、もっと和久井さんと接点作らなきゃ。今のままだとこの先なんにも進展しないよ?」
たしかにそのとおりだ。和久井さんが来社してくれているあいだはいいけれど、担当替えなどで急に来なくなる可能性も否めない。
そうなれば、もう二度と会えなくなってしまう。
和久井さんと個人的に連絡先の交換をしていない今、私たちには本当に小さな接点しかないのだ。
「それに、今のでわかったでしょ? 和久井さんは彼女いないよ」
「え?!」
「ちゃんとした恋人がいるなら、私たちが誘う飲み会にオッケーしないはず」
一理ある。彼女がいても遊びまくる人はいるかもしれないが、和久井さんはそういうタイプではないと思う。
私の勝手な希望的観測だと言われればそれまでだけれど、美里の言うとおり、もしも恋人がいるなら飲み会の話は上手に断りそうだ。
そんな想像を膨らませていると、私の顔は緩みっぱなしになってしまった。
きっと今日は、もうなにがあっても上機嫌で過ごせる自信がある。
そして飲み会の日が楽しみで仕方ない。
美里からも、その日は気合いを入れようね!と心強い言葉をもらった。
彼女が作ってくれたチャンスを無駄にしたくないな。当日はがんばって和久井さんとたくさん話したい。
彼の心に、少しでも私の存在を刻めますように。
和久井さんは思いのほか、どら焼きの話に食いついてきた。
「はい。すぐそこです。歩いて五分くらいのところにあります。……ちょっと待ってください」
私はポケットからメモ帳を取り出し、ボールペンでお店の名前と簡単な地図を書いて見せる。
「ありがとう! 今から買ってくるよ。えっと……どら焼きのなんだっけ?」
「うぐいす餡です。それがそこの名物みたいで」
「わかった」
テーブルの上の書類をひとまとめに鞄に詰めて、和久井さんは私が渡したメモを持って駆け出していった。
そして十五分ほどして、息を切らしながら戻ってきた。
「あったあった! うぐいす餡!」
うれしそうに紙袋を私に見せる和久井さんを目にし、私も自然と満面の笑みになった。
「専務に最高の手土産ができたよ。前からいろいろ持ってきてはいたんだけど、どれも専務の好みから外れてたみたいで。ずっと考えあぐねてたんだ。本当にありがとう」
和久井さんは元気を取り戻し、先ほど座っていたついたてのスペースへと戻って行った。少しは和久井さんの役に立てたのだろうか。
そのあとしばらくして、和久井さんは無事に専務と会うことができた。
「今日はいつもより専務の表情もやわらかかったし、話も長めに聞いてもらえたよ。どら焼きを差し入れできたからだよね」
専務との話が終わってエレベーターを降りてくると、和久井さんは真っ先に私たちのいる受付にやってきてうれしそうに報告してくれた。
「全部夏野さんのおかげだよ。ありがとう」
「いえ、そんな……」
和久井さんは何度もお礼を言ってくれるけれど、私はなにもしていない。ただ社内で小耳に挟んだことを伝えただけだ。
好きな人が困っていたら、どうにかして助けたいと思ってしまう。なにか突破口でも見つかれば、と。
キラキラと輝く和久井さんの綺麗な笑顔を見たいから。
「あとは、専務は少し前から趣味で釣りを始めたそうです。海釣りらしいですよ。……こんな情報、いらないかもしれませんけど」
これも秘書課の人が話していた情報だ。専務が仕事中に高級釣竿を買いに行ったままなかなか戻ってこなくて困ったと嘆いていた。
「そっか、海釣りかぁ。今度話をしてみるよ」
どうやらその情報も、話のネタくらいにはなるみたい。
「夏野さん、なにかお礼させてね」
「いえいえ、それは大げさです」
こんなことくらいでお礼をされたら逆に申し訳ない。私は和久井さんがよろこんでくれれば、それでいいのだから。
「じゃあ和久井さん、今度私たちと飲み会をしません?」
美里がニコニコと笑いながら私と和久井さんを交互に見て言った。
私はその発言に驚きすぎて、目を見開いたまましばし固まってしまう。
「こちらもあと二、三人誘うので、和久井さんも同僚の男性何人かに声をかけてもらうと助かるんですけど……どうですか?」
「いいね。うちの同僚、受付嬢と飲み会なんて聞いたら話に飛びつくはず」
和久井さんは同僚の誰かを思い出して笑っていたが、逃がさないとばかりに美里はどんどん話を詰めて、ついに具体的な日程までこの場で決めてしまった。
「美里、なんで飲み会なんて言いだしたの」
「ん? 舞花の援護射撃に決まってるじゃない」
和久井さんが帰ったあとに、隣にいる美里に口を尖らせて訴えてみたが、彼女は全部私のためだとあきれ顔になった。
「だってさ、もっと和久井さんと接点作らなきゃ。今のままだとこの先なんにも進展しないよ?」
たしかにそのとおりだ。和久井さんが来社してくれているあいだはいいけれど、担当替えなどで急に来なくなる可能性も否めない。
そうなれば、もう二度と会えなくなってしまう。
和久井さんと個人的に連絡先の交換をしていない今、私たちには本当に小さな接点しかないのだ。
「それに、今のでわかったでしょ? 和久井さんは彼女いないよ」
「え?!」
「ちゃんとした恋人がいるなら、私たちが誘う飲み会にオッケーしないはず」
一理ある。彼女がいても遊びまくる人はいるかもしれないが、和久井さんはそういうタイプではないと思う。
私の勝手な希望的観測だと言われればそれまでだけれど、美里の言うとおり、もしも恋人がいるなら飲み会の話は上手に断りそうだ。
そんな想像を膨らませていると、私の顔は緩みっぱなしになってしまった。
きっと今日は、もうなにがあっても上機嫌で過ごせる自信がある。
そして飲み会の日が楽しみで仕方ない。
美里からも、その日は気合いを入れようね!と心強い言葉をもらった。
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彼の心に、少しでも私の存在を刻めますように。
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