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◇前進⑤

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「水、もっと飲まないと明日二日酔いになるよ?」
「そうですね」
「横になったほうが楽なら、寝てもいいし」

 お水を飲みながら、そっと部屋の中を見回してみた。
 飾り気のないシンプルなカーテンや家具が並んでいて、とても和久井さんらしい生活空間だ。

「私……お持ち帰りされちゃったんですね」
「そうだね」

 持って帰ってきて、このあとどうするつもりなのだろう。
 このままの流れ次第では……私、食べられちゃうの?
 和久井さんとなら、それでもいいかなと思う自分もいる。
 だけど、彼が軽い気持ちで食べてみた結果、お口に合わない可能性も考えられるし……
 一度食べて終わりとか、そういうことになるくらいなら、食べられないほうが絶対いい。

 いろいろ考えているうちに頭の中が冴えてきた。
 体から始まる関係は、私には無理だと思う。気持ちが通じていなければ虚しいだけだ。

「私……帰ります」
「そう言うと思った」

 こういう展開を最初から見越していたのか、和久井さんは普段どおり落ち着いている。からかわれただけだったのだろうか。

「帰るなら送っていくけど、足元がフラフラしていたし、もうちょっと休んでいったら?」

 和久井さんばかり余裕なのが、なんだか悔しい。
 私なんて、好きな人の部屋に来てしまったんだなとか、このあとの展開はどうなるの? とか、いろいろ考えてキャパオーバーになっていたのに。

「どうして私をお持ち帰りしたんですか?」

 からかうのが面白かった、などと返事をされたらさすがにショックだ。
 一瞬そう思ったけれど、和久井さんの答えは私の想像とはまったく違っていた。

「持って帰られたいって舞花ちゃんが言ったから……っていうのもあったけど、本当は……カラオケに移動してから舞花ちゃんが全然話さなくなったから。俺がなにか気にさわるようなこと言ったんだろうって気になった。もしそうなら謝りたかったんだ」

 私の変化に、和久井さんは気づいてくれていた。
 その原因がなぜなのかは、わかっていないみたいだけれど。
 でもそれは、和久井さんが悪いわけではない。
 私が勝手にあの女性に嫉妬して、モヤモヤしていただけなのだから。

「和久井さんに対して怒ってはいなかったです。……でも今は腹が立っています」
「え?」
「外の空気を吸うとか言っておきながら、お持ち帰りするなんて。ついて来た私がまるで軽い女みたいじゃないですか。普段は絶対、男性の家に上がり込んだりしませんからね!」

 ずいぶんと簡単なんだな、いつも誘われるがままなのか? などと思われたくなかった。
 だけどこの状況では、すべて言い訳に聞こえてしまいそうだ。

「ごめん、わかってる」
「相手が和久井さんだから、ここまでついて来ちゃって……」

 私がそこまで言うと、和久井さんはフフッと余裕たっぷりの笑みをこぼした。
 どうしよう。今、告白めいた言葉を言ったような気がする。

「それは光栄だ」

 どういう意味なのだろう。私の気持ちに気づいた上で、応える気があるってことなのか……
 今の私では、どんなに考えてもわからない。
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