26 / 57
◇前進⑫
しおりを挟む
あの夜は、正直ホッとしたような気もするし、本当になにもなくて残念だった気もする。
だけど、それはどちらも言えるわけがない。
ホッとしたと言えば、和久井さんを拒否する意味あいになるし、残念だったと言えば、期待していた意味に取られる。
「えっと……答えられないです」
「はは。いいよ、答えなくて。困った質問したらどうするだろう? って……俺、意地悪だよな」
要するに、からかわれたのだろうか。彼の意図がわからなくて自然と小首をかしげた。
「私、和久井さんとは……上辺だけの希薄な関係は嫌っていうか……」
私は今、なにを口走っているのだろう。暴走しないかと自分が心配になってくる。
「あ、ほら! 友達でもそう思える子っているじゃないですか! 私の場合、美里がそうなんです」
「うん。言ってることはなんとなくわかる」
わかってもらえたのは奇跡だ。自分でもなにが言いたいのかわからなくなっているのに。
「希薄な関係は、大人だったらいくらでも作れるよな。上手に愛想笑いして、相手に合わせてればいいだけだしね」
「……はい」
「俺なんて営業職だから、それが癖みたいになってきてるけど、そういう関係が上辺だけで中身が無いって、よく知ってる」
私が考えていたことを、和久井さんは自身の経験も踏まえて上手に言葉にしてくれた。
私は、和久井さんとはもっと心と心を交流させたい。
だからあの夜、身体が先ではなくて良かったのかもしれない。
気がつくと、車は郊外のほうまで来ていた。先ほどから上りの坂道が多い気がする。
「どこ行くんですか?」
「今日は天気もいいし、とっておきの見晴らしのいい場所に案内するよ」
和久井さんはしばらく車を走らせた後、展望台のある小高い丘で車を停めた。
「着いたよ」
車を降りてみると、空気が少しひんやりしていた。
展望台というには規模が小さすぎるせいか、辺りに人は誰もいなかった。
ベンチと自動販売機がポツンとあって、眼下には街並みがパノラマに広がっている。
「ここ、いいでしょ? 誰も来ないから貸切り状態なんだよ」
「はい。いい眺めですね」
「夜は夜景も綺麗なんだ」
そうか。夜に来るともっとロマンチックだから、逆にその時間のほうがカップルでいっぱいなのかもしれない。
「こういうところに来るの、すごく久しぶりです」
「ほんとに? 舞花ちゃんはかわいいから、よくデートに誘われるでしょ」
「ないですよ! みんな社交辞令ですもん」
たまにいきなり食事に誘われることもあるけれど、社会人として働くうちに笑顔でかわす技を覚えた。
社交辞令をいちいち真に受けていたら大変だ。お誘いは挨拶代わりだと思うようにしている。
「それ、きっと社交辞令じゃないよ」
「そうなんですか? 全部断ってますけど……」
「じゃあ、俺はラッキーなんだね」
和久井さんも今日はデートという認識だった、そういう意味に取れる発言だ。
ただラーメンを食べただけではなく、デートだと思ってもらえているなら私はうれしい。
「ここ、本当に景色がきれいですね。写真撮ろうかな」
私は手にしていたスマホで、パノラマに広がる景色をパチパチと撮影した。
「ふたりで一緒に撮ろうよ、今日の記念に」
後ろから声がしたと思ったら、和久井さんが私の手からスマホを奪い取る。
だけど、それはどちらも言えるわけがない。
ホッとしたと言えば、和久井さんを拒否する意味あいになるし、残念だったと言えば、期待していた意味に取られる。
「えっと……答えられないです」
「はは。いいよ、答えなくて。困った質問したらどうするだろう? って……俺、意地悪だよな」
要するに、からかわれたのだろうか。彼の意図がわからなくて自然と小首をかしげた。
「私、和久井さんとは……上辺だけの希薄な関係は嫌っていうか……」
私は今、なにを口走っているのだろう。暴走しないかと自分が心配になってくる。
「あ、ほら! 友達でもそう思える子っているじゃないですか! 私の場合、美里がそうなんです」
「うん。言ってることはなんとなくわかる」
わかってもらえたのは奇跡だ。自分でもなにが言いたいのかわからなくなっているのに。
「希薄な関係は、大人だったらいくらでも作れるよな。上手に愛想笑いして、相手に合わせてればいいだけだしね」
「……はい」
「俺なんて営業職だから、それが癖みたいになってきてるけど、そういう関係が上辺だけで中身が無いって、よく知ってる」
私が考えていたことを、和久井さんは自身の経験も踏まえて上手に言葉にしてくれた。
私は、和久井さんとはもっと心と心を交流させたい。
だからあの夜、身体が先ではなくて良かったのかもしれない。
気がつくと、車は郊外のほうまで来ていた。先ほどから上りの坂道が多い気がする。
「どこ行くんですか?」
「今日は天気もいいし、とっておきの見晴らしのいい場所に案内するよ」
和久井さんはしばらく車を走らせた後、展望台のある小高い丘で車を停めた。
「着いたよ」
車を降りてみると、空気が少しひんやりしていた。
展望台というには規模が小さすぎるせいか、辺りに人は誰もいなかった。
ベンチと自動販売機がポツンとあって、眼下には街並みがパノラマに広がっている。
「ここ、いいでしょ? 誰も来ないから貸切り状態なんだよ」
「はい。いい眺めですね」
「夜は夜景も綺麗なんだ」
そうか。夜に来るともっとロマンチックだから、逆にその時間のほうがカップルでいっぱいなのかもしれない。
「こういうところに来るの、すごく久しぶりです」
「ほんとに? 舞花ちゃんはかわいいから、よくデートに誘われるでしょ」
「ないですよ! みんな社交辞令ですもん」
たまにいきなり食事に誘われることもあるけれど、社会人として働くうちに笑顔でかわす技を覚えた。
社交辞令をいちいち真に受けていたら大変だ。お誘いは挨拶代わりだと思うようにしている。
「それ、きっと社交辞令じゃないよ」
「そうなんですか? 全部断ってますけど……」
「じゃあ、俺はラッキーなんだね」
和久井さんも今日はデートという認識だった、そういう意味に取れる発言だ。
ただラーメンを食べただけではなく、デートだと思ってもらえているなら私はうれしい。
「ここ、本当に景色がきれいですね。写真撮ろうかな」
私は手にしていたスマホで、パノラマに広がる景色をパチパチと撮影した。
「ふたりで一緒に撮ろうよ、今日の記念に」
後ろから声がしたと思ったら、和久井さんが私の手からスマホを奪い取る。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
数合わせから始まる俺様の独占欲
日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。
見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。
そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。
正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。
しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。
彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。
仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜
葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー
あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。
見ると幸せになれるという
珍しい月 ブルームーン。
月の光に照らされた、たったひと晩の
それは奇跡みたいな恋だった。
‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆
藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト
来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター
想のファンにケガをさせられた小夜は、
責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。
それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。
ひと晩だけの思い出のはずだったが……
愛想笑いの課長は甘い俺様
吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる
坂井 菜緒
×
愛想笑いが得意の俺様課長
堤 将暉
**********
「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」
「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」
あることがきっかけで社畜と罵られる日々。
私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。
そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる