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番外編④

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「いきなりだな。悪いけど残業中なんだ」
『なら、私がそっちに行く。差し入れでも持って』
「それは困る」
『じゃあ、竣が来てよ。話があるの』

 会社に明音が来たら、それこそ誰なのかと同僚たちに騒がれてしまう。
 恋人なのかと誤解されるだろう。
 目立つ行動をされたくないのもあり、俺はコーヒーショップに向かうと承諾して電話を切った。

 明音と話をするのも、顔を見るのも五年ぶりだ。
 ケンカ別れはしていないとはいえ、五年ぶりだというのに、突然呼び出すあたりが明音らしい。彼女はそういう性格だった。
 俺は仕事を切り上げて、駅前のコーヒーショップまで足早に向かった。

「明音」

 コーヒーショップで彼女を見つけ、少し息を切らしながら声をかけた。
 五年ぶりに見た明音は、髪型のせいなのか昔より大人っぽくなっていた。
 ……いや、それは当然だ。五年も歳月が過ぎているのだから。

「出ましょ?」
「え?」

 俺が明音の向かいに座ろうとした瞬間、逆に明音は席を立って俺の腕を引っ張る。

「ここのコーヒー、まずいわ」

 そんなことを言うなよ。この店はけっこう繁盛しているのに。

「私ね、向こうに良さそうなお店を見つけたの。そっちに行こ?」
「おい、明音!」

 店なんてどこでも良かった。
 どういう話だか知らないけれど、ここで話して解散でいいはずだ。
 俺は内心そう思ったが、明音はおかまいないしに俺の腕を引っ張って店の外に出る。

「竣、夕飯まだでしょ?」
「……ああ」
「あそこのお店、行ってみたいな。一緒にご飯食べようよ」

 明音が指をさしたのは、複合ビルの二階にある超高級レストランだ。冗談がすぎるだろ。

「あそこは高い」
「大丈夫。私がおごる」
「いや、それも嫌だし……」
「じゃあ、うちの会社の経費で落とすから。それならいいでしょ?」

 明音はたしか父親が会社をやっていると言っていたのを思い出した。
 大学を卒業したあとは、父親の会社の手伝いをする予定だといってよその企業には就職しなかったはずだ。

 父親の会社の接待費にするのか? こんな高い店、経費で落ちるのかはなはだ疑問だが……。

「竣と久しぶりに食事するんだから、おいしいもの食べたい!」

 そうだ。この感覚……俺はしだいに明音との記憶が戻ってきた。
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