眼ノ球

*花*

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三章 銃乱射事件

五.再

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「……よし、アイ、行くか」
「オ!行クノカ!」
「あぁ」

その後に俺は、「仕方なくな」と言おうとしたが、アイの嬉しさに満ち溢れた瞳を見て、やっぱり、言うのを辞めた。アイが変に悲しくならないように。まあ、そんなことで悲しくなるやつとは思わないけど。
俺はソファーから立ち上がり、会社へ行くスーツ姿のまま、家を飛び出した。一応の為、いつも会社に持っていくものは、しっかりと持っている。アイが家から出たことを確認してから、鍵を閉めた。
そして俺達はさっきの事件のあった場所へと向かった。行くと言ったものの、やっぱり恐怖心が溶けきれず、塊となったまま残っていた。そんな俺の後ろをアイは「キャッ!キャッ!」と怖さを知らない赤ちゃんのように、嬉しくはしゃいでいた。



「着いた……な」

いつもなら、沢山の人が行き交っている、会社への通勤路。皆、楽しそうに話している人がいれば、急いで走っている人もいる。そんな騒がしいくらいの、混雑している道が、今では、ある意味、殺風景になっていた。
殺された人、怪我をしている人、救急車、パトカーのサイレンの音、そして、地面にはぽたぽたと血だまりが出来ていた。それからつんと鼻を刺激してくる、血の生臭い匂い。色んな人の血が混ざり合い、きつい匂いだった。こうして見ていると、さっきの事件が鮮明に思い出される。少し向きを変えてみると、今でも本当にあの目玉がいるように見えてくる。

「……無残ナ光景ダナ」
「……あぁ」

俺は沢山の人を、目だけで見回した。
今更思ったことだが、まさかこの『銃乱射事件』の犯人がここに来るとは思わなかった。ここから離れた場所で事件が起きていたのだから、絶対来ないだろうと思っていた。自分の考えが甘かった。
いつも通る道が、血の雨に降られ、深紅に染まってしまった。
俺はそんな光景をぼんやりと見て、俺はぽつりと呟いた。

「どうなるんだろうな…………」

すると、その独り言が聞こえたのか、アイはちらと俺の方を見てから、また真っ直ぐ前を見据えて、「キィ……」と共感してくれるように鳴いた。しばらくその余韻に浸っていた時。アイが突然「キ!」と驚いたような声を上げた。俺もつられてびっくりして、変に裏返った声が出た。

「どうした?」
「イヤ、オレノ見間違イカモシレナイガ」
「何だよ」
「……アノ死体ノ近クニ何カイナイカ?」
「え?」

アイの視線に俺も合わせて見てみる。眉間に皺を寄せて見てみると、だんだんとその形が分かってきた。沢山の死体がある中の一つの死体のそばに、蹲ってしゃがんでいるような人がいた。見る限り、多分女の子だろう。
俺は、じっと目を凝らしているアイをつんつんと指で突っついた。

「ン?」

アイは目を凝らしたまま、渋い目でこちらを見た。その目付きに何だか少し笑いそうになったが、堪えながらも俺は伝えた。

「あれ、多分人だと思うけど」
「エ?ソウナノカ??」

ときょとんとした。そしてもう一度、死体の方を見て、「アァ」とこくこくと頷きながら、また俺の方を見た。

「確カニ。言ワレテミレバ、人ッポクミエルナ」
「だよな。でもあんなところで何してるんだ?」
「サァ?モウ少シ近クニ行ッテミルカ」
「えぇ~……行くの~……?」
「……オ願イダヨ~……優シイ晋太クン~……オ前モ気ニナルダロォ~?」
「…………ま、まぁそうだけどさぁ……」
「気ニナッテルンダッタラ行コウヨ~ネェネェ~」

俺は嫌々ながら「本当に行くのか?」と聞いてみると、アイはあの大空に浮かぶ太陽のように、最高に眩しいくらい目を輝かして、「オ願イィ」と言ってきた。俺がしばらく考えて、何も話さないと、アイの目も輝きを増してくる。
俺は、はあぁと深く長いため息をついてから、悩んだ末、「分かったよ」と答えた。すると、俺が言い切る前に、アイは即座に「アリガトナ!」と言った。
この場所に来る前もこんな感じの会話してたっけ。俺、押しに弱いのかな。そして、すぐ流されるタイプなのかな。
そんなことを考えているうちに、アイはもう先に進んでいた。

「晋太ー」
「あ、待てよ、アイ。俺のこと置いていくなよなー」

俺は呆れた顔で、手を伸ばしながら、アイを追いかけた。少しでも早く着くように。アイだけじゃなく、俺も『そばにいてやるんだ』。






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