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五章 本当は……【前】
二.欲情
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「お、おい……月琉、正気か……!?」
俺は恐る恐る口に出した。変な汗が額に滲んでくる。身体中の震えが止まらない。眉をひそめ、月琉の方を見遣った。月琉は、たおやかに、にっこりと微笑んで、俺の目だけを見てくる。そんな表情に、ぐっと息が詰まる。ぎゅっと握り拳を作ってみる。その手は全然力が入らず、小刻みにカタカタ震えていた。
怖い。早く逃げなきゃ。殺される。
そんな考えが俺の頭の中で、ぐるぐると渦巻いていた。すると月琉は、恍惚な笑みを浮かべ、独り言のように淡々と呟いた。
「あたし……晋太さんの目を見て思ったんです……見た目は、とても透き通った綺麗な目をしてて……それでいて、中身……いや、その芯にあるのは、辛くて苦しくて暗くて重苦しい……あたしからして見れば、まさに死んでいる目で……とてもいい目ではないですか……!」
「っ……!?」
あまりにもストレートな感想すぎて、思わず息を飲んだ。何を言っているんだ。追いついていけない。俺よりもずっと年下の女の子に、俺の目について語られている。これはなんという光景なんだろうか。何だか、不気味でたまらなくて、俺は少しよろめきながら、椅子から立った。そして、その場から逃げ出したいと思った。すると、月琉はその考えを見通したかのように、ズバっと言った。
「逃げないで下さいよ……ねぇ……」
その声もまた怖く、病んでいるかのように、ねっとりと俺に絡みついてきた。
月琉も、目玉を抱えながら、椅子から立った。改めて見てみると、都会の中にいそうな、何かのキャラクターのコスプレイヤーに見える。そんな子が、今、俺とは対照的に物怖じもせず立っている。冷徹な表情。深紅の瞳。タレ目だけど、どこか刃を隠し持っていそうな鋭さ。大人びたオーラをまとい、月琉はそこに立っていた。
不思議と凄まじい迫力に、俺は一歩後退りした。すると、月琉は一歩前へ出る。俺がまた下がると、月琉は出る。
「さぁ……下さい……!下さい……!!」
「……」
俺は何も言えず、ただ黙っていることしか出来なかった。そんなのこんな状態だから、何をしてくるか分からなくて、怖いからに決まっている。
月琉は目をギラつかせて、こっちを見てくる。にんまりと満面の笑みを浮かべて。その目の中には、狂気が存在しているように見えた。さっきの態度とは全然違う。さっきはまでは、大人しくて、礼儀正しい子だという印象が強かった。だけど、今は違う。
俺の目だけのための、『欲情』『興奮』がじわじわと滲み出ていた。
「……うーん、なかなかくれませんね……ねぇ、お父さん……やっちゃいましょう……」
すると月琉は、優しく抱き抱えている目玉を、ぽんぽんと軽く叩いた。目玉は、ゆっくりと瞼を開けた。そこには深い緑色の瞳が現れた。その瞳からは、長い年月を歩んできたおじいさんのような、険しくもどこか温かみのあるような気がした。でも、それだけじゃない。
あ……!!こいつ……あの時の……!
俺は見覚えがあった。あの銃乱射事件の時のやつ。大勢の人が亡くなった……あの時の。
じゃあ、あの時、この目玉が急に現れたのは、月琉がその場にいたからだったのか。
俺は少し唸るように「お前……」と呟いた。その声に月琉は気づいたのか、こっちをじっと見てきた。そして、抱えていた目玉を離した。目玉は宙にふわりと浮いて、俺の方へ近寄ってきた。月琉が「えい」と微笑みの混じった声で言った瞬間。目玉は大きな口を開け、沢山の牙を見せつけ、俺の前に立ち塞がった。本当は怖くて、怖くて、逃げ出したくてたまらないはずだ。でも、何だか俺は不思議な感覚を覚えた。大きな口から伝っている涎が、『涙』に見えてしまった――気のせいだと思うけど。見えてしまったんだ。『涙』に。
俺は恐る恐る口に出した。変な汗が額に滲んでくる。身体中の震えが止まらない。眉をひそめ、月琉の方を見遣った。月琉は、たおやかに、にっこりと微笑んで、俺の目だけを見てくる。そんな表情に、ぐっと息が詰まる。ぎゅっと握り拳を作ってみる。その手は全然力が入らず、小刻みにカタカタ震えていた。
怖い。早く逃げなきゃ。殺される。
そんな考えが俺の頭の中で、ぐるぐると渦巻いていた。すると月琉は、恍惚な笑みを浮かべ、独り言のように淡々と呟いた。
「あたし……晋太さんの目を見て思ったんです……見た目は、とても透き通った綺麗な目をしてて……それでいて、中身……いや、その芯にあるのは、辛くて苦しくて暗くて重苦しい……あたしからして見れば、まさに死んでいる目で……とてもいい目ではないですか……!」
「っ……!?」
あまりにもストレートな感想すぎて、思わず息を飲んだ。何を言っているんだ。追いついていけない。俺よりもずっと年下の女の子に、俺の目について語られている。これはなんという光景なんだろうか。何だか、不気味でたまらなくて、俺は少しよろめきながら、椅子から立った。そして、その場から逃げ出したいと思った。すると、月琉はその考えを見通したかのように、ズバっと言った。
「逃げないで下さいよ……ねぇ……」
その声もまた怖く、病んでいるかのように、ねっとりと俺に絡みついてきた。
月琉も、目玉を抱えながら、椅子から立った。改めて見てみると、都会の中にいそうな、何かのキャラクターのコスプレイヤーに見える。そんな子が、今、俺とは対照的に物怖じもせず立っている。冷徹な表情。深紅の瞳。タレ目だけど、どこか刃を隠し持っていそうな鋭さ。大人びたオーラをまとい、月琉はそこに立っていた。
不思議と凄まじい迫力に、俺は一歩後退りした。すると、月琉は一歩前へ出る。俺がまた下がると、月琉は出る。
「さぁ……下さい……!下さい……!!」
「……」
俺は何も言えず、ただ黙っていることしか出来なかった。そんなのこんな状態だから、何をしてくるか分からなくて、怖いからに決まっている。
月琉は目をギラつかせて、こっちを見てくる。にんまりと満面の笑みを浮かべて。その目の中には、狂気が存在しているように見えた。さっきの態度とは全然違う。さっきはまでは、大人しくて、礼儀正しい子だという印象が強かった。だけど、今は違う。
俺の目だけのための、『欲情』『興奮』がじわじわと滲み出ていた。
「……うーん、なかなかくれませんね……ねぇ、お父さん……やっちゃいましょう……」
すると月琉は、優しく抱き抱えている目玉を、ぽんぽんと軽く叩いた。目玉は、ゆっくりと瞼を開けた。そこには深い緑色の瞳が現れた。その瞳からは、長い年月を歩んできたおじいさんのような、険しくもどこか温かみのあるような気がした。でも、それだけじゃない。
あ……!!こいつ……あの時の……!
俺は見覚えがあった。あの銃乱射事件の時のやつ。大勢の人が亡くなった……あの時の。
じゃあ、あの時、この目玉が急に現れたのは、月琉がその場にいたからだったのか。
俺は少し唸るように「お前……」と呟いた。その声に月琉は気づいたのか、こっちをじっと見てきた。そして、抱えていた目玉を離した。目玉は宙にふわりと浮いて、俺の方へ近寄ってきた。月琉が「えい」と微笑みの混じった声で言った瞬間。目玉は大きな口を開け、沢山の牙を見せつけ、俺の前に立ち塞がった。本当は怖くて、怖くて、逃げ出したくてたまらないはずだ。でも、何だか俺は不思議な感覚を覚えた。大きな口から伝っている涎が、『涙』に見えてしまった――気のせいだと思うけど。見えてしまったんだ。『涙』に。
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