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五章 本当は……【前】
八.伝言《前》
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いつも通りの普通の部屋に、俺はあることに気づいた。一つは、さっきまであった大量の目玉がきれいさっぱりに無くなっていること。そして二つは、あの目玉の異変が納まったこと。深い緑色の瞳が、真っ直ぐに俺の事を見つめてきていた。さっきまでとは様子が全然違っていた。さっきは異常な言動が起きていたが、今は至って平然としている。その隣には月琉の姿もあった。唖然とした表情を浮かべていた先程までの月琉とは違った。顔全体がきゅっと引き締まっていて、どこか真剣な眼差しでこちらを見ていた。手には小さなナイフを持って、戦闘準備は完了していて、身構えていた。今にも飛びかかってきそうで怖い。
でも、とても不思議な光景で内心驚いていた。
そんな中、俺は「あのさ」と静かに言った。月琉はぴくりと眉を動かした。「何ですか……」と少々忌々しさが残る顔で、問いかけるように深紅の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。
ゴクリと喉を鳴らし、唾を飲み込む。俺も見つめ返してやる。
今じゃないのか。伝えたいことを伝える時は。俺の伝えたいこと――それは――
俺は軽く息を吸って、話し始めた。
「…………月琉は、この人生、楽しいと思ってる?」
緊張で張り詰めた空気。そこに、俺の言葉が、すうっと空気に伝わり、響く。その後、少しの間静寂が訪れた。窓からそよ風が入って来て、頬をさらりと撫でていく。それと同時に、月琉の口が微かに動いた。
「……え?……何ですか……急に……」
月琉は静かな声で、ひっそりと言った。
怪訝な表情で、急な問いにちょっと引いているような気がした。そして妙な間の後、月琉は、ふいとそっぽを向き、「……ちっとも楽しくなんか……ないですよ……」と不満げに呟いた。それでも俺は続ける。
「……俺、見たんだ。その隣にいる目玉が、口から大量の色んな人の目を吐き出すところを。……なぁ、そんなに目を集めて何がしたいんだ……?」
「……あなたには……関係ないでしょう……」
月琉はついと隣にいる目玉の方へ目を向ける。目玉は決して俺の事を見ず、どこか一点を見つめ、ふわふわと浮かんでいる。俺は一旦、窓の方へ体を向け、縁に膝をつき、頬杖をした。暖かな太陽の光に包まれ、自分の口からは自然とこんな言葉が漏れていた。
「俺はー……今の人生、そこそこ楽しいよ。色々あったけどな」
「……は?」
月琉の低く重い、その中に多少の戸惑いがあった「は」の声が俺の耳に届いた。自分も逆の立場だったら、そう言っているだろう。今日会ったばかりの人に、急にそんな事言われても困るだろう。俺も何でこんなことを話しているのか、さっぱり分からない。だけど、勝手に動くんだ。発言してしまうんだ。
そしてまた、ぼんやりと快晴の青空を見ては、地上にいるどんよりとした人間達を見下してから、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「俺さ……今、とある会社で働いてるんだよ。でも、労働時間は長いし、休日もほとんど出なきゃ行けない、ブラックな会社なんだよ……毎日毎日残業だらけ、上の人に怒られてばかりでさ……」
「な……何ですか……急に……」
「正直、死にたいと思ってた」
『死にたい』と発言した時、月琉の瞳の色が変わった。深紅の瞳が、さらに奥深くなった気がした。「え……」とふるふると震えている声で、物悲しそうに言った。だが多分、『俺』の心配よりも、『目』の心配の色の方が強いだろう。
「ちょ……ちょっと早まらないでくださいよぉ……ねぇ……」
月琉はオドオドした様子で、口をパクパクさせている。目の前の獲物が消えることへの恐怖心、寂しさからか、妙に早い口調で「ねぇ、ねぇ……」と繰り返してくる。狂い果てて壊れている人形のように、狂気的に俺に訴えてくる。俺は月琉の誤解を解くために、「でもな」と一字一字慎重にゆっくりと切り込んだ。それが聞こえたのか、月琉はピタリと停止し、ほんの少し耳を傾けるようにして、言葉を待った。
「だが、それはあくまで『思ってた』だけ。もう、過去の話だ。今は死のうなんてちっとも思ってない。微塵も思ってない。むしろ――」
俺はふふっと口元を緩めて、月琉に綻んだ。月琉は「どうしたの」とでも言うように、不思議そうな目付きをして、口をほの字に開けていた。その顔も何だかおかしくなっちゃって俺はさらに、ははっと声を出して笑った。そして、ふとアイの目を思い出してみる。
今、こうしてここに立っていることも、あいつのおかげなのかもな。お節介なやつで、ウザイやつで……こんな悪口しか出ないやつ。でも、一生懸命俺の事を守ってくれて、そばにいてくれて……めっちゃ大切な存在なんだよなぁ。
……ありがとな、アイ。
俺は自分なりの優しい笑顔で月琉に伝えた。
精一杯今の人生を生きようと思ってるんだ。
――と。
でも、とても不思議な光景で内心驚いていた。
そんな中、俺は「あのさ」と静かに言った。月琉はぴくりと眉を動かした。「何ですか……」と少々忌々しさが残る顔で、問いかけるように深紅の瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。
ゴクリと喉を鳴らし、唾を飲み込む。俺も見つめ返してやる。
今じゃないのか。伝えたいことを伝える時は。俺の伝えたいこと――それは――
俺は軽く息を吸って、話し始めた。
「…………月琉は、この人生、楽しいと思ってる?」
緊張で張り詰めた空気。そこに、俺の言葉が、すうっと空気に伝わり、響く。その後、少しの間静寂が訪れた。窓からそよ風が入って来て、頬をさらりと撫でていく。それと同時に、月琉の口が微かに動いた。
「……え?……何ですか……急に……」
月琉は静かな声で、ひっそりと言った。
怪訝な表情で、急な問いにちょっと引いているような気がした。そして妙な間の後、月琉は、ふいとそっぽを向き、「……ちっとも楽しくなんか……ないですよ……」と不満げに呟いた。それでも俺は続ける。
「……俺、見たんだ。その隣にいる目玉が、口から大量の色んな人の目を吐き出すところを。……なぁ、そんなに目を集めて何がしたいんだ……?」
「……あなたには……関係ないでしょう……」
月琉はついと隣にいる目玉の方へ目を向ける。目玉は決して俺の事を見ず、どこか一点を見つめ、ふわふわと浮かんでいる。俺は一旦、窓の方へ体を向け、縁に膝をつき、頬杖をした。暖かな太陽の光に包まれ、自分の口からは自然とこんな言葉が漏れていた。
「俺はー……今の人生、そこそこ楽しいよ。色々あったけどな」
「……は?」
月琉の低く重い、その中に多少の戸惑いがあった「は」の声が俺の耳に届いた。自分も逆の立場だったら、そう言っているだろう。今日会ったばかりの人に、急にそんな事言われても困るだろう。俺も何でこんなことを話しているのか、さっぱり分からない。だけど、勝手に動くんだ。発言してしまうんだ。
そしてまた、ぼんやりと快晴の青空を見ては、地上にいるどんよりとした人間達を見下してから、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「俺さ……今、とある会社で働いてるんだよ。でも、労働時間は長いし、休日もほとんど出なきゃ行けない、ブラックな会社なんだよ……毎日毎日残業だらけ、上の人に怒られてばかりでさ……」
「な……何ですか……急に……」
「正直、死にたいと思ってた」
『死にたい』と発言した時、月琉の瞳の色が変わった。深紅の瞳が、さらに奥深くなった気がした。「え……」とふるふると震えている声で、物悲しそうに言った。だが多分、『俺』の心配よりも、『目』の心配の色の方が強いだろう。
「ちょ……ちょっと早まらないでくださいよぉ……ねぇ……」
月琉はオドオドした様子で、口をパクパクさせている。目の前の獲物が消えることへの恐怖心、寂しさからか、妙に早い口調で「ねぇ、ねぇ……」と繰り返してくる。狂い果てて壊れている人形のように、狂気的に俺に訴えてくる。俺は月琉の誤解を解くために、「でもな」と一字一字慎重にゆっくりと切り込んだ。それが聞こえたのか、月琉はピタリと停止し、ほんの少し耳を傾けるようにして、言葉を待った。
「だが、それはあくまで『思ってた』だけ。もう、過去の話だ。今は死のうなんてちっとも思ってない。微塵も思ってない。むしろ――」
俺はふふっと口元を緩めて、月琉に綻んだ。月琉は「どうしたの」とでも言うように、不思議そうな目付きをして、口をほの字に開けていた。その顔も何だかおかしくなっちゃって俺はさらに、ははっと声を出して笑った。そして、ふとアイの目を思い出してみる。
今、こうしてここに立っていることも、あいつのおかげなのかもな。お節介なやつで、ウザイやつで……こんな悪口しか出ないやつ。でも、一生懸命俺の事を守ってくれて、そばにいてくれて……めっちゃ大切な存在なんだよなぁ。
……ありがとな、アイ。
俺は自分なりの優しい笑顔で月琉に伝えた。
精一杯今の人生を生きようと思ってるんだ。
――と。
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