傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

文字の大きさ
11 / 92
森の底

沼からはじまる

しおりを挟む
 エイスから歩いて、三日目の夜。

 深い森を歩くのにも飽きてきたころ、二人の行く先に、ちらちらと淡い光が木々の隙間から見えてきた。それは月に照らされた水面の光だった。
 光を追うように、進む。革靴の底に、枝葉や土よりも固い感触が伝わった。ラトスは小さく息をつき、辺りを見回した。そこには、生いしげった森をくりぬくように、木も草も生えていない不思議な広場があった。広場の中心には、ぽつりと小さな沼があった。

 ラトスは足を止め、もう一度辺りをうかがう。
 鳥や獣の気配はあっても、人の気配はない。

「ここなのか?」

 占い師の男を信じて合言葉を言うとすれば、どこか近くで、それを聞く者が近くにいるはずだ。だがこの辺りに、人が行き来している気配はない。潜んでいるような場所があるとも思えなかった。

 ラトスはふり返り、いぶかしげにメリーの顔をのぞく。

「間違いありません」

 メリーは目を見開いて、緊張した表情のままラトスにうなずいてみせた。それならば異を唱えまい。ラトスはメリーに、王女と共にここ来た時のことをくわしく話すように求めた。
 メリーを信じるならば、彼女は王女の最後の目撃者なのだ。可能なかぎり、王女が消えた時と同じ条件を再現したいとラトスは考えていた。そのうえで、十分に警戒し、さらなる手掛かりを得るのが良いだろう。

 ラトスの求めに応じて、メリーは静かにうなずく。小さな沼とその周囲を見ながら、そっと腰を下ろした。
 地面をなで、メリーは小さく息を吐く。

 彼女がなでる地面は、薄っすらと光っているようだった。月明かりに照らされて反射した光ではない。よく見ると、自ら輝いているのだと分かった。しかしその光はおそらく、夜の暗さが助けなければ分からないほどのものだ。

「これが不思議な砂粒というやつか」

 ラトスの言葉にメリーはうなずく。地面の砂を少しつまみ、持ちあげてみせた。
 彼女の手の中にある砂粒の光の強さは、様々だった。月の光が反射しているだけなのかどうかもわからないものもあったが、それがかえって、強めの光を放っている砂粒との差を歴然とさせていた。

「ここに来て、すぐにあの占い師の人が言う通りに、私たちは試してみました」

 そう言いながら、メリーは沼のほとりを指差した。
 彼女が指差した先には、光をはなっている石や砂は見当たらなかった。

 あれ? と、メリーは首をかしげた。
 彼女は、自らが指差した場所に近付いていく。両手で口元を隠しながら目を見開き、もう一度大きく首をかしげた。

 その場所は、周りと比べると不自然なほど暗かった。
 意図的と思えるほど、光る砂がひとつもない。まるで大きな穴が地面に開いているかのようだった。

「王女が消えたという時もこうだったのか?」
「まさか!」

 メリーは驚いて、頭を大きく左右にふった。

「ここは一際光が強そうな場所でした。だからここで、と」
「……そうか」

 つまり、王女が消えて、光る砂も同じように消えたということだろうか。だが、メリーだけ残されたのは何故なのか。ラトスは周囲をうかがい、同じように光がない場所を探してみた。だが、似たような場所は特に見当たらなかった。

「よし。いくつか試してみよう」
「試す?」
「そうだ。まず、この光がない場所で、あの合言葉を言ってみよう」

 ラトスは、王女が消えたという場所を指差す。
 メリーは少し間を置き、うなずいた。

「俺は周囲を警戒しておく。メリーさんは、前と同じようにして、合言葉を言うんだ」
「私だけ、ですか?」

 不安そうな顔で、彼女はラトスの顔をのぞいた。

「どんな手品で王女様が消えたのかわからない。誘拐の可能性もある以上、出来るだけ警戒しないとな」

 ラトスは彼女の顔を見ず、沼とその周りの森に目を向けた。
 人の気配は、まだ無い。

「わかりました」
「ああ、頼む」

 メリーはしゃがみ込み、真っ黒い土に顔を近付けた。
 その様子を確認すると、ラトスは森の中をにらみつけた。そっと、腰の短剣に手をかける。

 もし誘拐犯がひそんでいても、大人数ではないはずだ。これだけ感覚を研ぎ澄ませて警戒していても、人の気配は感じない。息を殺してひそんでいたとしても、多くて三人ほどだろう。それぐらいなら、ラトス一人でも制圧できる自信があった。

「……≪パル・ファクト≫!」

 ラトスが最大に警戒している中、後ろでメリーが叫んだ。
 どこの国の言葉なのかもわからない、変な合言葉だとラトスは思った。占い師は「古語」だと言っていたが、本当にそうなのだろうか?

 メリーが叫んだ合言葉は、広場にひびきわたると、やがて深い森へ吸い込まれるように消えていった。少し間を置いて、森の中にゆるやかな風がすべり込む。草木がわずかにゆれて、ざわめいた。

 ひとしきり風が流れると、森は静かになった。


 何も起こらない。

「何も……起こらないですね」
「そのようだな」
「……なんか」
「なんだ?」
「ちょっと恥ずかしい、ですね」

 メリーの言葉を背中に受け、ラトスはふり返る。しゃがみ込んでいるメリーは、左右に瞳を泳がせていて、落ち着かないようだった。最大級に緊張したうえで、意味もよく分からない合言葉を叫び、周囲が静まり返ったのだ。確かにいい気分はしないだろう。

「まあ、何も起こらない気はしていた」
「……え!?」

 メリーは目と口を大きく開いて、ラトスの顔を見た。その視線を感じて、ラトスはメリーから顔をそむけた。彼女は跳ねるようにして立ちあがる。

「じゃあ、どうしてやらせたんですか!」

 メリーは顔を紅潮させて、わめいた。
 ラトスは気にしないようにして、足元と周囲を見わたした。

 一か月前に王女が消えた後、メリーは気が動転したもののその場で何度か合言葉を言っていたらしい。いや、むしろさっきのように叫んでいただろう。

 だが、メリーは残された。

 もし本当に、王女が誘拐されたのだと仮定する。そうなると、エイスの城下街で出会ったあの占い師の男は、誘拐犯の一人である可能性が高い。となれば、王女とメリーを誘導した時と同じように、自分たちもここに誘導されたことになる。
 もし一夜に誘拐する人数が、王女の時のように「限り」があったとしても、おそらく今夜、ここに来たのは自分たちだけのはずだ。森の中でこの沼が見えはじめたころから、ラトスは十分に警戒してここへ足を踏み入れた。誘拐されるなら、今夜最初の犠牲者になれるはずだった。
 しかし、何も起きはしなかった。

「向こうに、いくつか光が強い場所がある。そこでもう一度やってみよう」
「え。あ、ちょっと!?」

 メリーは紅潮した顔のまま、ラトスが指差した方向を見た。
 確かにその指の先には、二、三箇所ほど光が強そうな場所があった。ラトスが足早に歩きだすと、メリーは少し悔しそうな顔をして彼の後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~

リーフレット
ファンタジー
​「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」 ​帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。 アルトがどれほど魔導植物を駆使し、帝国の食糧難を裏から支えていたかを知らぬまま、彼は「戦闘に役立たない役立たず」という烙印を押されたのだ。 ​帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。 死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。 ​「やっと、気兼ねなく『植物』を愛でられる。……よし、ここを世界一の庭(楽園)にしよう」

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

処理中です...