傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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風が呼び

猫からはじまる

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「これは珍しいお客さんだー!」

 草をかき分ける音がしていた方向から、子供のような声が聞こえた。
 二人は辺りを見回したが、草原には人影ひとつ無かった。

「ここだよ! ここ!」

 子供のような声は、先ほどより近付いているようだった。なにやら、足元から聞こえる気がする。ラトスは、訝し気に見下ろした。そこには、人間はいなかった。代わりに、真っ白な、猫のような姿をした奇妙な獣がいた。二人はお互いに顔を見合わせて、何度もまたたきをする。

「あっははー! いい反応!」

 猫のような獣は、まるで人間のように口を動かしてしゃべっていた。可愛らしい口を大きくあけ、笑っている。
 猫のような獣は、翼も生えていないのにフワリと宙に浮きあがった。二人の顔の高さまで浮き上がる。ラトスは、気味が悪いと思って、頭を後ろに引いた。それが面白かったのか、猫のような獣は楽しそうに笑う。そして、草原に吹く風に合わせて、フワフワと宙をただよいだした。

 二人の目線の高さで宙をただよっている猫のような獣は、普通の猫より少し小さく、長い尻尾が三つ生えていた。三つの尻尾は風になびくようにしてふわふわと上下していた。

「かわいい……」

 メリーが、小さく声をこぼした。
 猫のような獣を目で追いかけながら、彼女は表情を輝かせた。その様子を隣で見たラトスは、にがい顔をした。人間のようにしゃべっている獣を、可愛いと思えるのだろうか。どちらかと言えば、気味が悪い生き物の類だ。
 メリーは本当に、これが可愛いのだろうか?

「可愛い? ボクのこと?」

 猫のような獣は、メリーのほうを見ると、空中でぴょんと飛び跳ねた。嬉しかったのか、草原の上を飛び回りはじめる。そして、彼女の胸の前に飛んでくると、小さな前足を上下に動かしてみせた。まるで、さわってと言わんばかりだ。
 獣の挙動に、彼女は身体を小さくふるわせた。
 ヒョコヒョコと動く前足を指でつつきながら、満面の笑みを浮かべている。

「そう! あなたのこと!」
「ホントかい? うれしいなー!」
「ああ! なにこれ、夢みたい! ねえ、ラトスさん?」

 どうしてか、意気投合したようだ。メリーと猫のような獣はハイタッチをして、ラトスのほうをふり向いた。子供のようにはしゃいでいるので、ラトスはにが笑いをする。求められた同意も、頭を横にふって断った。

 しばらく、メリーと猫のような獣は、はしゃぎつづけた。
 そのうちに、猫のような獣は、勢いよくメリーの前から飛び上がった。二人から距離を取って、目線の高さでフワリと浮かぶ。そして、小さな体で仰々しくかしこまると、自身のことをペルゥと名乗った。

「ところで」

 ペルゥと名乗った猫のような獣は、前足をそろえて口を開いた。
 二人の顔を交互に見ながら、うーんと小さくうなりだす。

 考えるようなそぶりをして、小さな頭をかしげている。どうしたのかとたずねようとすると、ペルゥは、また同じように、前足をそろえて二人の顔を交互にのぞき込んできた。

「二人は、ここに、何をしに来たのかな?」

 ペルゥはそう言うと、ラトスの顔をじっと見つめた。

「それは、答えたほうがいいのか?」
「ううん。そんなことはないよ。ただ……」
「ただ……?」
「早く帰ることを、ボクはおすすめするよ。ここは、危ないところなんだ」

 そう言って、ペルゥは前足を大げさに動かしてみせた。口を大きく開け、小さな牙を見せつけてくる。

「危ないだって?」
「そうだよ。もう分かってると思うけど……二人がよく知る世界と、ここは、全然違うんだ」

 だから危ないと、ペルゥは、前足を横に広げながら言った。
 その説明は、あまり丁寧とは言えなかった。理解力のとぼしいメリーは、首をかしげている。だが、この世界が普通ではないことを痛感していたラトスには、十分すぎる説明ではあった。

「それは分かっているが」

 ラトスは顎に手を当てながら、ペルゥの小さな顔をのぞき込んだ。
 ペルゥは、近付いてくるラトスの顔から目をそらさなかった。代わりに、小さな前足を少し上げる。

 嘘を言ってるわけではないだろう。
 帰ったほうが良いというのも、おそらく正しい。猫のような獣を見ながら、ラトスは小さくうなり声を上げた。その地に住む者の言葉を無視するのは、愚かなことだとラトスは知っている。

「でも、まだ帰れないんです」

 メリーが困った顔をして言った。
 この世界が普通ではないことは、彼女も十分に分かっているだろう。だが、引けない気持ちのほうが強いのだ。それはきっと、自分以上に純粋で、強い想いからくるものなのだろう。ラトスはメリーを見ながら、気付かれないように小さく息を吐いた。

 メリーは、ペルゥに、ここまで来た理由を話した。
 先ほどまで、子供のようにはしゃいでいたようには思えない。
 神妙な面持ちで、静かに、淡々と話していた。その言葉に、ペルゥは何も口をはさまず、黙ってうなずきながら聞いていた。

「そっかぁ……」

 メリーが話し終えると、ペルゥは何度もうなずいた。目を閉じ、小さく息を吐く。
 話し終えたメリーは、うつむいていた。ペルゥは、居心地が悪くなったのか、ゆっくりとメリーに近付いていく。彼女の顔の前まで来ると、小さな前足を彼女の鼻に当てた。なぐさめているつもりなのだろう。

「それなら、仕方ないね。ボクも手伝うよ!」
「ペルゥも?」
「もちろん! でも、条件があるんだ……」

 ペルゥは、メリーの顔から離れてフワフワと浮かんだまま、一度ラトスを見た。ウインクして、小さく笑いかけてくる。その仕草にラトスは目をほそめた。嫌そうな顔をするラトスを見て、ペルゥは楽しそうに笑う。そして、メリーに向きなおって、前足を上下にパタパタと動かしてみせた。

「条件?」

 メリーは首をかしげて、ペルゥの小さな顔を見た。

「そう。それは、ボクと友達になることだよ」
「友達に?」
「友達に!」

 ペルゥは、メリーの顔を見て、にっこりと笑ってみせた。
 思いもしなかった条件に、メリーは不思議なものを見るような表情で呆けた。また、小さく首をかしげる。


「それだけでいいの……?」
「もちろん!」

 メリーの肩の上にふわりと飛び乗って、ペルゥはまたにっこりと笑ってみせた。
 つられて、メリーも表情をくずした。口の端を持ちあげて、笑い返す。そして、肩の上に乗っているペルゥの小さな前足を指先でつつくと、満面の笑顔でうなずいた。

「やったね!」

 ペルゥはメリーの指先を、小さな前足で何度も叩いた。嬉しそうに跳ね上がり、くるくると彼女の周りを飛び回りはじめる。

 その様子を隣で見ていたラトスは、心中複雑だった。
 友達になったということは、ペルゥが、ラトスとメリーを身近で監視できる権利を得たということだ。ペルゥが最初に主張した、「早く帰ってほしい」ということに変わりはない。帰るまではずっと傍で見ているからねと、言っているに等しいのだ。

 だが、メリーは、そう思っていない。一人、友達が増えただけだ。
 そう思って、害がないのなら、わざわざ真意を教える必要はないだろう。気分が良いまま終われば、それに越したことはない。

「じゃあ、ボクが道案内をしてあげるよ。いいかい?」

 ペルゥは、二人の周りを飛び回りながら言った。
 やはりずっと付いてくるのだなと、ラトスは思った。だが、表情には出さなかった。それはペルゥの提案を喜んだメリーが、ラトスの顔をのぞいてきたからだ。彼は、少し眉をひそめたが、うなずくしかなかった。

「よろしくね! ペルゥ!」
「やったね! よろしくねー!」

 メリーは、ペルゥの小さな前足を何度もつついて喜んでいた。
 ラトスはそれを横目に、ペルゥの顔をのぞき込んだ。そして、先に聞きたいことがあると、にらむような目で言う。
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