傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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鉄の門

企みからはじまる

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 三匹の夢魔には、名前があった。
 他の夢魔にも名があるのかと問うと、少女の夢魔は頭を横にふった。

「ワタシは、テト。こっちは、オン。小さいのは、スー」

 テトと名乗った少女の夢魔は、胸を張りながら言う。そこらの夢魔とは違うのだと、誇りを持っているのだろう。ラトスはテトの態度を肯定して、図に乗らせることにした。

 テトたちの目的は、単純だった。
 自分たちの力では知り得ない、裏話が欲しいのだ。裏話を糧にして、おしゃべりがしたいのだという。

「思いきり、陰口ですね。それ」

 汚いものを見るような目で、フィノアが小さく言った。しかし、間違いではない。テトたちは、陰口がしたいのだ。陰口は、大事であればあるほど、盛りあがるものだ。ラトスたちに求められたものは、まさにそれだった。

「とんでもないコトが、シりたいのだわ」

 テトが言うと、オンとスーも大きくうなずいた。
 オンとスーは、ラトスたちと関わることに反対だったらしい。近付いて祓われれば、好奇心もなにもないのだ。しかし、テトの好奇心の強さに、彼らは負けた。

「アンタらからは、とんでもねーニオいがする」

 オンが三つの目を大きく開いて、言った。
 それならばと、ラトスは取引も持ちかけた。

 まず、ラトスたちは、大事になりそうな情報をテトたちに教える。
 テトたちは、教えられたことに対して、悪夢の回廊で調査する。
 その後、得られた情報をもとに、「陰口」を言い合うのだ。

「それは、イいわ!」

 テトは、猫のような目を輝かせて言った。
 オンとスーも、大きくうなずいた。

「オモシれーわ」
「良いか? これで」
「ああ。イいぞ。だけど、ワシらにしか、イいことがねーな? ホントウにそれでイいのか?」
「問題ない」

 ラトスがうなずくと、オンは犬のような口を大きく開けて笑った。
 ラトスたちからすれば、ひとつでも多く情報を得られれば良い。だが、テトたちからすると、それらはすべて遊びをするようなものなのだろう。取引として成立しているのか、不安に感じているようだった。

「それなら、イい。それで。オオきなホウセキのコトが、シりたいんだな?」
「そうだ」
「オモシれーわ」
「インボ、カンじる」

 小さな声で、スーが言った。
 たどたどしい、子供のようなしゃべり方だった。

「インボじゃねーわ。インボウだ」
「インボ」

 オンは言いなおしたが、スーには伝わらないようだった。

 その後ラトスは、こまかく話をまとめていった。
 オンは、しゃべり方に反して頭が良い夢魔だった。ラトスが話すことをほとんど理解できている。あまりに都合が良いことだとラトスは思ったが、絶好の機会であることに変わりはない。話しても問題ないことだけはすべてオンに伝えて、ラトスは彼らに手を差しだした。

「じゃあ、また後でな」
「ああ。すぐアトでな」

 オンはラトスの手を取ると、大きな口を開けて笑う。その大きな口に向けて、ラトスは銀色の腕輪を押し付けた。ペルゥが用意した、会話用の腕輪だ。オンは大きな口をひくひくと動かすと、小さな手で腕輪を受け取った。

 テトたちに見送られる形で、ラトスたちは、また走りだした。
 真っ黒な鉄の門が、遠く、はなれていく。やがて、テトたちも、鉄の門も陽炎のようにゆれて、やがて見えなくなっていった。

「クロニスさん。気付いていますか?」

 走るラトスの隣に、フィノアが寄ってきた。
 テトたちが見えなくなっても、フィノアは顔をわずかにゆがめている。よほど、陰口の取引が気に入らなかったようだ。

「何がだ」
「彼らの、名前です」
「ああ」

 フィノアの言葉に、ラトスは小さくうなずいた。
 テトたちの名前は、名前ではない。フィノアは王女として多くの教育を受けているから、気付いたのだろう。
 彼らの名前は、数字だった。
 オンは、1。テトは、2。スーは、3。この数字の読み方は、エイスの国よりはるか南方の地域の言葉だ。

「数字の名前を、誇らしく思うでしょうか?」
「そうだな」

 フィノアの疑問は、ラトスも考えていたことだった。
 テトたちを、番号で呼んだ者がいる。人の言葉が分かる、知能の高い者がいるのだ。それがもし夢魔ならば、テトたちはその夢魔の差し金で、ラトスたちと会った可能性がある。

「大丈夫だ。余計なことは言っていない」
「それなら、いいのですが」

 ラトスの言葉を聞いて、フィノアはいつもの無表情な顔にもどった。
 
 遠くのほうで、夢魔の姿がゆらゆらとゆれている。
 鉄の門からはなれたからか、目に映る夢魔の数は増えてきていた。
 まだおそいかかってくる様子はないが、じっとこちらを見つめている。ラトスたちは、いつでも戦える心づもりで走りつづけた。

 ずいぶん長く走っても、フィノアはラトスからはなれなかった。
 なにか言いたいことがあるのだろう。しかし、頭の中でしっかりとまとめてから話すように、努めているようだった。殊勝なことだが、それまでずっと傍にいられるのは居心地が悪い。

「何か、気になることがあるのか?」

 耐え切れず、ラトスから切りだした。
 声をかけられたフィノアは、驚いた顔をした。どうして分かったのかと言いたげだ。

「……あ。え、いえ。少し」
「少し?」
「……私は、少し……後悔しています」

 走りながら、フィノアはかすかにうつむいた。
 何の後悔だろうと、ラトスは首をかしげる。テトたちのことだろうか? フィノアのセウラザのことや、現の世界でのことだろうか。この少女なら、いくらでも後悔しそうなことがありそうだと、ラトスは思った。

「後悔か」
「ええ。本当に今更のこと、なのですが」

 フィノアは頷くと、さらにうつむいた。
 何の後悔かは分からないが、やろうと思ったことならばつらぬけばいい。そう言おうとして、やめた。一国の王女なら、自己責任では済まないことも多いだろう。 長く、一人で考えて生きてきたラトスには、分からない悩みかもしれないのだ。

「自分で決めたことだろう?」

 精いっぱい考えて、無難な言葉をラトスは選んだ。

「……そうですね。そう、思っていました」

 フィノアがそこまで言って、ラトスは少女が言いたいことを察した。
 現の世界からこの世界に来るまでのことを、フィノアは言っているのだ。冷静に考えれば他の方法もあったのではと、いくつも思うようになったのだろう。多くの人に心配をかけたと知った今なら、なおさらのことだ。

 テトたちを見て、改めて思うことがあったのかもしれない。
 他人の心配を無視するのと、陰口を言うのは、違うようで、似ている。共通しているのは、相手の想いを正しく考慮しないことだ。
 そこまでフィノアが考えているかは、分からない。だが、今、後悔の言葉をだすということは、似たようなことを思うことがあったのだろう。

「クロニスさんは、後悔していませんか」

 下からのぞきこむようにして、フィノアが言った。
 後悔などないと即答しようとしたが、ラトスは声にだせなかった。

 夢の世界に来るのは、予定外だった。それは仕方がなかったことで、後悔はない。幾人かには心配や迷惑をかけているだろう。だが、王女捜索依頼を受けたからには、すべて仕方がないことだ。

 後悔があるとすれば、王女捜索依頼を受けるまでと、今後のことだった。
 ラトスは、友人のミッドやラングシーブの仲間を、思い浮かべた。シャーニが死んでから、彼らには多くの心配と迷惑をかけただろう。特にミッドには、苦労をかけさせたのは否めない。

 無事に現の世界へ帰って、依頼を終えた後もそうだ。
 自分が復讐を果たすことで、彼らに危害はないだろうか。
 命にかかわることが無かったとしても、今後の仕事量に、影響はないだろうか。

 それらのことは、この世界にたどり着くまで思いもしなかった。
 本当は、頭のどこかで分かっていただろう。だが、考えないようにしていた。己の気持ちを優先して、すべて見ないようにしていたのだ。

 見ないようにしていたことを強く認識したのは、この悪夢の回廊に入る前だった。
 ミッドたちと、夢の世界であった時だ。彼らの顔を見て、ラトスは深い後悔を感じていた。
 もっと、できることがあったはずだった。そんなものは無いと思いながらも、そう思わずにはいられなかった。

 王女捜索依頼の交渉をしていた時も、そうだ。巨額の達成報酬の代わりに、妹を殺した者の名を教えるように求めていた。
 だが、実際そうなるだろうか。もし大臣が別の者の名を報酬として与えてきても、その真偽を見ぬけるという保証はない。王女の無事の帰還に比べれば、安いものだということは間違いないだろう。だが王族や貴族が、平民であるラトスにそこまで便宜を図る必要はない。むしろ、欺く方法を必死に考えるのが普通だ。

 なぜ、そう思わなかったのか。
 ラトスは奥歯を噛み締めて、頬の傷をなでた。

「……後悔、か」

 じわりと、頭の奥から黒い靄がにじみでる。
 少しずつ、視界を暗くしていく。久しぶりに現れたなと、ラトスは苦笑いした。しかし、現れた黒い靄を、かき消す気持ちにはなれなかった。

 何も問題はなかったはずだ。
 考えぬいて、決めたはずではなかったか。

 後悔など、本当は無いだろう?
 黒い靄が、うごめいている。生き物のように、ラトスの視界をさまよっている。

 後悔など、ない。
 黒い靄がさまよいながら、ささやいた気がした。

 徐々に、思考力が止まっていくのをラトスは感じた。

「……クロニスさん、大丈夫ですか?」

 フィノアの声が聞こえて、ラトスは我に返った。
 わずかに黒い靄が薄くなり、視界が明るくなっていく。

 黒い石畳の道を、走っている。
 前方を、セウラザとメリーが走っていた。メリーとペルゥが、じゃれあいながら笑っている。
 横を向くと、フィノアが、ラトスの隣で走っていた。少女は心配そうに、ラトスの顔をのぞきこんでいる。

「大丈夫だ」
「そうですか? 少し、疲れているように見えます」

 そう言ったフィノアの顔は、すぐに見えなくなった。
 黒く、塗りつぶされていく。

 大丈夫だ。もう一度、そう言おうとして、ラトスの意識は途絶えた。
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