傀儡といしの蜃気楼 ~消えた王女を捜す旅から始まる、夢の世界のものがたり~

遠野月

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   ≪王≫


 灯がゆれた。
 砂をふむような足音が鳴るたびに、淡い明かりがゆれる。

 ゆれる明かりは、小さな石室にじわりと広がっていた。
 石の壁は、丁寧な細工がほどこされていた。触れると、こまやかな細工は一瞬で崩れた。

「触らないほうがいい」

 セウラザが、強い口調で言った。

「まるで、砂を固めたようだ」
「石が、弱っているのだ」

 ラトスの言葉に、セウラザが返した。
 手に付いた砂を、ラトスはじっと見た。指先でこすると、砂はさらにこまかくなった。こまかくなった砂は、空気に溶けるように消えていった。

「これが、お父様の夢……? この狭い部屋が?」

 フィノアが声をこぼした。大樹の杖を抱くようにして、不安そうに石の壁を見ている。少女の身体を支えるようにして、メリーがそばに立っていた。
 小さな石室には、出入口がなかった。転送石である、白い柱も見当たらない。まるで罠にはまって、閉じこめられたかのようだった。フィノアのそばに立つメリーも、不安そうに周囲を見回す。

「いや、扉がある」
「どこだ」

 セウラザが指差す先にラトスは目を向けたが、石の壁があるだけだった。扉の形はどこにも見当たらない。ラトスはもう一度、どこだとたずねた。するとセウラザが石の壁に寄って、そっと壁面をなでた。
 なでた壁から、ふわりと砂が舞った。触らない方がいいと言っていたのにと、ラトスは言おうとした。ところが、セウラザが触れたところからは、石の壁とは別の色が現れた。驚いてラトスは顔を近付ける。それは確かに、扉だった。全体的に錆びていたが、こまやかな装飾がほどこされていた。

「これは、エイスガラフ城の扉です」

 ラトスの後ろから、メリーが大きな声をあげた。

「城の?」
「ですね。間違いありません」

 メリーが力強くうなずく。
 夢の世界の主が弱っているから、石の壁同様に扉も錆びているのだろうか。ラトスは扉に手をかけた。

 軋む音がひびく。
 扉が開くと同時に、石の壁がかすかにふるえた。開いた扉の隙間から、空気が流れこむ。石室に堆積していた砂が、ふわりと舞った。

 扉の先は、明るいようだった。
 舞いあがった砂が、差しこむ光に照らされる。薄暗くて気付かなかったが、砂は石室全体にただよっていたようだった。光に照らされた砂は、石室全体を白く染めていく。それほどの光量ではなかったが、四人はまぶしく感じて、目を閉じた。

 次に目を開いた時、小さな石室はどこにもなかった。
 扉をとおりぬけたわけではない。それどころか、開いたはずの扉も消えていた。振り返ると、転送石らしき白い柱があった。

 ラトスたちは、大広間に立っていた。
 広間の中心には、巨大な円卓があった。卓を取り囲むようにして、何十もの椅子がならんでいる。ラトス自身は見たことがない景色だったが、議会場のような場所だろうかと片眉をあげた。

 議会場の床と壁、天井は、豪華な造りだった。
 床と壁は大理石で組まれていて、綺麗にみがかれている。天井は森を模した彫刻の中に空の絵が組み合わされていた。空には、鳥が一羽だけ飛んでいる。じっと見ていると、鳥は時々、絵の中の空を旋回していた。

 ラトスたちは、周りを見回しながらゆっくりと歩いた。すると砂をふむような感覚が、革靴の底から伝わってきた。
 見下ろすと、足を付けた部分だけ、大理石の床がわずかに崩れていた。他の三人も気付いたらしく、足元を見て顔をくもらせる。

「ここもエイスガラフ城の中なのか」

 振り返って、フィノアに問いかけた。

「そうですね。どこか違いますが、城の中に似ています」
「そうか」

 フィノアの言葉を受けて、ラトスは議会場を見回した。
 どこか違うというのは、ラトスの夢の世界でもそうだった。現の世界の実物と記憶の違いなのか、理想の形なのかは分からない。誰しも本物とは差を付けたいのかもしれないなと、ラトスは思った。

「円卓に、地図があるな」

 セウラザが、部屋の中央を指差して言った。
 指の先を見ると、巨大な円卓には大きな地図が広げられていた。近付いてみると、地図は驚くほど精巧なものだった。エイスの国だけでなく、隣国とその先の国と地域も描かれている。国と国の間にある大小の道も、こまかく描いてあった。距離なども、ラトスの知識や経験を照らし合わせてみても、正しく描かれているようだった。

「城には、これほどの精巧な地図を作る技術があるのか?」

 食い入るように地図を見ながら、ラトスが言った。

「私もこのようなものは見たことがありません」

 フィノアが頭を横に振って応えた。
 王女が見たことがないのなら、国王や一部の高官だけが知る地図なのだろうか。いずれにしても国王の知識の中には、正確な地図が存在しているのだ。

「……これ、地図、ですか?」

 ラトスと同様に地図をのぞきこんでいるメリーが、訝し気に言った。

「地図だろう」
「……変じゃないですか? これ」
「どこがだ」

 彼女の言葉を不思議に思って、ラトスも地図を見直す。変なところなど、どこにも無い。はっきり言って、これほどまでに精密な地図をラトスは見たことが無かった。メリーは、地図の価値を理解していないのだろうか?

「ここ、見てください」
「どこだ」
「エイスの城下街です」

 うながされるがままに、メリーが指差したところを見る。エイスの城下街の細部まで、地図には描きこまれていた。どこにも変わったところは無い。いったいどこがと変なのだと聞こうとした瞬間、地図上でなにかが動いた。
 虫が這っているのかと思ったが、そうではない。
 地図上の城下街を、人の影らしきものが動いていた。

「なんだ、これは」

 見れば見るほどに、地図は立体になっていく。エイスの城下街だけではない。周囲の大森林も、隣国も立体になっていった。遂には、まるで上空から世界を見下ろしているかのような、不思議な地図と化した。
 鳥になって見下ろせば、このように見えるのだろうか。

 見わたすかぎりの大森林に、ぽかりと穴が開いている。
 その穴は、大森林を切り開いて築かれた地。エイスの国だ。
 古くから受け継がれ、長きにわたって整備しつづけた大都市は、強固で高い城壁に囲われている。
 森を越えた隣国に目を向けても、やはり、これほどまでに強固な城壁で囲われた国はなかった。

 ラトスは、城下街をじっとのぞきつづけた。すると不思議なことに、街を大きく拡大して見ることができた。

 碁盤の目状に区画されている城下街の中心には、巨大なエイスガラフ城が建っている。上空から見ると、城は何とも壮麗だった。
 街も城も、古代遺跡を復活させたかのような雰囲気をたたえている。「天上の国」などと称賛する者もいるのも改めて納得できた。

「大通りを行き交う人々まで見えます」

 メリーが面白そうに言う。彼女の目線の先には、城を中心にして東西南北へまっすぐに延びた石畳の大通りがあった。道幅は広く、馬車三十台がゆうに並走できるほどのもだ。多くの人の影がひしめき、行き交っている。まだ道がせまい。そう言わんばかりに、活気があふれていた。

 ラトスは中央区画に目を向けた。そこには、多数の護衛の影に囲まれた貴族の影や、高官の影をはじめ、政商や大金持ちの影が行き交っていた。いずれの影も、彩り豊かな衣服をまとっていた。
 男の影たちは、いかめしくも優雅に談笑しながら歩いている。
 女子供らの影は、表情にくもりなく、黄色い歌声を街にひびかせていた。

 そのただ中を、咲きほこった花をかきむしるように、褪せた影が一つ横切った。

「……これは、俺だ」

 大通りを横切っていく褪せた影を見て、ラトスは声をこぼした。

「どこですか?」
「ここだ。ここにいるだろう」

 ラトスが地図を指差す。メリーは彼の指の先をしばらくじっと見ていたが、やがて頭を横に振った。

「いませんよ?」
「……見えないのか?」

 明らかにラトスに似た影が映っている。小さいが、見間違えることはない。人の海をかき分けていく姿は、指を差さなくても目立つものだった。なぜメリーに見えないのか、ラトスには理解できなかった。

「……ここに、私がいます」

 はなれたところで地図を見ていたフィノアの声が、小さく聞こえた。

「フィノアも?」
「ええ。ほら、この城門に。メリーと一緒にいるわ」
「私とですか?」

 フィノアが指差している場所は、エイスの城下街を取り囲む城壁の門だった。
 メリーは少女の指の先をじっと見る。しばらく見ていたが、彼女は頭を横に振った。

「見えないですね……」

 残念そうにメリーが言う。がっかりしたメリーの姿を見て、どういうことだと、ラトスは腕を組んで考えた。
 もう一度、地図上の自分の影を見下ろす。影が大通りを横断して、裏通りに飛びこんでいった。これは、王女捜索依頼を受ける直前の自分の姿だ。
 この地図には時間が存在しないようだった。ラトスとフィノアには、自分の影が地図上に見えている。だが王女捜索依頼を受ける直前には、フィノアはもう夢の世界にわたっているはずなのだ。城門付近にメリーといるはずがなかった。

「セウラザにも何か見えるか?」

 ラトスは黙って地図を見ていたセウラザに問いかけた。

「いや。私には、普通の地図にしか見えない」
「そう、なのか……」
「見る者の記憶や考えによって、見える景色が違うのではないだろうか」
「なるほどな」

 セウラザの言葉に、ラトスはうなずく。正解かは分からないが、似たようなものだろう。もしかするとこの地図上のどこかに、メリーにしか見えない影もあるのかもしれない。

 よく見ると、街中の人々の影には、ほそい糸が付いていた。糸は影の頭から上へ伸びている。操り人形を思わせる糸は、見ていて良い気分になるものではなかった。裏通りに入ったラトスの影の頭にも、ほそい糸が伸びていた。それを見たラトスは、無意識に自分の頭を手でさわった。

「王女さんの影にも、糸が付いているか?」
「……付いていますね」
「そうか……」
「でも、メリーの影には付いていません」

 不思議そうに言うフィノアに、ラトスは顔を向けた。
 フィノアは首をかしげて、地図上のエイスの城門付近をじっと見ていた。どれだと思ってラトスも彼女たちの影を探してみたが、見つけることはできなかった。

「全員では、ないようです」

 フィノアが地図上のエイスの大通りを指差した。
 大通りには何百もの人の影が見えた。フィノアの言うとおり、人の影のすべてに糸が伸びているわけではないようだった。子供らしき小さな影には、ほとんど糸が付いていない。逆に大人や老人には、はっきりとした糸が付いていた。

「国王……いや、政治を執るからこその糸なのか」
「……不遜ではありませんか。クロニスさん」
「そう考えるのが普通だろう」
「お父様は、そのような方ではありません。……それに、もしそうなら全ての人に糸が付いているはずではないですか」

 いらだった口調でフィノアが言う。父を貶められたと思ったのだろうか。フィノアはにらむようにして、ラトスを見ていた。その隣で、メリーがそわそわとしている。喧嘩になりそうだと感じたのだろう。

「そうだな。確かに、全員に糸は付いていない」

 ラトスは両手のひらをフィノアに向けて、悪気はないと意思表示した。少女はしばらく顔をしかめていたが、小さく息を吐きだして地図に視線をもどした。メリーが、ほっとした顔をする。ラトスも小さく息を吐いて、ざんばらの髪をかきあげた。

 地図から目をはなすと、セウラザが議会場を歩き回っているのが見えた。
 ラトスも円卓からはなれ、周囲を見回す。議会場には、いくつか扉があった。扉の形はそれぞれ違っていたが、どれも同じように錆びているようだった。
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