尽くされ男と尽姉妹

霞ヶ丘霞

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   第七話 新しい友人

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「なんで小菜とおばさんがいるんだ…?」
「え…駄目だった…?で、でも、おばさんが、いいって…」
 そう言って顔を赤くしながらあたふたする小菜を見て、罪悪感がこみ上げてくる。
 すると晴は後ろから軽く頭をはたかれた。
「晴、小菜ちゃんと小雪ちゃんを呼んだのは私なの、何か文句でもあるの?」
 と、晴子がニコッと晴に無言の圧をかける。その圧の中には、謝りなさいという意味も含まれていると晴は悟った。
「ないです…悪い、小菜…」
「う、ううん、いいの…」
 それからは家族9人と小菜、おばさんと和気あいあいと高校入学のお祝いをし、それから店を出て帰路についた。
 その際、おばさんの小雪さんが晴に小声で話しかけてきた。
「晴くん、いつも小菜のこと気にかけてくれてありがとね」
 そう言って小雪さんは前で小春達と楽しそうに話している小菜を見て、微笑んだ。
「どうしたんですか?改まって」
「う~ん、そうだねぇ、小菜が小さい頃に私が離婚して、小菜には父親がいなかったでしょ?それに私も、仕事で平日は帰りが遅いし、小菜には寂しい思いをさせてしまっていると思っていたの」
 晴は小雪さんの話に、無言で頷く。
「でもね、その当時の小菜が言ってた。ううん、全然寂しくないよ?だって晴くんと小春ちゃんがいるもんって」
「小菜がそんなことを…」
 小菜が小さい頃に、父親が突然いなくなり、一人親となった小雪さんは仕事で帰りが遅い。だから、昔からよく小春と小菜を連れて、公園で遊んだり、周辺を散策したり、家で遊んだりとしてきた。だが、小菜がそんなことを思っていたなんて初耳だ。確かに、いつもすごく楽しそうにしていた、晴はそれを見るのが好きで小菜を毎日連れ出していたのだ。
「だから、本当ありがとね晴くん、そしてこれからもよろしくね」
「はい、大したことはできませんが…」
 晴がそう言うと、小雪さんはニコッと微笑み、周りにいる姉妹や両親を一瞥した後、また晴に向き直る。
「ううん、小菜の中では晴くんや小春ちゃんはかなり大きな存在だから、できるだけ一緒にいてあげてね」
 そう言われて、小菜が隣に引っ越してきたことを思い出した。
(これは諦めるしかないか…)
「はい、もう色々とオッケーですよ…」
 晴はそう言って、ため息混じりの笑顔を浮かべ、小菜の方を見る。
 すると視線に気付いたのか、晴と小雪さんを交互に見ると、慌てるでもなく焦るわけでもなく、ハテナが頭に付いているみたいに小首を傾げた。
 そして、大切なことを忘れていたことに気づく。今日はやけに小雪さんが大人しいのだ。母の晴子と小雪さんは仲がいい、それもかなり。仲がいいということはあの破天荒な晴子と気が合うということだ。それが意味することはただ一つ、
「あ、あの、小雪さん…」
 そう言って、晴は恐る恐る小雪さんの方に向き直った。
 案の定、小雪は晴をうっとり顔で見つめていた。
「はぁ、小雪さん」
 すると小雪は、何でもなかったようにニコッと笑った。
「ん?なぁに?」
「このいい雰囲気を台無しにするようなことはしないですよね…?」
 晴がそう言うと、小雪の目が前髪で隠れ、表情が見えなくなってしまった。
「ん?それは振りなの?」
「だと思いますか?」
「思っちゃうよ」
「とんだ勘違いさんですね」
「ね、晴くん」
「なんです?」
 晴は小雪の次に言うセリフに身構える。
「私、ね」
「はい…」
だよ?」
 小雪のその予想を裏切らないセリフに深いため息が溢れる。
「ええ、わかってますよ」
 晴は少し冷たい目線でそう答える。すると小雪は少し嬉しそうにし、顔を赤らめた。
「元人妻だよ!?お母さんにしては歳もまだ若いほうだし、晴くん私のこと大好きだったよね?」
「それは昔の話ですよね?それに小雪さん、何歳でしたっけ?」
 昔、小雪はよく晴を可愛がっていた。男の子が一人しかいなかったからっていうのもあるかもしれないが、それにしても以上な可愛がり方だった。下手をすると小菜と同じくらいに。
「えー、私はまだ晴くんのこと大好きだよ?それにまだ36だけど?」
「ですよね!?まだいけるっていいますけど、僕は普通の恋愛がしたいのでそういうのはお断りします、断固としてお断りします」
「んー、そこまで言われるとなぁ、今日のところはこのくらいで引いといてあげる」
「二度と言わないでください…」
 このように小雪もかなりの変人なのだ。
「だから、旦那さんにも逃げられるんですよ…」
 晴がそう言うと、小雪はうっと突かれたような声を出し、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「だってぇ、あの人を楽しませようとしてぇ…」
「楽しませようとしてこうなったのなら、元も子もないですよね…」
 小雪の言葉に、晴はため息をつくしなかった。
 すると、小雪はクスッと笑って晴に向き直った。
「まぁ、冗談はそれくらいにして、親子共々これからも仲良くしてね?」
 晴は、ツッコミたくなる衝動を押し込めて、ため息をつきながら返事をした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします…小雪さん」
「ん、オッケー」
 そう言って、小雪はニコッと笑った。
(まだまだ若いな…この人も母さんも…)
 その年不相応の容姿とお茶目さに、驚きを隠せない晴だった。


 登校日初日、晴と小春は学校の正門をくぐり人混みの中にいた。
 そう、クラス別けだ。
「お兄ちゃんと一緒のクラスでありますように、お兄ちゃんと一緒のクラスでありますように」
 そう目をつむって祈る妹に苦笑しながら、晴は貼り紙に目を通した。
「えっと、俺の名前は…あった!…ん?」
「どう、したの…?お兄ちゃん」
「えっとね、小春も俺と同じクラスみたいだ」    
 すると小春の顔がパァッと明るくなった。そして、満面の笑みを作り、思いっきりガッツポーズをしている。
「やったぁ!!」
「良かったな、小春」
 そう言って、晴は微笑み小春の頭をそっと撫でた。
「と、他は…」
 もう一度、貼り紙に目をやると後ろから軽く肩を叩かれ、後ろを振り向くと小菜がいた。
「わ、私も同じクラスだから、よろしく…はるくん」
「あ、ああ…よろしく、小菜」
(あまりクラスで目立ちたくなかったのに…)
 晴は、目立ちたくないという願望を諦めてクラスに向かった。
「まぁ、この学校はそこそこ学力の高い進学校だから、そんなに問題にはならないか」
「ポジティブだね、お兄ちゃんは」
「小春、俺の言わんとすることがわかってるんだな?」
「まぁ、だいたい察しはつくかな、ふふっ」
 楽しそうに笑う小春を見て、晴は今後の学校生活への不安と、クラスに向かっているだけなのに、両脇にいる2人に集められる視線に深いため息をつく。
「仕方ないじゃん…」
「いやいや、小菜達が悪いって言ってるんじゃないんだけどね…」
「ただ………」
「ただ?」
「ただ……うっ…」
「ほらぁ、仕方ないでしょ?」
「こっちだって中学の時はほぼ、ぼっちみたいなものだったから大勢の視線には慣れていないんだよ!」
 そう言って、しまった!と急いで小春の方を見る。
小春は平気そうな顔をしてはいたが、明らかにさっきよりも暗い顔をしている。
「ご、ごめっ、小春、大丈夫か…?」
「う、うん、大丈夫…だよ…?」
 小春は何かを必死に耐える様な顔をしていた。これは自分のせいなんだと晴は、不甲斐なさに唇を噛み、小春の強張った精神をほぐすように、優しく頭を撫でた。
 すると、小春の顔が少し緩んだような気がした。たが、なぜかまだ強張っている。
「本当にごめんな、小春…」
「ううん、お兄ちゃんの言葉じゃないの、お兄ちゃんのことは好きだから、あの時のことを言われてもあまり気にならなくなってきたんだけど、そうじゃなくて…」
 そう言って、小春は下を俯いた。そして、ようやく晴は、ある視線に気付いた。
「っ!?」
 その視線には恨みに近いものがあった。
「なるほど、そういうことか」
 その視線は、仕方のない事だとはわかってる。これは、小春が背負わなきゃいけないものだということも。小菜も、晴もわかってはいる。
「ねぇ、はるくん、わかってたけどやっぱ許せない」
「ああ、俺も同感だ」
「何ならいいと思う」
「睨み返すくらいはいいんじゃないか」
 そして、小菜のきつい、狼の様な銀髪系特有のきつい威圧を食らった視線の主達は、見事にたじろぎ、目を逸らした。
「これでいいかしら」
 そう言って、真顔で銀色の綺麗な髪を払う小菜を見て、晴は不覚にもかっこいいと思ってしまった。
「かっこよかったぞ小菜」
「ちょっ、はるくん!?もぉからかわないでよぉ!」
 そう言って、ポコポコと晴の肩を叩く小菜を見て、
(はは、前言撤回だな…)と思う晴だった。
「小菜ちゃん、ありがとっ!かっこよかった!」
「もお!小春ちゃんまで!」



 教室に入ると前に貼り紙があり、そこには席順が載っていた。
「俺と小春は…もちろん前後で同じだよね」
 小菜はというと、当然落ち込んでいる。
「やとたじゃ仕方ないよ」
「わかってたけど…ああ悔しい!」
 もとい悔しがっていた。
「まぁ、番号順なのも最初の一ヶ月くらいじゃない?だから、小菜ちゃん!元気出して!」
「この妹は、なんて…」
 可愛いんだという次の言葉を直前で飲んだ。なぜかというと、小春はその言葉を察し、すでに茹で上がっていた。
「はぁ、このシスコンブラコン兄妹め」
 そんなこんなをしているうちに担任とおぼしき先生が教室に入ってきた。
「さ、お前ら席に座って」
「担任の先生って女性なんだね、わぁ、いかにもたばこ吸ってますよぉって主張してる」
「小春、そもそもたばこくわえてるけどね…」
 それから先生は自分の自己紹介を始めた。
「私の名前は、北城紅音きたしろあかねだ、よろしく!それから、私はこういう見た目だが実は優しいからな、相談とかあったらいつでも言ってくれ、私は自分の生徒のことを第一に考える、だから遠慮なく相談してくれ、ちなみに年齢は25だ歳もそんなに遠くないから親しみやすいだろう、旦那もいるからそこは憐れまなくてもいい」
「え…?最後の…」
 晴は思わず率直な疑問をこぼしそうになった。
(しまっ…!?危なかった…)
 一瞬睨まれたが、それだけで終わった。
 安堵していると、前で小春が肩を揺らして笑いをこらえているのが見えた。そして、それにつられてか、周りの生徒たちも笑い出す。
(小春ぅ、後で覚えてろよ!?)
 すると、あることに気づいた。
(ん?隣の子、笑ってない…というかずっと上の空だったような…)
 そう、隣の生徒だけ笑わずぼーっとしていた。
「こら、静かにしなさい」
 先生のこの一言で教室は静まり返る。そして、話を続けるぞと言い、続きを話しだした。
 その後、30分程度先生は話をし、各自解散となった。内容としては、明日は予め注文しておいた教材や体操服等を買うから、お金を用意しておくことと、明後日から本格的に授業が始まるから、準備を怠らないようにとのこと。
「えっと、柳沢ちょっといいか?」
 すると、これはありがちなことで、晴と小春、両方がそれに返事をしてしまった。
「ああ、悪い…2人いるんだったな」
 北城先生は、何か勘違いをしているような口ぶりだった。
「はい!兄妹です!」
 小春がそう言うと、北城先生は目を丸くした。が、さっきまでの普通の表情に戻り、ふっと微笑んだ。
「なるほど、どうりで仲が良いわけだ」
「で、先生どうされましたか?」
「ああ、そうそう、柳沢兄の隣の…下北若葉しもきたわかばにさっき話したことを伝えておいてくれ、これでさっきの失言は取り消しにしてやる、今もそうだがずっと外を見ていたからな、頼むよ柳沢兄」
 そう言って、北城先生はいたずらっぽい笑顔で晴の肩を叩き、教室を出て行った。
「はぁ、やるしかないか」
 横を見ると、下北若葉は今も外を眺めていた。
「し、下北さん、ちょっといい?」
 と、声をかける。が、まだ外を見ていた。
「あのぉ、下北さん…?」
 2回目も同じだ。教室内で晴を待っている小春と小菜に目線をやると、2人とも楽しそうに喋っていて、助けを求めれそうもない。
 晴は自分が頼まれのだから、と思い切って彼女の前に立った。
「下北さん」
 すると彼女は、今まで外に向けていた顔を晴の方にゆっくり向けた。
「んー、なぁに?」
 下北若葉は予想以上の美少女で、小菜や小春とは違う雰囲気を持っていた。その名前にふさわしい、若葉色の髪の毛、濁りのないきれいな茶色をした瞳、背は平均程度で、小春とあまり変わらない。雰囲気はというと、すごくおっとりしている。
「ずっと、外を見てたのか?」
「うーん、見てたっていうよりか、今日は日差しが気持ちいいなぁって、へへへ」
「なるほど、やけに嬉しそうだね」
「うん、高校に入学してかなり不安だったから、同級生とか友達とかいないし、だから話しかけてくれたことが嬉しい」
 どうも、彼女はそのおっとりしたというか、マイペースな性格のせいもあってか、あまり友人はいなかったらしい。 
「なら、俺が下北さんの高校に入ってからの友人第一号でいいのかな?」
「うん、仲良くしてくれると嬉しい」
 それにしても、おっとりとした口調だなぁと、晴は心の中でつぶやく。
 すると、小春と小菜がこっちへやって来て、話の一連を聞いていた2人は、自分たちも友達になりたいと彼女に言うと、願ってもないことだと、満面の笑みで答えた。
「私は、柳沢小春、で、こっちがお兄ちゃんの…」
「柳沢晴、ごめん、名乗ってなかった」
「ううん、全然いいよ~」
「私は、橘小菜、よろしくね」
「うん、よろしく」
 そうして、晴達の高校生活が始まった。
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