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第1章 青春期
絶望の底で
しおりを挟むエーレンベルク家の財政は、すでに風前の灯だった。
父は酒に溺れ、ろくに働きもせずに屋敷で飲み明かす日々。
母は贅沢をやめようともせず、新しいドレスや宝飾品を買い漁る。
そのくせ、家計が苦しいと泣き言をこぼし、使用人の給与を削り、食事の質を落としながらも、「エーレンベルクの名に泥を塗るな」と貴族らしさだけは手放さなかった。
カトリーナは何度も訴えた。
「お父様、お母様、今のままでは家は破綻します。支出を減らし、資産を管理しないと——」
パァン!
鋭い音が響き、頬が熱を持つ。
「口答えするな! 子供が親に意見するとは、どこでそんな無礼を覚えた!」
父の怒声が耳を打つ。
「そうよ、カトリーナ。そんな野暮なことを言って、お前はこの家を恥ずかしいものにしたいの?」
母は細い指でグラスを傾けながら、うっとりとした目で言う。
「いいえ、恥ずかしいのはお母様です」
パァン!
もう片方の頬が、同じように熱を持つ。
痛みは、慣れていた。
涙は、とうの昔に枯れていた。
それでも、家を守るために考え続けた。
学園では、もう一つの戦場があった。
カトリーナは経済学を専攻し、商売に関する本を読み漁った。
図書館の隅で、夜遅くまで帳簿の仕組みを学び、商会の動向を調べ、成功した貴族の事例を研究した。すべてはエーレンベルク家を救うため。両親がどうしようもないなら、自分が何とかするしかない。
授業の合間を縫い、商人や経済学の教授に相談し、商売の計画を練った。
「なるほど……君の計画は理に適っている。貴族の家柄を利用しつつ、新興商人と組む形で利益を得るなら、実現可能だ」
「この案ならば、財政の立て直しができるはずだ。どこで学んだ?」
「……独学です」
教授や商売人からお墨付きをもらった計画をまとめ、何度も推敲を重ねた。
この計画さえあれば、エーレンベルク家は救える。
家に帰ると、カトリーナは父と母の前に分厚い書類を置いた。
「これを見てください。商売をすれば、家の財政は立て直せます。貴族の信用を利用し、私が実行します。これが——」
バサッ
父は書類に目を通すことすらせず、無造作に丸めた。
「貴族が商売などするものではない!」
「みっともない! 貴族としての誇りを忘れたの!? お前は私たちに恥をかかせたいの!?」
「違います!」
カトリーナは机に置かれた計画書を掴み、訴えた。
「これは家を救うためです! お父様も、お母様も、お金がないと嘆いているでしょう!? ならば、手を打つべきではありませんか!? ただ座して滅びを待つだけなんて——」
バンッ!
父が椅子を蹴倒し、立ち上がる。
「貴族の誇りを捨てるぐらいなら、滅びたほうがマシだ!」
その言葉に、カトリーナは息を呑んだ。
「お前の考えは、下賎な成り上がり者と同じだ。恥を知れ」
母も同意するように頷き、冷ややかに笑った。
「貴族の娘が商売など……そんなことをすれば、社交界で笑い者よ」
手の中の計画書が、ただの紙くずのように思えた。
カトリーナは拳を握りしめる。
——もう、何を言っても無駄だ。
理屈も、正論も、彼らには届かない。
貴族という誇りに縋りつき、身を滅ぼす未来しか見えていないのに、それすらも理解しようとしない。
絶望だけが、カトリーナの胸に残った。
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