13年ぶりに再会したら、元幼馴染に抱かれ、異国の王子に狙われています

雑草

文字の大きさ
10 / 70
第1章 青春期

絡みつく罠

しおりを挟む


「カトリーナ・エーレンベルク!」

——しまった。

ラブホテルの出口を出た瞬間、鋭い声が響いた。

カトリーナは即座に振り向き、反射的に逃げる道を探そうとする——だが、それより早く、ヴィクトルが動いた。

ふわりと、視界が黒で覆われる。

「っ——!」

ヴィクトルが、後ろから腕を回し、カトリーナのフードを深く被せた。

同時に、彼の腕がしっかりと彼女の体を包み込み、まるで愛人を隠すような仕草で顔や姿を覆い隠した。

「騒ぐな」

低く、冷静な声が耳元に落ちる。

カトリーナは、一瞬息を詰まらせた。

ヴィクトルの腕の中は、驚くほど温かかった。
だが、今はそれに気を取られている場合ではない。

目の前には数人の男たちが立っていた。

彼らは明らかに、ただの街の客ではない。
鋭い目つき、腰に見える武器の膨らみ——この連中は戦闘慣れしている。

「……ヴァイスハウゼン公爵家の御曹司とは、これは驚いた」

男の一人が、にやりと笑う。

「こんな場所に何のご用です?」

——まずい。

情報が漏れていたのは確かだ。
どこからか、彼女が歓楽街に来ていることが知られていた。

カトリーナは、ヴィクトルの腕の中で歯を食いしばった。
今、ここで素性が割れれば、完全に終わる。

「……あいにく、俺は情報を買いに来ただけだ」

ヴィクトルは、落ち着いた声で言った。

「こいつはそのついでに買った女だ。俺の趣味に口を出すつもりか?」

「……」

カトリーナは、一瞬固まった。

買った女?

……いや、そう言うしかないのはわかる。
この場では、自分の正体を隠すことが最優先。

「はは……なるほど」

男たちは少し警戒を解いたように見えた。

「公爵家のお坊ちゃんが、歓楽街で女を買うのは確かに珍しいですね」

「男には色々ある」

ヴィクトルは、カトリーナを抱き寄せたまま、ゆっくりと男たちを見渡した。

「何か用か?」

「いえ、ただ、少し話をしたいだけですよ」

「それなら、俺一人でいいだろう?」

ヴィクトルの声は、冷ややかだった。

「こいつはただの娼婦だ。何の情報も持っていない。俺だけを連れて行け」

「……いいでしょう」

男たちは顔を見合わせた後、頷いた。

ヴィクトルは、カトリーナを信頼できるホテルへと連れて行き、受付に指示を出した。

「こいつをしばらくここに匿え。何かあれば、ヴァイスハウゼン家の名を出せばいい」

「……かしこまりました」

使用人らしき男が頷くのを確認すると、ヴィクトルはカトリーナを振り返った。

「ここで大人しくしていろ」

「……」

カトリーナは、拳を握りしめた。

彼が何をしようとしているのか、わかっている。

このままでは、ヴィクトルは——組織に拘束される。

「ヴィクトル……」

「今はお前の安全が最優先だ」

ヴィクトルの声は、揺るぎないものだった。

「俺は公爵家の人間だ。すぐに殺されることはない」

「……そんなの、保証がないでしょう」

カトリーナは、思わず彼の腕を掴んだ。

ヴィクトルの金の瞳が、ふっと細められる。

「……お前が、そんな顔をするとはな」

「……?」

「心配しているような顔だ」

カトリーナは言葉を失う。

心配——?
そんなもの、していない。

彼は敵ではないが、味方でもない。
あくまで、利用できるだけの存在のはず。

なのに——

「……絶対に、戻ってきなさい」

カトリーナは、彼の手を強く掴みながら、低く言った。

ヴィクトルは、それを見て、微かに口元を緩める。

「命令か?」

「ええ」

「……なら、従ってやる」

ヴィクトルは、カトリーナの手を優しくほどくと、そのまま組織の男たちの元へと向かった。

カトリーナは、その背中を見送りながら、奥歯を噛みしめる。

——どうする?

今すぐ助けに行くことは、逆にヴィクトルを危険に晒すことになる。
今は、すぐに動くべきではない。

彼が自力で状況を打破するか、時間稼ぎをするか——
それまでに、こちらが完璧な手を打たなくてはならない。

「……屋敷に戻るしかないわね」

カトリーナは、踵を返した。

まずは、情報を整理し、次の一手を考える。

ヴィクトルを助けるために——
そして、エーレンベルク家を脅かす組織を潰すために。

これが、命を懸けた「戦争」の始まりだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...