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第1章 青春期
絡みつく罠
しおりを挟む「カトリーナ・エーレンベルク!」
——しまった。
ラブホテルの出口を出た瞬間、鋭い声が響いた。
カトリーナは即座に振り向き、反射的に逃げる道を探そうとする——だが、それより早く、ヴィクトルが動いた。
ふわりと、視界が黒で覆われる。
「っ——!」
ヴィクトルが、後ろから腕を回し、カトリーナのフードを深く被せた。
同時に、彼の腕がしっかりと彼女の体を包み込み、まるで愛人を隠すような仕草で顔や姿を覆い隠した。
「騒ぐな」
低く、冷静な声が耳元に落ちる。
カトリーナは、一瞬息を詰まらせた。
ヴィクトルの腕の中は、驚くほど温かかった。
だが、今はそれに気を取られている場合ではない。
目の前には数人の男たちが立っていた。
彼らは明らかに、ただの街の客ではない。
鋭い目つき、腰に見える武器の膨らみ——この連中は戦闘慣れしている。
「……ヴァイスハウゼン公爵家の御曹司とは、これは驚いた」
男の一人が、にやりと笑う。
「こんな場所に何のご用です?」
——まずい。
情報が漏れていたのは確かだ。
どこからか、彼女が歓楽街に来ていることが知られていた。
カトリーナは、ヴィクトルの腕の中で歯を食いしばった。
今、ここで素性が割れれば、完全に終わる。
「……あいにく、俺は情報を買いに来ただけだ」
ヴィクトルは、落ち着いた声で言った。
「こいつはそのついでに買った女だ。俺の趣味に口を出すつもりか?」
「……」
カトリーナは、一瞬固まった。
買った女?
……いや、そう言うしかないのはわかる。
この場では、自分の正体を隠すことが最優先。
「はは……なるほど」
男たちは少し警戒を解いたように見えた。
「公爵家のお坊ちゃんが、歓楽街で女を買うのは確かに珍しいですね」
「男には色々ある」
ヴィクトルは、カトリーナを抱き寄せたまま、ゆっくりと男たちを見渡した。
「何か用か?」
「いえ、ただ、少し話をしたいだけですよ」
「それなら、俺一人でいいだろう?」
ヴィクトルの声は、冷ややかだった。
「こいつはただの娼婦だ。何の情報も持っていない。俺だけを連れて行け」
「……いいでしょう」
男たちは顔を見合わせた後、頷いた。
ヴィクトルは、カトリーナを信頼できるホテルへと連れて行き、受付に指示を出した。
「こいつをしばらくここに匿え。何かあれば、ヴァイスハウゼン家の名を出せばいい」
「……かしこまりました」
使用人らしき男が頷くのを確認すると、ヴィクトルはカトリーナを振り返った。
「ここで大人しくしていろ」
「……」
カトリーナは、拳を握りしめた。
彼が何をしようとしているのか、わかっている。
このままでは、ヴィクトルは——組織に拘束される。
「ヴィクトル……」
「今はお前の安全が最優先だ」
ヴィクトルの声は、揺るぎないものだった。
「俺は公爵家の人間だ。すぐに殺されることはない」
「……そんなの、保証がないでしょう」
カトリーナは、思わず彼の腕を掴んだ。
ヴィクトルの金の瞳が、ふっと細められる。
「……お前が、そんな顔をするとはな」
「……?」
「心配しているような顔だ」
カトリーナは言葉を失う。
心配——?
そんなもの、していない。
彼は敵ではないが、味方でもない。
あくまで、利用できるだけの存在のはず。
なのに——
「……絶対に、戻ってきなさい」
カトリーナは、彼の手を強く掴みながら、低く言った。
ヴィクトルは、それを見て、微かに口元を緩める。
「命令か?」
「ええ」
「……なら、従ってやる」
ヴィクトルは、カトリーナの手を優しくほどくと、そのまま組織の男たちの元へと向かった。
カトリーナは、その背中を見送りながら、奥歯を噛みしめる。
——どうする?
今すぐ助けに行くことは、逆にヴィクトルを危険に晒すことになる。
今は、すぐに動くべきではない。
彼が自力で状況を打破するか、時間稼ぎをするか——
それまでに、こちらが完璧な手を打たなくてはならない。
「……屋敷に戻るしかないわね」
カトリーナは、踵を返した。
まずは、情報を整理し、次の一手を考える。
ヴィクトルを助けるために——
そして、エーレンベルク家を脅かす組織を潰すために。
これが、命を懸けた「戦争」の始まりだった。
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