不器用な幼馴染に、唇ばかり奪われています。――流され令嬢、恋人未満のまま初めてを捧げました

雑草

文字の大きさ
1 / 13

たぶん、あの人はずっと、私の苦手だった

しおりを挟む
幼い頃から、私は人の顔色ばかりうかがって生きてきた。

静かな部屋。落ち着いた声。誰かを傷つけない振る舞い。そういうものにばかり安心を覚えていた私は、いつだって「目立たないこと」が何より大切だと信じていた。

そんな私の真逆にいたのが、幼馴染のカイ・ルヴェールだった。

貴族の中でも名家とされるルヴェール家の令息で、成績優秀・容姿端麗。
……ただし、性格最悪。

口が悪くて態度も大きく、誰にでも遠慮なく物を言う。
いや、言いすぎる。誰かが戸惑ったり、困ったりしている様子を見ると、楽しそうに目を細めるタイプだった。

当然、私はずっと苦手だった。関わると疲れるし、目をつけられると厄介だし、なにより、あの人の気まぐれに振り回されるのが怖かった。

目が合うと必ず、意地悪を言われる。  
髪を引っ張られたり、ノートを隠されたり、私が大事にしていた栞を、わざと踏みつけて笑ったこともあった。

「……アナベルって、ほんと泣き虫だよな」  
「そんな顔してると、また誰かにいじめられんぞ」

誰かって、あなたのことだよ。  
そう思っても言えなくて、私はいつもただうつむいた。

私が彼に何をしたのかは、わからない。  
ただ、彼が私を見るたびに眉をひそめるのも、ため息をつくのも、もう慣れていた。

――それでも、なぜか彼は、いつも私のそばにいた。

不思議な人だった。  
冷たくて、傲慢で、でも……どうしてだろう。  
少しだけ優しい声も、私はちゃんと、覚えている。

「お前は、俺が守ってやるよ」  
なんの拍子で言ったのかも思い出せないその言葉を、  
私はずっと胸の奥にしまっている。

たぶん、あの人はずっと、私の苦手だった。  
けれど。  
苦手なのに、なぜか目で追ってしまう。  
息が止まるほど近づかれると、どうしてか拒めない。

……だからなのだろうか。
私はこの十年ほど、彼にずっと振り回され続けている。

始まりは、高等部に入ってすぐの春だった。

風がまだ肌寒くて、教室の窓から見える桜の木が、淡く揺れていた日のこと。

放課後、私は教室の隅でノートを書き写していた。隣の席の子が風邪で休んでいたので、その子に見せるためのものだった。

「……相変わらず、お人好しだな」

低くてよく通る声に、びくりと肩が跳ねる。

振り向けば、案の定。
教室の入り口にカイが立っていた。

制服のネクタイはゆるく、手にはカバンを持ったまま、片方の眉だけを上げてこちらを見ている。

「また誰かの分か?」
「……うん。ノート、貸してって言われて」
「ふーん」

カイは歩いてきて、私の隣の机に腰を下ろした。特に理由もないのに、当然のような顔をして。

「ま、いいんじゃね。アナベルってさ、そうやって誰にでも優しいのが取り柄だろ」
「……それ、褒めてないよね」
「いや、褒めてんだって」

にやりと笑う彼の目元が、いたずらを思いついた子供のように細められていた。

「――で、その優しさ、俺にも分けてよ」
「は?」
「ほら、たとえばキスとか」

……。

私の手が止まる。

「……なに言ってるの?」
「だって、俺お前のこと嫌いじゃないし」

なんて適当な理由。
けれどカイは本気とも冗談ともつかない顔で、私の頬に触れてきた。

「お前さ、断れない性格だろ?」

その囁きに、心臓がドクンと跳ねる。

彼の顔が近づいて、私の思考が止まった。
拒もうとする声が出ないまま、唇が、重なった。

それが、私たちの最初のキスだった。
甘さも、優しさも、何もない――けれど、どこか熱を孕んだ、不可解な口づけ。

カイは唇を離すと、満足げに笑った。

「……やっぱ、お前の唇、俺好きかも」

わけがわからなかった。  
でもその日から、カイはことあるごとにキスをするようになった。

ふいに、唐突に、強引に。  
でも、どれも――ちゃんと、優しかった。

私はいまだに、それがどういう意味か、わかっていない。  
ただ、カイが“そういう顔”をすると、なにも言えなくなる。

流されているだけだと、自分でも思う。  
でも、拒めない。

……ずるい人だ。

私は、何も言えなかった。

でも、嫌じゃなかった。それが、いちばん怖かった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】白百合の約束

花草青依
恋愛
王太子ジョージの婚約者として、完璧な令嬢として生きてきたアリシア・ヴァレンタイン。しかし、王宮の舞踏会で彼は婚約破棄を宣言した。 白百合の聖女と称えられるリリィに全てを奪われた。毅然とした態度で婚約破棄を受け入れた彼女は、まだ気づいていない。アリシアを見守る優しい幼馴染の想いに・・・・・・。/王道の悪役令嬢の恋愛物/画像は生成AI(ChatGPT)

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

ふしあわせに、殿下

古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。 最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。 どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。 そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。 ──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。 ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか? ならば話は簡単。 くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。 ※カクヨムにも掲載しています。

身代わりーダイヤモンドのように

Rj
恋愛
恋人のライアンには想い人がいる。その想い人に似ているから私を恋人にした。身代わりは本物にはなれない。 恋人のミッシェルが身代わりではいられないと自分のもとを去っていった。彼女の心に好きという言葉がとどかない。 お互い好きあっていたが破れた恋の話。 一話完結でしたが二話を加え全三話になりました。(6/24変更)

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

処理中です...