ポエムでバトル

ハートリオ

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08 令嬢は感謝を伝えたい

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戸惑うモーブ猊下にしがみ付くショコラ公爵令嬢。

――そんな二人をぐるりと囲み、令息達も口々に叫ぶ。


「素晴らしい、流石はモーブ猊下です!
私ならきっと『妖精姫の首の後ろのリボン結び』の誘惑に負け、この場へ戻る事は叶わなかったかもしれませんッ」

「本当に‥‥!
勿論、モーブ猊下を信じておりましたが、男は妖艶な美女の前では無力になってしまうもの。
あれ程魅力的な『妖精姫の首の後ろのリボン結び』に籠絡されないなど――
どれ程の自制心をお持ちなのか、凡人である我々には想像もつきません」

「ッ、本当にまさか、
『妖精姫の首の後ろのリボン結び』を無視出来る男がいようとは――」


「ええと、
ポエムバトルを中断させてしまった様で申し訳ない。
私の事など気にせず進めてもらって構わなかったのだが‥‥」


皆がしきりに口にする『妖精姫の首の後ろのリボン結び』‥‥

何の事だか分からない私は仲間はずれ気分だ。

若者達は自分達だけで分かり合える隠語的なものを好むから、そのたぐいのものなんだろう‥‥

と、私の胸にしがみ付いたままショコラ公爵令嬢が声を震わせる。


「モーブ猊下、そんな風に仰らないで下さい!
あなた様がいらっしゃらなければ私には何の意味もありません!
私は今夜、モーブ猊下にお会いできるのではないかとそれだけを胸に‥‥あ、
あの、えと、その、あ
あの時のお礼をお伝えしたくて‥‥」

「あの時‥‥」

「去年の、デビュタントの時ですわ!
モーブ猊下が助けて下さらなかったら、私はきっと‥‥
そうですわ、ちゃんとお礼を言わせてくださいませ」


ショコラ公爵令嬢はモーブ猊下からフワリと3歩後ろに下がり。


「あの時はお助け下さいましてありがとうございました!
私が今こうして居られるのはモーブ猊下のお陰です!
どれだけ言葉を尽くしてもこの感謝を伝えきる事は出来そうもありませんッ
ですのであの、そのッ
わ、わ、私をそのッ
不束者ふつつかものですがえと‥」

「――君はまさか?」

「は、はいッ!私‥」

「私の正体に気付いていたというのか!?
あの時私は完璧に変装していたのに!?」

「‥エッ‥!…あ、」


これは驚いた。

実は私は一年前、ピンチに陥ったショコラ公爵令嬢を救った事がある。

だが、その時私は変装をしていたし、特に名乗らなかった。

だから彼女は私を知らないと――

今日が初対面だと思っているのだろうと思っていた。


「素晴らしい洞察力だ
――正直驚いている。
君には変装を見破る特別な才能があるのか…
一体いつの時点で私だと気付いたのだ?」

「‥ッ‥あ、あの、
いつ‥というのは‥
ハッキリとは‥えと‥
な、何となくで‥」

「しどろもどろだな」

「あッ、え…はい」

「可愛い」

「ッッ!!
まぁッ、そんなッ!
どうしましょう?
モーブ猊下が私を可愛いだなんて畏れ多い事ですわッ
私が可愛いだなんてッ
モ、モーブ猊下が!
『可愛い』ってキャッ
恥ずかしいですわ、
でも嬉しいですわッ」


うっかり思った事を口にしてしまったが。

今までシャワーの様に『可愛い』と言われ続けて来たであろうショコラ公爵令嬢が、まるで生まれて初めて言われたかのようにはしゃぐ姿は不思議なものだ…

可愛過ぎるッ!


「――ではそろそろポエムバトルの続きと行こうか…
皆も早く君と踊りたいだろうからね」

「ハ、ハイッ
私も早く猊下と踊りたいですッ
では、猊下はこちらへ。
畏れ多い事ですが、ぜひ私の隣へ」

「――ん?」


元々座っていた椅子…

ショコラ公爵令嬢から一番離れた窓際の椅子に向かおうとした私のマントの端をショコラ公爵令嬢の小さな手がキュッと抓んでいる。

赤い頬

ウルウルした瞳

まるで恋に落ちているかのような顔でチョコンとマントを抓まれて逆らえる男が居るだろうか――?

私は『デレデレとニヤけ鼻の下を伸ば』さない様に細心の注意を払いながらマントを抓んだショコラ公爵令嬢の手を取る。


「では仰せのままに」

「‥ァッ‥」


突然、ショコラ公爵令嬢がよろめいた!?

咄嗟に抱きとめた私に、彼女は体を預ける。

もしこれが密室で二人きりなら始めてしまうところだが、生憎そうではない。

私は大人の理性をフル動員して己を律する!


「失礼」

「‥ハッ‥」


私は彼女を抱き上げる。

体中の力が抜けてしまったふにゃふにゃ状態では歩くどころか立ってもいられない様だったので仕方ない。

誓って言おう。

エロい下心は少ししかない。


「どこか具合が?
体調が優れないのなら医術師を‥」

「いいえ!
今までの人生で一番体調良いですわ!
‥夢見心地で‥
ふわふわして幸せ‥」


そう言いながらショコラ公爵令嬢は私の首に手を回して来たので‥


‥おっといけない、

危うくキスするところだった…


無自覚で煽って来るイケナイ娘を長ソファに座らせ、その隣に腰かける。


「有難うございます」


と見つめて来る彼女に微笑みを返す。

彼女は長々とこんな状況をただボーっと見ていたマヌケな男達に声を掛ける。


「では、ポエムを再開して下さい。
――次はどなたが?」

「はっ!私が!」
「いいえ!僕が!」
「いや私が!」

彼等はポエム発表の順番を争ってジャンケンを始めた。

‥‥若い。

私もあと10才若ければあのジャンケンの輪に加わり『最初はグーだろ』だの『後だしだ、ズルだ』などと声を荒げたのだろうか…

10年前、15才の自分を思い出せない。

他国の兵士を凍らせていた様な気がするが記憶はおぼろだ。

少なくとも同年代と本気でジャンケンバトルを繰り広げてはいなかった様な…

何だかジェネレーション・ギャップをひしひしと感じる。

仕方のないことだ。

私が15才の頃と違い、この国は平和で豊かだ。

のんびりとした空気が漂い、年令よりも幼くなってしまうのは当然なのだろう…


やはり私は場違いだ。

帰ろかな…

――ん?



《キランッ!》
今が、チャンスッ!


私、ショコラ公爵令嬢プラリネはモーブ猊下がご自分の長い足の上に置いた御手に自分の手を重ねる!

勇気を出してモーブ猊下の顔を見上げれば、神秘的なモーブ色の瞳に射貫かれ、気を失い‥
ダメよ、プラリネ!

気を失っている場合じゃないでしょう!?

いつも居所不明でどこにいるのかまるで分からないモーブ猊下とやっとお会い出来たというのに!

物語のヒロインなら何度気絶してもハッピ-エンドが用意されているだろうけど。

現実を生きる私は自力で欲しい未来を掴み取るのよ!

私の人生だもの!

この手で掴むの!

ともすれば崩れてしまいそうな自分の勇気に発破をかけて、私は美しいモーブ色を見つめ返す。

‥ッッ‥

何て美しい瞳なの‥‥

あぁもう、お願いだから、みっともなく震えないで!

私の瞳!
私の唇!
私の手!

私の心…


本当は泣きそうだけどこのチャンスを逃さないわ!


だってあのデビュタントの日から、私は、私の心は――
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