19 / 46
19.犬よ、
しおりを挟む
犬を処分する為に車に乗せようとしたら、察知したのか犬が暴れ出した。
ホテルの前の道は騒然となり、駅前でもあるし警官が来て、いよいよ射殺するしかないと銃を構え、狙いを定めた。
その銃と犬の間に体を滑り込ませるように現れたのがユニで、警官は危ないから下がるように命令したのだが、ユニは笑顔で ―― あの美しい笑顔で犬は大丈夫だから銃を降ろしてほしいと言った。
「いや、本当に肝を冷やしましたよ、私どもも警官も分厚い防護服を着て、それでも恐かったのに、ユニ様は薄手のシャツで、そりゃあシュッとしてて更にエレガントでしたけど、犬に噛まれたらと思うと・・なのにユニ様は涼し気なお顔で興奮して手がつけられなくなっている犬にどんどん近付いてしまうんです・・」
シュッとしてエレガント・・・ね。 そりゃそうだろう。 見たかったな・・
「あ、ちなみにその頃ユニ様はロン毛でして、美しい髪が風になびいて・・そこに居合わせた人々は緊迫した状況にもかかわらずボウッと見とれてしまい・・「ユ、ユニがロン毛ッ!?」
俺は思わず支配人の話を遮る。 ユニがロン毛だと!? あの美しい髪を伸ばしただけでは飽き足らずさらに惜しげもなく風になびかせていただと!?
・・くっ、許さん!! 俺の許可なくそんなっ・・「あ、あの、モル様?」
「・・はっ・・」
支配人の声で我に返る。 ・・・俺はつい正気を失っていた様だ・・
「話が逸れてしまい申し訳ございません。 ユニ様のロン毛は今でも忘れられないくらい印象的だったものですから・・・」
支配人が頬を染めながら謝罪を口にする。 ・・・ユニのロン毛を思い出しているのだな・・・ クソッ、俺だって見たかった・・ユニのロン毛・・・
「ヒィィィィッッ!?? モ、モル様!? な、何かお気に触ったでしょうか!? ブルブル・・」
支配人が瞬で蒼ざめ震え出す。 いけない、つい彼を見る目が鋭くなってしまっていた様だ。
「・・いや、俺の方こそ取り乱して・・・話を続けてくれ・・。」
俺は何とか大人の冷静さを取り戻し、支配人に先を促す。
「・・は、はい・・えぇと・・そう、犬は近付いて来るユニ様に今にも跳びかからんばかりに物凄い勢いで唸り声を上げていますし、警官は銃を降ろすわけにはいかないし、ユニ様一人が落ち着いていて、私どもに説明するのです。
『大丈夫、この子は噛んだりしない。 見た目はクールで恐そうだけど、眼を見れば分かる。 とても優しい子だよ。 ただちょっと、傷つくのが苦手なだけなんだ・・ふふ、俺のモルみたいにね。』
そして・・「ちょ、ちょっと・・!」
俺は再度話を遮る。 え? ちょっと待て! 何て言ったって?
「・・ほ、本当にユニが『俺のモル』って言ったんですかッ!?」
『ユニのロン毛』『俺のモル』・・・怒涛のキラーワードに呼吸が乱れる・・
「・・は? この緊迫したシーンでソコですか?
あ、いえ、はい、その時の事は特に正確に覚えております。 ユニ様は確かにそうおっしゃいましたよ。 ・・・そんな事よりその後です!
ユニ様がフワリと犬の頭を撫でたんです! “えッ!?”て思うでしょう? そうなんです、ユニ様が説明しながら犬に近付く僅かの間にいつの間にか犬が大人しくなっていたんです! 固唾を飲んで・・中には目に涙を浮かべて見守っていた人々はまるでイリュージョンを見た様な気持ちで・・・」
支配人の話はもう耳に入って来ない。 俺にとって重要な“ そんな事 ”で、頭が・・想いがいっぱいになってしまった。
少なくとも5年前には、俺はユニにとって“ 俺のモル ”でいられたんだ・・その後の2年の間に新しい誰か ―― 今一緒に居る誰かを見つけてしまったという事か ―――
「クゥン・・」 分厚い防護服を着た屈強そうな男性従業員3人に囲まれながら、犬のモルが連れられて来る。 俺と目が合うと、嬉しそうにブンブン尻尾を振る。
「・・で、結局当初の予定通りウチのホテルで飼う事になったのです。
ユニ様は飼えないという事で・・随分残念がっておられました。
でも、ユニ様はこの街にいる親戚の家に娘さんを送り迎えしていて、ちょくちょく寄って下さっては散歩に連れ出してくれたり、随分と気にかけて下さって、犬も落ち着いていい子になり、借りる客はいなかったものの、大人しくユニ様を待つようになったのですが・・・
3年ほど前から、ユニ様がパッタリいらっしゃらなくなってしまい・・それでも大人しくユニ様を待っていた様でしたが、今日モル様に連れ出して頂けて、それは嬉しそうに出かけました。
ですがモル様とフロントで別れてから、急に様子が変になりまして・・・
クンクン鳴きながらグルグル回ったり、檻を破ろうとしたり・・また前の様に暴れ出したらと思うと、私どもは心配で心配で・・・」
・・・そうか・・・俺も犬も、3年前からユニに忘れられてしまった様だな・・
そんな事を思いながら犬を見ると、犬がクゥンクゥン言いながら体を寄せて来る。
犬の体温に殺伐としていた心が少しだけ解れた気がする・・・
「分かりました。 俺が引き取ります。」
そう言いながら感慨に浸る。 俺はもう、動物を飼える体なんだな・・
自分はいつ死ぬか分からないから、動物など飼うことは出来ない、という長い間沁み着いた感覚 ―― だけど・・・そうなんだよな、つい忘れてしまうけど、病気が治った今、俺は自由に動物を飼えるんだ・・・
チェックアウトや犬を引き取る為の手続きなど済ませ、支配人をはじめホテルの従業員全員の最大級の礼に送られ、ホテルを出る。
手渡された、犬の少ない持ち物を改めて確かめ、心が震える。
ユニの、手作りのハーネス・・・最近ではかなり珍しくなった大型の犬にピッタリのハーネスが見つからず、ユニが手作りしたという・・・愛情を込め、丁寧に作られたハーネスを付けてやると、犬が嬉しそうにシャンとする。
犬よ、
・・・犬よ、お前もまだユニを愛しているんだな・・・
ホテルの前の道は騒然となり、駅前でもあるし警官が来て、いよいよ射殺するしかないと銃を構え、狙いを定めた。
その銃と犬の間に体を滑り込ませるように現れたのがユニで、警官は危ないから下がるように命令したのだが、ユニは笑顔で ―― あの美しい笑顔で犬は大丈夫だから銃を降ろしてほしいと言った。
「いや、本当に肝を冷やしましたよ、私どもも警官も分厚い防護服を着て、それでも恐かったのに、ユニ様は薄手のシャツで、そりゃあシュッとしてて更にエレガントでしたけど、犬に噛まれたらと思うと・・なのにユニ様は涼し気なお顔で興奮して手がつけられなくなっている犬にどんどん近付いてしまうんです・・」
シュッとしてエレガント・・・ね。 そりゃそうだろう。 見たかったな・・
「あ、ちなみにその頃ユニ様はロン毛でして、美しい髪が風になびいて・・そこに居合わせた人々は緊迫した状況にもかかわらずボウッと見とれてしまい・・「ユ、ユニがロン毛ッ!?」
俺は思わず支配人の話を遮る。 ユニがロン毛だと!? あの美しい髪を伸ばしただけでは飽き足らずさらに惜しげもなく風になびかせていただと!?
・・くっ、許さん!! 俺の許可なくそんなっ・・「あ、あの、モル様?」
「・・はっ・・」
支配人の声で我に返る。 ・・・俺はつい正気を失っていた様だ・・
「話が逸れてしまい申し訳ございません。 ユニ様のロン毛は今でも忘れられないくらい印象的だったものですから・・・」
支配人が頬を染めながら謝罪を口にする。 ・・・ユニのロン毛を思い出しているのだな・・・ クソッ、俺だって見たかった・・ユニのロン毛・・・
「ヒィィィィッッ!?? モ、モル様!? な、何かお気に触ったでしょうか!? ブルブル・・」
支配人が瞬で蒼ざめ震え出す。 いけない、つい彼を見る目が鋭くなってしまっていた様だ。
「・・いや、俺の方こそ取り乱して・・・話を続けてくれ・・。」
俺は何とか大人の冷静さを取り戻し、支配人に先を促す。
「・・は、はい・・えぇと・・そう、犬は近付いて来るユニ様に今にも跳びかからんばかりに物凄い勢いで唸り声を上げていますし、警官は銃を降ろすわけにはいかないし、ユニ様一人が落ち着いていて、私どもに説明するのです。
『大丈夫、この子は噛んだりしない。 見た目はクールで恐そうだけど、眼を見れば分かる。 とても優しい子だよ。 ただちょっと、傷つくのが苦手なだけなんだ・・ふふ、俺のモルみたいにね。』
そして・・「ちょ、ちょっと・・!」
俺は再度話を遮る。 え? ちょっと待て! 何て言ったって?
「・・ほ、本当にユニが『俺のモル』って言ったんですかッ!?」
『ユニのロン毛』『俺のモル』・・・怒涛のキラーワードに呼吸が乱れる・・
「・・は? この緊迫したシーンでソコですか?
あ、いえ、はい、その時の事は特に正確に覚えております。 ユニ様は確かにそうおっしゃいましたよ。 ・・・そんな事よりその後です!
ユニ様がフワリと犬の頭を撫でたんです! “えッ!?”て思うでしょう? そうなんです、ユニ様が説明しながら犬に近付く僅かの間にいつの間にか犬が大人しくなっていたんです! 固唾を飲んで・・中には目に涙を浮かべて見守っていた人々はまるでイリュージョンを見た様な気持ちで・・・」
支配人の話はもう耳に入って来ない。 俺にとって重要な“ そんな事 ”で、頭が・・想いがいっぱいになってしまった。
少なくとも5年前には、俺はユニにとって“ 俺のモル ”でいられたんだ・・その後の2年の間に新しい誰か ―― 今一緒に居る誰かを見つけてしまったという事か ―――
「クゥン・・」 分厚い防護服を着た屈強そうな男性従業員3人に囲まれながら、犬のモルが連れられて来る。 俺と目が合うと、嬉しそうにブンブン尻尾を振る。
「・・で、結局当初の予定通りウチのホテルで飼う事になったのです。
ユニ様は飼えないという事で・・随分残念がっておられました。
でも、ユニ様はこの街にいる親戚の家に娘さんを送り迎えしていて、ちょくちょく寄って下さっては散歩に連れ出してくれたり、随分と気にかけて下さって、犬も落ち着いていい子になり、借りる客はいなかったものの、大人しくユニ様を待つようになったのですが・・・
3年ほど前から、ユニ様がパッタリいらっしゃらなくなってしまい・・それでも大人しくユニ様を待っていた様でしたが、今日モル様に連れ出して頂けて、それは嬉しそうに出かけました。
ですがモル様とフロントで別れてから、急に様子が変になりまして・・・
クンクン鳴きながらグルグル回ったり、檻を破ろうとしたり・・また前の様に暴れ出したらと思うと、私どもは心配で心配で・・・」
・・・そうか・・・俺も犬も、3年前からユニに忘れられてしまった様だな・・
そんな事を思いながら犬を見ると、犬がクゥンクゥン言いながら体を寄せて来る。
犬の体温に殺伐としていた心が少しだけ解れた気がする・・・
「分かりました。 俺が引き取ります。」
そう言いながら感慨に浸る。 俺はもう、動物を飼える体なんだな・・
自分はいつ死ぬか分からないから、動物など飼うことは出来ない、という長い間沁み着いた感覚 ―― だけど・・・そうなんだよな、つい忘れてしまうけど、病気が治った今、俺は自由に動物を飼えるんだ・・・
チェックアウトや犬を引き取る為の手続きなど済ませ、支配人をはじめホテルの従業員全員の最大級の礼に送られ、ホテルを出る。
手渡された、犬の少ない持ち物を改めて確かめ、心が震える。
ユニの、手作りのハーネス・・・最近ではかなり珍しくなった大型の犬にピッタリのハーネスが見つからず、ユニが手作りしたという・・・愛情を込め、丁寧に作られたハーネスを付けてやると、犬が嬉しそうにシャンとする。
犬よ、
・・・犬よ、お前もまだユニを愛しているんだな・・・
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

