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選ばれし人間
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「おい、黒崎。例の件はどうなった?」
まるで怒気を孕んだかのような大声が、そのダミ声には似合わない重厚な書斎に響いた。
「例の件?」
聞き返すのは低音だがよく響く声。恐らく、声だけ聞けばこの発音者こそがこの部屋の主と信じて疑わないであろう落ち着きを持っていた。
「例の件といったらアレに決まってるだろう」
さらに怒りを含んで、その声が自然と大きくなる。
「はて、アレとは」
だがそんなものどこ吹く風でとぼけて答える男に、
「まったく頭の回らんやつだな。アレといったらアレに決まってるだろう」
としびれを切らせたのだろう、いっそう張り上げた罵声が浴びせかけられた。
「恐れ入りながら申し上げますが、ネアンデルタール属浜北人の高度文明に関する発掘調査にございましょうか」
その一向に展開しない会話を遮って、彼の有能な秘書が口添えをしてくれた。
あまり甘やかすのもどうかね、そう思いながら涼しげな声の持ち主である黒崎が見るのは、小太りの男と、その男とはまったく釣り合いの取れていない美人秘書。
「ソレだよソレ。お前もこいつくらい頭を働かせるんだな黒崎」
「はあ、申し訳ございません」
「この体たらくをお前の親が見たらどう思うかね。黒崎工業はワシに頭が上がらんはずだがね」
「ええ、おっしゃる通りでございます」
「さらには過去の縁があるからと、せっかくこの俺が昔のよしみで後ろ楯についてやったというのに。そんなザマでは先が思いやられるわ」
「誠に申し訳ございません、滝沢様」
地元では重鎮、されど国会では末端席。そんな立ち位置の滝沢こと滝沢修は、議会での影響力を求めるのに必死だった。ワシは一介の政治家では終わらん。それが口ぐせで、それは彼の祖父の代からの切望でもあった。ゆくゆくはこの国を掌中に。
そのためにはまず所属する政党の党首にならなければ始まらない。地元と東京を行き来する典型的な地方議員の彼は、地元での影響をさらに強いものとするべく東奔西走に必死だった。たとえば地元の暴力団まがいのゼネコンから献金を受け、その会社を優遇する。そうして持ちつ持たれつの関係で資金を増やし、さらなる政治活動への基盤とする。
まるで高度成長期にやりつくされたその古典的な手法で成長してきたのが、黒崎の父が起こした黒崎工業だった。工業とは名ばかりだと、黒崎自身でさえ常々思っていたが。
「ふん、クローヴィスはもっと有能だったと思ったがな。これじゃあそこのサピエンスの女にも劣るじゃないか」
そう滝沢は吐き捨てるように言うと、助け船を出してくれた聡明な秘書さえをもまるで汚いものを見るかのように見下す。この言動からも察するとおり、彼は典型的な選民思想の持ち主だった。たとえば、女より男の方が賢い。そんな愚かな思想を堂々と振りかざせるほどには。
本来政治家の秘書は重要なポジションのはずなのに、自身のイメージアップのために彼は見栄えの良い彼女を選んだだけだった。滝沢はもとより中身になど興味はなかったのだ。だが世間一般がやれ男女平等だなどとうるさいのは知っていた。女性の社会進出を推進すべきだ。だからあえて女を秘書に付けた。ああ、滝沢氏は理解があるのですね、世間にそう思われるために。
実際、これぽっちも思ってやしないのに。
確かに、彼女が本当に有能ならばこんな愚かな政治家のもとにはつくまい。黒崎は女性に悪態をつく滝沢を見てそう思う。自分が彼女の立場ならばとうに見限っているだろうとも。まあ、いくら貰ってるんだか知らないが、己のプライドと賃金をはかりにかけなければならないほど、彼は金には困っていなかった。
なるほど、生まれの立場で格差が生まれるのは仕方がないことなのだろう。そう納得した黒崎は、あわれな秘書に手を差しのべるでもなく淡々と会話を切り出した。
「ええ、発掘作業の方は順調です。続続とシャンポリオンの文明を示すものが出てきています。例えば黒曜石の矢じりですとか、灌漑の名残ですとか」
「ふん、そんなものはどうでもいい。それより、王を迎える準備は整っているんだろうな」
「まあ、ご本人の意思もありますでしょうから、すぐにとは言えませんが」
「主婦ごときに意思も糞もあるものか。高みにあげてやろうとしてるんだ、それをみすみす断るはずもなかろうに」
「それもそうですが、物事には順序と言うものがあるゆえ。それに、我々が勝手に動くのを、碓井教授は許さないでしょう」
「碓井か、あのカマ野郎だろ」
忌々しげに滝沢が言う。中身が王妃だからとはいえ安直な発想だ。そう思いつつも、
「いえ、そのような性癖はなさそうでしたが」
と黒崎はやんわり否定する程度にとどめる。
「シャンポリオンで王妃だったのに男に生まれて来るなんてな。そのままおとなしく女に生まれてくれば面倒なことにならなかったのに。だがまさか、あの王が今や女だとは。そればかりは御しやすくて助かったわ」
「それは不幸中の幸いでしたね」
「ああ、あいつをうまく動かせば、この国をワシのものにできるかもしれん」
とにかく滝沢は使えるモノは何でも使ってしまいたかった。己がこの国を牛耳ることさえできれば。そのためなら、はるか大昔の栄光だって使ってやるつもりだった。
滝沢の中の王は薄ぼんやりとしか記憶にないが、ネアンデルタール属浜北人の方が現行のサピエンス類日本人より賢いだろう、という碓井の推測は納得がいくものがあった。
なぜなら自分にもあの国の記憶が徐々に蘇ってきているからだった。この偉大なオレサマがネアンデルタールの血を引いている。それもそうだ、当たり前に違いない。世の人々がそれを理解できるようになれば、王の偉大さを、いや自分の尊大さを知らしめることが出来るかもしれない。
だが今の王は無知な女だ、誰かが正しく導いてやらなければならない。誰が?そんなもの、もちろんこのワシに決まっている!
「我々の優位性を世に知らしめて、あんな下らん首相なぞ引きずり落としてくれるわ」
「幸い、世は今の政治に不満を持っている。じきに解散するでしょう、すれば選挙も近い。それまでに我々の、王の偉大さを人々に示してやれれば」
「そのときこそ、この滝沢修の新時代がやって来るというわけか」
「ええ、夜明けは近いでしょう」
「だが目の上のコブは碓井だな。変に知恵をつけなければいいが」
面倒だ、と言わんばかりに滝沢は脚を高価そうなデスクの上へと放り出す。これが脚長の体型なら様になったのかもしれなかったが、その姿は芋虫を彷彿とさせた。
「その点は大丈夫でしょう。いかに高名な教授とは言え、所詮はただの学者です。この世を治める術などわかりますまい。彼は単にあの国の幻を追いかけているだけです。あろうことか、シャンポリオンを再建したいなどと」
「再建?ふん、バカなことを」
滝沢の願いはあくまでこの国の権力を手に入れることだった。かつてのあの国の姿を再現させるつもりなど毛頭ない。
「だがその子供じみた夢を追うには野心がありすぎる。現に彼は王をも取り込んでしまいました」
「なら、どうすれば王を我々の手に落とすと言うんだ」
「なに、王と王妃をセットで連れ込めばいいだけです。碓井先生には、現在のこの国を憂い、王国の再建を願う方が政界にいらっしゃると伝えてあります」
「ふむ、それが俺のことか。再建はともかく、この国を憂いているのは事実だ、なあ黒崎。あながち間違ってもおらんな」
「そのために、ひとつお借りしたいものがあるのですが」
「なんだ、金か?いや、金ならお前も持っているだろう、そのために高速の建設をさせてやってるんだ」
「しかし、金では買えないものもあるのです」
「なんだ、権力か?」
いくら金を巻き散らかしても得られぬ、のどから手が出るほど欲しいそれを滝沢が挙げれば、
「いいえ、信仰心です」
と、細い瞳をことさらに細めた黒崎に返された。唐澤が嫌う蛇のような目。眼鏡の奥、獲物を狙うその目に気付かない滝沢は、ただただ不思議そうな顔で黒崎を見上げるだけだった。
それに満足したのか、獲物を狙う爬虫類は、一見いたって穏やかそうな微笑みを顔に貼りつけたままこうも続けた。
「あなたのご親族が運営されている宗教法人を、ひとつ貸していただきたいのです」と。
「優人会をか?」
その提案に驚いたのは滝沢だった。滝沢の伯父の運営するそれは、いわゆる新興宗教というやつだった。有り体に言えば、税金逃れをするためだけに作られたもので、形ばかりのお堂に、彼にはなんだかさっぱりわからない神の像とやらを飾っただけのガラクタだった。それをどうしようと言うのだろう。
それに、正直滝沢は新興宗教にあまり良いイメージを持っていなかった。なにせ自分は政治家だ、特定の宗派を擁護するのは国民の反感を買うだけだったからだ。だから、ガラクタを貸すぐらいは構わなかったが、下手に飛び火されるようなことは避けたかった。
「構わんが、しかし……」
どうやら滝沢が躊躇するのは想定内だったらしい。黒崎は心配には及びません、とばかりに両腕を大きく広げ、
「我々の、いえ王の優位性を示すためにお借りするだけです。一番手っ取り早いのは信仰です。カリスマ、アイドル。崇拝の的。そんな存在に王をのしあげた後に、先生は現れればよろしい」
「そう簡単にいくものか。信仰を得た王と碓井が、みすみすその権力を手放すわけがないだろう」
「その点はご安心ください。彼らは私には逆らえますまい」
「なにか、弱味でも握っているのか?」
「握るだなんて人聞きの悪い。それどころか彼らは私に恩があるのですから」
いけしゃあしゃあとのたまう黒崎だが、さすがにそれで納得できるほど滝沢とて愚かではなかった。デスクに上げた脚を戻し、片肘をつき顎をのせ、黒崎に向かってメンチを切る。代々政治家を輩出してきた、滝沢家お得意の恫喝のポーズだった。
「だがそこまでして、権力の座をお前はワシに明け渡してくれるというのか?フン、信じられるか。そんな虫のいい話など」
「そんな、私がタキトゥス様を裏切るとも?」
だが黒崎はこの滝沢の態度に微動だにしない。そんなことなど、と飄々と肩をすくめるばかりだった。ならばこいつは本気で言っているのか?
「過去は過去、今は今だ」
「ですがタキトゥス様ほどのお人ならば、私ごときが例え裏切ろうとも痛くも痒くもないのではございませんか?なにせ過去でも栄華を極めたお方だ。ならば下らぬことになぞ怯えずに、構えていらっしゃればいいのですよ。やがてあなた様こそがこの国の王になるのですから」
なにを調子のいいことを。そう思いつつも、滝沢は確かにそれもそうだと考え直す。
黒崎は金は持っているが、所詮成金のボンボンだ。しかも自分がここまでのしあげてやったのだ。そんなやつにこの自分が手玉にとられるだなんて考えても見なかった。
なにせ自分は先祖代々皆政治家の、由緒ある家柄の人間だからだった。加えて、それを証明するかのような過去の記憶。
優れたDNAを持つ、ネアンデルタールの血を引くタキトゥスは、遥か昔の王国で、王の側でかの国の政に参加していたものだった。もはや生まれながらの運命なのだとしか思えなかった。その自分がこうして、やはり政治家となっていることなんて。
はじめのほうこそ良くできた夢だと思っていた。自身の活動拠点でもあるここ浜北でだ。1962年に発見された浜北人がネアンデルタールの血を引くことが最新の技術によって判明しました。そんなニュースが影響して見た夢なのだろうとも。
だが日に日に夢の世界は現実味を帯びていく。それに呼応するかのように、採掘場ではそれを証明するものが出てくる。
ある日冗談のつもりで、まわりをちょろちょろしていた黒崎工業のこの息子に夢のことを話してみれば、実は私も覚醒者で、ときたものだ。しかも滝沢直属の部下だったと。
そこまで鮮明に滝沢とて過去を思いだしていたわけではないが、そう言われたらそんなような気もしていた。やはりちょろちょろとまわりをうろつく小物。そんな男がいやしなかっただろうか。
だからやはりこれは変えようのない運命なのだろう。滝沢はそう思っていた。自分こそ優れた人間であると信じて疑わなかったその事に、確実な裏付けができたのだ。
ならばその自分が、いちいちネズミごときに怯える必要もなかろう。なに、過去でもクローヴィスはおこぼれにあずかる程度のしがない役人でしかなかったではないか。
「それもそうだな。万一ワシに歯向かうようなら、目にものを見せてやる」
そう豪胆に笑えば、「仰せのままに」と仰々しくお辞儀をする黒崎の姿があった。
そう、それでいい。このワシこそ、かしづかれ、尊ばれる選ばれし人間なのだから。彼はそう満足すると、まるで虫を払うかのように黒崎を自室から追い出すと、秘書に火をつけさせ優雅に葉巻を燻らせるのであった。
まるで怒気を孕んだかのような大声が、そのダミ声には似合わない重厚な書斎に響いた。
「例の件?」
聞き返すのは低音だがよく響く声。恐らく、声だけ聞けばこの発音者こそがこの部屋の主と信じて疑わないであろう落ち着きを持っていた。
「例の件といったらアレに決まってるだろう」
さらに怒りを含んで、その声が自然と大きくなる。
「はて、アレとは」
だがそんなものどこ吹く風でとぼけて答える男に、
「まったく頭の回らんやつだな。アレといったらアレに決まってるだろう」
としびれを切らせたのだろう、いっそう張り上げた罵声が浴びせかけられた。
「恐れ入りながら申し上げますが、ネアンデルタール属浜北人の高度文明に関する発掘調査にございましょうか」
その一向に展開しない会話を遮って、彼の有能な秘書が口添えをしてくれた。
あまり甘やかすのもどうかね、そう思いながら涼しげな声の持ち主である黒崎が見るのは、小太りの男と、その男とはまったく釣り合いの取れていない美人秘書。
「ソレだよソレ。お前もこいつくらい頭を働かせるんだな黒崎」
「はあ、申し訳ございません」
「この体たらくをお前の親が見たらどう思うかね。黒崎工業はワシに頭が上がらんはずだがね」
「ええ、おっしゃる通りでございます」
「さらには過去の縁があるからと、せっかくこの俺が昔のよしみで後ろ楯についてやったというのに。そんなザマでは先が思いやられるわ」
「誠に申し訳ございません、滝沢様」
地元では重鎮、されど国会では末端席。そんな立ち位置の滝沢こと滝沢修は、議会での影響力を求めるのに必死だった。ワシは一介の政治家では終わらん。それが口ぐせで、それは彼の祖父の代からの切望でもあった。ゆくゆくはこの国を掌中に。
そのためにはまず所属する政党の党首にならなければ始まらない。地元と東京を行き来する典型的な地方議員の彼は、地元での影響をさらに強いものとするべく東奔西走に必死だった。たとえば地元の暴力団まがいのゼネコンから献金を受け、その会社を優遇する。そうして持ちつ持たれつの関係で資金を増やし、さらなる政治活動への基盤とする。
まるで高度成長期にやりつくされたその古典的な手法で成長してきたのが、黒崎の父が起こした黒崎工業だった。工業とは名ばかりだと、黒崎自身でさえ常々思っていたが。
「ふん、クローヴィスはもっと有能だったと思ったがな。これじゃあそこのサピエンスの女にも劣るじゃないか」
そう滝沢は吐き捨てるように言うと、助け船を出してくれた聡明な秘書さえをもまるで汚いものを見るかのように見下す。この言動からも察するとおり、彼は典型的な選民思想の持ち主だった。たとえば、女より男の方が賢い。そんな愚かな思想を堂々と振りかざせるほどには。
本来政治家の秘書は重要なポジションのはずなのに、自身のイメージアップのために彼は見栄えの良い彼女を選んだだけだった。滝沢はもとより中身になど興味はなかったのだ。だが世間一般がやれ男女平等だなどとうるさいのは知っていた。女性の社会進出を推進すべきだ。だからあえて女を秘書に付けた。ああ、滝沢氏は理解があるのですね、世間にそう思われるために。
実際、これぽっちも思ってやしないのに。
確かに、彼女が本当に有能ならばこんな愚かな政治家のもとにはつくまい。黒崎は女性に悪態をつく滝沢を見てそう思う。自分が彼女の立場ならばとうに見限っているだろうとも。まあ、いくら貰ってるんだか知らないが、己のプライドと賃金をはかりにかけなければならないほど、彼は金には困っていなかった。
なるほど、生まれの立場で格差が生まれるのは仕方がないことなのだろう。そう納得した黒崎は、あわれな秘書に手を差しのべるでもなく淡々と会話を切り出した。
「ええ、発掘作業の方は順調です。続続とシャンポリオンの文明を示すものが出てきています。例えば黒曜石の矢じりですとか、灌漑の名残ですとか」
「ふん、そんなものはどうでもいい。それより、王を迎える準備は整っているんだろうな」
「まあ、ご本人の意思もありますでしょうから、すぐにとは言えませんが」
「主婦ごときに意思も糞もあるものか。高みにあげてやろうとしてるんだ、それをみすみす断るはずもなかろうに」
「それもそうですが、物事には順序と言うものがあるゆえ。それに、我々が勝手に動くのを、碓井教授は許さないでしょう」
「碓井か、あのカマ野郎だろ」
忌々しげに滝沢が言う。中身が王妃だからとはいえ安直な発想だ。そう思いつつも、
「いえ、そのような性癖はなさそうでしたが」
と黒崎はやんわり否定する程度にとどめる。
「シャンポリオンで王妃だったのに男に生まれて来るなんてな。そのままおとなしく女に生まれてくれば面倒なことにならなかったのに。だがまさか、あの王が今や女だとは。そればかりは御しやすくて助かったわ」
「それは不幸中の幸いでしたね」
「ああ、あいつをうまく動かせば、この国をワシのものにできるかもしれん」
とにかく滝沢は使えるモノは何でも使ってしまいたかった。己がこの国を牛耳ることさえできれば。そのためなら、はるか大昔の栄光だって使ってやるつもりだった。
滝沢の中の王は薄ぼんやりとしか記憶にないが、ネアンデルタール属浜北人の方が現行のサピエンス類日本人より賢いだろう、という碓井の推測は納得がいくものがあった。
なぜなら自分にもあの国の記憶が徐々に蘇ってきているからだった。この偉大なオレサマがネアンデルタールの血を引いている。それもそうだ、当たり前に違いない。世の人々がそれを理解できるようになれば、王の偉大さを、いや自分の尊大さを知らしめることが出来るかもしれない。
だが今の王は無知な女だ、誰かが正しく導いてやらなければならない。誰が?そんなもの、もちろんこのワシに決まっている!
「我々の優位性を世に知らしめて、あんな下らん首相なぞ引きずり落としてくれるわ」
「幸い、世は今の政治に不満を持っている。じきに解散するでしょう、すれば選挙も近い。それまでに我々の、王の偉大さを人々に示してやれれば」
「そのときこそ、この滝沢修の新時代がやって来るというわけか」
「ええ、夜明けは近いでしょう」
「だが目の上のコブは碓井だな。変に知恵をつけなければいいが」
面倒だ、と言わんばかりに滝沢は脚を高価そうなデスクの上へと放り出す。これが脚長の体型なら様になったのかもしれなかったが、その姿は芋虫を彷彿とさせた。
「その点は大丈夫でしょう。いかに高名な教授とは言え、所詮はただの学者です。この世を治める術などわかりますまい。彼は単にあの国の幻を追いかけているだけです。あろうことか、シャンポリオンを再建したいなどと」
「再建?ふん、バカなことを」
滝沢の願いはあくまでこの国の権力を手に入れることだった。かつてのあの国の姿を再現させるつもりなど毛頭ない。
「だがその子供じみた夢を追うには野心がありすぎる。現に彼は王をも取り込んでしまいました」
「なら、どうすれば王を我々の手に落とすと言うんだ」
「なに、王と王妃をセットで連れ込めばいいだけです。碓井先生には、現在のこの国を憂い、王国の再建を願う方が政界にいらっしゃると伝えてあります」
「ふむ、それが俺のことか。再建はともかく、この国を憂いているのは事実だ、なあ黒崎。あながち間違ってもおらんな」
「そのために、ひとつお借りしたいものがあるのですが」
「なんだ、金か?いや、金ならお前も持っているだろう、そのために高速の建設をさせてやってるんだ」
「しかし、金では買えないものもあるのです」
「なんだ、権力か?」
いくら金を巻き散らかしても得られぬ、のどから手が出るほど欲しいそれを滝沢が挙げれば、
「いいえ、信仰心です」
と、細い瞳をことさらに細めた黒崎に返された。唐澤が嫌う蛇のような目。眼鏡の奥、獲物を狙うその目に気付かない滝沢は、ただただ不思議そうな顔で黒崎を見上げるだけだった。
それに満足したのか、獲物を狙う爬虫類は、一見いたって穏やかそうな微笑みを顔に貼りつけたままこうも続けた。
「あなたのご親族が運営されている宗教法人を、ひとつ貸していただきたいのです」と。
「優人会をか?」
その提案に驚いたのは滝沢だった。滝沢の伯父の運営するそれは、いわゆる新興宗教というやつだった。有り体に言えば、税金逃れをするためだけに作られたもので、形ばかりのお堂に、彼にはなんだかさっぱりわからない神の像とやらを飾っただけのガラクタだった。それをどうしようと言うのだろう。
それに、正直滝沢は新興宗教にあまり良いイメージを持っていなかった。なにせ自分は政治家だ、特定の宗派を擁護するのは国民の反感を買うだけだったからだ。だから、ガラクタを貸すぐらいは構わなかったが、下手に飛び火されるようなことは避けたかった。
「構わんが、しかし……」
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「そう簡単にいくものか。信仰を得た王と碓井が、みすみすその権力を手放すわけがないだろう」
「その点はご安心ください。彼らは私には逆らえますまい」
「なにか、弱味でも握っているのか?」
「握るだなんて人聞きの悪い。それどころか彼らは私に恩があるのですから」
いけしゃあしゃあとのたまう黒崎だが、さすがにそれで納得できるほど滝沢とて愚かではなかった。デスクに上げた脚を戻し、片肘をつき顎をのせ、黒崎に向かってメンチを切る。代々政治家を輩出してきた、滝沢家お得意の恫喝のポーズだった。
「だがそこまでして、権力の座をお前はワシに明け渡してくれるというのか?フン、信じられるか。そんな虫のいい話など」
「そんな、私がタキトゥス様を裏切るとも?」
だが黒崎はこの滝沢の態度に微動だにしない。そんなことなど、と飄々と肩をすくめるばかりだった。ならばこいつは本気で言っているのか?
「過去は過去、今は今だ」
「ですがタキトゥス様ほどのお人ならば、私ごときが例え裏切ろうとも痛くも痒くもないのではございませんか?なにせ過去でも栄華を極めたお方だ。ならば下らぬことになぞ怯えずに、構えていらっしゃればいいのですよ。やがてあなた様こそがこの国の王になるのですから」
なにを調子のいいことを。そう思いつつも、滝沢は確かにそれもそうだと考え直す。
黒崎は金は持っているが、所詮成金のボンボンだ。しかも自分がここまでのしあげてやったのだ。そんなやつにこの自分が手玉にとられるだなんて考えても見なかった。
なにせ自分は先祖代々皆政治家の、由緒ある家柄の人間だからだった。加えて、それを証明するかのような過去の記憶。
優れたDNAを持つ、ネアンデルタールの血を引くタキトゥスは、遥か昔の王国で、王の側でかの国の政に参加していたものだった。もはや生まれながらの運命なのだとしか思えなかった。その自分がこうして、やはり政治家となっていることなんて。
はじめのほうこそ良くできた夢だと思っていた。自身の活動拠点でもあるここ浜北でだ。1962年に発見された浜北人がネアンデルタールの血を引くことが最新の技術によって判明しました。そんなニュースが影響して見た夢なのだろうとも。
だが日に日に夢の世界は現実味を帯びていく。それに呼応するかのように、採掘場ではそれを証明するものが出てくる。
ある日冗談のつもりで、まわりをちょろちょろしていた黒崎工業のこの息子に夢のことを話してみれば、実は私も覚醒者で、ときたものだ。しかも滝沢直属の部下だったと。
そこまで鮮明に滝沢とて過去を思いだしていたわけではないが、そう言われたらそんなような気もしていた。やはりちょろちょろとまわりをうろつく小物。そんな男がいやしなかっただろうか。
だからやはりこれは変えようのない運命なのだろう。滝沢はそう思っていた。自分こそ優れた人間であると信じて疑わなかったその事に、確実な裏付けができたのだ。
ならばその自分が、いちいちネズミごときに怯える必要もなかろう。なに、過去でもクローヴィスはおこぼれにあずかる程度のしがない役人でしかなかったではないか。
「それもそうだな。万一ワシに歯向かうようなら、目にものを見せてやる」
そう豪胆に笑えば、「仰せのままに」と仰々しくお辞儀をする黒崎の姿があった。
そう、それでいい。このワシこそ、かしづかれ、尊ばれる選ばれし人間なのだから。彼はそう満足すると、まるで虫を払うかのように黒崎を自室から追い出すと、秘書に火をつけさせ優雅に葉巻を燻らせるのであった。
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