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優人会へのお誘い
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「さすがに鉄器みたいのは出てこないんだな」
「まあ、曲がりなりにも旧石器時代に区分されるからな。トンデモ遺跡じゃない限り、そのほうが妥当性はあるだろう」
「トンデモ遺跡?」
「ああ。本当かねつ造かわからない、時代的に考えられない遺跡のことだ。超古代遺跡ともいうな」
「あれだろ、なんか怪しいオカルト雑誌みたいなのに載ってるやつ」
「そうだ。けれどそれを信じて探し求めている学者が一定数いるのも事実だ。正直、俺がシャンポリオンの遺跡を見つけたのと等しい執念でな」
「そんな、この世紀の大発見さえもオカルト扱いされるのか?」
「それはないだろう、なにせこんだけいろんな見地から調査してるんだ、上高森の二の舞にはならないさ」
彼らは静岡東海大学は浜北キャンパスの研究室で、採掘された遺物の調査を行っているところだった。唐澤と碓井がバラバラの器を組み立てるのに苦心している中、碓井のゼミ生らは遺物の汚れ取りに駆り出されていた。それは粕川も例外に漏れずであったが、さすがに慣れ親しんだゼミの仲間らだ、彼女は男どものもとを離れ、親しげに同級生と話している。
「あ、粕川くん!ちょっとここ支えといてくれないか?」
男二人が組み立てていたのは火炎土器にも劣らない、装飾性の高い器の様だった。正直この飾りの部分がいるのだろうか訝しがるようなデザインだが、シャンポリオンはとにかく飾り立てるのが好きな国だったようだから自然そうなるのだろう。記憶の中のルクレティウスの派手派手しかったこと!だがそのおかげで支える手が足りなくなり応援を頼めば、
「粕川さんばかりずるい!」「私も手伝います!」「わたしだって!」「自分も手伝います!」
とゼミ生が群がる始末だった。
「……お前、モテモテだな」
思わず羨みの目を向ける唐澤に、
「なに、みんな単位が欲しいだけなんだろ」と碓井は取り合わない。
「そんなことないですよ、先生」
けれど遮る声をかけるものがいた。粕川と楽しそうに作業していた、一見パッとしない女の子だった。あの粕川が友達とするにはちょっと華のないような。そんなことを言えばさぞかし失礼なことは分かっているものの、ゼミを受け持つ碓井にとっても印象の薄い、顔にそばかすを散らし赤い眼鏡をかけた、けれど屈託のない笑顔で笑う女の子だった。
「先生、優しいし面白いし。それにちゃんと実績もある。みんな先生のこと尊敬してるんですよ」
「だとさ。よかったないい生徒に恵まれて」
和気あいあいとした雰囲気にいたたまれなくなった唐澤が茶化した。なにぶん彼は部外者だ。単に碓井の知人の学者として呼ばれたに過ぎない。その自分が、彼の教え子に囲まれて作業している。このいたたまれなさ、理解してもらえるだろうか?
「そうだな、いやありがとう。ええと……その……」
「穴田です。穴田緋美」
「そう、穴田くん。じゃあここを支えといてくれるかい?」
「わかりました」
名前すら覚えてもらえていなかったのに殊勝なことだ。唐澤は内心そう思いつつ、嬉しそうに手伝う穴田の姿を見やる。その彼女を見つめる先には、旧知の友がいた。
確かにあいつ、こういうとこあるんだよな、自分の興味の無いものに対しての、突き放したような態度。子供の頃から、どこか冷めたやつだとは思っていた。碓井に言わせればお互い様だったかもしれない。けれど唐澤のそれが見せかけの強がりに対し、碓井は自分に絶対的な自身があるゆえの他者への無関心だと感じていた。その強さに唐澤は碓井に惹かれたのかもしれない。だが、いつか自分もそんな目で見られるのだろうか。そう思うと唐澤は内心穏やかではなかった。
「よし、これでいい。ありがとう、穴田君」
「いえ、お役に立てて良かったです」
そう返して彼女は粕川の元へと戻る。一方粕川は少し苦々しげな顔をしていた。そりゃあ先生は先生としては良い人だと思うけど。でも、不倫なんかしちゃって大丈夫なのかしら。とも。
勇樹とラーメン店巡りをする回数はだんだんと増えて行った。それはすなわち彼らのランデブーを確保するためのもので、さすがの勇樹も気が付いたようだった。やっぱり俺、碓井先生と母さんの間の子なの?と。
いやいや、それはさすがに無いでしょう。あなたが生まれたとき碓井先生は10歳よ、さすがにそんな年頃の男の子が、子どもをつくるには早すぎるでしょう、と諭しておいたが。
とはいえそれを口実に、勇樹と好物のラーメン巡りをするのは粕川の秘かな楽しみでもあった。大体、いままで彼女の見てくれだけをみて求愛してきた男どもは、彼女が一人でがっつりチャーシューをかじっているところを見ただけで勝手に幻滅するのである。思っていた人と違かった、君はもっと清楚な人だと思っていたのにと。
おちおち食事もとれないなんて、私は何だと思われていたのだろう。きれいなお人形?そんな風に自分を見ていた男どもには辟易していた頃だから、この素直でまっすぐな、まるで弟のような存在の勇樹を粕川は心地よく思ってもいたのだった。
そう、弟みたいなものだ。
彼女は自分にそう言い聞かせる。だって、中学生の男の子に、そんな感情抱くなんておかしいし。
各々の感情が交錯するなか、とりあえず今日の作業は終了したらしい。気が付けば外は薄暗くなっていた。そうだ、今日は塾のバイトの日だ、急がなければ。
「緋美、また明日ね」
「うん、明日もバイト?」
「ううん」
「じゃあ、うちの近くに新しくケーキ屋さん出来たから食べにいこ」
「やった!楽しみにしてるね」
不思議と息の合う穴田に慌ただしく別れを告げ、粕川は研究室を飛び出した。するとカツカツという足音が聞こえてくる。どうやら男が一人歩いてくるようだった。先生?にしてはやたらと身なりがきれいだけど。
けれど大して気にも留めなかった。急がないと。粕川は荷物を抱えて廊下を掛けていく。
それに続くかのようにあわただしく出ていくのは同じゼミ生らだ。各々バイトだの、デートだの。歴史的瞬間に立ち会えると顔を輝かせていた彼らだが、それでもないがしろにはできない日常があるものだ。彼らはその日常へと戻るべく駆けていく。まるで、遺跡の発掘作業なんて、架空の世界の出来事なんだと言わんばかりに。
一方取り残されたのは責任者である碓井と、片付けに勤しむ唐澤。そして、どうやらうっかり手についた接着材が取れなくなったらしい、あか抜けない先ほどの女の子だった。
「すみません、これ、なかなか取れなくって」
済まなさそうに詫びつつ、必死に水道水で手をごしごしとしている穴田に、
「水道水だけじゃ取れない。ハンドクリームとか持ってないか?ただこするよりは取れるかもしれない」とお母さんよろしく唐澤が声をかける。
「ハンドクリーム、あるかも。理央にもらったやつ」
朗報を聞いて彼女がそれを試せば、どうやら忌々しいベタベタはやっつけられたようだった。「すごいですね、唐澤先生。ありがとうございました」と穴田が礼を述べると、
「そんな生活の知恵みたいなとこで感謝されてもなあって感じだけど」と唐澤はそっけない。
「碓井先生、唐澤先生みたいな人がお友だちでよかったですねぇ」
それでも素直な彼女が声をかけると、それに重なるかのようにドアをノックする音が部屋に響いた。
「開いてますよ、どうぞ」
まるで自分の家かのように碓井が声をかければ、扉を開けて身なりの良い男が入ってきた。黒崎だった。
「ああ、黒崎さん。どうしたんですかこんなところまで」
彼がここに現れたことになんら疑問を持たない碓井が喜びを含ませてそう言った。少なくとも碓井にとって、黒崎は彼に協力してくれる善良な存在だった。自分も覚醒者だからと、大学に掛け合って資金提供をしてくれたありがたいスポンサー。
けれど一方、唐澤にとっては不気味な存在でもあった。自分のことを良く知る人物。出来るなら二度と会いたくなどなかったが、彼が出資者である以上それは逃れられない運命なのだろう。ならば極力おとなしくしているまでと部屋の隅でひそやかにしていれば、「ああ、唐澤先生もご一緒で」と例の蛇のような視線を向けてくるのでたまったものではなかった。
「それと、その子は?」
更に一人、場違いな女学生に疑問を覚えた黒崎の問いに、「俺のゼミ生です。作業はさっき終わったんですけど、ちょっといろいろあって」と碓井が適当な説明をしていた。
「ほう、ゼミ生の方ですか」
やや勿体ぶって銀縁眼鏡の位置を直しながら、まるで品定めでもするかのように黒崎は穴田を見つめる。なんだかどこかで見たことのあるような、つまりどこにでもいるあか抜けない娘だな。誰しもが思う一通りの感想を抱いてから、
「いいですね、碓井先生という素晴らしい先生のもとで学ぶことが出来て。やがて浜北遺跡は吉野ヶ里なんそに引けを取らない、全国民の関心を引く場所となるでしょうから」と穏やかな笑みを彼女に向けた。
「卑弥呼がいたとされる吉野ヶ里よりですか?」
純真無垢な彼女は、唐澤のように黒崎に得体のしれない恐怖など覚えなかったらしい。気になったことはすぐに聞く、そう親から教えられたスタンスを忠実に守り黒崎に問い返せば、
「卑弥呼なぞ所詮我々の軌跡をなぞっているにすぎないのですよ」と返される。
「我々の?」
「いえ、あなたにはわからないでしょうな。それより私は先生方にご用がありまして」
まるで察しろとばかりに黒崎が促すが、悲しいかなその遠回しな人避けは穴田には伝わらなかった。まあ、黒崎が持ってくる話など過去の件に決まっている、彼女がここにいるのはさすがに都合が悪かろうと「遺物の検出と記録のレポート、明日までだからな」と碓井が発破をかけると「そうでした、早く書かなくっちゃ」と慌てて彼女も研究室を後にする。
そのパタパタと掛けていく背中を見送って、黒崎は満足げに言った。
「ふむ、これで一応サピエンスどもはいなくなりましたね」
「黒崎さん、あれでも私の教え子ですよ」
「失礼、ただ私は純粋に状況を述べたまでで」
「まあいいでしょう。あなたのお陰で彼女らも世紀の偉業に立ち会えているのですからね」
それで何かご用ですか?そう碓井が切り出せば、これに目を通して頂きたいのです、と黒崎が資料のようなものを投げ出した。なにかのパンフレットのような。
「優人会への誘い……?」
表紙を目にした碓井はそれを読み上げる。なんだそれ?
「友の会とかそんなやつですか?デパートとかの」
思いついたのはそんなものぐらいだった。あるいは、ボランティアだとかNPO法人団体かなにかの誘いだろうか。売名活動に余念のないこの資産家のことだ、先生方も善いことをしてお名前を揚げてみてはいかがですか。そんな誘いだとでも?
だが、返ってきた答えは彼の想像を超えていた。いや、唐澤ならそれくらい黒崎のことだやりかねん、と思ったかもしれない。だが単に彼を名誉を揚げるのに必死な成金だと思っていた碓井は、そこまで思いは回らなかったのだ。
「なに、陽子さんことフュオンティヌス王を神と崇める宗教法人ですよ」などと事も無げに言い出すとは。
「まあ、曲がりなりにも旧石器時代に区分されるからな。トンデモ遺跡じゃない限り、そのほうが妥当性はあるだろう」
「トンデモ遺跡?」
「ああ。本当かねつ造かわからない、時代的に考えられない遺跡のことだ。超古代遺跡ともいうな」
「あれだろ、なんか怪しいオカルト雑誌みたいなのに載ってるやつ」
「そうだ。けれどそれを信じて探し求めている学者が一定数いるのも事実だ。正直、俺がシャンポリオンの遺跡を見つけたのと等しい執念でな」
「そんな、この世紀の大発見さえもオカルト扱いされるのか?」
「それはないだろう、なにせこんだけいろんな見地から調査してるんだ、上高森の二の舞にはならないさ」
彼らは静岡東海大学は浜北キャンパスの研究室で、採掘された遺物の調査を行っているところだった。唐澤と碓井がバラバラの器を組み立てるのに苦心している中、碓井のゼミ生らは遺物の汚れ取りに駆り出されていた。それは粕川も例外に漏れずであったが、さすがに慣れ親しんだゼミの仲間らだ、彼女は男どものもとを離れ、親しげに同級生と話している。
「あ、粕川くん!ちょっとここ支えといてくれないか?」
男二人が組み立てていたのは火炎土器にも劣らない、装飾性の高い器の様だった。正直この飾りの部分がいるのだろうか訝しがるようなデザインだが、シャンポリオンはとにかく飾り立てるのが好きな国だったようだから自然そうなるのだろう。記憶の中のルクレティウスの派手派手しかったこと!だがそのおかげで支える手が足りなくなり応援を頼めば、
「粕川さんばかりずるい!」「私も手伝います!」「わたしだって!」「自分も手伝います!」
とゼミ生が群がる始末だった。
「……お前、モテモテだな」
思わず羨みの目を向ける唐澤に、
「なに、みんな単位が欲しいだけなんだろ」と碓井は取り合わない。
「そんなことないですよ、先生」
けれど遮る声をかけるものがいた。粕川と楽しそうに作業していた、一見パッとしない女の子だった。あの粕川が友達とするにはちょっと華のないような。そんなことを言えばさぞかし失礼なことは分かっているものの、ゼミを受け持つ碓井にとっても印象の薄い、顔にそばかすを散らし赤い眼鏡をかけた、けれど屈託のない笑顔で笑う女の子だった。
「先生、優しいし面白いし。それにちゃんと実績もある。みんな先生のこと尊敬してるんですよ」
「だとさ。よかったないい生徒に恵まれて」
和気あいあいとした雰囲気にいたたまれなくなった唐澤が茶化した。なにぶん彼は部外者だ。単に碓井の知人の学者として呼ばれたに過ぎない。その自分が、彼の教え子に囲まれて作業している。このいたたまれなさ、理解してもらえるだろうか?
「そうだな、いやありがとう。ええと……その……」
「穴田です。穴田緋美」
「そう、穴田くん。じゃあここを支えといてくれるかい?」
「わかりました」
名前すら覚えてもらえていなかったのに殊勝なことだ。唐澤は内心そう思いつつ、嬉しそうに手伝う穴田の姿を見やる。その彼女を見つめる先には、旧知の友がいた。
確かにあいつ、こういうとこあるんだよな、自分の興味の無いものに対しての、突き放したような態度。子供の頃から、どこか冷めたやつだとは思っていた。碓井に言わせればお互い様だったかもしれない。けれど唐澤のそれが見せかけの強がりに対し、碓井は自分に絶対的な自身があるゆえの他者への無関心だと感じていた。その強さに唐澤は碓井に惹かれたのかもしれない。だが、いつか自分もそんな目で見られるのだろうか。そう思うと唐澤は内心穏やかではなかった。
「よし、これでいい。ありがとう、穴田君」
「いえ、お役に立てて良かったです」
そう返して彼女は粕川の元へと戻る。一方粕川は少し苦々しげな顔をしていた。そりゃあ先生は先生としては良い人だと思うけど。でも、不倫なんかしちゃって大丈夫なのかしら。とも。
勇樹とラーメン店巡りをする回数はだんだんと増えて行った。それはすなわち彼らのランデブーを確保するためのもので、さすがの勇樹も気が付いたようだった。やっぱり俺、碓井先生と母さんの間の子なの?と。
いやいや、それはさすがに無いでしょう。あなたが生まれたとき碓井先生は10歳よ、さすがにそんな年頃の男の子が、子どもをつくるには早すぎるでしょう、と諭しておいたが。
とはいえそれを口実に、勇樹と好物のラーメン巡りをするのは粕川の秘かな楽しみでもあった。大体、いままで彼女の見てくれだけをみて求愛してきた男どもは、彼女が一人でがっつりチャーシューをかじっているところを見ただけで勝手に幻滅するのである。思っていた人と違かった、君はもっと清楚な人だと思っていたのにと。
おちおち食事もとれないなんて、私は何だと思われていたのだろう。きれいなお人形?そんな風に自分を見ていた男どもには辟易していた頃だから、この素直でまっすぐな、まるで弟のような存在の勇樹を粕川は心地よく思ってもいたのだった。
そう、弟みたいなものだ。
彼女は自分にそう言い聞かせる。だって、中学生の男の子に、そんな感情抱くなんておかしいし。
各々の感情が交錯するなか、とりあえず今日の作業は終了したらしい。気が付けば外は薄暗くなっていた。そうだ、今日は塾のバイトの日だ、急がなければ。
「緋美、また明日ね」
「うん、明日もバイト?」
「ううん」
「じゃあ、うちの近くに新しくケーキ屋さん出来たから食べにいこ」
「やった!楽しみにしてるね」
不思議と息の合う穴田に慌ただしく別れを告げ、粕川は研究室を飛び出した。するとカツカツという足音が聞こえてくる。どうやら男が一人歩いてくるようだった。先生?にしてはやたらと身なりがきれいだけど。
けれど大して気にも留めなかった。急がないと。粕川は荷物を抱えて廊下を掛けていく。
それに続くかのようにあわただしく出ていくのは同じゼミ生らだ。各々バイトだの、デートだの。歴史的瞬間に立ち会えると顔を輝かせていた彼らだが、それでもないがしろにはできない日常があるものだ。彼らはその日常へと戻るべく駆けていく。まるで、遺跡の発掘作業なんて、架空の世界の出来事なんだと言わんばかりに。
一方取り残されたのは責任者である碓井と、片付けに勤しむ唐澤。そして、どうやらうっかり手についた接着材が取れなくなったらしい、あか抜けない先ほどの女の子だった。
「すみません、これ、なかなか取れなくって」
済まなさそうに詫びつつ、必死に水道水で手をごしごしとしている穴田に、
「水道水だけじゃ取れない。ハンドクリームとか持ってないか?ただこするよりは取れるかもしれない」とお母さんよろしく唐澤が声をかける。
「ハンドクリーム、あるかも。理央にもらったやつ」
朗報を聞いて彼女がそれを試せば、どうやら忌々しいベタベタはやっつけられたようだった。「すごいですね、唐澤先生。ありがとうございました」と穴田が礼を述べると、
「そんな生活の知恵みたいなとこで感謝されてもなあって感じだけど」と唐澤はそっけない。
「碓井先生、唐澤先生みたいな人がお友だちでよかったですねぇ」
それでも素直な彼女が声をかけると、それに重なるかのようにドアをノックする音が部屋に響いた。
「開いてますよ、どうぞ」
まるで自分の家かのように碓井が声をかければ、扉を開けて身なりの良い男が入ってきた。黒崎だった。
「ああ、黒崎さん。どうしたんですかこんなところまで」
彼がここに現れたことになんら疑問を持たない碓井が喜びを含ませてそう言った。少なくとも碓井にとって、黒崎は彼に協力してくれる善良な存在だった。自分も覚醒者だからと、大学に掛け合って資金提供をしてくれたありがたいスポンサー。
けれど一方、唐澤にとっては不気味な存在でもあった。自分のことを良く知る人物。出来るなら二度と会いたくなどなかったが、彼が出資者である以上それは逃れられない運命なのだろう。ならば極力おとなしくしているまでと部屋の隅でひそやかにしていれば、「ああ、唐澤先生もご一緒で」と例の蛇のような視線を向けてくるのでたまったものではなかった。
「それと、その子は?」
更に一人、場違いな女学生に疑問を覚えた黒崎の問いに、「俺のゼミ生です。作業はさっき終わったんですけど、ちょっといろいろあって」と碓井が適当な説明をしていた。
「ほう、ゼミ生の方ですか」
やや勿体ぶって銀縁眼鏡の位置を直しながら、まるで品定めでもするかのように黒崎は穴田を見つめる。なんだかどこかで見たことのあるような、つまりどこにでもいるあか抜けない娘だな。誰しもが思う一通りの感想を抱いてから、
「いいですね、碓井先生という素晴らしい先生のもとで学ぶことが出来て。やがて浜北遺跡は吉野ヶ里なんそに引けを取らない、全国民の関心を引く場所となるでしょうから」と穏やかな笑みを彼女に向けた。
「卑弥呼がいたとされる吉野ヶ里よりですか?」
純真無垢な彼女は、唐澤のように黒崎に得体のしれない恐怖など覚えなかったらしい。気になったことはすぐに聞く、そう親から教えられたスタンスを忠実に守り黒崎に問い返せば、
「卑弥呼なぞ所詮我々の軌跡をなぞっているにすぎないのですよ」と返される。
「我々の?」
「いえ、あなたにはわからないでしょうな。それより私は先生方にご用がありまして」
まるで察しろとばかりに黒崎が促すが、悲しいかなその遠回しな人避けは穴田には伝わらなかった。まあ、黒崎が持ってくる話など過去の件に決まっている、彼女がここにいるのはさすがに都合が悪かろうと「遺物の検出と記録のレポート、明日までだからな」と碓井が発破をかけると「そうでした、早く書かなくっちゃ」と慌てて彼女も研究室を後にする。
そのパタパタと掛けていく背中を見送って、黒崎は満足げに言った。
「ふむ、これで一応サピエンスどもはいなくなりましたね」
「黒崎さん、あれでも私の教え子ですよ」
「失礼、ただ私は純粋に状況を述べたまでで」
「まあいいでしょう。あなたのお陰で彼女らも世紀の偉業に立ち会えているのですからね」
それで何かご用ですか?そう碓井が切り出せば、これに目を通して頂きたいのです、と黒崎が資料のようなものを投げ出した。なにかのパンフレットのような。
「優人会への誘い……?」
表紙を目にした碓井はそれを読み上げる。なんだそれ?
「友の会とかそんなやつですか?デパートとかの」
思いついたのはそんなものぐらいだった。あるいは、ボランティアだとかNPO法人団体かなにかの誘いだろうか。売名活動に余念のないこの資産家のことだ、先生方も善いことをしてお名前を揚げてみてはいかがですか。そんな誘いだとでも?
だが、返ってきた答えは彼の想像を超えていた。いや、唐澤ならそれくらい黒崎のことだやりかねん、と思ったかもしれない。だが単に彼を名誉を揚げるのに必死な成金だと思っていた碓井は、そこまで思いは回らなかったのだ。
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