主婦、王になる?

鷲野ユキ

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彼の罪

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忌まわしいことにあの神殿は、ここ静岡東海大学富士吉田キャンパスの近くだった。
最近では生徒のなかでも優人会に興味をもつ者がいるようで、彼らはかつての王国の謎を探る唐澤の授業も出てくれるようになったので教える立場側としては万々歳だった。けれど目障りなものもついてくるのでうっとうしい。
「さすがは唐澤先生。シャンポリオンで平民だったなんて信じられませんね。実は偉大な学者様だったのでは?」
その日の講義が終わると、手を叩きながら黒崎が近づいてきた。まるで観劇を終えた裕福な貴族のような余裕さをもって、すり鉢状になった大講義室の壇上へと降りてくる。それをまた生徒らが好奇の目で見るものだから唐澤はひどく気まずかった。
「別に、今は今、過去は過去でしょう」
呟いただけのつもりであったが、どうやらマイクの電源を切り損ねていたらしい。その音を拾ってスピーカーが拡散するものだから多くの人の耳に入ってしまった。
「それは聞き捨てなりませんね。こんな目と鼻の先に、かの王国の神殿があるというのに」
そう黒崎が煽れば、熱心な信者なのだろうか一部の生徒がそうだそうだと騒ぎ立てる。
ああ、あの生徒。唐澤はその顔を見て思い出す。講義中ニヤニヤしながらスマホをいじってるくせに、自分はシャンポリオンの文官だったなどと言い出した生徒だった。じゃあ平民の唐澤先生より俺の方が偉いんですよね、シャンポリオンでは。とまでしゃあしゃあと言い放つような輩だった。
とかく過去においてなにかしらの肩書きを持っていたと自称する人間の方が、この一見一笑に付されて終わりになる可能性のある、過去の記憶を声高に公表していた。
まるで過去のステータスで今の自分がどうにかなれると思っているかのような。けれど人々がそう思ったのも無理はなかったのかもしれない。なにせ王が主婦なのだ。ならば自分だって。そう言いたいのだろうけれど。だからそういう人間ほどあの神殿を目指していた。
故に一般人があの神殿にいない理由なのだろう、唐澤はそうも思っていた。現世でただの人で、昔でもただの人。それならば単に優性なネアンデルタールの血を引いていることだけを希望に、ただの人らしくおとなしく過ごすのが正解と言うものではないか。そう、俺のように。なのになぜわざわざ騒ぎ立てる?
「とはいえ、今や唐澤先生は偉業の為にはなくてはならない存在です。一概に過去に囚われるのも考え物ですよ」
そう声高に黒崎が言えば、騒いでいた学生らが波を引いたかのように押し黙った。優人会の幹部でもあり、過去に執政官の一人でもあった黒崎の言葉はどうやら唐澤のそれより重いようで、その事実にも唐澤は辟易する。結局現世でも生まれが関わってくるっていうのかよ。
「先生、ここでは少々ギャラリーが多すぎますね。折り入ってお願いしたいことがあって参ったのですが」
げんなりする唐澤の耳元で黒崎がささやいた。唐澤からは見えなかったが、その瞳は例の爬虫類の瞳だった。嫌な予感が唐澤の背を走ったが、拒否権などもともと彼にはなかった。仕方なしに資料を抱え彼に付いて行けば、大教室の脇の準備室へと案内される。
こちらから口を開くのも嫌で唐澤が押し黙っていると、「して、先生。私からのお願い、おおよそ想像がついているとは思いますが」と急かすように口を開く。
「お願い?」
「ええ。どうにも上の者がうるさくて。手っ取り早く、我々浜北人が本来日本の政治を執るのにふさわしいと証明する手立てはないのかと」
「証明?どうやってだ」
「そうですね、文献……は出して頂きましたものね、いやはや、お見事です。まさかこちらの望んだものがそうすぐに見つけ出せるとは」
苦笑いしながら黒崎が、その顔立ちを歪ませた。
「そんなの、ただの偶然だろ」
「ふうん、偶然、ねぇ」
まるですべてを見透かしたかのような薄い瞳で眼鏡の奥から睨まれる。
「ならばこれも偶然で構わないのですが、唐澤先生。あなた東大の古生物研究の第一人者の入江先生と懇意でいらっしゃいましたよね?」
「入江教授?ああ、学生時代に世話にはなったけれど、あくまでも教えを乞うただけだ。こちとらしがない教員だ、彼のような第一人者と懇意というほど親しいわけではない」
「その入江教授がテレビに出演されたのをご覧になりましたか?」
「……あの、陽子さんを王だと知らしめる茶番か?」
「ええ、その茶番ですよ。なにかおかしいとお思いになりませんでしたか?」
そこで唐澤は口をつぐんでしまった。おかしいところ。大ありだった。なぜ彼ほどの人物が下らぬ三流番組に出演したのか。なぜ、シャンポリオンを認めるような発言をしたのか。なぜ。……思うところは多々あった。
「どうやら思い当たる節があるようだ。なぜ教授が協力的かというと、あなたに手伝ってもらいたいことがあるそうで」
「俺に?しがない教員の俺に何が出来る」
「出来るじゃあないですか。見事シャンポリオンの遺跡を続々と発見されている」
「発見したのは王だろ」
「王が?考古学のこの字も知らない素人がですか?まるで何かを彷彿とさせるようじゃありませんか」
「何をだ」
「まあ、別にいいのです。遺物の年代測定に堆積学が大いに関与しているにもかかわらずシラを切る……いや失礼、地質学の先生がなにもご存じないのだと仰るのなら、それはそれで」
「何を言いたい」
「言わんとしてることはすでにお分かりでしょう。私がご存じないとでも?」
「何をだ?」
「あなたが何をしているか」
ついに来たか。唐澤は内心ほぞをかむ。こいつはやはり俺の正体を知っていた。
「どうしてそこまでするのか私にはわかりかねますがね。何か特別なご関係があるとでも?」
だから殊更唐澤は自然なふうを装って、
「関係?関係なんてないさ、ただの友人だ」と返したが、それは白々しい演技にしか過ぎなかった。
「ただの?」
「そう、ただの友人だ」
「そうですか、まあそう言うことにしておきましょう。けれどその友人の気を引く為にあなたは大きな罪を犯した」
「罪、だと」
「それを入江教授もご存じだ」
「教授が口裏を合わせた?」
唐澤は先日のテレビ番組を思いだす。すんなりとあれを信じた教授に、彼は違和感しか覚えなかった。それに、入江は碓井の恩師ではなかったか。唐沢は記憶を手繰り寄せる。だから俺は、わざわざ東大の入江教授の講義を部外者ながら拝聴しに行ったのだ。かすかな期待を胸に。
「その通り」
「……碓井は、碓井はどこまで知っている?」
「さあ。しかしあのご様子だ、恐らく気づいてなどいますまい」
「そうか……」
その言葉に、唐澤はそう呟くしかできなかった。
「詳しくは知りませんが、入江教授にも彼なりの目論見があるらしい。すべての秘密をあなたの胸に秘めたままにしたいのならば、おとなしく言うことを聞くんですな。なに、チームのほとんどは私の息がかかっている。だっておかしいと思いませんでしたか?現代の技術力をごまかせるとでも?」
「それは」
確かに不自然だった。初めはいたずらのつもりだったのに。唐澤は心の中で懺悔する。残念、偽物でした。いい加減現実を見ろよ、ほんとに見つかるわけないじゃないか。そう彼にお灸を据えてやるぐらいの気持ちだったのにあれよあれよというまに遺物は本物だと認められてしまっていた。今思えば、明らかに作為的ではあった。では、すべては黒崎に仕組まれたことだったのだろうか?
困惑の中訂正するタイミングも失い、一方嬉しそうな碓井を見れば今更修正する気も失せてしまった。さらに俺も覚醒者だと言ったときの碓井のあの笑顔!
そこで唐澤は諦めてしまったのだ、正しい道へ戻ることを。だってシャンポリオンが見つかったから、王妃の力とやらで王様たちが覚醒したんだろう?ならばこれは偽りなどではないのだ、本物なのだと思い込んで。
「入江教授は俺に何をしろと」
脱力してかすかに震える声で唐澤は聞いた。
「なんでも、あの実験に協力をしてほしいと」
「……実験?あんなの、ただの噂話だろ」
唐澤はその火種を、吸い終えたたばこの吸い殻を踏みつけるように消してやるつもりだった。今までそうしてきた。あれは決して口外していいような内容ではなかった。例え眉唾の噂話のレベルだったとしても。
「けれど火のないところに煙は立ちませんよ?なにしろご本人が仰っているんです。いよいよあの計画を実働させたいと」
けれどすでに黒崎はそれを知っているようだった。他ならぬ彼が、それについて言及しだと?
「馬鹿な。彼の専攻は古生物だろ、それがなぜあんな物の作成に関わるんだ」
「さあ、天才の考えることは私なんぞには分かりません。だがこれだけは確かだ、あなたに拒否権はない」
下された決定打に唐澤は血の出そうなほど唇を強く噛みしめた。
「事実を明らかにして、すべてを台無しにしたくはないでしょう?」
「そっちこそ、そんなことをされて困るんじゃないのか。大層な神殿まで建てて、お偉いさんを呼び集めて」
「その時は王、いえ楠木陽子と碓井教授を弾劾するまでですよ。怪しい思想家に振り回された被害者ですからね、こちらは。もとより失うものなどありませんし」
「……散々崇め奉ったあげくに自分に都合が悪くなれば非難か。クズのすることだな」
「クズなのはお互い様でしょう。ここまで来た以上、我々はうまく立ち回る他ないのですから」
「俺は、お前に協力するつもりはない」
「先程も言いましたでしょう、失うものはなにもないと。それより困るのはあなただ。いいのですか?碓井先生をみすみす奈落の底に突き落としてしまっても。あなたが騙したというのに?」
「……それは」
「唐澤先生。いえ、カラシャールさんでしたかな?あなたは本当にシャンポリオンにいらしたのか?」
「なにを言っている。いたに決まってるじゃないか、だからこうしてアイツに協力してるんだ」
「碓井先生の過去の姿、ルクレティウスに憧れていたからだと。そうですよね、そう理屈つけた方が自然だ。じゃなきゃおかしいですものねぇ、ただの友人にここまで」
改めて他人から指摘され、唐澤は血の気が引くのを感じていた。呆然と立ちすくむしかない唐澤に向かって、さらに黒崎は続けた。
「だがどんな理由であれ、これはあなたが自ら招いた災厄だ。あなたには見届ける義務がある」
「そんな、俺はそんなつもりじゃなかったんだ」
「だが、彼はそのつもりだった」
「彼?入江教授のことか?」
「さあ」
そう言って黒崎は笑みを浮かべた。悪魔のような笑みを。
「お前は何を企んでいる?」
「企む?そんなまさか。私は過去ではしがない一介の役人、今はただの成金野郎ですよ。その私に何ができましょう」
そう返す黒崎は、とても無力な男には思えなかった。もはや唐澤の思惑など他に、何か大きな歯車が回りはじめている。彼は思ったがそれを止める手だてを持っていなかった。もう、この何かを企む悪魔の言いなりになるしか選択肢はなかったのだから。
「では先生。よろしくお願いしますよ、入江教授の件。なるべく早い方がありがたい。この国の命運がかかっているんですからね」
そう去っていく黒崎の背を、ただ睨むしか唐澤には出来なかった。
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