主婦、王になる?

鷲野ユキ

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呪術師ロロ

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順調に粕川の予知通りに一行は進んでいった。なにしろどこに敵がいるのかが前もってわかるのだ。なぜこの力をもってしてシャンポリオンは滅びたのか。不思議に思いつつ彼女らは歩を進めていく。
さすがはこの国の最高学問府だ、都内とは思えぬ広さを誇る敷地内を駆けていく。時にはあめ玉を転がし追っ手を転ばせ、時にはキムチを顔面に投げつけて。拙い攻防だが、未来が見えるのは大きい。けれどもなかなか目的地への入り口が見つからない。まがいなりにも研究所の名を持ち、ホームページまであるのだから目立つ場所にあると思っていたのに。
「理央、まだ目的地は見えない?」
有名な講堂の脇をすり抜けながら緋美が叫ぶ。予定された通りに行動を起こしながら。しっかり両手で黒服どもの腕やら顔やらに浅い傷をつけ、確実に敵の戦意を削いでいく。
そこに一応本人としては回復してやってるつもりのだろうが、亜美が消毒液をぶちまけるものだから哀れな彼らは悲鳴をあげていた。確かにあれは染みて痛そうだった。
「とりあえず次の10分。……え?」
意識を集中させ、次に起こる出来事を報告しようとした粕川が驚きの声をあげた。
「どうしたの先生!?」
こちらはほとんど防御一辺だ、母をかばいながら竹刀を振るう勇樹が問う。その隙に一人陽子に肉薄してしまった。危ない!そう思う間もなく男は陽子に襲いかかるが、「キャア」とつき出された陽子の腕に弾かれすっ転ぶ。
「嘘でしょ、軽く押しただけなのに」
一番驚いていたのは陽子だったが、今はそんな場合ではない。
「なにか見えたの?カスティリオーネ」
動揺から立ち直り、陽子が問えば予想外の答えが返ってきた。
「え、あ、はい。警官……だと思う、警官隊がこちらに押し寄せてきます!!」
「お巡りさんが?」
なんで、俺たちは悪いことなんてしてないのに!勇樹は憤慨する。おかしい、なんだってそんなのまでやってくるのか。
「まあこんだけ派手に暴れてりゃあ、鎮圧するのに呼ばれてもおかしくはないね。首謀者が呼んだのか、夏休みだってのに早朝から勉学だかサークル活動だかに勤しむ真面目な学生が通報したのかは知らないけど」
「でも、すごい数がやってくる、さすがにあれは逃げられないよ」
粕川がここにきてはじめて弱気になった。相手が正義の象徴なのもあったのかもしれない。さすがに警官相手に暴れる勇気なんか。
「とにかく早くそこに着かなきゃ話にならない」
さしもの亜美も焦り始めた。なにやらヘリが近づいてくる音もする。あれは何?まさか自衛隊?ブロロロと言うプロペラ音がどんどん近くなる。その音も彼女らの気持ちを焦らせた。
もちろん抵抗に遭うことは想定内ではあったが、いざ現実に起こるとも思っていなかった。いや、思いたくなかった。
「次はどこに向かえばいい!?」
混乱する粕川を陽子が急く。こんなときわたしにもなにか力があればよかったのに。それか、強力な力を持つものがいれば。
ああ、あれは誰だっけ。わたしに正しい道を見せてくれた、電話の向こうの魔法使い。あの人がいてくれたら。そう思った時。
「こっちだ、こっちにおいで」
とにかくやみくもにかける彼女らに突如掛けられた声。乾いたその声は、大きくないのに妙に彼女らの耳に響いた。
この声、聞き覚えがある!
「この前の怪しい婆さん!」
勇樹が思わず叫んだ先には、夏だというにも関わらずコートに身を包んだロロの姿があった。まるで陽子の願いに応えたかのように。

「婆さんとはいきなり失礼だね、そろそろわしを思い出したかね、シャンポリオンの皆さま方」
ロロに連れられて、なにやら広いグラウンドを突き抜け、一行は最早どこにあるのかもよくわからない建物の地下へと深く降りていく。ここが本拠地ならばずいぶんと警備が手薄だった。ならばここは目的地ではないのか?
キョロキョロしながら勇樹が口を開く。「もしかして、LINE送ったの見てくれたの?」
先の作戦会議。勇樹は一人でも味方を増やすべく画策した。そういえば、と慌ててつかんで出たサブバックの底から出てきた彼女の名刺を見つけると、ものは試しとばかりにLINEを送っておいたのだ。まさか本当に現れるとは思っても見なかった。なにせ前に会ったのは浜北だ、なぜこの婆さん、東京にいたんだろう。
「まあね。あんたたちがここに来るのもお見通しだよ。なにせワシは占い師だからの」
カッカッカ、と笑うロロに「じゃあ〈王の目〉なんかよりよっぽど優秀じゃない、なんでもっと早く助けに来てくれなかったの」と粕川が不平を漏らす。だが、
「そんなこと言われたって、こちらはか弱い老女じゃ、女子大生の体力と一緒にして考えるでない」としおらしく返されてしまった。
確かに、普通には走り回ったりなどしないご高齢の姿をしている。けれどあっという間に粕川家の庭から姿を消す様を見ていた彼女はそれを素直に信用できなかった。
「それより王、いや陽子さん。立派になったものだね」
まるで孫を見るかのような目付きで、ロロは陽子を見やる。
「立派もなにも。わたしはなにもしていません、みんなが頑張ってくれてるから。神殿を抜け出したのも、あなたの後押しがあったから」
陽子は謙遜でなく本心からそう言った。それにまだなにも成し遂げていない。噴火は必ず止めなければ。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、この方はどなた?」
そこに口を挟んだのは緋美だった。そういえば、と改めて粕川はロロを穴田母子に紹介する。はるか昔は偉大な呪術師、今は謎の占い師ことロロ。
「どうも、アナトリアとその娘」
うやうやしく老婆が手を差す。そのしわにまみれた手を握りながら、
「さすがはなんでもお見通しってわけか」
と亜美は苦笑した。
「ああ。ルクレティウスに会う勇気が出たのかね」
「勇気もなにも。アタシはたまたま面白そうな騒ぎに捕まって来ただけ。ほんとにただの偶然よ。ビックリしたよ、娘がカスティリオーネと友達なんて」
「はたして偶然かな?」
「偶然よ。必然なんて、それは努力の成果に対して使う言葉。だからこれはあくまで偶然。けれどいまだにそんな大昔のこと引きずってるなんて、どうかしてるよ彼女は。ある意味彼女の執念の努力がそうさせたのかもしれないけど」
「そうさ、向こうは本気だよ。あんたと和解するどころか、現世でも全面戦争と来たもんだ。よかれと思って声をかけたのが裏目に出てしまったわ」
「ふうん、さしもの大呪術師様にも読めないものがあるんだね」
「そりゃそうだ、特に人の心はね」
いきなり懇意に話し出した二人を、その娘が不思議な顔で覗いていた。まさか、母さんもシャンポリオンの人なの?
それに気づいたらしいロロは緋美を見据えて口を開く。
「アナトリアの娘。あんたはまだ自分が何者か知らないね?」
なにやら意味深に魔女のような人が問う。それでも緋美は怯まなかった。
「私は私だよ、穴田緋美。それ以上でも、それ以下でもない」
その言葉に、嬉そうにその細い目をさらに細める。ロロが言った。
「そうだね、ワシが悪かった。その通りさ、ワシらは自分以上でも以下でもない。それぞれがしたいことをするだけだ」
「そうだよ、富士山が噴火なんかしたら危ないもん。あのあたりだって大地震が起きて、大変なことになっちゃう」
地学の授業で教わった知識をフルに動員し勇樹が答えた。確か、あのあたりには活断層ってやつがあるんだから。
 「その上で改めて問うよ。この先何が起こっても、すべてを見届ける覚悟はあるかね?」
一同は深くうなずいた。それにロロは満足そうにうなずくと、彼女はやおら懐から光る何かを取り出した。
なにかしら、本当に魔法が使えるとでも?
期待を込めて陽子が見れば、その手には光る、スマートフォン。
「てなんでスマホなんか」思わずつっこむのは勇樹だった。
「バカ者。なぜあらかじめ研究所の場所を調べておかない。このご時世GPSもあるのに大学構内で迷いおって」
それは、そうだけど。けれどまさか、ネットで調べられるところにそんな危ないものがあるなんて思っても見なかったから。陽子はそう言い訳する。
困惑しつつその画面を覗き込めば、目的地は存外にすぐそばだった。思いのほか奥地まで進んできたらしい。どうやら反対側の門から入ればすぐのようだった。だからこそ彼女らが何とかここまでやってこられたのかもしれない。まさか遠回りのルートで来るとは敵方も思っていなかったに違いない。
「今いるのは一号館。表向き研究所は二号館にあることになっている。けれど、そんな都市伝説みたいな場所がおとなしくそんなところにあると思うかい?」
「じゃあ、実は本堂の地下にあるとか?」
粕川が思いついたように言った。灯台元暗し、もとい東大元暗し、だ。
「安直なことを考えるね、それでも〈王の目〉かい。千里眼はどうした。使いこなせない力なんて無駄以外の何物でもないじゃないか」
「そんなこと言われたって、まだ操作方法に慣れてないんです」
ふてくされつつ粕川が答える。だってそうじゃない、この能力にはなんの取説も付いてないんだもの!
「表向きの研究所も利用しつつ、さらに拡張して機密兵器を造兵する。ならば一番利便がいいのは?」
喚く粕川をほっぽって、ロロが人々を見回して問いかける。
「さっき走ってきたグラウンドの地下?」
答えたのは緋美だった。やたらと広い場所。考えられるのはそのくらいだった。
「ご名答。でここからが正念場だ。やつらは研究所をメインに守っている。スムーズに兵器設置場所に侵入できるのはそこだからね。だけど正面切って乗り込むには我々は弱すぎる」
「じゃあどうやって?」
「こうやるのさ」
そうにやりと笑って彼女はコートの下から何かを取り出した。黒く光る、重そうな何か。
「それって……」
嫌な予感しかなかった。彼女が〈王の目〉だからではない。その感覚はその場のすべての人間に共通していた。いやいやいや、だってここは日本だぞ?そんなもの、民間人が持ってるはずないじゃない!
「これで、そこの壁をぶち抜く。おそらく秘密の研究所に通じる穴が出来るはず。なに、大呪術師様が言うんだから間違いない」
その手には、見慣れぬ大型の武器。いったいどこに隠し持ってたんだ。けれどRPG以外のゲームもたしなむ勇樹と亜美にはその正体がわかってしまった。
『ロケットランチャー!?』
何事にも動じなかった亜美と、先から驚きっぱなしの勇樹が同時に叫んだ。そんなの、どこで手に入れたっていうの!?
さすがに軍事マニアではない二人は知り得ぬことであったが、彼女が素知らぬ顔で出したのはM72― LAW。口径66㎜の、対戦車ロケット弾だった。
「知り合いが貸してくれたんだ」
「知り合い?」
「借りた!?」
んな馬鹿なことがあるもんか。慌てる彼らを無視し悠然とロロは言う。
「なに、歳を取ればいろいろあるのさ。それより早く、もう時間がない。手段がどうこう言ってる場合じゃないんだ。止められなければワシらはテロリスト。命が惜しけりゃとっととアイツらを止めるんだね」
その言葉の後、轟音が鳴り響いた。
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