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探偵王は密室がお好き5
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「でもまあ、確かに怪物の足跡のようにも見えるな」
腕を組みながら、ダーニット三世は首をひねった。
「ずいぶんと大きな足のようだね」
リキュールも同様に首を振ると、
「それに、このずんぐりとした足跡と言ったら!きっと犯人はさぞかしセンスのない人間にちがいない!」
とゲラゲラ笑った。ひねくれ者のリキュールだが、なにもおかしいと思ったのは彼だけではない。何しろこの時代、男女問わずつま先の尖った靴が流行っていたので、リキュールを始めとしてダーニット三世やメープル、カーガックの靴ももれなく鋭く尖っていた。外反母趾の人間には地獄のような時代である。
だというのに、残された足跡はただ楕円に伸びていて、大きな芋虫を彷彿とさせた。靴底の模様だろうか、シマシマ模様も見て取れる。それが一層足跡を芋虫じみて見せていた。
「シャンロック殿は、足跡の研究もしておりました」
芋虫足跡を眺めながらカーガックが言った。
「その歩幅からおおまかな犯人の身長を。地面への沈み方から体重を。ここの床は土ではないので体重まではわかりませんが、少なくとも犯人は小柄な子供や女性ではないでしょう」
カーガックは残された足跡と同じ歩幅で歩くと、
「歩幅から見るに、恐らく中肉中背の男性のものと思われます。しかし、いやに大きな足ですな。それと、靴底についた砂粒やゴミなどから、犯人がどこからやって来たのかも推測することができます。これは……この研究所の周辺に自生しているイチイの葉でしょうか。詳しくは分析しないとわかりませんが」
と思案気な表情を浮かべた。
「それじゃあ、中肉中背で足がやたらと大きくて、このあたりをうろついていた不審な男を探せばいいのかしら?」
腕を組むメープルに対し、
「でももしかしたら、これは故意に付けられた足跡なのかもしれないぞ?」
と口を挟むリキュール。
「こんな足跡。小柄な女性だって、頑張れば歩幅を広く歩くことだってできるじゃないか?靴のサイズだって、大きいものを履けばいい」
そう言って、意味ありげに見るのはメープルの姿。
「そして何食わぬ顔で再び現場に現れて、veritéを見破られまいと誤った方向に推理を向けようとする」
「何よ!」
これには思わず叫んだメープルは、
「あなた、私を疑ってるって言うの?」
とリキュールに詰め寄るものの、小男は余裕の表情で問いかけた。
「じゃあ逆に聞くけれど、なんだって君はこんなところにいの一番に駆けつけられたと言うんだい?Moiみたいに、講演を聞きに来たわけでもないのに」
「それは」
眉を下げ、困ったようにメープルが言葉を濁した。
「たまたまよ、たまたま!それに私なんかより、もっと怪しい人がいるじゃない!」
そうわめいて彼女はカーガックの方に向き直ると、
「私なんかより、もっと早く現場にたどり着いた人物。扉を開けて、一番に入った人間が怪しいんじゃないかしら?」
メープルの視線を受けて、今度はカーガックが叫ぶ番だった。
「そんな、私を疑うっていうんですか!?」
「なるほど、一番に扉を開けたのはアナタだったんですな」
ダーニット三世も、この事実に鋭い視線を彼に投げかけた。
「壊された形跡はないようですが、どうやって?」
「それは、もちろん合鍵を使って」
「合い鍵!そんなものが?」
新たな事実にどよめく探偵ら。内側から掛けられた鍵。この部屋が密室たるゆえん。けれどそれが、あっけなく覆されてしまったのだ。
「そりゃああるに決まってるでしょう」
カーガックは不満の色も露わに唇を尖らせた。
「ここはあくまでも研究所なのです。その名誉所長でもあるシャンロック殿が自分の研究室を持っているのは不思議ではありませんが、とはいえあそこに住んでいるわけではありません。まあ、研究が佳境に入ると泊まり込むこともあったようですが。けれどあくまでもここは公共の場というかあくまでもここの管理者は私ですからね、あったっておかしくはないでしょう」
悪魔のように額に血管を浮き立たせ、かれはあくまでもと繰り返し自身の正当性を訴えた。
「それじゃあ、密室じゃないんじゃないか?」
リキュールが困ったように呟いた。
「誰かが(と言いつつもカーガックの方を見るのを忘れない)、鍵を開けて中に入りシャンロックを眠らせて細工をした。それだけのことなんじゃ」
「でも、先から申し上げているでしょう」
苛立ったように叫ぶカーガック。
「ここには常に人がおりました。ええ、なんなら私もずっと彼の研究室前におりましたよ。ここからなら講堂の様子もよく見えますからね。もちろん私以外の研究員もおりました。研究室の前のスペースは、ちょっとした休憩所になっていますからね。皆一様に口をそろえて言うことには、この部屋にシャンロック殿以外の誰かが出入りするのなど見ていないというのです!」
「ふむ、衆人環視の殺人、いやマーダーゲームだったというわけか」
ダーニット三世は思わず顎をさすった。ふむ、いよいよ面白くなってきた。と同時に、いよいよわからなくなってきたぞ、と。
いくら人間だって原子の塊だとしても、分解して壁を通り抜けることは出来るまい。ましてや姿を透明にして、人々の目を欺くことも出来ないだろう。密室に仕立てるために、鍵を細工する必要もあまりない。なにしろスペアがあるのだ。
そうなると、ある程度可能性は限られてくる。とはいえここで特別な秘密の抜け道など急に出されてしまったら、いかに温厚なダーニット三世とて怒りに我を忘れてしまうだろう。それほど密室事件において、そんなご都合主義は許されないことなのだから。
腕を組みながら、ダーニット三世は首をひねった。
「ずいぶんと大きな足のようだね」
リキュールも同様に首を振ると、
「それに、このずんぐりとした足跡と言ったら!きっと犯人はさぞかしセンスのない人間にちがいない!」
とゲラゲラ笑った。ひねくれ者のリキュールだが、なにもおかしいと思ったのは彼だけではない。何しろこの時代、男女問わずつま先の尖った靴が流行っていたので、リキュールを始めとしてダーニット三世やメープル、カーガックの靴ももれなく鋭く尖っていた。外反母趾の人間には地獄のような時代である。
だというのに、残された足跡はただ楕円に伸びていて、大きな芋虫を彷彿とさせた。靴底の模様だろうか、シマシマ模様も見て取れる。それが一層足跡を芋虫じみて見せていた。
「シャンロック殿は、足跡の研究もしておりました」
芋虫足跡を眺めながらカーガックが言った。
「その歩幅からおおまかな犯人の身長を。地面への沈み方から体重を。ここの床は土ではないので体重まではわかりませんが、少なくとも犯人は小柄な子供や女性ではないでしょう」
カーガックは残された足跡と同じ歩幅で歩くと、
「歩幅から見るに、恐らく中肉中背の男性のものと思われます。しかし、いやに大きな足ですな。それと、靴底についた砂粒やゴミなどから、犯人がどこからやって来たのかも推測することができます。これは……この研究所の周辺に自生しているイチイの葉でしょうか。詳しくは分析しないとわかりませんが」
と思案気な表情を浮かべた。
「それじゃあ、中肉中背で足がやたらと大きくて、このあたりをうろついていた不審な男を探せばいいのかしら?」
腕を組むメープルに対し、
「でももしかしたら、これは故意に付けられた足跡なのかもしれないぞ?」
と口を挟むリキュール。
「こんな足跡。小柄な女性だって、頑張れば歩幅を広く歩くことだってできるじゃないか?靴のサイズだって、大きいものを履けばいい」
そう言って、意味ありげに見るのはメープルの姿。
「そして何食わぬ顔で再び現場に現れて、veritéを見破られまいと誤った方向に推理を向けようとする」
「何よ!」
これには思わず叫んだメープルは、
「あなた、私を疑ってるって言うの?」
とリキュールに詰め寄るものの、小男は余裕の表情で問いかけた。
「じゃあ逆に聞くけれど、なんだって君はこんなところにいの一番に駆けつけられたと言うんだい?Moiみたいに、講演を聞きに来たわけでもないのに」
「それは」
眉を下げ、困ったようにメープルが言葉を濁した。
「たまたまよ、たまたま!それに私なんかより、もっと怪しい人がいるじゃない!」
そうわめいて彼女はカーガックの方に向き直ると、
「私なんかより、もっと早く現場にたどり着いた人物。扉を開けて、一番に入った人間が怪しいんじゃないかしら?」
メープルの視線を受けて、今度はカーガックが叫ぶ番だった。
「そんな、私を疑うっていうんですか!?」
「なるほど、一番に扉を開けたのはアナタだったんですな」
ダーニット三世も、この事実に鋭い視線を彼に投げかけた。
「壊された形跡はないようですが、どうやって?」
「それは、もちろん合鍵を使って」
「合い鍵!そんなものが?」
新たな事実にどよめく探偵ら。内側から掛けられた鍵。この部屋が密室たるゆえん。けれどそれが、あっけなく覆されてしまったのだ。
「そりゃああるに決まってるでしょう」
カーガックは不満の色も露わに唇を尖らせた。
「ここはあくまでも研究所なのです。その名誉所長でもあるシャンロック殿が自分の研究室を持っているのは不思議ではありませんが、とはいえあそこに住んでいるわけではありません。まあ、研究が佳境に入ると泊まり込むこともあったようですが。けれどあくまでもここは公共の場というかあくまでもここの管理者は私ですからね、あったっておかしくはないでしょう」
悪魔のように額に血管を浮き立たせ、かれはあくまでもと繰り返し自身の正当性を訴えた。
「それじゃあ、密室じゃないんじゃないか?」
リキュールが困ったように呟いた。
「誰かが(と言いつつもカーガックの方を見るのを忘れない)、鍵を開けて中に入りシャンロックを眠らせて細工をした。それだけのことなんじゃ」
「でも、先から申し上げているでしょう」
苛立ったように叫ぶカーガック。
「ここには常に人がおりました。ええ、なんなら私もずっと彼の研究室前におりましたよ。ここからなら講堂の様子もよく見えますからね。もちろん私以外の研究員もおりました。研究室の前のスペースは、ちょっとした休憩所になっていますからね。皆一様に口をそろえて言うことには、この部屋にシャンロック殿以外の誰かが出入りするのなど見ていないというのです!」
「ふむ、衆人環視の殺人、いやマーダーゲームだったというわけか」
ダーニット三世は思わず顎をさすった。ふむ、いよいよ面白くなってきた。と同時に、いよいよわからなくなってきたぞ、と。
いくら人間だって原子の塊だとしても、分解して壁を通り抜けることは出来るまい。ましてや姿を透明にして、人々の目を欺くことも出来ないだろう。密室に仕立てるために、鍵を細工する必要もあまりない。なにしろスペアがあるのだ。
そうなると、ある程度可能性は限られてくる。とはいえここで特別な秘密の抜け道など急に出されてしまったら、いかに温厚なダーニット三世とて怒りに我を忘れてしまうだろう。それほど密室事件において、そんなご都合主義は許されないことなのだから。
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