探偵王ダーニット三世の推理録

鷲野ユキ

文字の大きさ
5 / 8

探偵王は密室がお好き5

しおりを挟む
「でもまあ、確かに怪物の足跡のようにも見えるな」
 腕を組みながら、ダーニット三世は首をひねった。

「ずいぶんと大きな足のようだね」
 リキュールも同様に首を振ると、
「それに、このずんぐりとした足跡と言ったら!きっと犯人はさぞかしセンスのない人間にちがいない!」
   とゲラゲラ笑った。ひねくれ者のリキュールだが、なにもおかしいと思ったのは彼だけではない。何しろこの時代、男女問わずつま先の尖った靴が流行っていたので、リキュールを始めとしてダーニット三世やメープル、カーガックの靴ももれなく鋭く尖っていた。外反母趾の人間には地獄のような時代である。
    だというのに、残された足跡はただ楕円に伸びていて、大きな芋虫を彷彿とさせた。靴底の模様だろうか、シマシマ模様も見て取れる。それが一層足跡を芋虫じみて見せていた。

「シャンロック殿は、足跡の研究もしておりました」
 芋虫足跡を眺めながらカーガックが言った。 
「その歩幅からおおまかな犯人の身長を。地面への沈み方から体重を。ここの床は土ではないので体重まではわかりませんが、少なくとも犯人は小柄な子供や女性ではないでしょう」
 カーガックは残された足跡と同じ歩幅で歩くと、

「歩幅から見るに、恐らく中肉中背の男性のものと思われます。しかし、いやに大きな足ですな。それと、靴底についた砂粒やゴミなどから、犯人がどこからやって来たのかも推測することができます。これは……この研究所の周辺に自生しているイチイの葉でしょうか。詳しくは分析しないとわかりませんが」
    と思案気な表情を浮かべた。

「それじゃあ、中肉中背で足がやたらと大きくて、このあたりをうろついていた不審な男を探せばいいのかしら?」
 腕を組むメープルに対し、
「でももしかしたら、これは故意に付けられた足跡なのかもしれないぞ?」
 と口を挟むリキュール。

「こんな足跡。小柄な女性だって、頑張れば歩幅を広く歩くことだってできるじゃないか?靴のサイズだって、大きいものを履けばいい」
  そう言って、意味ありげに見るのはメープルの姿。
「そして何食わぬ顔で再び現場に現れて、verité真実を見破られまいと誤った方向に推理を向けようとする」

「何よ!」
  これには思わず叫んだメープルは、
「あなた、私を疑ってるって言うの?」
  とリキュールに詰め寄るものの、小男は余裕の表情で問いかけた。
「じゃあ逆に聞くけれど、なんだって君はこんなところにいの一番に駆けつけられたと言うんだい?Moiみたいに、講演を聞きに来たわけでもないのに」

「それは」
  眉を下げ、困ったようにメープルが言葉を濁した。
「たまたまよ、たまたま!それに私なんかより、もっと怪しい人がいるじゃない!」
  そうわめいて彼女はカーガックの方に向き直ると、
「私なんかより、もっと早く現場にたどり着いた人物。扉を開けて、一番に入った人間が怪しいんじゃないかしら?」
 メープルの視線を受けて、今度はカーガックが叫ぶ番だった。

「そんな、私を疑うっていうんですか!?」
「なるほど、一番に扉を開けたのはアナタだったんですな」
 ダーニット三世も、この事実に鋭い視線を彼に投げかけた。
「壊された形跡はないようですが、どうやって?」
「それは、もちろん合鍵を使って」
「合い鍵!そんなものが?」
 新たな事実にどよめく探偵ら。内側から掛けられた鍵。この部屋が密室たるゆえん。けれどそれが、あっけなく覆されてしまったのだ。
「そりゃああるに決まってるでしょう」
 カーガックは不満の色も露わに唇を尖らせた。

「ここはあくまでも研究所なのです。その名誉所長でもあるシャンロック殿が自分の研究室を持っているのは不思議ではありませんが、とはいえあそこに住んでいるわけではありません。まあ、研究が佳境に入ると泊まり込むこともあったようですが。けれどあくまでもここは公共の場というかあくまでもここの管理者は私ですからね、あったっておかしくはないでしょう」
 悪魔のように額に血管を浮き立たせ、かれはあくまでもと繰り返し自身の正当性を訴えた。

「それじゃあ、密室じゃないんじゃないか?」
 リキュールが困ったように呟いた。
「誰かが(と言いつつもカーガックの方を見るのを忘れない)、鍵を開けて中に入りシャンロックを眠らせて細工をした。それだけのことなんじゃ」
「でも、先から申し上げているでしょう」
 苛立ったように叫ぶカーガック。

「ここには常に人がおりました。ええ、なんなら私もずっと彼の研究室前におりましたよ。ここからなら講堂の様子もよく見えますからね。もちろん私以外の研究員もおりました。研究室の前のスペースは、ちょっとした休憩所になっていますからね。皆一様に口をそろえて言うことには、この部屋にシャンロック殿以外の誰かが出入りするのなど見ていないというのです!」

「ふむ、衆人環視の殺人、いやマーダーゲームだったというわけか」
 ダーニット三世は思わず顎をさすった。ふむ、いよいよ面白くなってきた。と同時に、いよいよわからなくなってきたぞ、と。

 いくら人間だって原子の塊だとしても、分解して壁を通り抜けることは出来るまい。ましてや姿を透明にして、人々の目を欺くことも出来ないだろう。密室に仕立てるために、鍵を細工する必要もあまりない。なにしろスペアがあるのだ。

 そうなると、ある程度可能性は限られてくる。とはいえここで特別な秘密の抜け道など急に出されてしまったら、いかに温厚なダーニット三世とて怒りに我を忘れてしまうだろう。それほど密室事件において、そんなご都合主義は許されないことなのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...