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魔女の城3
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ぼんやりと見える天井にはなにもなかった。レンガ造りの壁には、高そうな絵画たち。身体は冷たいところに横たえられているようだった。ひんやりとして気持ちいい。そこで目が覚めた。
ああ、例の事故物件か。しかも個人の邸宅をホテルにリノベーションしたとかいう建物。
どうやら予告通り気絶していたらしい。ゆっくりと身体を動かしてみる。どこか痛いところもないようだ、うっかり倒れた拍子に頭とか打たなくて本当によかった。
社は腕で身体を支えながら身を起こした。大丈夫、どうやら憑りつかれずに済んだらしい。ではあの霊は無事いなくなってくれたのだろうか。じゃあ仕事は終わったから、天気が悪くなる前に帰らせてもらおう。
そう楽観的に考えて、社は落とした玉串を拾おうと手を伸ばした。あれ、どこに落としたんだろう?
『ちょっと、ドレスの裾めくるなんてサイテー』
そこに掛けられる、まだ若い女性の声。ん?女の子?
『目、覚めた?』
視線をその声の方に向かって上げれば、黒髪に色白な女の子と目が合った。手を伸ばしたのは玉串ではなかったようだ。黒ずんだドレスの裾。そして再び目線を上に上げると、首もとには真っ赤なチョーカー。
……ならぬ、真っ赤な切り口。
「うわわあああああ!!」
社は、慌ててこの場から逃げるべくパーティー会場の扉を目指した。けれど鍵などかかっていないはずのそこは、押しても引いても開く気配がなかった。
「へ、嘘だろ!?」
我を忘れて大きな扉を叩くもビクともしない。ドンドンと虚しい音と、窓の外で吹雪く雪の音と、廊下の壁掛け時計の刻む針の音が妙に大きく聞こえる。けれどそれ以上に大きく聞こえるのは自分の鼓動の音だった。このままじゃ僕は、驚きすぎて心臓マヒで死んじゃうんじゃなかろうか。
頼む、中にいる誰かが扉を開けてくれれば!
『アタシのこと、見えるの?』
慌てふためく社に、再びかけられる声。雑音の中、その小さな声が妙な存在感を放っていた。それに反応して振り向けば、例の幽霊がふわふわと漂っていた。
あれ、首のところザックリいってるけどどこから声が出てるんだろう。そんなとめどないことを思い浮かべながら、一向に開く気配のない扉を諦めた社はそれと対峙した。
ベールの中の顔は、想像していたよりは穏やかそうだった。ぐちゃぐちゃに潰れた頭ではなかった。だが否が応にも目線は首に向けられてしまう。パックリと裂けた首元。あの中に見えるのは……いや、やめよう。女性の身体をジロジロ眺めるなんて失礼じゃないか。
というか好き好んで見たいものでもなかった。切断された首の断面図など。
『ねえ、聞いてる?』
霊が再び話しかけてきた。こんなの初めてだ、まさか幽霊に話しかけられるだなんて。
「うわああすみませんすみません、僕もう帰りますから、おじゃましました」
すいーっと、よく見る幽霊さながらに音もなくそれが近づいてきた。社は腰を抜かして尻もちをついてしまったが、その痛みにかまっている場合などではなかった。
早く扉を開けて、誰かに助けを求めなければ。いや、それとも外に逃げ出すか。けれど外は吹雪だ。こんな姿でうっかり出たら、それはそれで死んでしまいそうな気がする。
『ちょっと、せっかく来たんだからゆっくりしてきなよ。よくわかんないけど、なんかお祝いやってるんでしょ?』
けれど狼狽する社に対して、幽霊は呑気なものだった。別に僕は遊びに来たんじゃないんだから!思わず社はその呑気さに苛立ってしまったくらいだった。
「いやいや、ちょっとその、僕忙しいんで」
『忙しかったらこんな山奥までこないでしょフツー』
「そりゃそうだけど」
としっかりそこまで会話して、社は気が付いた。
あれ、この幽霊、全然怖くないんだけど。そう思って視線を目の前の浮遊物に戻してみる。怖くない、怖くない……。
……見た目以外は。
ああ、例の事故物件か。しかも個人の邸宅をホテルにリノベーションしたとかいう建物。
どうやら予告通り気絶していたらしい。ゆっくりと身体を動かしてみる。どこか痛いところもないようだ、うっかり倒れた拍子に頭とか打たなくて本当によかった。
社は腕で身体を支えながら身を起こした。大丈夫、どうやら憑りつかれずに済んだらしい。ではあの霊は無事いなくなってくれたのだろうか。じゃあ仕事は終わったから、天気が悪くなる前に帰らせてもらおう。
そう楽観的に考えて、社は落とした玉串を拾おうと手を伸ばした。あれ、どこに落としたんだろう?
『ちょっと、ドレスの裾めくるなんてサイテー』
そこに掛けられる、まだ若い女性の声。ん?女の子?
『目、覚めた?』
視線をその声の方に向かって上げれば、黒髪に色白な女の子と目が合った。手を伸ばしたのは玉串ではなかったようだ。黒ずんだドレスの裾。そして再び目線を上に上げると、首もとには真っ赤なチョーカー。
……ならぬ、真っ赤な切り口。
「うわわあああああ!!」
社は、慌ててこの場から逃げるべくパーティー会場の扉を目指した。けれど鍵などかかっていないはずのそこは、押しても引いても開く気配がなかった。
「へ、嘘だろ!?」
我を忘れて大きな扉を叩くもビクともしない。ドンドンと虚しい音と、窓の外で吹雪く雪の音と、廊下の壁掛け時計の刻む針の音が妙に大きく聞こえる。けれどそれ以上に大きく聞こえるのは自分の鼓動の音だった。このままじゃ僕は、驚きすぎて心臓マヒで死んじゃうんじゃなかろうか。
頼む、中にいる誰かが扉を開けてくれれば!
『アタシのこと、見えるの?』
慌てふためく社に、再びかけられる声。雑音の中、その小さな声が妙な存在感を放っていた。それに反応して振り向けば、例の幽霊がふわふわと漂っていた。
あれ、首のところザックリいってるけどどこから声が出てるんだろう。そんなとめどないことを思い浮かべながら、一向に開く気配のない扉を諦めた社はそれと対峙した。
ベールの中の顔は、想像していたよりは穏やかそうだった。ぐちゃぐちゃに潰れた頭ではなかった。だが否が応にも目線は首に向けられてしまう。パックリと裂けた首元。あの中に見えるのは……いや、やめよう。女性の身体をジロジロ眺めるなんて失礼じゃないか。
というか好き好んで見たいものでもなかった。切断された首の断面図など。
『ねえ、聞いてる?』
霊が再び話しかけてきた。こんなの初めてだ、まさか幽霊に話しかけられるだなんて。
「うわああすみませんすみません、僕もう帰りますから、おじゃましました」
すいーっと、よく見る幽霊さながらに音もなくそれが近づいてきた。社は腰を抜かして尻もちをついてしまったが、その痛みにかまっている場合などではなかった。
早く扉を開けて、誰かに助けを求めなければ。いや、それとも外に逃げ出すか。けれど外は吹雪だ。こんな姿でうっかり出たら、それはそれで死んでしまいそうな気がする。
『ちょっと、せっかく来たんだからゆっくりしてきなよ。よくわかんないけど、なんかお祝いやってるんでしょ?』
けれど狼狽する社に対して、幽霊は呑気なものだった。別に僕は遊びに来たんじゃないんだから!思わず社はその呑気さに苛立ってしまったくらいだった。
「いやいや、ちょっとその、僕忙しいんで」
『忙しかったらこんな山奥までこないでしょフツー』
「そりゃそうだけど」
としっかりそこまで会話して、社は気が付いた。
あれ、この幽霊、全然怖くないんだけど。そう思って視線を目の前の浮遊物に戻してみる。怖くない、怖くない……。
……見た目以外は。
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