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魔女の城18
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あの強風の中、四十八願さんから借りたストールはしっかりと離さなかったらしい。それを固く握りしめ、華ちゃんが寒さに強張る口を開いた。
「はい。鈴鐘家で執事を務めておりました馬虎です。今はこのホテルの従業員として寿様の下で働かせていただいております。……ところで、さきほどそちらの宮守様がお嬢様のお名前を叫んでいたようですが」
「へ?」
馬虎の黒い瞳が社を射ぬく。思いのほか強い視線を当てられて、社は困惑してしまった。
「寿様からお話は伺っております。やはりその、宮守様は〈お見え〉になるのでしょうか、萌音お嬢様のお姿が」
「え、ええ。なんでだかは知りませんけど、見えます。……今はどこかに飛ばされてしまっていませんけど」
「飛ばされた?」
「その、玄関を開けた時入ってきた風で、こう廊下の奥の方に」
そう言うなり、馬虎が廊下を駆けていく。「え、ちょっと」
慌てる社をよそに、社長が元気よく小走りで馬虎さんの後を追いかけていく。「ほれ、宮守君も来るんじゃ」「ええっ?」
とても齢八十のご老人とは思えぬ足取りで、寿社長は馬虎さんの後を付いて行く。さらには華ちゃんまで付いてきた。
「馬虎さん、急にどうしたんですか?」
少し走って体温を取り戻してきたらしい華ちゃんが、頬を赤くしながら聞いてきた。
「たぶんやつは萌音君に会いたいんじゃろ。宮守君が〈見える〉話をしたら、疑うどころか嬉しそうにしておっての」
「はあ」
「馬虎君もじゃが四十八願君もの、萌音君のことをそれはそれは大事にしておったみたいでの」
けれど使用人とお嬢様の関係で、そこまで溺愛するのもどうだろう、社は思いつつ結局廊下をぐるりと一周してきてしまった。
「萌音ちゃん、ほんとうにどっか行っちゃったみたいですね」
「そうですか、それは残念です」
本当に残念そうに馬虎さんが息を吐いた。まったく、萌音も空気を読まないな、と社は内心彼女に憤るものの、幽霊に空気を読めというのもなんだか滑稽な気がした。
それに、今の萌音はほとんど何も覚えていないのだ。ようやくフィアンセの名前を思い出しただけの彼女が、使用人らのことを覚えているかも怪しい。
覚えていないようです、と幽霊と馬虎さんの間の通訳をやって下手に気まずい思いをするのは自分だ。そう思うとむしろ、萌音は空気を読んでくれたのかもしれない。
「とりあえず、元気そうですよ」
なので仕方なく社はそうごまかしておいた。
「そうですか……」
そこでなにやら馬虎さんが、指を顎にかけて感慨深そうに言った。
「お嬢さまがお元気ならばそれで良いのです。直接私の目でお嬢様を見ることが出来るわけでもありませんしね」
いや、成仏できずに現世に留まっていること自体がちっとも元気なはずもなく、そもそも死んでいる人間に元気も何もないだろうが、とりあえず馬虎さんは納得してくれたようだった。
「雪国の夜は長いんです。きっとお嬢様も、再び姿を現してくれるでしょう。それよりさすがにこの吹雪ではもう皆様方をお帰しすることもままなりません。四十八願が皆様の部屋の準備をしておりますでしょうから、それまでどうぞ暖かいホールでお過ごしくださいませ」
そう言ってほほ笑みながら、馬虎さんがすぐそばのホールの扉を開いてくれた。その中には相変わらず酔っぱらって人に絡んでいる湯河原さんや、一塊になって不安そうに佇んでいる分家の三人の姿が見えた。
あのとき事故に居合わせた人間が集っている。社は思わずホールの人々を見回した。
湯布院、佐倉、犬尾。萌音の叔母の茉緒と夫の誠一、その息子の修。寿社長に秘書の鶴野さん、華ちゃんと自分。あと、使用人の馬虎さんと四十八願さん。
全部で十二人の人間がこの場にいる。
「ああ、ちょうど十二部屋で足りるな。馬虎君たちも客室を使うと良い。従業員用の部屋は潰して会議室にしてしまったからの」
社長が、恭しく扉に手を添える馬虎さんに言った。
「まさかの時間外労働を強いてしまって申し訳ない。ちゃんと残業代はつけるからの」
「社長、それだと僕も時間外労働になるんですが」
扉をくぐりながら、社は鷹揚な態度の社長に声を掛けた。そしてふと気づく。
十二人?いやもう一人いたじゃないか。もともとのこの城の住人が。
社はどこかへ消えてしまった萌音のことを思い出す。彼女も含めれば、今この建物には一三人の人間がいることになる。
なんだか不吉だな。社は不安を覚えた。もともと一三という数が不吉なのは外国由来だし、紛いなりにも神社の次男としてはそれを真に受けているわけでもないけれど。
けれど、クリスマスやハロウィーンを安易に楽しんでしまう側の人間である社としては、なじみついたその不吉な数について思いを巡らせてしまう。
吹雪で孤立した城に、忌まわしい過去の事故。さらにはその被害者の霊に、その事故に関わる人々。まるで再び何かが起きると言わんばかりの状況。
だから嫌だったんだ。社は内心舌打ちした。華ちゃんにまで招待状を出されて、行きたいとせがむ彼女に根負けして今回のパーティーにやってきてしまった自分を呪いたい気分だった。いや確かに、着飾った彼女の姿を見たいと思ってしまったのは事実だし、さらにはそれが業務指示とあれば社には拒否権もなかったのだけれど。
はあ。社は秘かにため息をついた。仕方がない。せめて今晩、何も起こらないように神様にマジメにお祈りしよう、そう思いながら。
「はい。鈴鐘家で執事を務めておりました馬虎です。今はこのホテルの従業員として寿様の下で働かせていただいております。……ところで、さきほどそちらの宮守様がお嬢様のお名前を叫んでいたようですが」
「へ?」
馬虎の黒い瞳が社を射ぬく。思いのほか強い視線を当てられて、社は困惑してしまった。
「寿様からお話は伺っております。やはりその、宮守様は〈お見え〉になるのでしょうか、萌音お嬢様のお姿が」
「え、ええ。なんでだかは知りませんけど、見えます。……今はどこかに飛ばされてしまっていませんけど」
「飛ばされた?」
「その、玄関を開けた時入ってきた風で、こう廊下の奥の方に」
そう言うなり、馬虎が廊下を駆けていく。「え、ちょっと」
慌てる社をよそに、社長が元気よく小走りで馬虎さんの後を追いかけていく。「ほれ、宮守君も来るんじゃ」「ええっ?」
とても齢八十のご老人とは思えぬ足取りで、寿社長は馬虎さんの後を付いて行く。さらには華ちゃんまで付いてきた。
「馬虎さん、急にどうしたんですか?」
少し走って体温を取り戻してきたらしい華ちゃんが、頬を赤くしながら聞いてきた。
「たぶんやつは萌音君に会いたいんじゃろ。宮守君が〈見える〉話をしたら、疑うどころか嬉しそうにしておっての」
「はあ」
「馬虎君もじゃが四十八願君もの、萌音君のことをそれはそれは大事にしておったみたいでの」
けれど使用人とお嬢様の関係で、そこまで溺愛するのもどうだろう、社は思いつつ結局廊下をぐるりと一周してきてしまった。
「萌音ちゃん、ほんとうにどっか行っちゃったみたいですね」
「そうですか、それは残念です」
本当に残念そうに馬虎さんが息を吐いた。まったく、萌音も空気を読まないな、と社は内心彼女に憤るものの、幽霊に空気を読めというのもなんだか滑稽な気がした。
それに、今の萌音はほとんど何も覚えていないのだ。ようやくフィアンセの名前を思い出しただけの彼女が、使用人らのことを覚えているかも怪しい。
覚えていないようです、と幽霊と馬虎さんの間の通訳をやって下手に気まずい思いをするのは自分だ。そう思うとむしろ、萌音は空気を読んでくれたのかもしれない。
「とりあえず、元気そうですよ」
なので仕方なく社はそうごまかしておいた。
「そうですか……」
そこでなにやら馬虎さんが、指を顎にかけて感慨深そうに言った。
「お嬢さまがお元気ならばそれで良いのです。直接私の目でお嬢様を見ることが出来るわけでもありませんしね」
いや、成仏できずに現世に留まっていること自体がちっとも元気なはずもなく、そもそも死んでいる人間に元気も何もないだろうが、とりあえず馬虎さんは納得してくれたようだった。
「雪国の夜は長いんです。きっとお嬢様も、再び姿を現してくれるでしょう。それよりさすがにこの吹雪ではもう皆様方をお帰しすることもままなりません。四十八願が皆様の部屋の準備をしておりますでしょうから、それまでどうぞ暖かいホールでお過ごしくださいませ」
そう言ってほほ笑みながら、馬虎さんがすぐそばのホールの扉を開いてくれた。その中には相変わらず酔っぱらって人に絡んでいる湯河原さんや、一塊になって不安そうに佇んでいる分家の三人の姿が見えた。
あのとき事故に居合わせた人間が集っている。社は思わずホールの人々を見回した。
湯布院、佐倉、犬尾。萌音の叔母の茉緒と夫の誠一、その息子の修。寿社長に秘書の鶴野さん、華ちゃんと自分。あと、使用人の馬虎さんと四十八願さん。
全部で十二人の人間がこの場にいる。
「ああ、ちょうど十二部屋で足りるな。馬虎君たちも客室を使うと良い。従業員用の部屋は潰して会議室にしてしまったからの」
社長が、恭しく扉に手を添える馬虎さんに言った。
「まさかの時間外労働を強いてしまって申し訳ない。ちゃんと残業代はつけるからの」
「社長、それだと僕も時間外労働になるんですが」
扉をくぐりながら、社は鷹揚な態度の社長に声を掛けた。そしてふと気づく。
十二人?いやもう一人いたじゃないか。もともとのこの城の住人が。
社はどこかへ消えてしまった萌音のことを思い出す。彼女も含めれば、今この建物には一三人の人間がいることになる。
なんだか不吉だな。社は不安を覚えた。もともと一三という数が不吉なのは外国由来だし、紛いなりにも神社の次男としてはそれを真に受けているわけでもないけれど。
けれど、クリスマスやハロウィーンを安易に楽しんでしまう側の人間である社としては、なじみついたその不吉な数について思いを巡らせてしまう。
吹雪で孤立した城に、忌まわしい過去の事故。さらにはその被害者の霊に、その事故に関わる人々。まるで再び何かが起きると言わんばかりの状況。
だから嫌だったんだ。社は内心舌打ちした。華ちゃんにまで招待状を出されて、行きたいとせがむ彼女に根負けして今回のパーティーにやってきてしまった自分を呪いたい気分だった。いや確かに、着飾った彼女の姿を見たいと思ってしまったのは事実だし、さらにはそれが業務指示とあれば社には拒否権もなかったのだけれど。
はあ。社は秘かにため息をついた。仕方がない。せめて今晩、何も起こらないように神様にマジメにお祈りしよう、そう思いながら。
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