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閉ざされた城2
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「なに、そんなに隣が良かったの?」
散々パーティーで食べたはずなのに、人が食べているのを見ていると人間、なぜだかお腹が空いてくるものだ。ちゃっかり割り箸を持ち、社の晩餐に参加しているのは華ちゃんだった。
華ちゃんの金剛石の間と、社の珊瑚の間の間には、ホールと同じく円形の会議室が設けられている。会議室とはいえそこは殺風景なパイプ椅子と長机が置かれているわけではもちろんなく、そこもまた贅の限りを尽くされた、なんとか織りの生地で出来た椅子だの、マガボニーの机だの、とにかく豪華すぎて却って会議に集中できないような部屋となっている。
なので、そこそこ珊瑚と金剛石の間の間には距離がある。と言っても歩いて数十歩程度だったが。
「いや別に、そう言うわけじゃないけど。でも、なんか嫌な予感がするからさ」
歩いて数十歩の距離とは言え、何かあったらでは遅いのだ。
「嫌な予感?それは神社の息子の予感?」
「どうかな。てか普通に考えて嫌だと思うけど。吹雪で閉じ込められて帰れないとか。そもそも幽霊がいるんだよ、ここ」
特に社に至っては、その呪いを一番に受ける可能性の高い被害者候補だ。
「でもかわいい幽霊なんでしょ、むしろラッキーなんじゃないの」
「ラッキーって」
そんなわけあるか、と社はザックリ切れた萌音の首元を思い出してしまい、思わず箸を止めてしまった。
「見えないからそう思うだけだよ」
せっかく楽しみに取っておいた真っ赤なイチゴのゼリーに手を付ける気も起らず、それを華ちゃんに押し付ける。ああ、残念。
「それに、なにもかもうまくいきすぎてる気がする。まるで十年前の再来じゃないか。こんなことってある?当時の関係者が一堂に会するなんて」
「それはお宅の社長さんに聞いてみないとわからないけど」
ヒールに疲れた脚を伸ばし、華ちゃんは渡されたデザートを嬉しそうに頬張っている。
「でもホントすごいよね、社くんの就職先。こんなに羽振りが良くって羨ましい」
「公務員の方が安定してていいと思うけど」
公務員ならば、さすがにこんな怪しい仕事をさせられることもないだろうし。
「まあいかに状況が十年前に似通っていたとしても、いくらなんでも寿社長に天候を操れるわけもないんだし、あくまでも偶然だと思うけどな」
華ちゃんはちゃっかり大浴場の天然温泉まで入って旅行気分を満喫しているらしい。すっかりバスローブ姿でくつろぐ彼女に、至って気楽な様子で返される。
「むしろ温泉まで入れて得した気分だし。ドレスの着替え持ってきてて良かった」
さすがに女性陣はドレス姿のまま会場まで来るのは寒かったらしく、こちらで着替える人が多かった。その為にパーティー前に会議室が一時女性用更衣室として解放されたくらいだった。
「それに、天気が悪くなる前に帰ることも出来たんだから。もし十年前と似たような状況になってなにか都合が悪いっていうならさっさと帰ってるでしょ。その、前にいた人たちだって」
「そうだけどさ」
「変に気張らずに楽しめじゃいいじゃない。温泉、入ってきたら?」
「そんな場合じゃないよ。僕にはこの城に出る幽霊をどうにかしてくれって指示が出てるんだ。それを履行しなかったら、社長になんて言われるか」
「そしたら萌音ちゃんには悪いけど、無理にでもお帰り願えばいいじゃない。社くんにはそれが出来るんでしょう?」
「それが駄目だったんだって。だから、あれが事故だの事件だのって調べなきゃなんだけど。もし僕が夜中、幽霊に殺されでもしたらどうするんだよ。華ちゃん助けに来てくれるのか?」
そう、数十歩の距離が命取りになるかも知れないのだ。それに不安な点があった。萌音に口づけされた首もと。初めこそ蚊に刺された程度にしか思っていなかったが、なんだか段々赤みが広がっているような気がするのだ。どうしよう、ここから徐々に腐っていって、萌音みたいに首がポロリと取れてしまったら。
彼女の言っていた『アタシと同じにしてあげる』は、そういう事なんじゃないだろうか。
「調べろっていってもねえ。寿社長からは一通り話も聞いたし、聞いた限りじゃあの人が何かしたわけでもなさそうだし」
そんな社の杞憂など知らない華ちゃんは、デザートをぺろりと平らげてしまった。食べ終えて口さみしくでもなったのだろうか。彼女は血色のいい唇を舐めながら言った。
そんなに言うなら聞き込みしてみる?と。
「ちょうど他の部屋も見て見たかったんだよね。まさか、全部の部屋のシャンデリアが違うなんて思わなかったんだもの。すごくない?」
どうやらそれは建前だったようで、彼女は目を輝かせながら本音を語った。
「金剛石の間のシャンデリアはシンプルだけどすっごくきれいなの。透明なガラスが本当にダイヤみたいで。で、社くんの珊瑚の間は南国みたいなんだもの。ビックリしちゃった」
いつの間にかシャンデリア愛好家になったらしい華ちゃんが、鼻息荒く自室にあるというガラスのシャンデリアの写真を社に見せつけた。
「確かこれは、後から社長が買いそろえたって言ってたよね」
「わざわざ部屋に合わせるなんて、さすがインテリア産業まで手を伸ばしてるだけあるよねえ寿さん」
不動産業に飽き足らず、寿社長はセレクト家具備え付けの別荘を富裕層向けに売って一儲けしている。金持ちだから一流のはず、ならばセンスがいいとも限らないもので、そんなインテリア音痴の人間にそれはそれは立派な邸宅を用意したところこれがまあ売れるのだ。
「ね、とりあえずは四十八願さんとこに行かない?」
華ちゃんがどうにも気に入ったのか、黒のストールを抱きしめながら言った。
「近いし。それにこれ、返しに行かなきゃ」
「でもそれがないと寒いんじゃない?」
「大丈夫、さっきはドレスだったから薄着だったけど、部屋に半纏があるの見つけたから」
「半纏て」シャンデリアのある部屋で半纏姿というのも違和感しかないけれど、まあ暖かいのは確かだろう。
「それに部屋はエアコンどころか床暖まで付いてるし、この感じならもう大丈夫でしょ」
「でも、それ気に入ってるんじゃないの?」
あれが寿社長が用意したものなら、華ちゃんのことだ、ねだれば貰えるんじゃないのと社が返せば、
「たぶん、これ四十八願さんの私物だろうし、早く返さないと悪いし」
と少し残念そうに華ちゃんが言った。やっぱり狙ってたんだな。
「私物?」
「うん、ここにA・Yって刺しゅうしてあるんだもの」
そう言って華ちゃんがストールの裾の方をつかむと、そこにはストールと同色の、けれど光沢のある糸でイニシャルが刺しゅうされていた。
「良く見つけたね、こんなの」
「あんまり肌触りがいいから、どこのブランドのかなって見てたんだ。結局わからなかったんだけど、このYって四十八願さんのYだよね」
「たぶん。じゃあ、名前は明美とか、綾子とかそんな感じなのかな」
「どうなんだろ、聞いてみよっか。ついでにどこで買えるのかも教えてもらお」
一度部屋に戻り、私服に着替え半纏を装備した華ちゃんと、いまだ礼服姿でぜんぜんくつろげていない社の二人は、金剛石の間の隣、翡翠の間をノックした。扉には鍵と同じなのだろう、緑色の石が貼り付けられていた。
「すごい、これも本物なのかな」
「僕に聞かれてもわからないよ」
時間はまだ七時過ぎだが、広い城内は静かだった。時折カタカタと風が雪を追い立てる音が聞こえてくるぐらい。そんななか、ノックの音は良く響いた。
「……どうかされましたか?」
部屋からは、着物を脱ぎ、すっかり動きやすい格好をした四十八願さんが顔を出した。
「なにか不具合でもございましたでしょうか」
「いえ、お休みのところを申し訳ありませんでした。こちらをお返しに」
「まあ、わざわざ申し訳ありません」
丁寧に折りたたんだストールを返しながら華ちゃんが続ける。
「それと、出来ればなんですけど。私すっかりこのお屋敷のシャンデリアに感動しちゃって。あれ、全部の部屋で違うんですね。で、出来れば皆さんのお部屋のも見せてもらえればって思って……」
「ああ、そうでございましたか。それならば構いませんよ、今わたくしの荷物を片付けてまいりますので、少々お待ちください」
そう言われ冷える廊下で二人が待っていると、ほどなくして扉が再び開けられた。
「申し訳ありません。お寒かったでしょう。暖房の他に暖炉にも火をくべましたから、どうぞお暖まり下さい」
「わあ、すみません」
嬉々として、華ちゃんが暖炉に寄っていく。思いのほか室内は薄暗く、そこは洒落たカフェのような雰囲気を醸し出していた。
華ちゃんより、明らかに僕の方が寒いんだけど、と半纏を着るのを拒否した社は炎の元に近づきたい誘惑から逃れつつ、それとなく話を切り出すことにした。
「すごいですね。これ、本物の植物ですか?」
見上げれば天井いっぱいに広がるシャンデリア。いや、シャンデリアというよりは、まるでアマゾンで空を見上げたかのような景色だった。うっそうとした葉のようなものが、照明器具を覆っている。
「さすがにフェイクグリーンのようですが。じゃなきゃ水やりが大変ですもの」
我ながら馬鹿な質問をしたな、と思いつつ、四十八願さんが丁寧に答えてくれた。
「グリーンシャンデリアなんて、おしゃれ女子の部屋じゃない!」
「まあ、きれいには違いなんですが、少々明るさが足りませんね」
喜ぶ華ちゃんに苦笑しながら、四十八願さんが部屋に備え付けられた照明の類の電源をどんどん入れていってくれたおかげで、ようやく部屋全体が見渡せるようになった。
「部屋のお手入れをしていたので、このような部屋だとは知ってはいたのですが。なにぶん夜に入ったことがないもので、わたくしも驚きました」
「ああ、これらは寿社長が後から取り付けたんでしたっけ」
「ええ、以前も確かに凝ったお部屋ではありましたが、ここまで変わったお部屋ではありませんでしたから」
そう言う四十八願さんの声は、少し懐かしそうだった。
「四十八願さんは、昔もこちらで働かれていたんですよね」
「そうです。もっとも、あんなことが起こってしまってお役御免になってしまいましたが」
「僕、その時にお屋敷にいた女の子の幽霊が見えるんです、って言ったら四十八願さん、信じてくれますか?」
「女の子……ああ、この城にドレス姿の幽霊が現れるっていう噂ですか?」
そう答える四十八願さんは、馬虎さんと違ってあまり本気のようでないようだった。軽く微笑みながら彼女が口を開く。
「確かに寿さまからは、幽霊の除霊に霊能者の先生をお呼びした、とは伺っておりましたが」
霊能者の先生、とまで言われて社はひどく居心地が悪かったが、しかしここでいちいち自分の説明をしている場合ではない。今欲しいのはその幽霊についてと、過去の事件についての情報だ。ひきつった笑みを浮かべながら社はそれを聞き流し、核心に触れるべくさらに続ける。
「ええ、彼女を高天原に還してあげるには、彼女の御霊を鎮めてあげる必要があるんです。それで、なにか彼女の心を癒すようなことがあればと思いまして」
「そうですか。いえ、てっきり呪文か何かを唱えれば、幽霊が消えてくれるものだと思っておりましたので意外です。そうしていただければ、萌音お嬢様も浮かばれるでしょうけれど」
一瞬好意的な笑みを見せてくれたのもつかの間。次第にその表情が険しくなっていく。
「けれどこの城の中に、萌音お嬢様の心を慰めるようなものがあるでしょうか。あんな亡くなられ方をして、まだ鈴鐘家に捕らわれているだなんて」
「実はその彼女が、あの事故は事件じゃなかったのかと言っているのです」
「萌音お嬢様……の幽霊が、ですか?」
まさか、という様子で四十八願さんが返した。「事件だと?」
散々パーティーで食べたはずなのに、人が食べているのを見ていると人間、なぜだかお腹が空いてくるものだ。ちゃっかり割り箸を持ち、社の晩餐に参加しているのは華ちゃんだった。
華ちゃんの金剛石の間と、社の珊瑚の間の間には、ホールと同じく円形の会議室が設けられている。会議室とはいえそこは殺風景なパイプ椅子と長机が置かれているわけではもちろんなく、そこもまた贅の限りを尽くされた、なんとか織りの生地で出来た椅子だの、マガボニーの机だの、とにかく豪華すぎて却って会議に集中できないような部屋となっている。
なので、そこそこ珊瑚と金剛石の間の間には距離がある。と言っても歩いて数十歩程度だったが。
「いや別に、そう言うわけじゃないけど。でも、なんか嫌な予感がするからさ」
歩いて数十歩の距離とは言え、何かあったらでは遅いのだ。
「嫌な予感?それは神社の息子の予感?」
「どうかな。てか普通に考えて嫌だと思うけど。吹雪で閉じ込められて帰れないとか。そもそも幽霊がいるんだよ、ここ」
特に社に至っては、その呪いを一番に受ける可能性の高い被害者候補だ。
「でもかわいい幽霊なんでしょ、むしろラッキーなんじゃないの」
「ラッキーって」
そんなわけあるか、と社はザックリ切れた萌音の首元を思い出してしまい、思わず箸を止めてしまった。
「見えないからそう思うだけだよ」
せっかく楽しみに取っておいた真っ赤なイチゴのゼリーに手を付ける気も起らず、それを華ちゃんに押し付ける。ああ、残念。
「それに、なにもかもうまくいきすぎてる気がする。まるで十年前の再来じゃないか。こんなことってある?当時の関係者が一堂に会するなんて」
「それはお宅の社長さんに聞いてみないとわからないけど」
ヒールに疲れた脚を伸ばし、華ちゃんは渡されたデザートを嬉しそうに頬張っている。
「でもホントすごいよね、社くんの就職先。こんなに羽振りが良くって羨ましい」
「公務員の方が安定してていいと思うけど」
公務員ならば、さすがにこんな怪しい仕事をさせられることもないだろうし。
「まあいかに状況が十年前に似通っていたとしても、いくらなんでも寿社長に天候を操れるわけもないんだし、あくまでも偶然だと思うけどな」
華ちゃんはちゃっかり大浴場の天然温泉まで入って旅行気分を満喫しているらしい。すっかりバスローブ姿でくつろぐ彼女に、至って気楽な様子で返される。
「むしろ温泉まで入れて得した気分だし。ドレスの着替え持ってきてて良かった」
さすがに女性陣はドレス姿のまま会場まで来るのは寒かったらしく、こちらで着替える人が多かった。その為にパーティー前に会議室が一時女性用更衣室として解放されたくらいだった。
「それに、天気が悪くなる前に帰ることも出来たんだから。もし十年前と似たような状況になってなにか都合が悪いっていうならさっさと帰ってるでしょ。その、前にいた人たちだって」
「そうだけどさ」
「変に気張らずに楽しめじゃいいじゃない。温泉、入ってきたら?」
「そんな場合じゃないよ。僕にはこの城に出る幽霊をどうにかしてくれって指示が出てるんだ。それを履行しなかったら、社長になんて言われるか」
「そしたら萌音ちゃんには悪いけど、無理にでもお帰り願えばいいじゃない。社くんにはそれが出来るんでしょう?」
「それが駄目だったんだって。だから、あれが事故だの事件だのって調べなきゃなんだけど。もし僕が夜中、幽霊に殺されでもしたらどうするんだよ。華ちゃん助けに来てくれるのか?」
そう、数十歩の距離が命取りになるかも知れないのだ。それに不安な点があった。萌音に口づけされた首もと。初めこそ蚊に刺された程度にしか思っていなかったが、なんだか段々赤みが広がっているような気がするのだ。どうしよう、ここから徐々に腐っていって、萌音みたいに首がポロリと取れてしまったら。
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「調べろっていってもねえ。寿社長からは一通り話も聞いたし、聞いた限りじゃあの人が何かしたわけでもなさそうだし」
そんな社の杞憂など知らない華ちゃんは、デザートをぺろりと平らげてしまった。食べ終えて口さみしくでもなったのだろうか。彼女は血色のいい唇を舐めながら言った。
そんなに言うなら聞き込みしてみる?と。
「ちょうど他の部屋も見て見たかったんだよね。まさか、全部の部屋のシャンデリアが違うなんて思わなかったんだもの。すごくない?」
どうやらそれは建前だったようで、彼女は目を輝かせながら本音を語った。
「金剛石の間のシャンデリアはシンプルだけどすっごくきれいなの。透明なガラスが本当にダイヤみたいで。で、社くんの珊瑚の間は南国みたいなんだもの。ビックリしちゃった」
いつの間にかシャンデリア愛好家になったらしい華ちゃんが、鼻息荒く自室にあるというガラスのシャンデリアの写真を社に見せつけた。
「確かこれは、後から社長が買いそろえたって言ってたよね」
「わざわざ部屋に合わせるなんて、さすがインテリア産業まで手を伸ばしてるだけあるよねえ寿さん」
不動産業に飽き足らず、寿社長はセレクト家具備え付けの別荘を富裕層向けに売って一儲けしている。金持ちだから一流のはず、ならばセンスがいいとも限らないもので、そんなインテリア音痴の人間にそれはそれは立派な邸宅を用意したところこれがまあ売れるのだ。
「ね、とりあえずは四十八願さんとこに行かない?」
華ちゃんがどうにも気に入ったのか、黒のストールを抱きしめながら言った。
「近いし。それにこれ、返しに行かなきゃ」
「でもそれがないと寒いんじゃない?」
「大丈夫、さっきはドレスだったから薄着だったけど、部屋に半纏があるの見つけたから」
「半纏て」シャンデリアのある部屋で半纏姿というのも違和感しかないけれど、まあ暖かいのは確かだろう。
「それに部屋はエアコンどころか床暖まで付いてるし、この感じならもう大丈夫でしょ」
「でも、それ気に入ってるんじゃないの?」
あれが寿社長が用意したものなら、華ちゃんのことだ、ねだれば貰えるんじゃないのと社が返せば、
「たぶん、これ四十八願さんの私物だろうし、早く返さないと悪いし」
と少し残念そうに華ちゃんが言った。やっぱり狙ってたんだな。
「私物?」
「うん、ここにA・Yって刺しゅうしてあるんだもの」
そう言って華ちゃんがストールの裾の方をつかむと、そこにはストールと同色の、けれど光沢のある糸でイニシャルが刺しゅうされていた。
「良く見つけたね、こんなの」
「あんまり肌触りがいいから、どこのブランドのかなって見てたんだ。結局わからなかったんだけど、このYって四十八願さんのYだよね」
「たぶん。じゃあ、名前は明美とか、綾子とかそんな感じなのかな」
「どうなんだろ、聞いてみよっか。ついでにどこで買えるのかも教えてもらお」
一度部屋に戻り、私服に着替え半纏を装備した華ちゃんと、いまだ礼服姿でぜんぜんくつろげていない社の二人は、金剛石の間の隣、翡翠の間をノックした。扉には鍵と同じなのだろう、緑色の石が貼り付けられていた。
「すごい、これも本物なのかな」
「僕に聞かれてもわからないよ」
時間はまだ七時過ぎだが、広い城内は静かだった。時折カタカタと風が雪を追い立てる音が聞こえてくるぐらい。そんななか、ノックの音は良く響いた。
「……どうかされましたか?」
部屋からは、着物を脱ぎ、すっかり動きやすい格好をした四十八願さんが顔を出した。
「なにか不具合でもございましたでしょうか」
「いえ、お休みのところを申し訳ありませんでした。こちらをお返しに」
「まあ、わざわざ申し訳ありません」
丁寧に折りたたんだストールを返しながら華ちゃんが続ける。
「それと、出来ればなんですけど。私すっかりこのお屋敷のシャンデリアに感動しちゃって。あれ、全部の部屋で違うんですね。で、出来れば皆さんのお部屋のも見せてもらえればって思って……」
「ああ、そうでございましたか。それならば構いませんよ、今わたくしの荷物を片付けてまいりますので、少々お待ちください」
そう言われ冷える廊下で二人が待っていると、ほどなくして扉が再び開けられた。
「申し訳ありません。お寒かったでしょう。暖房の他に暖炉にも火をくべましたから、どうぞお暖まり下さい」
「わあ、すみません」
嬉々として、華ちゃんが暖炉に寄っていく。思いのほか室内は薄暗く、そこは洒落たカフェのような雰囲気を醸し出していた。
華ちゃんより、明らかに僕の方が寒いんだけど、と半纏を着るのを拒否した社は炎の元に近づきたい誘惑から逃れつつ、それとなく話を切り出すことにした。
「すごいですね。これ、本物の植物ですか?」
見上げれば天井いっぱいに広がるシャンデリア。いや、シャンデリアというよりは、まるでアマゾンで空を見上げたかのような景色だった。うっそうとした葉のようなものが、照明器具を覆っている。
「さすがにフェイクグリーンのようですが。じゃなきゃ水やりが大変ですもの」
我ながら馬鹿な質問をしたな、と思いつつ、四十八願さんが丁寧に答えてくれた。
「グリーンシャンデリアなんて、おしゃれ女子の部屋じゃない!」
「まあ、きれいには違いなんですが、少々明るさが足りませんね」
喜ぶ華ちゃんに苦笑しながら、四十八願さんが部屋に備え付けられた照明の類の電源をどんどん入れていってくれたおかげで、ようやく部屋全体が見渡せるようになった。
「部屋のお手入れをしていたので、このような部屋だとは知ってはいたのですが。なにぶん夜に入ったことがないもので、わたくしも驚きました」
「ああ、これらは寿社長が後から取り付けたんでしたっけ」
「ええ、以前も確かに凝ったお部屋ではありましたが、ここまで変わったお部屋ではありませんでしたから」
そう言う四十八願さんの声は、少し懐かしそうだった。
「四十八願さんは、昔もこちらで働かれていたんですよね」
「そうです。もっとも、あんなことが起こってしまってお役御免になってしまいましたが」
「僕、その時にお屋敷にいた女の子の幽霊が見えるんです、って言ったら四十八願さん、信じてくれますか?」
「女の子……ああ、この城にドレス姿の幽霊が現れるっていう噂ですか?」
そう答える四十八願さんは、馬虎さんと違ってあまり本気のようでないようだった。軽く微笑みながら彼女が口を開く。
「確かに寿さまからは、幽霊の除霊に霊能者の先生をお呼びした、とは伺っておりましたが」
霊能者の先生、とまで言われて社はひどく居心地が悪かったが、しかしここでいちいち自分の説明をしている場合ではない。今欲しいのはその幽霊についてと、過去の事件についての情報だ。ひきつった笑みを浮かべながら社はそれを聞き流し、核心に触れるべくさらに続ける。
「ええ、彼女を高天原に還してあげるには、彼女の御霊を鎮めてあげる必要があるんです。それで、なにか彼女の心を癒すようなことがあればと思いまして」
「そうですか。いえ、てっきり呪文か何かを唱えれば、幽霊が消えてくれるものだと思っておりましたので意外です。そうしていただければ、萌音お嬢様も浮かばれるでしょうけれど」
一瞬好意的な笑みを見せてくれたのもつかの間。次第にその表情が険しくなっていく。
「けれどこの城の中に、萌音お嬢様の心を慰めるようなものがあるでしょうか。あんな亡くなられ方をして、まだ鈴鐘家に捕らわれているだなんて」
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