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閉ざされた城4
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「なんや、焦げ臭くあらしまへんか?」
「焦げ臭い?」
その言葉をきっかけに、一斉にその場にいた人間がくんくんと鼻を鳴らし始める。
「確かに、ちょっと焦げ臭いかも」
華ちゃんも筋の通った鼻を引くつかせている。
「なんか、燃えてるみたいな臭い、するかも」
「そうかな」
少し鼻が詰まっていたのかもしれない。社がわからないままでいると突然、バタンと勢いよく扉が開け放たれる音とともに、レストランの隣の部屋、電気の間改め桜水晶の間から、ピンク色の塊が飛び出してきた。
「キャーっ!助けて!!」
「佐倉さん!?」
つい先ほどまでドライヤーが使えないと文句を言っていた佐倉さんが、まさか最初から泊まるつもりだったのかはわからないが、ピンク色のバスローブに身を包み叫んでいる。扉が開け放たれた瞬間、確かに焦げ臭いにおいがしたのを社でさえ感じた。まさか部屋で料理して失敗したわけでもあるまいし、となるとこの焦げ臭さはなんだろう。
「暖炉が!暖炉からボワって火が出たの!」
「暖炉?」
一同がぽかんとしている間に、モクモクと黒い煙が廊下にまでその姿を現わそうとしているのが薄明りでも見てとれた。
「うわ、ありゃあかんわ!俺の部屋隣りじゃなくて良かったわ」
自分の身が安全なことに安堵している犬尾さんに、ピンクの塊がかみついた。
「ちょっと、ぼけっとしてないで火を消してちょうだい!」
「とにかく、私は消火器を取って来ます」
その言葉で動いたわけではないだろうが、真っ先に動いたのは馬虎さんだった。
「四十八願さんは隣の湯布院さんの部屋を確認してください」
「で、でも部屋の前を通るのは危ないんじゃ」
思わず華ちゃんが四十八願さんの身を心配してそう言えば、
「大丈夫です、城内を一周して向こう側に参ります」
と冷静に返されてしまった。確かにこの城の廊下は環状になっているから、遠回りにはなるがそのほうが安全だろう。
「万一延焼すると危険です。みなさんは他の部屋の方にも声をかけながら、大浴場の方にとりあえず非難してください。それにあそこからなら最悪、裏手から外に出ることも出来ます」
「外ったって、こんな中飛び出てどうするんだ、凍えちまうだろ!」
不服そうに修が口をはさむと、
「そこが一番離れていますし、いざとなったら温泉にでも飛び込んでください」と馬虎さんが指示を出す。
飛び込んで助かるものだろうか、と社は思いつつ、けれど消火の手助けを出来る気もしなかった。言われたとおり大浴場を目指そうとすると、後ろ襟をぐいと掴まれバランスを崩した。
「わ、何するんだよ!」
「ちょっと社くんも消火手伝ってよ」
振り向けば馬虎さんが持ってきた消火器を片手に、華ちゃんが仁王立ちで立っている。
「やめなよ、危ないし僕礼服なんだけど」
消火活動にはひどく不向きな格好だ。
「火災は初期消火が肝心要なんだから!ほら手伝う!」
「そんな。華ちゃん警察から消防に転職したの?」
ブツブツ言いながらへっぴり腰で消火器のホースを炎へと向ける。確か、やみくもにかけてもいけないんだっけ。社は火元であろう暖炉のありそうな方向を目指していく。勢いよく噴射される白い粉が炎の中を舞っている。やがて白が赤を消していくかと思いきや、一向に炎の弱まる気配がない。
「こ、これ無理じゃない?」
さすがの華ちゃんも弱気になってきたようだった。「消防訓練でやったのと全然違う!」
だから言ったのに!社は心の中でつっこみつつ、けれど焼け死んで幽霊の仲間入りはごめんだとばかりに声を大にして言った。
「馬虎さん、これ以上は無理です!消火栓とかないんですか?」
「わかりました、撤退しましょう」
舞う火の粉と白い粉に翻弄されつつ、馬虎さんが忌々しそうに叫んだ。
「くそ、なんでスプリンクラーが作動していないんだ?」
「華ちゃん、とにかくここを出よう!」
炎と煙で目をやられたのか、よろよろしている華ちゃんの腕を社は取った。そして馬虎に続き、電気の間、改め桜水晶の間を飛び出た。その時だった。
ドゴォォォン!
「何の音!?」
そう騒ぐ華ちゃんの声をかき消して、熱風が廊下に流れ込んできた。
「うわわ、危ない!」
追いやられる形で社らは逃げ惑う。廊下に飾られた絵画たちが、強風でカタカタと揺れていた。
「もしかして、窓ガラスが割れて吹雪が入ってきたのかも」
「馬鹿な、二重ガラスですよ!?」
納得がいかない様子で、けれど客を預かる身であることを思い出したのだろう。馬虎さんが先導して社たちは避難所である大浴場を目指そうとすると、炎の向こう側から声を掛けられた。
「みなさーん、気をつけて下さいね!!」
高い女性の声とともに、大量の水が桜水晶の間を目指して放たれる。うわ、ちょっと待ってよ!
焦る社の心の声など聞こえるはずもなく、炎を飛び越えてきた水を社はもろに浴びてしまった。
「うわ、冷たっ」
「消火栓か?」
けれど大量の水が流れるホースを扱うのは難しいらしく、時折的を外れた水が桜水晶の間からやや離れた社らのところにまでかかってくる。けれどその勢いは確実に炎の勢力を弱めているようで、桜水晶の間の向こう側、瑠璃の間の方からホースで散水している四十八願さんと鶴野さん、さらには寿社長の姿が見えた。
「鶴野さん!?」
「女性とお年寄りだけじゃ大変だ、今手伝います」
その姿を確認するや否や、馬虎さんがかかってくる水などものともせずに向こう側へと走って行く。
向こうにお年寄り、もとい社長がいる以上、社も何かしら行動をするべきだったのかもしれないが、そもそも社長命令でこんなところに来なければこんな目には遭っていなかったのだ。ずぶぬれになって機嫌が悪かったのもあるかもしれない。なにせ一帳羅が台無しだ。
憮然な表情でただ成り行きを見ていると、確実に火の手は収まっていく。
「ふう、どうにか消せたの。けが人はおらんかの?」
火の手の収まった向こう側からは、相変わらず飄々とした社長と、スーツ姿の鶴野さん、そして四十八願さんが現れた。馬虎さんは早くも消火栓の片づけをし始めている。
「とりあえず宮守君は減給じゃの、鶴野君、次の辞令に組み込んでおいてくれ」
「かしこまりました、社長」
「な、なんでですか!僕だって手伝ったんですよ」
「何をこんな力仕事を老人にさせとるんじゃ。こうなったら宮守君の代わりに馬虎君を寿不動産に入れようかの」
「そんなぁ」
「ならせめて、萌音君をちゃんと天国に送ってあげられるよう頑張るんじゃぞ」
言外に、さもなくばクビだと言われた気がしたのは気のせいではないだろう。
「まずは、全員無事かどうかを確認しましょう」
内輪もめし始めた寿不動産の面々に、四十八願さんが声をかけた。
「おそらく皆さん大浴場にいらっしゃるでしょうから、そちらに移動してくわしく状況を確認しましょう。それにあそこにはタオルがあります。とりあえず身体を拭きましょうか」
「焦げ臭い?」
その言葉をきっかけに、一斉にその場にいた人間がくんくんと鼻を鳴らし始める。
「確かに、ちょっと焦げ臭いかも」
華ちゃんも筋の通った鼻を引くつかせている。
「なんか、燃えてるみたいな臭い、するかも」
「そうかな」
少し鼻が詰まっていたのかもしれない。社がわからないままでいると突然、バタンと勢いよく扉が開け放たれる音とともに、レストランの隣の部屋、電気の間改め桜水晶の間から、ピンク色の塊が飛び出してきた。
「キャーっ!助けて!!」
「佐倉さん!?」
つい先ほどまでドライヤーが使えないと文句を言っていた佐倉さんが、まさか最初から泊まるつもりだったのかはわからないが、ピンク色のバスローブに身を包み叫んでいる。扉が開け放たれた瞬間、確かに焦げ臭いにおいがしたのを社でさえ感じた。まさか部屋で料理して失敗したわけでもあるまいし、となるとこの焦げ臭さはなんだろう。
「暖炉が!暖炉からボワって火が出たの!」
「暖炉?」
一同がぽかんとしている間に、モクモクと黒い煙が廊下にまでその姿を現わそうとしているのが薄明りでも見てとれた。
「うわ、ありゃあかんわ!俺の部屋隣りじゃなくて良かったわ」
自分の身が安全なことに安堵している犬尾さんに、ピンクの塊がかみついた。
「ちょっと、ぼけっとしてないで火を消してちょうだい!」
「とにかく、私は消火器を取って来ます」
その言葉で動いたわけではないだろうが、真っ先に動いたのは馬虎さんだった。
「四十八願さんは隣の湯布院さんの部屋を確認してください」
「で、でも部屋の前を通るのは危ないんじゃ」
思わず華ちゃんが四十八願さんの身を心配してそう言えば、
「大丈夫です、城内を一周して向こう側に参ります」
と冷静に返されてしまった。確かにこの城の廊下は環状になっているから、遠回りにはなるがそのほうが安全だろう。
「万一延焼すると危険です。みなさんは他の部屋の方にも声をかけながら、大浴場の方にとりあえず非難してください。それにあそこからなら最悪、裏手から外に出ることも出来ます」
「外ったって、こんな中飛び出てどうするんだ、凍えちまうだろ!」
不服そうに修が口をはさむと、
「そこが一番離れていますし、いざとなったら温泉にでも飛び込んでください」と馬虎さんが指示を出す。
飛び込んで助かるものだろうか、と社は思いつつ、けれど消火の手助けを出来る気もしなかった。言われたとおり大浴場を目指そうとすると、後ろ襟をぐいと掴まれバランスを崩した。
「わ、何するんだよ!」
「ちょっと社くんも消火手伝ってよ」
振り向けば馬虎さんが持ってきた消火器を片手に、華ちゃんが仁王立ちで立っている。
「やめなよ、危ないし僕礼服なんだけど」
消火活動にはひどく不向きな格好だ。
「火災は初期消火が肝心要なんだから!ほら手伝う!」
「そんな。華ちゃん警察から消防に転職したの?」
ブツブツ言いながらへっぴり腰で消火器のホースを炎へと向ける。確か、やみくもにかけてもいけないんだっけ。社は火元であろう暖炉のありそうな方向を目指していく。勢いよく噴射される白い粉が炎の中を舞っている。やがて白が赤を消していくかと思いきや、一向に炎の弱まる気配がない。
「こ、これ無理じゃない?」
さすがの華ちゃんも弱気になってきたようだった。「消防訓練でやったのと全然違う!」
だから言ったのに!社は心の中でつっこみつつ、けれど焼け死んで幽霊の仲間入りはごめんだとばかりに声を大にして言った。
「馬虎さん、これ以上は無理です!消火栓とかないんですか?」
「わかりました、撤退しましょう」
舞う火の粉と白い粉に翻弄されつつ、馬虎さんが忌々しそうに叫んだ。
「くそ、なんでスプリンクラーが作動していないんだ?」
「華ちゃん、とにかくここを出よう!」
炎と煙で目をやられたのか、よろよろしている華ちゃんの腕を社は取った。そして馬虎に続き、電気の間、改め桜水晶の間を飛び出た。その時だった。
ドゴォォォン!
「何の音!?」
そう騒ぐ華ちゃんの声をかき消して、熱風が廊下に流れ込んできた。
「うわわ、危ない!」
追いやられる形で社らは逃げ惑う。廊下に飾られた絵画たちが、強風でカタカタと揺れていた。
「もしかして、窓ガラスが割れて吹雪が入ってきたのかも」
「馬鹿な、二重ガラスですよ!?」
納得がいかない様子で、けれど客を預かる身であることを思い出したのだろう。馬虎さんが先導して社たちは避難所である大浴場を目指そうとすると、炎の向こう側から声を掛けられた。
「みなさーん、気をつけて下さいね!!」
高い女性の声とともに、大量の水が桜水晶の間を目指して放たれる。うわ、ちょっと待ってよ!
焦る社の心の声など聞こえるはずもなく、炎を飛び越えてきた水を社はもろに浴びてしまった。
「うわ、冷たっ」
「消火栓か?」
けれど大量の水が流れるホースを扱うのは難しいらしく、時折的を外れた水が桜水晶の間からやや離れた社らのところにまでかかってくる。けれどその勢いは確実に炎の勢力を弱めているようで、桜水晶の間の向こう側、瑠璃の間の方からホースで散水している四十八願さんと鶴野さん、さらには寿社長の姿が見えた。
「鶴野さん!?」
「女性とお年寄りだけじゃ大変だ、今手伝います」
その姿を確認するや否や、馬虎さんがかかってくる水などものともせずに向こう側へと走って行く。
向こうにお年寄り、もとい社長がいる以上、社も何かしら行動をするべきだったのかもしれないが、そもそも社長命令でこんなところに来なければこんな目には遭っていなかったのだ。ずぶぬれになって機嫌が悪かったのもあるかもしれない。なにせ一帳羅が台無しだ。
憮然な表情でただ成り行きを見ていると、確実に火の手は収まっていく。
「ふう、どうにか消せたの。けが人はおらんかの?」
火の手の収まった向こう側からは、相変わらず飄々とした社長と、スーツ姿の鶴野さん、そして四十八願さんが現れた。馬虎さんは早くも消火栓の片づけをし始めている。
「とりあえず宮守君は減給じゃの、鶴野君、次の辞令に組み込んでおいてくれ」
「かしこまりました、社長」
「な、なんでですか!僕だって手伝ったんですよ」
「何をこんな力仕事を老人にさせとるんじゃ。こうなったら宮守君の代わりに馬虎君を寿不動産に入れようかの」
「そんなぁ」
「ならせめて、萌音君をちゃんと天国に送ってあげられるよう頑張るんじゃぞ」
言外に、さもなくばクビだと言われた気がしたのは気のせいではないだろう。
「まずは、全員無事かどうかを確認しましょう」
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