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閉ざされた城5
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「ちょっと、私はどこで寝ればいいのよ」
魔女の城、とまで呼ばれたおどろおどろしいこの館だが、中に入ると案外気にならないのはこの大浴場のおかげかもしれない。
社は目の前の騒動から目を背けるかのように思いを巡らした。
外見こそまるで異国の城のようだが、そのなかでひときわ異彩を放っているのはこの温泉だ。
けれど日本人になじみのそれが、却って落ち着くのかもしれない。立地が北国なだけあって、どこぞの名湯に来たかのような情緒溢れる気分を味わえるのだ。
もっとも、外はすべて雪で埋もれて何も見えないし、男湯、女湯に分かれる前の籐の椅子が置かれたくつろぎ処ではピンクオバサンがわめいている。とても情緒などあったものではなかった。
「それより、なんであんなことになったのかね」
いつの間に荷物を回収したのか、これまたピンク色のバックから出した情報誌を睨んでいる佐倉さんに、城の主である寿社長が腕を組み問い質す。
「知らないわよ!」
寿社長の問いかけに対し、佐倉さんは手にした紙を握りしめて叫んだ。
「そんなのこっちが知りたいわ!停電のせいでとにかく寒くって、だって髪だって濡れたままだしあんまりじゃない。だから暖炉に火を点けただけよ。なのに急にあんなに燃え出すからビックリしたじゃない。ちゃんとメンテナンスしてないんじゃないの?」
けれど返ってきた答えは、むしろこちらが被害者だと言わんばかりの内容だった。
「メンテナンスしたのは私です、その点ではプロではありませんし、万一私の不手際なら申し訳ございません。けれど、いくらなんでもあんなに燃えるのはおかしい。なにか……備え付けの薪以外に燃やされませんでしたか?」
丁寧な口調でありながらも、一方自分の非はないとばかりに馬虎が言い訳をしている。そのように捉えたのだろうか、怒り狂った佐倉さんが勢いよく噛みついた。
「なによ、私が何を燃やすっていうのよ?持ってきた荷物なんて燃やすわけないし、まさか私が城内のものを勝手に取って火にくべるような人間に見えるの?それに、私はどこに泊まればいいのよ!」
「いえ……」
その勢いに負けたのか、それとも自分の失言に気が付いたのだろうか。唾を飛ばしながら攻め寄る佐倉さんに、馬虎さんはたじろぎ言葉を濁らせた。とそこに救いの手を差し伸べたのは四十八願さんだった。
「ならば佐倉さま、わたくしが使っておりました翡翠の間をお使いくださいませ」
と緑の鍵を差し出した。
「翡翠ねえ、緑色かぁ。まあいいでしょう、桜の花を引き立てるのに、緑の葉は必要じゃない」
奪うように翡翠の間の鍵を手に入れると、それで機嫌を持ち直したのか佐倉さんは鼻歌まじりに大浴場を後にする。
佐倉さんが指す桜の花がソメイヨシノなら、緑の葉が共存することもないだろうが、と社は珍しく持ち合わせている花についての知識を探し当てる。それともぼってりした八重桜か。確かに濃いピンクといい、葉と一緒に花を咲かせるあたり、佐倉さんがイメージする桜はそちらの方がふさわしそうだった。
「では私は原因を調べてきます」
怒り狂う佐倉さんがいなくなり安心したからではないだろうが、馬虎さんが勢いよくこの場を離れようとしたので社長が声を掛けた。
「それよりとりあえず消防を呼んでくれんかの。確かに今回は事なきを得たが、部屋一つダメになるくらいじゃ。消防に連絡して、原因もプロに調べてもらったほうが早いじゃろ」
「かしこまりました」
その言葉に弾かれて、馬虎さんが大浴場から飛び出していく。
「馬虎さん、携帯持ってないのかな」
「いきなりの騒ぎだったし、そうなんじゃないかな」
なら四十八願さんに電話してもらえばいいのに。確か彼女は停電の際、ブレーカーを上げるべくスマホを懐中電灯代わりに持って行っていたではないか。
「なんだか電波が弱いようなのです。この吹雪で、近くのアンテナが倒れてしまったのかもしれません」
まるで社の思惑を見越したかのように四十八願さんが言った。
「なので、馬虎はホールにある電話に向かったのだと思います」
「あれ、各部屋に内線がありませんでしたっけ」
そこで不思議そうに聞いたのは華ちゃんだった。今はホテルだ。当然、電話機が各部屋にあるはず。
「そこからじゃ外には電話出来ないんですか?」
「ええ、あれはあくまでも内線ですから。内線はホールの親機と繋がるようになっているだけなんです。外につながるのはそのホールの親機のみでして」
「そうなんだ」
「それより、とりあえず部屋に戻ってもいいでしょうか」
そこでおずおすと切り出したのは茉緒さんだった。時刻はすでに夜八時。今だ着物姿で、なんだかくたびれた表情をしている。そりゃあ疲れただろう。社だって、もうさっさと寝てしまいたい気分だった。
「この暗さじゃお風呂にも入れませんし、もう寝てしまおうかと。家人どもも皆疲れているようですし」
鈴鐘修は相変わらずサングラスをかけているのでその表情は見て取れなかったが、夫である誠一氏の方は確かに疲れたのだろう、暗い照明もあいまって、目の下に濃い隈が出来ているように見えた。
「そうじゃの、ここで突っ立っていても仕方がない。皆、部屋に――」
そう言って社長が籐の椅子から立ち上がろうとした時だった。
「大変です、電話が通じません」
取り乱した様子で馬虎さんが飛び込んできた。「どうにも、電話線が切られているようなんです」
魔女の城、とまで呼ばれたおどろおどろしいこの館だが、中に入ると案外気にならないのはこの大浴場のおかげかもしれない。
社は目の前の騒動から目を背けるかのように思いを巡らした。
外見こそまるで異国の城のようだが、そのなかでひときわ異彩を放っているのはこの温泉だ。
けれど日本人になじみのそれが、却って落ち着くのかもしれない。立地が北国なだけあって、どこぞの名湯に来たかのような情緒溢れる気分を味わえるのだ。
もっとも、外はすべて雪で埋もれて何も見えないし、男湯、女湯に分かれる前の籐の椅子が置かれたくつろぎ処ではピンクオバサンがわめいている。とても情緒などあったものではなかった。
「それより、なんであんなことになったのかね」
いつの間に荷物を回収したのか、これまたピンク色のバックから出した情報誌を睨んでいる佐倉さんに、城の主である寿社長が腕を組み問い質す。
「知らないわよ!」
寿社長の問いかけに対し、佐倉さんは手にした紙を握りしめて叫んだ。
「そんなのこっちが知りたいわ!停電のせいでとにかく寒くって、だって髪だって濡れたままだしあんまりじゃない。だから暖炉に火を点けただけよ。なのに急にあんなに燃え出すからビックリしたじゃない。ちゃんとメンテナンスしてないんじゃないの?」
けれど返ってきた答えは、むしろこちらが被害者だと言わんばかりの内容だった。
「メンテナンスしたのは私です、その点ではプロではありませんし、万一私の不手際なら申し訳ございません。けれど、いくらなんでもあんなに燃えるのはおかしい。なにか……備え付けの薪以外に燃やされませんでしたか?」
丁寧な口調でありながらも、一方自分の非はないとばかりに馬虎が言い訳をしている。そのように捉えたのだろうか、怒り狂った佐倉さんが勢いよく噛みついた。
「なによ、私が何を燃やすっていうのよ?持ってきた荷物なんて燃やすわけないし、まさか私が城内のものを勝手に取って火にくべるような人間に見えるの?それに、私はどこに泊まればいいのよ!」
「いえ……」
その勢いに負けたのか、それとも自分の失言に気が付いたのだろうか。唾を飛ばしながら攻め寄る佐倉さんに、馬虎さんはたじろぎ言葉を濁らせた。とそこに救いの手を差し伸べたのは四十八願さんだった。
「ならば佐倉さま、わたくしが使っておりました翡翠の間をお使いくださいませ」
と緑の鍵を差し出した。
「翡翠ねえ、緑色かぁ。まあいいでしょう、桜の花を引き立てるのに、緑の葉は必要じゃない」
奪うように翡翠の間の鍵を手に入れると、それで機嫌を持ち直したのか佐倉さんは鼻歌まじりに大浴場を後にする。
佐倉さんが指す桜の花がソメイヨシノなら、緑の葉が共存することもないだろうが、と社は珍しく持ち合わせている花についての知識を探し当てる。それともぼってりした八重桜か。確かに濃いピンクといい、葉と一緒に花を咲かせるあたり、佐倉さんがイメージする桜はそちらの方がふさわしそうだった。
「では私は原因を調べてきます」
怒り狂う佐倉さんがいなくなり安心したからではないだろうが、馬虎さんが勢いよくこの場を離れようとしたので社長が声を掛けた。
「それよりとりあえず消防を呼んでくれんかの。確かに今回は事なきを得たが、部屋一つダメになるくらいじゃ。消防に連絡して、原因もプロに調べてもらったほうが早いじゃろ」
「かしこまりました」
その言葉に弾かれて、馬虎さんが大浴場から飛び出していく。
「馬虎さん、携帯持ってないのかな」
「いきなりの騒ぎだったし、そうなんじゃないかな」
なら四十八願さんに電話してもらえばいいのに。確か彼女は停電の際、ブレーカーを上げるべくスマホを懐中電灯代わりに持って行っていたではないか。
「なんだか電波が弱いようなのです。この吹雪で、近くのアンテナが倒れてしまったのかもしれません」
まるで社の思惑を見越したかのように四十八願さんが言った。
「なので、馬虎はホールにある電話に向かったのだと思います」
「あれ、各部屋に内線がありませんでしたっけ」
そこで不思議そうに聞いたのは華ちゃんだった。今はホテルだ。当然、電話機が各部屋にあるはず。
「そこからじゃ外には電話出来ないんですか?」
「ええ、あれはあくまでも内線ですから。内線はホールの親機と繋がるようになっているだけなんです。外につながるのはそのホールの親機のみでして」
「そうなんだ」
「それより、とりあえず部屋に戻ってもいいでしょうか」
そこでおずおすと切り出したのは茉緒さんだった。時刻はすでに夜八時。今だ着物姿で、なんだかくたびれた表情をしている。そりゃあ疲れただろう。社だって、もうさっさと寝てしまいたい気分だった。
「この暗さじゃお風呂にも入れませんし、もう寝てしまおうかと。家人どもも皆疲れているようですし」
鈴鐘修は相変わらずサングラスをかけているのでその表情は見て取れなかったが、夫である誠一氏の方は確かに疲れたのだろう、暗い照明もあいまって、目の下に濃い隈が出来ているように見えた。
「そうじゃの、ここで突っ立っていても仕方がない。皆、部屋に――」
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