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閉ざされた城7

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社はぞっとした。ということはだ。過去の事故を事件だと、つまり彼女は何者かによって殺されたのだということを立証できなければ、いよいよもって社は萌音に殺されてしまうかもしれないではないか。
「それに犯人が幽霊じゃ捕まえられないだろ。それじゃ華ちゃんの出番はないよ」
 半ば萌音=犯人説を信じたくない社は力強く言った。
「そうね、幽霊が壊したにしてはショボイもの。このホールごと壊すぐらいのことをしてくれないとだよね」
 一体華ちゃんは幽霊を何だと思っているのだろうか。けれど犯人=幽霊説は取り下げることにしたらしい。早速次のことを考え始めている。
「なぜ、電話を通じないようにしたのかは分からない。でも、壊した人間はだいぶ絞られるんじゃないかしら」
 再び腕を組み、華ちゃんは薄暗いホールを徘徊し始めた。もしかしたらその行動は、暖房も効かないこの部屋が寒くてじっとしていられないからだったのかもしれないけれど、時折片手を顎にやり思考の波を泳いでいる姿はなかなか様にはなっていた。
「パーティーの時はスマホのWi―Fiは入ってたし、その後自分の部屋のシャンデリアを撮ってた時も入ってた。さらにその後、四十八願さんの翡翠の間の写真を撮った時も入っていた」
「よくもまあ、そんなにスマホの画面ばっか見とるの」
 少し呆れたように返したのは社長だった。
「撮った写真をSNSに上げてたんです。こんな素敵なところに泊まれるなんてすごいじゃない、皆に自慢しなきゃ」
「そうか、それならありがたいの。ついでにことぶき不動産のPRもしてくれるとありがたいんじゃが」
 するりと抜け目のないことを言う社長の言葉は無視して、華ちゃんはそのまま続ける。
「ということは、桜水晶の間で火事騒ぎがあった間に、何者かが通信機器を破壊したと考えることが出来ます」
「まあ、少なくとも各々が部屋に散った以降だとは思ってたけど。でも華ちゃんのおかげでより時間が絞れたから良かったよ」
 でもそうすると、出てくる答えは一つしかない。
「けどそれだと、火が収まったからって真っ先に自室に戻った湯布院さんが犯人ってことになるけど」
「そう、犯人は湯布院よ」
 まるで刑事ドラマさながらの鋭い目つきで華ちゃんが言い放った。
「確保ぉ!」
「いやいやいや。でもさ、華ちゃん」
 今にも湯布院さんのいる黄水晶の間を目指そうとした華ちゃんに、社は待ったをかける。
「湯布院さんがネット使えなくして、なんのメリットがあるんだよ。FXの取引とやらが出来なくなって、一番困るのは彼じゃないか」
「そんなの本当かどうかなんてわからないじゃない。FXなんてほんとはやってないのかもよ」
「そうだとしてもだよ、たまたま火事が起こったんだ。その混乱に乗じてこんなことして誰が得するんだよ」
「それは……でも、こうやって現に壊されてるんだから。何かしらの意図はあるんじゃない?」
「そうかもしれないけど」
「そんなの、犯人に直接吐かせればいいのよ」
 さすが現役刑事、言う事がおっかない。「とにかく、湯布院の部屋に行きましょう」
 半ば強引に華ちゃんに急きたてられ、一同はホールを出、すぐ左の瑠璃の間の隣、黄水晶の間の扉をノックした時だった。
 まるで大きなガラスの塊を、高い位置から落としたような騒々しい音が扉の向こうから聞こえた。耳をつんざくような音だが、それでいてなんだかきれいに澄んだ音でもある。
 ノックをしようと振り上げたこぶしをそのままに、華ちゃんが驚いた顔で言った。
「この音って……もしかして」
「まさか、天井が?」
 同じく瞳を見開き、驚き掠れた声で答えたのは四十八願さんだった。
「天井?シャンデリアじゃありませんか?」
「とにかく、天井だろうがシャンデリアだろうが落ちてきたなら大変だ、最悪下敷きになってるかもしれない。湯布院さんを救出しないと」
「でも、扉に鍵がかかってて開かないの」
 華ちゃんがガチャガチャとノブを回すが一向に開く気配がない。「ここ、マスターキーとかないんですか!?」
「昔あったんじゃが、どうにも例の事故の際に無くなってしまったようでの。マスターキーはそれは貴重なブラックオパールが付いておったそうじゃが」
「石の種類なんてどうだっていいですよ、じゃあどうしたらここを開けられるんですか!」
「仕方ありません、寿様。扉を壊してもよろしいでしょうか」
「ふむ、仕方なかろう。すでに隣の部屋は焼けただれて、今はびちゃびちゃだものな。金雄が見たら嘆くだろうが、なに扉の石さえ残ってれば儲けもんじゃ」
「では、すみませんが皆さま少し離れてください」
 主の承諾を得て、馬虎さんが固く閉ざされた扉に体当たりする。一回、二回、三回。けれど丈夫な素材らしくビクともしない。
「外開きだし、やっぱりこれくらいじゃ開かないのかしら」
 ならば、と華ちゃんが髪の毛を留めたヘアピンを泥棒よろしく鍵穴に差し込もうとしたところだった。
「ええい、ガシャガシャドンドコうるさいな!」
 勢いよく内側から扉が開かれ、危うく華ちゃんがおでこをドアノブにぶつけそうになる。
「まったく、危ないじゃない!」
「危ないのはこの建物だろ!俺がベッドで横になってたらいきなりシャンデリアが落ちてきやがった!」
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