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閉ざされた城9
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「またなんかあったんですか?」
突如として湧きあがった叫び声に、思わず馬虎さんが身構える。
「今の、湯布院さんの声ですよね?」
が、一方寿社長は呑気なもので、「なに気にしなくていい」ときたものだ。
「気にしなくてって……あんな断末魔の叫びみたいな声聞いたら気になっちゃうじゃないですか」
大丈夫なのか、という表情をしているのは華ちゃんだ。それもそうだろう、立て続けに嫌なことばかり続いている。どうしたって不安になるだろう。
それは他の客らもそうだったらしい。扉を開けて、廊下を覗き見ている犬尾さんの姿が見えた。部屋でもタバコを吸っているのか、扉を開けただけでもう臭い。
「今のはなんや?やれ火事が収まったと思ったら、さっきもぎょうさん大きな音がしてはったし」
離れた碧玉の間から、犬尾さんが声を張り上げている。わざわざ火事現場を越してこちらまで来るつもりはないらしい。
「大丈夫じゃ、誰も死んでなんておらんよ」
「死ぬだなんて、不吉なこと言いますなぁ」
「なに、湯布院君が治療を受けているだけだ」
「治療って。どんな大けがしたんです?」
「ガラス片で少し怪我をした程度じゃ」
「でも、それを治すだけでこんな悲鳴出ます?いくら消毒液がしみたって、いい大人がこんな大声出すわけないじゃないですか」
まったく、あのセクハラおやじはまるで子供じゃないか。
「それがの、鶴野君の治療はなぜだか受けると悪化するんじゃ」
「悪化って」
「本人としてはちゃんとやってるつもりなんだが、どうにも傷口に消毒液を塗りたくるわ傷口を広げるわ、包帯はきつく縛るわで、まあえらい目に遭う」
「もしかして、社長も遭ったことがあるんですか」
「さよう。……鶴野君は基本的には器用で賢いんじゃが、時折突拍子もないことをするからの」
「それは……」なぜ彼女を秘書に据えているのだろう。もしかしたら弱みでも握られているのだろうか。そう社が勘ぐっているうちに、犬尾さんは大したことがないことがわかると安心したのだろうか、自室へと戻ってしまった。
「さて、どうしたものかの」
立て続けに二部屋ダメになってしまった社長がぼやいた。
「どうして落ちてきてしまったんじゃろうな。リフォームは犬尾の会社に依頼したんだが、あいつ手を抜いたのか?」
「とりあえず、どうして落ちてしまったのか確認したほうがいいでしょう。もし手抜きが原因なら、他の部屋も危ない。それと、とりあえず全室の暖炉を再点検したほうがいいかもしれません。出火の原因が佐倉様ではないというなら、設備に不備があったと考えるのが妥当です」
「そうじゃの、エアコンもロクにつけられんのに暖炉まで使えないとなると、本当に凍え死んでしまうわ」
そこで寿社長は寒さを思い出したのだろうか、両腕で身体を抱き寒がるしぐさをした。
「それじゃあ全室の点検は馬虎君頼んだの。ああ、なんならそこの宮守君にも手伝わせてやってくれ」
「なんで僕まで」
「時間外労働なんじゃろ、じゃあしっかり働かないと。わしはちと自室で布団にくるまっとるわ」
ちゃんと残業代は付けてやるからの、そう言って社長はホールを越えて柘榴の間へと戻って行ってしまった。
「私は事故現場の検証……って言いたいところなんだけど、この有様だと下手に入っても怪我するだけだし、火事現場の検証は専門外だからなぁ」
華ちゃんは本領発揮できずに残念そうだ。
「聞き込みの続きどころでもなさそうだし」
そう言えばそもそも、十年前の事故を調べようとしていたんだっけ。社は思い出す。それどころか立て続けに二件事故が続いてしまったので、確かにそれどころではない。
が、まだどこかに萌音がいるのだとしたら、彼女の依頼もこなしておかないと自分の身が危うい。首もとに触れると、なんだかそこだけ妙に熱い気がした。
「佐倉さんは機嫌悪そうだし、修さんは相手してくれなさそうだし。茉緒さんと誠一さん、犬尾さんの三人は話ぐらい聞いてくれそうだけど、でもこの状況で十年前の事故が実は殺人事件だったんじゃないですかなんて言って、下手に不安を煽るのもなぁ」
華ちゃんは一連の騒動で疲れたのだろうか、あまり乗り気ではないようだった。
「馬虎さん、お風呂は大丈夫なんですよね?」
「はい、ガスは普通に使えますから」
「じゃあもう一回お風呂入ってこようかな、身体も冷えちゃったし、なんだか焦げ臭いし」
着ている半纏をくんくんしながら言う華ちゃんに、社は縋りつく。ここはぜひ彼女に頑張ってもらわないと命が危ない。やっぱりもしかしなくても、時間が経つにつれ呪いが広がって、やがて生きながら首がぽきりと折れてしまうのではないか。
「けど、もう八時だし、聞けるなら今のうちに聞いた方がいいんじゃないかな。九時を過ぎちゃうと寝ちゃう人もいるかもしれないし」
「ええ、私一人で聞いて来いっていうの?」
「だって、僕は社長から業務命令受けちゃったし……」
それに、社が付いて行ったところでうまく聞き出せる自信もなかった。
「じゃあ今度フレンチでもおごってね」
「わかった」
費用は社長にうまい具合に出してもらおう、そう算段して社はうなずいた。
「じゃあ、二手に分かれようか」
突如として湧きあがった叫び声に、思わず馬虎さんが身構える。
「今の、湯布院さんの声ですよね?」
が、一方寿社長は呑気なもので、「なに気にしなくていい」ときたものだ。
「気にしなくてって……あんな断末魔の叫びみたいな声聞いたら気になっちゃうじゃないですか」
大丈夫なのか、という表情をしているのは華ちゃんだ。それもそうだろう、立て続けに嫌なことばかり続いている。どうしたって不安になるだろう。
それは他の客らもそうだったらしい。扉を開けて、廊下を覗き見ている犬尾さんの姿が見えた。部屋でもタバコを吸っているのか、扉を開けただけでもう臭い。
「今のはなんや?やれ火事が収まったと思ったら、さっきもぎょうさん大きな音がしてはったし」
離れた碧玉の間から、犬尾さんが声を張り上げている。わざわざ火事現場を越してこちらまで来るつもりはないらしい。
「大丈夫じゃ、誰も死んでなんておらんよ」
「死ぬだなんて、不吉なこと言いますなぁ」
「なに、湯布院君が治療を受けているだけだ」
「治療って。どんな大けがしたんです?」
「ガラス片で少し怪我をした程度じゃ」
「でも、それを治すだけでこんな悲鳴出ます?いくら消毒液がしみたって、いい大人がこんな大声出すわけないじゃないですか」
まったく、あのセクハラおやじはまるで子供じゃないか。
「それがの、鶴野君の治療はなぜだか受けると悪化するんじゃ」
「悪化って」
「本人としてはちゃんとやってるつもりなんだが、どうにも傷口に消毒液を塗りたくるわ傷口を広げるわ、包帯はきつく縛るわで、まあえらい目に遭う」
「もしかして、社長も遭ったことがあるんですか」
「さよう。……鶴野君は基本的には器用で賢いんじゃが、時折突拍子もないことをするからの」
「それは……」なぜ彼女を秘書に据えているのだろう。もしかしたら弱みでも握られているのだろうか。そう社が勘ぐっているうちに、犬尾さんは大したことがないことがわかると安心したのだろうか、自室へと戻ってしまった。
「さて、どうしたものかの」
立て続けに二部屋ダメになってしまった社長がぼやいた。
「どうして落ちてきてしまったんじゃろうな。リフォームは犬尾の会社に依頼したんだが、あいつ手を抜いたのか?」
「とりあえず、どうして落ちてしまったのか確認したほうがいいでしょう。もし手抜きが原因なら、他の部屋も危ない。それと、とりあえず全室の暖炉を再点検したほうがいいかもしれません。出火の原因が佐倉様ではないというなら、設備に不備があったと考えるのが妥当です」
「そうじゃの、エアコンもロクにつけられんのに暖炉まで使えないとなると、本当に凍え死んでしまうわ」
そこで寿社長は寒さを思い出したのだろうか、両腕で身体を抱き寒がるしぐさをした。
「それじゃあ全室の点検は馬虎君頼んだの。ああ、なんならそこの宮守君にも手伝わせてやってくれ」
「なんで僕まで」
「時間外労働なんじゃろ、じゃあしっかり働かないと。わしはちと自室で布団にくるまっとるわ」
ちゃんと残業代は付けてやるからの、そう言って社長はホールを越えて柘榴の間へと戻って行ってしまった。
「私は事故現場の検証……って言いたいところなんだけど、この有様だと下手に入っても怪我するだけだし、火事現場の検証は専門外だからなぁ」
華ちゃんは本領発揮できずに残念そうだ。
「聞き込みの続きどころでもなさそうだし」
そう言えばそもそも、十年前の事故を調べようとしていたんだっけ。社は思い出す。それどころか立て続けに二件事故が続いてしまったので、確かにそれどころではない。
が、まだどこかに萌音がいるのだとしたら、彼女の依頼もこなしておかないと自分の身が危うい。首もとに触れると、なんだかそこだけ妙に熱い気がした。
「佐倉さんは機嫌悪そうだし、修さんは相手してくれなさそうだし。茉緒さんと誠一さん、犬尾さんの三人は話ぐらい聞いてくれそうだけど、でもこの状況で十年前の事故が実は殺人事件だったんじゃないですかなんて言って、下手に不安を煽るのもなぁ」
華ちゃんは一連の騒動で疲れたのだろうか、あまり乗り気ではないようだった。
「馬虎さん、お風呂は大丈夫なんですよね?」
「はい、ガスは普通に使えますから」
「じゃあもう一回お風呂入ってこようかな、身体も冷えちゃったし、なんだか焦げ臭いし」
着ている半纏をくんくんしながら言う華ちゃんに、社は縋りつく。ここはぜひ彼女に頑張ってもらわないと命が危ない。やっぱりもしかしなくても、時間が経つにつれ呪いが広がって、やがて生きながら首がぽきりと折れてしまうのではないか。
「けど、もう八時だし、聞けるなら今のうちに聞いた方がいいんじゃないかな。九時を過ぎちゃうと寝ちゃう人もいるかもしれないし」
「ええ、私一人で聞いて来いっていうの?」
「だって、僕は社長から業務命令受けちゃったし……」
それに、社が付いて行ったところでうまく聞き出せる自信もなかった。
「じゃあ今度フレンチでもおごってね」
「わかった」
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