ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

文字の大きさ
32 / 77

閉ざされた城13

しおりを挟む
最初に騒ぎ始めたのは湯布院さんだった。
「やっぱりこの城はおかしい。欠陥だらけじゃないか。佐倉の部屋に俺の部屋、しまいにゃ犬尾の部屋も今度はガス騒ぎときたもんだ。寿さんの祝いだからって来たけどね、招待客らに対してこの仕打ちはひどすぎやありませんか」
 いつのまにか犬尾さんの騒ぎを聞きつけたらしい湯布院さんが、犬尾さんの休んでいるレストランに乗り込んできた。
「挙句に怪我人に何てことしてくれる。あの人の会社はどういう教育しとるんですか!」
 どうやら鶴野さんから受けた〈治療〉を根に持っているらしい。
「それにそこの役に立たない霊能者どもも!何が花嫁姿の幽霊が出る、だ。なんだ、じゃあ一連の騒ぎは幽霊のせいなのか!?」
「いえ、そうではなさそうですが……」
「じゃあ何が原因だって言うんだ、となると設備の不備が原因じゃないか。不動産屋のくせに嘆かわしい!おい、寿さんを連れてこい!どういうつもりで俺たちを呼んだのか問い質してやる」
 と責め立てられ、社は対応することも出来ず社長をすごすごと呼びに行ったのだが。
「おー、痛たたたたた……」
「大丈夫ですか、社長。わたくしが手当てを……」
「いい、鶴野君、それだけはやらんでいい」
 どこか怪我したとでもいうのだろうか、柘榴の間を覗き込むと、ベッドに腰掛ける寿社長と、それをしきりに心配している鶴野さんの姿があった。
「どうしたんですか、社長」
 おおかたぎっくり腰にでもなったのだろうか。などと社が邪推していると、
「それがスリッパの中にガラス片が入ってての。幸い足袋を履いてたおかげでそこまでひどいことにはならんかったが、まあ痛いもんは痛いの」
 とところどころから薄く血のにじんでいる足裏を見せてきた。
「スリッパの中にガラス?」
 なんだか陰湿なイジメみたいだ。確かに寿社長ならどこかで誰かの恨みも平気で買っていそうだけれど、しかしいったい誰がこの状況でそんなことをするのだろう。一連の騒動と同じ人物だろうか。
「それに石油ストーブもなくなっとるんじゃ」
「ストーブまで?」
 言われて社もあたりを見渡したものの、ちゃっかり自分だけ確保していたストーブは見つけられなかった。
「けれどおかしいの、ワシはほとんど部屋におったんじゃが……いつの間にこんなもん入れられたんじゃ?」
 そうぼやきつつスリッパをひっくり返せば、少し黄色味がかかった細かいガラス片が落ちてきた。
「これ、もしかして黄水晶の間のシャンデリアですかね?」
「おお、確かに黄色っぽいの。このホテルの中で粉々になったガラス片を用意するなら、確かにあの部屋の壊れたシャンデリアがうってつけじゃの」
「じゃあ、犯人は……湯布院さん?」
 けれどいくら嫌がらせだとしても、すぐに足が付くようなものを用いるだろうか。
「さあの、まああやつならワシにいくらでも恨みが……こほん、違うの、逆恨みじゃ、ワシはなにもしとらん」
 どうにも湯布院さんとの間にはいろいろあったらしい。
「だが仮にあやつが犯人だとしてものぉ、いったいいつ、どうやって部屋に入ったんじゃ」
寿社長は社と馬虎さんが各自の部屋をまわり始めた頃から自室にこもっていたという。
「じゃあその後は?」
「ああ、犬尾が何やら騒いどると鶴野君に呼ばれての。少し部屋を外したが……しかし部屋にはカギを掛けてたしのぉ。それに大したこともなさそうじゃったから、すぐに戻ったんじゃが」
 その間、せいぜい五分程度だったという。
「じゃあ、社長の自作自演……」
「馬鹿もん、なにが楽しくてそんなことするんじゃ」
「そうですよね」
 またおかしなことが増えてしまった。
「まあとりあえず大事ではないし、深く考えたところではじまらん。で、宮守君は何の用かね?」
 そこで初めて社は社長に、湯布院氏が社長を出せと騒いでいることを告げた。
「ふむ、うるさい男だの。仕方あるまい、レストランまで行けばいいんじゃな?」
 とはいえ足裏を痛めている社長は歩くのもままならないらしく、仕方なく社が背に負ぶって応接間に向かうといつの間にかギャラリーが増えていた。被害に遭っていない茉緒さんや誠一さんの姿もある。ここにいないのは修くらいか。
「これは勢揃いで。どうしたのかね」
 よいしょ、と社長をレストランのソファーに座らせる。慣れない力仕事ばかりで腰が痛くなってしまった。トントンと叩いていると華ちゃんが寄ってきて、社の近くにあった椅子に腰掛けた。
「華ちゃん、具合はどう?」
「うん、大丈夫。犬尾さんも回復したみたい」
 早くも元気を取り戻した犬尾さんは、早速タバコを吸っていた。
「どうしたもこうしたもないわ。あんた一体なんのつもりなんや」
 ぷかぷかと煙を吐きながら犬尾さんが口を開いた。
「そもそもなんで俺たちが呼ばれたん?」
「そうだ、あの事故以来、いくらこっちから連絡入れようが無視を決め込んでたくせによ」
 加勢したのは湯布院さんだった。
「融資の話、悪い話じゃないだろう?聞く耳くらい持ってくれたっていいじゃないか」
「嫌じゃの。金をドブに捨てるような真似はワシにはできん。こちらも善意で仕事をしとるわけじゃないんでの」
 タバコの煙に当てられたのだろう、しばらく袖やら袂やらをまさぐっていた手を止め、禁煙していることを思い出したらしい社長は少しイライラしながら答えた。
「じゃが、昔からのよしみじゃ。せっかくじゃからとお前たちも招いてやったというのに」
「けど、俺らだけがきれいに残るなんてあんまり出来すぎなんじゃないのか」
 たたみかけるのは湯布院さんだった。
「佐倉と犬尾にも聞いたが、俺たちの誰も知らなかったぞ、送迎用のバスがあったなんて」
「ふむ、言うとらんかったかの?けれど君たちは皆いい車を持っとるじゃないか。わざわざ狭いバスに押し込まれるのも嫌じゃろう。どちらにしろバスの案内があったところで、自家用車で来てただろうに」
「こんなに吹雪くって知ってたら来なかったわよ!」
「悪いがこの吹雪はワシにだって想定外じゃ」
「けど、なんだってこの日だったんですか?」
 そこにおずおずと口を挟んできたのは、今まであまり目立たず部屋の隅に佇んでいた鈴鐘家の分家、鈴鐘茉緒の夫の誠一さんだった。
「よりによって、あの事故が起きたのと同じ日にだなんて」
 初耳だった。
「まあの、ワシとしては鎮魂のつもりもあったんじゃ。ワシには見えんがの、まだあの事故の被害者の霊が彷徨ってるという」
 のう宮守君、と話を振られて一同の視線が社に刺さる。うう、気まずい。
「ええ、今は姿を消してしまっていますが、まだどこかにいるようで……」
「この城は無事ワシの手に渡って、きちんと管理する。その記念の祝賀会。なんとまあ、うまい具合に前と似たような条件がそろったもんじゃ」
 そう満足げにうなずいたのち、さらに社長は続ける。
「なにしろ宮守君のお祓いも効かないような相手じゃ。その時の人々で、事故の被害者を弔う。そうすれば被害者も浮かばれるかと思っての。なにせもう十年経つんじゃ。そろそろ成仏してもらわんと」
「けど結局悪化したんとちゃいます?もしほんとに幽霊がいるんやとしたら、十年前と同じ顔触れを見て興奮してるんと。一連の騒ぎは幽霊のせいと違います?」
 それは、社も思わなくはなかった。確かに施工前に祓ったはずなのに、再び幽霊が現れるだなんて、まるでこの面々に呼び出されたようにも思えた。
「まさか。幽霊がどうやって火事を起こしたりシャンデリアを落としたりするんじゃ」
「じゃあ、設備不備って話になるんじゃないのか。費用をケチったんじゃないのか?ああ寿さんよ」
「ケチったとしたら、そこにいる犬尾君の会社がケチったんじゃないのかの」
 急に思わぬ矛先を向けられて犬尾さんがたじろいだ。
「何言っとりますやん。そないなことするわけないでしょ」
「この城のリフォーム、施工会社は犬尾工務店に依頼したんじゃがの」
「なに、じゃあお前が手え抜いたってのか」
 湯布院さんの矛先が、あっという間に犬尾さんに向かった。
「あるいは、シャンデリアは佐倉君のところに頼んだんだったかの」
「なに、俺の部屋のシャンデリアが落ちてきたのはお前のせいなのか?」
 今度はあっという間に佐倉さんへと矛先が向かった。
「知らないわよ、私は頼まれたものを納品しただけだもの。取りつけなんて一切関わってないし」
「じゃあこの先大浴場で何か起こったら、それは湯布院君のところのせいなんじゃないかの」
「湯布院さんも、ちゃっかりここの改修に一枚噛んでるやないですか」
「そりゃ寿さんから頼まれたら断れんだろ。それに大浴場でなにか起こってたまるか」
 もめ始めた三人をよそに、再び誠一さんが口を開いた。
「じゃあ、我々を呼んでくださったのもそのためですか?」
 その、鎮魂の。
 そう言って誠一さんは落ち着かない様子でしきりにメガネを直すと、はあ、とため息をついて椅子に座ってしまった。
「やっぱり来なかった方がよかったんじゃないかな、ねえ茉緒さん」
「あなた、私たちから寿さんにこの城をお譲りしたいってお話ししたんですよ。しかもこんなきれいにリフォームしてくださって。その完成記念にお呼ばれして行かないだなんて、失礼なことは出来ないでしょう」
 気弱な夫を叱りつけるのは茉緒さんだった。分家とは言え跡継ぎは茉緒さんだ、となると誠一さんは入り婿。どうにも頭は上がらないらしい。
「けれどこんな……立て続けに、似たような事故が起こるだなんて」
 妻にたしなめられている誠一さんが、か細い声で泣き言を呟く。
「似たような事故?」
 まさか呟いた愚痴に反応が返ってくるとは思わなかったのか、誠一さんが少し驚いたように返してくれた。
「え、ええ。停電、天井の落下、火事、それにガス騒ぎ……」
「え、ガス騒ぎもあったんですか?」
「あの時はそれどころじゃなくて知らなかったんですが、天井が落ちた時、廊下にはなんでもドリアンが落ちていたとか」
「ドリアンが?」
「ええ。わかりませんが、同じことが繰り返されてるということは、過去の騒ぎもいたずらではなかったのかもしれません」
 そう不安そうに誠一さんは締め括った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...