ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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お前の正体を知っている3

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 社が指差す虚空には、華ちゃんには何も見えなかっただろう。けれど社の目にはしっかりと映っていた。血まみれの花嫁の姿が。
「うわあああああ」
 先ほど遭ったのがまだ明るいうちだったから、そこまで怖くなかったのかもしれない。いや、一度気絶するほどには恐ろしかったけれど、この暗がりの中で見るのはまた別格だ。
仄かに光る壁面の非常灯と、華ちゃんが持つライトの白々しい明るさ。それらに照らされた姿は一層恐怖を引き立てた。さらにはここが萌音の最期の場であることもあいまって、ひどく忌まわしいものに見えた。
「た、玉串……」
 アルバムを放り投げ、慌てて背中をまさぐるものの、その手は何も掴まない。ああそうだった部屋に置いてきちゃったんだっけ。
「だ、大丈夫、社くん?」
 一人パニックになる社に華ちゃんが心配の声を掛けてくれるがそれどころではない。なんと、虚空に浮かんだ萌音がすうっとこちらに寄ってくるではないか。
「すみませんまだわからないんです、なんで君が死んじゃったか」
 必死の社の言い訳など聞くつもりもないのか、萌音がそのまま社に、その息がかかるほどに寄ってくるではないか!
「うわあ!」
 社は思わず腰が抜けてしまった。そこにゆっくりと、花嫁がベールを捲ってその下の素顔を露わにする。折れてグラグラとした首元から見える肉片、裂けた唇から滴る赤黒い血。
 ……やめて、殺さないで……。
 聞こえてくるのは誰の声か。一瞬、社の頭に幻聴が流れた、殺さないで……ああなんだ僕の声かこれは?……やめて、なんで僕が……。
 僕?一体、誰のことを……。そうだ僕のことだ、なんで僕はこんな目に!
 けれど幻聴は消える気配がない。やめて……食べないで、やめてくれ……。
 食べる?僕は別に腹は減ってないけれど……これは僕の声じゃなかったのか?
 食べないで……食べるって何を……
「うわあああああっ!」
 気づけば大きく開かれた口から、喉の奥の先の風景が見える。いびつに開かれた口腔内には牙のような狂暴な歯並び。あんなの、人間の口には生えていないだろ!
 まるで狂犬のようなそれが僕を狙っている。あんなのに噛まれてみろ、僕は食いちぎられて殺されてしまうんだ!
 それが社の眼前に迫ってきたものだから、思わず社は瞳をギュッと瞑ってしまっていた。ああ、僕もここまでか。僕がこの城の一番最初の被害者となってしまうのか。
そう思うもつかの間、握りしめた手は爪が食い込んで痛いし、食いしばった歯は負担がかかったのか顎が痛くなってきた。その痛みに急に現実に呼び戻され瞳を開くも、特に変わった様子がない。
「あれ……?」
「社くん、大丈夫?すごい汗だよ?」
 床に倒れ込んだ社の脇で、華ちゃんが半纏の袖で社の額に浮かんだ汗を拭いてくれている。
「今、萌音が……僕のことを食い殺そうと」
「萌音ちゃんがそんなことを?」
 まさか、と言った様子で華ちゃんが返すが、その華ちゃんの先、ホールの入り口の扉のあたりに何かが見えた。あれは……
「萌音……?」
 その社の呟きが聞こえたのだろうか、血まみれのドレス姿が一度こちらを振り向いた。恐ろしい、口を開いた悪魔のような形相はなく、ただ沈んだ表情を浮かべた女の子の姿だった。
「おい、どこへ……」
 声を掛ける間もなく、赤黒い靄が扉の向こうへ消えていく。おかしい、初めて会った時はあんなにペラペラ喋って、早く成仏したいだなんて言ってたのに。今のは何だったんだ、幻影?それとも本物か?
 普段の社だったら、幽霊がいなくなってくれたとこれ幸いに胸を撫で下ろしていたことだろう。けれどなんだか後気味悪さが残った。なにか、僕は大切なことを忘れているんじゃないだろうか。
「萌音が、外に……」
 よろよろと立ち上がり、社は消えた姿を追うべく扉を開き、廊下へと飛び出た。その後を華ちゃんがちょっと、などといいながら付いてくる。キョロキョロと左右を見れば、ぼんやりした影が右手に見えた。
「おい、ちょっと」
 けれどその影は、またしてもすう、と消えてしまった。青い石の嵌められた扉の先。あれは、瑠璃の間じゃなかったか?
「今、萌音が瑠璃の間に入っていったんだ」
「瑠璃って、馬虎さんの部屋だよね?まさか……」
 まさか、萌音が馬虎さんに危害を?
 おそらく続く言葉はそうだったのだろう、華ちゃんは突然、弾かれたように瑠璃の間の扉をどんどんと叩き始めた。
「馬虎さん、大丈夫ですか?馬虎さん」
「は、華ちゃん?」
「だって、もしなにかあったら……」
 焦る華ちゃんをよそに、扉は開く気配がなかった。
「華ちゃん、大丈夫だよ、きっと馬虎さんはもう応接間に移動したんだよ」
 現にこれだけ騒いでも近くの部屋から顔を出す人間はいなかった。恐らく皆、移動を済ませたのだろう。
「でも……ねえ、社くん、じゃあこれはなに?」
 震える声で華ちゃんがスマホのライトを足もとに向けた。廊下に敷き詰められた、もとは薄茶っぽい絨毯が無機質な光に照らされ白んでいる。廊下と室内の床は繋がっており、絨毯は各々の部屋にまで続いているが、閉ざされた扉の下のあたりが少し変色しているように見えた。黒っぽく……いや、これは。
 つい先ほどまで社の眼前に広がっていた、忌まわしい赤だ。
「これは……血じゃないか」
「馬虎さん!」
 そこで華ちゃんがノブを回した。ガチャリと難なく扉が開く。途端、目の前に広がっていたのは凄惨な有様だった。
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