ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

文字の大きさ
40 / 77

お前の正体を知っている4

しおりを挟む
「嘘だろ……?」
 非常灯の明かりと暖炉の炎で照らされた室内の入口には、顔面を刃物で刺された男性が倒れていた。誰がどう見たってもう命がないのは明らかだった。包丁と思しき刃が、目玉のあたりから頭頂部に向けて深々と突き刺さっている。あれで助かる人間はいないだろう。
 その有様をまざまざと見てしまった社は、危うく気絶しそうな精神をなだめるものの生理的反応の方が勝った。身体の奥からせりあがる吐き気を、そのままビシャビシャと床にまき散らす。それでもかろうじて廊下の隅に粗相した点は褒めてほしいぐらいだった。
 一方華ちゃんの方はさすがというべきか。一度目をそむけたものの、深く息を吸うとライトを遺体へと向ける。左目に深々と刺さった包丁。顔面から流れ出る血とは別に、倒れた絨毯にも広範囲にわたって広がっている。恐らく背中にも傷があるのだろう、そう彼女は判断したものの、遺体を動かすのはためらった。
「早く通報して、鑑識に見てもらわないと……」
 けれど連絡する手立てもなく、仮にあったとしてもこの吹雪だ、到着はいつになるだろうか。もしかしなくとも、通信手段を奪ったのはこの時の為なのかもしれなかった。
 すぐに通報され、捕まらないために。
ということは、まだ犯人は誰かを手にかけるつもりなのだろうか。ならばそうなる前に、自力で犯人を特定しなければなるまい。
そう考え、おそるおそる彼女は倒れた男の首元に手をやった。まだ温かい。流れ出た血も湿っている。
 再び顔面にライトを当てる。顔の半分が血にまみれていてわかりづらいが、この髪形と格好には見覚えがある。全身黒の長身の男。つい先ほどまで話していた、馬虎その人で間違いなかった。
「でも、なんで馬虎さんが……」
「もしかして、萌音が……幽霊がやったのか?」
 瑠璃の間に消えて行った花嫁。彼女がこのような恐ろしいことをしたのだろうか。 
 しつこくこみ上げてくる吐き気をなだめつつ、社はフラフラと立ち上がる。ひどく体が重かった。呆然としている華ちゃんに声を掛けると、
「幽霊が犯人のわけないって言ったのは社くんのほうじゃない」
 と返す華ちゃんの声もなんだか乾いていた。
「それに馬虎さんは萌音ちゃんを溺愛してたんでしょ、その彼女の幽霊になんで殺されなきゃならないの」
「でも、ついさっき話したばっかりじゃないか。いったいいつの間に、こんなこと……誰がやったって言うんだよ」
 考えてみるものの、思考は堂々巡りになるばかりで埒が明かない。華ちゃんが他に手がかりがないかとばかりに、遺体の周りをくまなく照らした。
眼球を刺され、その勢いで倒れたのだろう、足が変なふうに絡まっている。床に流れ出た血の量をから考えると、背中を刺されその振り向きざまに顔面を刺されたのか。だらりと落とされた腕は、まるでストレッチでもしているかのように伸びていた。
「あ、あれ?」
 その伸びた手のひらのあたりだろうか。この城のパンフレットが落ちている。すぐに気が付きそうなものだが、いままで惨い顔面にばかり気を散られてしまい気が付かなかった。
「なんでこれがこんなところに……」
 社長が張り切って作ったパンフレットだ。馬虎さんにも配ったのだろうとそれを手に取ると、
「なんか書いて……いや、貼ってあるぞ?」
「貼ってある?」
「あ、ああ。なんかこう、懐かしい感じに、こう」
「なによそれ」
 社の手元を華ちゃんが覗いた。そこには、
「『お前の正体を知っている』……?」
 と新聞の文字を切りぬいて貼られたメッセージがあった。
「どういうこと?」
「さあ……。ダイイングメッセージじゃないだろうし、これは犯人からのメッセージ、なんじゃないかな」
 これから殺されるってのに呑気に新聞の切り貼りをしている場合でもないだろう。となると、これは犯人が行ったとみて間違いない。
「犯人から?なんでこんなことを?」
「なにか、犯人は馬虎さんに強い恨みを抱いてたとか」
「馬虎さんが?そんな、人の恨みを買うような人には見えなかったけれど」
 華ちゃんの言うとおり、馬虎さんは親切な人だったと社も思った。
「昭和の誘拐犯じゃあるまいし、なんでこんなことしたんだろ」
「でもこれではっきりした。犯人は幽霊じゃないわよ。だって幽霊がチマチマ新聞紙なんて切りぬくと思う?」
 華ちゃんがはっきりと言い切った。仮に幽霊が物に触れたとしても、わざわざそんなことはしないだろう。それは社も同意した。
「じゃあ萌音は、馬虎さんが死んでいることを伝えに来たのか?」
「たぶん。萌音ちゃんがこっちに来なかったら、私たち気付かなかったと思う」
「けど会議室とレストランにそれぞれみんな集まってるんだ。馬虎さんがいないって気が付くのは時間の問題だろ。それよりこんなことがあったんだ、早くみんなに知らせないと」
「ちょっと待って、社くん。先に、状況を良く調べておいた方がいいかも」
「そんな、馬虎さんに次いで僕たちまで姿を現さなかったら、僕たちが犯人だって疑われちゃうじゃないか」
「そうならないよう証拠をつかんでおけばいいだけじゃない」
「証拠って。そう簡単に見つかるかよ」
 華ちゃんと対照的に、社は証拠探しには消極的だった。なによりも、いくら生前お世話になった人とはいえ、血まみれになったその遺体と一緒にあまりいたくなかったのもある。
「騒いでからじゃ、調べきれないかもしれないじゃない」
「そんなことないだろ、だって華ちゃん、本物の刑事じゃないか。警察手帳だって持ってきてるんだろ?」
 確か自動車免許証以上に、肌身離さず持っていなければならないもののはずだ。
「それがね、その……」
 けれど華ちゃんの歯切れは悪い。
「家に置いてきちゃった」
「え?」
「だって非番だもん、まさかパーティーにお呼ばれして、こんな目に遭うだなんて思わないじゃない!」
「嘘だろ、じゃあ僕たちが犯人だって疑われたら言い逃れ出来ないじゃないか!」
 困ったときの印籠とばかりに、社は内心それを当てにしていたのに。
「言い逃れなんてする必要ないでしょ、だって私たちは何もしてないんだから。それに真犯人に犯人に仕立てられる前に、犯人を捕まえちゃえばいいじゃない」
「捕まえるって、そんな簡単に……」
 はあ。社は再び胃がムカムカしてきたのを感じた。そう言えば吐いてから口もゆすげていない。
「わかったよ。その前に、ちょっとそこのトイレで口をゆすいできてもいい?気持ち悪くてしかたがないんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...