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鈴鐘の血5
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「杏里……ちゃん?」
萌音の亡くなった姉。美緒君はもともと身体が弱かったんじゃろうな。だから産んだ長女は亡くなってしまって──そう言った社長のセリフが思い起こされた。
「亡くなってしまった子を忍んで、この写真を大切に持っていたと?」
「そうではないでしょうか」
「じゃあ一体、馬虎さんは何者だったって言うんですか!」
半ばやけくそで社は叫ぶ。ただの子供好きの馬虎さんと、湯布院さんが何を理由に揉めたって言うんだ。
「それが……」
そこで言いにくそうに口を開いたのは、やはり茉緒さんだった。
「馬虎は隠したがっていたし、私たちも今までそれに合わせておりました。それにこんなこと、私の口から言う事でもないとは思うのですが」
そう前置きをしたのち、
「けれどもう鈴鐘家は私たちで最後です。この城も寿さんにお譲りしましたし、もうお話ししてしまって良いかと」
と続けた。
「なにか……やはり馬虎さんは鈴鐘家となにか関係が?」
ただの使用人以外に関係があったのだろうか。
「ええ。馬虎は、もともと鈴鐘家の分家の人間だったのです」
「分家の?」
「私と美緒の母の姉、つまり私から見れば伯母です、の息子だったのです」
分家の息子は誰とも結婚せずに、分家のうちで生きると社長が言っていた。今の分家では、修がそれにあたる。
「私にとっては従兄となります」
「いとこ!?」
思わぬ馬虎さんの正体に驚くも、しかし次の疑問が湧いてくる。なぜ従兄が、本家で使用人に身をやつしていたのだろう。大手を振って家族として振る舞えばよいものを。
「馬虎は鈴鐘の血を嫌っていました。まあ、裕福とはいえ堅苦しい家柄でしたし、かといって自分が家督を継げるわけでもない。そう思うのは自然でしょう」
「堅苦しい……例えば、ギシキがあることと関係がありますか?」
そこに華ちゃんが加わった。この新たな展開は彼女も驚いたようだ。もとより大きい瞳をさらに開き、身を乗り出して聞いてきた。
「それもあるでしょう。みなさんこの城の構造と、ギシキなんて響きから恐ろしいものだとお思いのようですが、要は身内だけのひっそりとした結婚式です。けれどいろいろと細かい手順……そうですね、例えば盃を三度傾けなければならないだとか、そういった作法が多いので面倒ではありますが」
「あれ、萌音ちゃんの結婚式はカトリック式だったって聞きましたけど」
そう教えてくれたのは馬虎さんだった。
「それはお客様用の、華やかな式のほうですね。あまり公言して変に思われるのも嫌だったので言わなかったのですが、鈴鐘家には別に信奉している神さまがおりまして」
「神?」
やはり鈴鐘家は邪教の信者だったのだろうか。
「といっても先祖の神様です。そこは普通の日本人と変わりませんよ。先祖を敬い、彼らに感謝をし、その意を表す。これからも一族が栄えるようお祈りをする。それが儀式なのです」
ならばわざわざ深夜にやらなくてもいいものを、と思っていると、
「ほら、幽霊って夜出ますでしょう?萌音は昼間でもドレス姿でこの城をさまよっていたようですが……」
とまるで社の思考が読めるかのように、茉緒さんが続けた。
「先祖の霊にお礼を言うなら、幽霊が現れる丑三つ時から開始したほうが方がいいだろう、って。おかげで変な時間に儀式を行うことになってしまったようなのです」
そうスラスラと言われてしまうと、思い描いていたものと全く変わってくるから不思議だ。けれどその儀式の最中に事故が起こって何人も亡くなったというのに、なぜその詳細を教えてくれないのかと聞けば、
「それは、その内容を一族以外のものに知られてしまうと、逆に先祖の霊に祟られるという言い伝えがあって……」
と濁されてしまった。
「内容を伝えるだけで祟り?」
すいぶんおっかないご先祖様たちだ。社は思ったが、しかし宗教とは得てしてそのような側面をもつ。空海だって、信徒にしか教えは伝えてはならないとしている。ただ、掟を破ったところで祟られるわけでもないだろうが。
「このご時世にそんなことを信じているのもバカバカしいとお思いでしょうが、けれど子どもの頃から染みついてしまった習慣はなかなか抜けませんで」と茉緒さんが苦笑いした。
「でもそれが、馬虎さんが鈴鐘家を抜けた理由になりますかね?」
しかも、抜けたにも関わらず本家に近づいている。
「一度は社会に出て、鈴鐘家を捨てて生きて行こうと考えたようなのですが、なにしろ育ちが坊ちゃんですからね、大方辛くなったのでしょう、けれど両親にすがりつくのもきまりが悪い。だから本家を頼って、一応働かせてもらう、という体で転がり込んだのではないでしょうか。まあ、思いのほか性に合っていたのか、すっかり執事として活躍していたようですが」
なるほど、出戻りをしたと。修を見ているとその可能性は高そうだ。けれど一度社会に出ただけ、あのわがまま息子に比べれば偉いと思うが。
「じゃあ、湯布院さんがネタに強請ろうとしていたのは……」
「馬虎さんが、実は鈴鐘家の血を引いている、ってことですか?」
そう問い詰められて、とうとう湯布院は観念したらしい。
「ああ、そうだよ。何を思って身分を偽ってるのかは知らないが、怪しいことこの上ないじゃないか。確かにそれをネタに俺はあいつから金をせびろうとしたよ」
「やっぱり!」
「けど殺してなんかいない、それは本当だ!大体アイツを殺して俺に何の得があるっていうんだ」
「お財布、盗んだんじゃないですか?」
「財布なんか知らん、とにかく俺は殺してないんだ!大体俺があんな恐ろしいやつらに何が出来るって言うんだ」
そう叫び、湯布院氏はすばやく立ち上がると、慌てて止めようとした華ちゃんも振り払い会議室のドアに手をかけた。
「まさか、逃げるつもりか!?」
「俺はこんなとこにいるのはごめんだね、不当に疑われて気分がいいはずがないだろ!俺は殺してなんかいないんだ!」
そう言い残してあっという間に部屋を飛び出してしまった。
萌音の亡くなった姉。美緒君はもともと身体が弱かったんじゃろうな。だから産んだ長女は亡くなってしまって──そう言った社長のセリフが思い起こされた。
「亡くなってしまった子を忍んで、この写真を大切に持っていたと?」
「そうではないでしょうか」
「じゃあ一体、馬虎さんは何者だったって言うんですか!」
半ばやけくそで社は叫ぶ。ただの子供好きの馬虎さんと、湯布院さんが何を理由に揉めたって言うんだ。
「それが……」
そこで言いにくそうに口を開いたのは、やはり茉緒さんだった。
「馬虎は隠したがっていたし、私たちも今までそれに合わせておりました。それにこんなこと、私の口から言う事でもないとは思うのですが」
そう前置きをしたのち、
「けれどもう鈴鐘家は私たちで最後です。この城も寿さんにお譲りしましたし、もうお話ししてしまって良いかと」
と続けた。
「なにか……やはり馬虎さんは鈴鐘家となにか関係が?」
ただの使用人以外に関係があったのだろうか。
「ええ。馬虎は、もともと鈴鐘家の分家の人間だったのです」
「分家の?」
「私と美緒の母の姉、つまり私から見れば伯母です、の息子だったのです」
分家の息子は誰とも結婚せずに、分家のうちで生きると社長が言っていた。今の分家では、修がそれにあたる。
「私にとっては従兄となります」
「いとこ!?」
思わぬ馬虎さんの正体に驚くも、しかし次の疑問が湧いてくる。なぜ従兄が、本家で使用人に身をやつしていたのだろう。大手を振って家族として振る舞えばよいものを。
「馬虎は鈴鐘の血を嫌っていました。まあ、裕福とはいえ堅苦しい家柄でしたし、かといって自分が家督を継げるわけでもない。そう思うのは自然でしょう」
「堅苦しい……例えば、ギシキがあることと関係がありますか?」
そこに華ちゃんが加わった。この新たな展開は彼女も驚いたようだ。もとより大きい瞳をさらに開き、身を乗り出して聞いてきた。
「それもあるでしょう。みなさんこの城の構造と、ギシキなんて響きから恐ろしいものだとお思いのようですが、要は身内だけのひっそりとした結婚式です。けれどいろいろと細かい手順……そうですね、例えば盃を三度傾けなければならないだとか、そういった作法が多いので面倒ではありますが」
「あれ、萌音ちゃんの結婚式はカトリック式だったって聞きましたけど」
そう教えてくれたのは馬虎さんだった。
「それはお客様用の、華やかな式のほうですね。あまり公言して変に思われるのも嫌だったので言わなかったのですが、鈴鐘家には別に信奉している神さまがおりまして」
「神?」
やはり鈴鐘家は邪教の信者だったのだろうか。
「といっても先祖の神様です。そこは普通の日本人と変わりませんよ。先祖を敬い、彼らに感謝をし、その意を表す。これからも一族が栄えるようお祈りをする。それが儀式なのです」
ならばわざわざ深夜にやらなくてもいいものを、と思っていると、
「ほら、幽霊って夜出ますでしょう?萌音は昼間でもドレス姿でこの城をさまよっていたようですが……」
とまるで社の思考が読めるかのように、茉緒さんが続けた。
「先祖の霊にお礼を言うなら、幽霊が現れる丑三つ時から開始したほうが方がいいだろう、って。おかげで変な時間に儀式を行うことになってしまったようなのです」
そうスラスラと言われてしまうと、思い描いていたものと全く変わってくるから不思議だ。けれどその儀式の最中に事故が起こって何人も亡くなったというのに、なぜその詳細を教えてくれないのかと聞けば、
「それは、その内容を一族以外のものに知られてしまうと、逆に先祖の霊に祟られるという言い伝えがあって……」
と濁されてしまった。
「内容を伝えるだけで祟り?」
すいぶんおっかないご先祖様たちだ。社は思ったが、しかし宗教とは得てしてそのような側面をもつ。空海だって、信徒にしか教えは伝えてはならないとしている。ただ、掟を破ったところで祟られるわけでもないだろうが。
「このご時世にそんなことを信じているのもバカバカしいとお思いでしょうが、けれど子どもの頃から染みついてしまった習慣はなかなか抜けませんで」と茉緒さんが苦笑いした。
「でもそれが、馬虎さんが鈴鐘家を抜けた理由になりますかね?」
しかも、抜けたにも関わらず本家に近づいている。
「一度は社会に出て、鈴鐘家を捨てて生きて行こうと考えたようなのですが、なにしろ育ちが坊ちゃんですからね、大方辛くなったのでしょう、けれど両親にすがりつくのもきまりが悪い。だから本家を頼って、一応働かせてもらう、という体で転がり込んだのではないでしょうか。まあ、思いのほか性に合っていたのか、すっかり執事として活躍していたようですが」
なるほど、出戻りをしたと。修を見ているとその可能性は高そうだ。けれど一度社会に出ただけ、あのわがまま息子に比べれば偉いと思うが。
「じゃあ、湯布院さんがネタに強請ろうとしていたのは……」
「馬虎さんが、実は鈴鐘家の血を引いている、ってことですか?」
そう問い詰められて、とうとう湯布院は観念したらしい。
「ああ、そうだよ。何を思って身分を偽ってるのかは知らないが、怪しいことこの上ないじゃないか。確かにそれをネタに俺はあいつから金をせびろうとしたよ」
「やっぱり!」
「けど殺してなんかいない、それは本当だ!大体アイツを殺して俺に何の得があるっていうんだ」
「お財布、盗んだんじゃないですか?」
「財布なんか知らん、とにかく俺は殺してないんだ!大体俺があんな恐ろしいやつらに何が出来るって言うんだ」
そう叫び、湯布院氏はすばやく立ち上がると、慌てて止めようとした華ちゃんも振り払い会議室のドアに手をかけた。
「まさか、逃げるつもりか!?」
「俺はこんなとこにいるのはごめんだね、不当に疑われて気分がいいはずがないだろ!俺は殺してなんかいないんだ!」
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