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業火3
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うつむいて社長がつぶやいた。茉緒さんと思われるヒトは全身を炎で焼かれ、すべて真っ黒の塊と化していた。昔修学旅行で行った広島の、原爆ドームで見た遺体のようだった。
「あれは本当に茉緒君なんじゃろうか」
「この中でいないのは茉緒さんだけですし、体型から見ても女性です。それに、個室には指輪が落ちていました」
M・Sと彫られた指輪。鈴鐘茉緒さんのものとみて間違いないだろう。
「茉緒さんが亡くなっていた個室の方ですが、焼けただれたペットボトルが落ちていました。それとこの匂い。恐らく、灯油か何かを入れたものに火を点け、投げ入れたのでしょう」
そう言う華ちゃんの右手には、真っ黒でデロデロに溶けた塊。反対側の手には、例のパンフレット。
「それと、これが消火活動中に落ちてきました。焼けてるのと濡れたのでところどころ欠けているんですが、たぶん馬虎さんの時と同じ文言が貼られているんだと思います」
そう言って華ちゃんが煤けたパンフレットを掲げた。確かに読みづらいが、馬虎さんの時とそれは似ているように見えた。
「『お……正……を知……いる』。お前の正体を知っている、で間違いないと思います。……お前って、茉緒さんのこと?」
「なんで茉緒……母さんが」
崩れ落ちそうな身体をどうにか支えながら、修が大きく息をつく。
一同は佐倉さんを横にした紅玉の間に集まっていた。さしもの修の顔色も蒼白だった。さすがに親を、しかも両親をだ、亡くして平気でいられないだろう。しかもあんな形で。
ただただうなだれる人々の顔を見まわし、社はふとあることに気が付いた。
「……湯布院さんは?」
「湯布院さんは、黄水晶の間に閉じ込めておいたじゃない」
「ちゃんと部屋にいるかどうか確認しないと……」
そうだ、これで部屋で大人しくしていれば、彼は誠一さん殺しはもちろん、茉緒さん殺しの容疑者から外れることになる。
「でも、椅子を崩す音なんて聞こえなかったけど」
「でも、みんな寝てたじゃないか」
「寝てたって、大きな音がしたら気が付くよ」
「ふむ、とりあえず見に行けばいい話じゃろ」
それもそうだと社と華ちゃん、寿社長と鶴野さんでぞろぞろと黄水晶の間に赴くと、社と華ちゃんが築いた椅子のバリケードはまだ存在していた。
「ふむ、ならば湯布院は犯人じゃないってことかの」
腕を組み寿社長がつぶやいた。「ならば誰が首謀者だって言うんじゃ」
「ちょっと待ってください、これ」
華ちゃんが以前に撮った湯布院さんの部屋の前の写真と見比べると、少し形が違うような気がする。
「あれ、あのオレンジの椅子、下の方に移動してる」
「じゃあ、湯布院さんは部屋を出たってこと?」
「そうなるの」
「でも、ドアを外に開いたらこれ、崩れちゃうじゃない」
「僕たちが気が付かなかっただけか、あるいは何か工夫をしたか」
「工夫って」
「さあ。でも部屋を出た可能性があるなら、やっぱり湯布院があんなことをしたんだ」
おそらく自室にこもっていると見せかけてこっそり部屋を抜け出したのだ。そして、茉緒さんと佐倉さんに火を放った――。いや、誠一さんだって、実は湯布院が手をかけたんじゃないのか?
「でも、なんで三人も?」
華ちゃんが険しい顔をしながら問う。「湯布院さんが三人も……しかもうち二人は鈴鐘家の人を手にかけるなんて」
「それは、湯布院さんが鈴鐘家の人を強請ろうとしてたから……」
「じゃあ佐倉さんはなんで?それに、あの二人が都合よく部屋を出てくるとも限らないじゃない」
「もしかしたら湯布院さんが部屋にこもる前に、なにか二人の間で約束がされていたのかもしれない」
「約束?湯布院さんと茉緒さんが?どんな関係っていうのよ」
「それは分からない、けれど馬虎さんを脅すようなやつだ、なにか茉緒さんの秘密も握っていたのかも……」
「それなら、茉緒さんが湯布院さんを殺す方が自然じゃない?馬虎さんの時はお金が盗まれてたけど、茉緒さんの何か貴重品も湯布院さんが盗んだってこと?」
「わからないよ、でも湯布院が部屋を出たのは確かだ。もう言い逃れはできない、あとは直接本人に聞けばいいだろ」
そう言って社は組み上げられたバリケードを崩していき、露わになった部屋をノックする。
「……反応がないな」
「鍵、きっとかかってるよね?」
そう言って華ちゃんがカチャカチャとノブを回すと、あっけなく扉が開いた。いや、正確には開いたというより、倒れた、だったが。
「え、どういうこと!?」
ノブを回す時に力が入ったのか、扉そのものが部屋の方へとドミノのように倒れていく。
「やだなにこれ、壊れてるの!?」
「おそらく蝶番を外したんじゃな、それを直している時間がなく、とりあえずごまかすために扉を立てかけておいた、そんなところじゃろ」
だとしたらずいぶんお粗末なトリックだ。確かに扉をそのまま外に開けばバリケードが崩れてしまう。扉自体を外してしまえば、静かに椅子を降ろすことも出来ただろうが、バリケードの並びはぐちゃぐちゃだし、扉を外したままで鍵も掛けていないというのは雑すぎる。
「湯布院、やっぱりお前が犯人だったんだな!」
「なんで茉緒さんと佐倉さんまであんな目に遭わせたんですか!」
意気込み部屋に乗り込むと、そこに広がっていた光景は予想だにしないものだった。
「あれは本当に茉緒君なんじゃろうか」
「この中でいないのは茉緒さんだけですし、体型から見ても女性です。それに、個室には指輪が落ちていました」
M・Sと彫られた指輪。鈴鐘茉緒さんのものとみて間違いないだろう。
「茉緒さんが亡くなっていた個室の方ですが、焼けただれたペットボトルが落ちていました。それとこの匂い。恐らく、灯油か何かを入れたものに火を点け、投げ入れたのでしょう」
そう言う華ちゃんの右手には、真っ黒でデロデロに溶けた塊。反対側の手には、例のパンフレット。
「それと、これが消火活動中に落ちてきました。焼けてるのと濡れたのでところどころ欠けているんですが、たぶん馬虎さんの時と同じ文言が貼られているんだと思います」
そう言って華ちゃんが煤けたパンフレットを掲げた。確かに読みづらいが、馬虎さんの時とそれは似ているように見えた。
「『お……正……を知……いる』。お前の正体を知っている、で間違いないと思います。……お前って、茉緒さんのこと?」
「なんで茉緒……母さんが」
崩れ落ちそうな身体をどうにか支えながら、修が大きく息をつく。
一同は佐倉さんを横にした紅玉の間に集まっていた。さしもの修の顔色も蒼白だった。さすがに親を、しかも両親をだ、亡くして平気でいられないだろう。しかもあんな形で。
ただただうなだれる人々の顔を見まわし、社はふとあることに気が付いた。
「……湯布院さんは?」
「湯布院さんは、黄水晶の間に閉じ込めておいたじゃない」
「ちゃんと部屋にいるかどうか確認しないと……」
そうだ、これで部屋で大人しくしていれば、彼は誠一さん殺しはもちろん、茉緒さん殺しの容疑者から外れることになる。
「でも、椅子を崩す音なんて聞こえなかったけど」
「でも、みんな寝てたじゃないか」
「寝てたって、大きな音がしたら気が付くよ」
「ふむ、とりあえず見に行けばいい話じゃろ」
それもそうだと社と華ちゃん、寿社長と鶴野さんでぞろぞろと黄水晶の間に赴くと、社と華ちゃんが築いた椅子のバリケードはまだ存在していた。
「ふむ、ならば湯布院は犯人じゃないってことかの」
腕を組み寿社長がつぶやいた。「ならば誰が首謀者だって言うんじゃ」
「ちょっと待ってください、これ」
華ちゃんが以前に撮った湯布院さんの部屋の前の写真と見比べると、少し形が違うような気がする。
「あれ、あのオレンジの椅子、下の方に移動してる」
「じゃあ、湯布院さんは部屋を出たってこと?」
「そうなるの」
「でも、ドアを外に開いたらこれ、崩れちゃうじゃない」
「僕たちが気が付かなかっただけか、あるいは何か工夫をしたか」
「工夫って」
「さあ。でも部屋を出た可能性があるなら、やっぱり湯布院があんなことをしたんだ」
おそらく自室にこもっていると見せかけてこっそり部屋を抜け出したのだ。そして、茉緒さんと佐倉さんに火を放った――。いや、誠一さんだって、実は湯布院が手をかけたんじゃないのか?
「でも、なんで三人も?」
華ちゃんが険しい顔をしながら問う。「湯布院さんが三人も……しかもうち二人は鈴鐘家の人を手にかけるなんて」
「それは、湯布院さんが鈴鐘家の人を強請ろうとしてたから……」
「じゃあ佐倉さんはなんで?それに、あの二人が都合よく部屋を出てくるとも限らないじゃない」
「もしかしたら湯布院さんが部屋にこもる前に、なにか二人の間で約束がされていたのかもしれない」
「約束?湯布院さんと茉緒さんが?どんな関係っていうのよ」
「それは分からない、けれど馬虎さんを脅すようなやつだ、なにか茉緒さんの秘密も握っていたのかも……」
「それなら、茉緒さんが湯布院さんを殺す方が自然じゃない?馬虎さんの時はお金が盗まれてたけど、茉緒さんの何か貴重品も湯布院さんが盗んだってこと?」
「わからないよ、でも湯布院が部屋を出たのは確かだ。もう言い逃れはできない、あとは直接本人に聞けばいいだろ」
そう言って社は組み上げられたバリケードを崩していき、露わになった部屋をノックする。
「……反応がないな」
「鍵、きっとかかってるよね?」
そう言って華ちゃんがカチャカチャとノブを回すと、あっけなく扉が開いた。いや、正確には開いたというより、倒れた、だったが。
「え、どういうこと!?」
ノブを回す時に力が入ったのか、扉そのものが部屋の方へとドミノのように倒れていく。
「やだなにこれ、壊れてるの!?」
「おそらく蝶番を外したんじゃな、それを直している時間がなく、とりあえずごまかすために扉を立てかけておいた、そんなところじゃろ」
だとしたらずいぶんお粗末なトリックだ。確かに扉をそのまま外に開けばバリケードが崩れてしまう。扉自体を外してしまえば、静かに椅子を降ろすことも出来ただろうが、バリケードの並びはぐちゃぐちゃだし、扉を外したままで鍵も掛けていないというのは雑すぎる。
「湯布院、やっぱりお前が犯人だったんだな!」
「なんで茉緒さんと佐倉さんまであんな目に遭わせたんですか!」
意気込み部屋に乗り込むと、そこに広がっていた光景は予想だにしないものだった。
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