ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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業火2

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「炎だって!?」
 これにはさすがに大きな声が出てしまった。一体全体、どうやったらトイレから出火などするのか。誰かが火を放ったと考えるのが自然じゃないか!
「茉緒……母さんがそこにいるっていうのか!?」
 この事態に声を荒げたのは修だった。それもそうだろう、父親を失って次いで母親までだなんて、自分だったら声も出ないだろう。修は呆然と立ちつくすばかりだった。
「わかりません、中にいるかは……」
「とりあえず早く火を消さんとならん、急げ」
 やはりいつの間にか目を覚ましたらしい寿社長が、呆然とする一堂を叱咤する。その声で弾かれたように、全員が慌ただしく四十八願さんに続いていく。会議室から出た途端、煙い臭いが漂ってきた。本当に出火しているようだった。
どうやら二人は大浴場側のトイレに行ったらしく一直線にそちらをめざす。カーブ状に曲がった廊下を進めば、女性用トイレからモクモクと煙が溢れている。
「しょ、消火器は?」
 ひときわ気が動転しているのは犬尾さんだった。炎に良い思い出がないのは押して知るべしだ。
「いや、それより消火栓を使ったほうがいい」社長が鶴野さんと二人、廊下に備え付けられた消火栓からホースを引き延ばす。
「まさか二回も消火栓の世話になるとはの」
 そうぼやく社長と代わり、社と犬尾さんでホースを掴む。水圧が強くよろけそうになる身体を踏ん張り、トイレの中へと進んでいく。手前に洗面台、その奥に個室が3つ。手前の一つだけ作りが違うので、恐らく清掃用具などがしまわれているのだろう。
どうやら出火元は奥の個室側のようで、そちらは炎に巻かれている。そちらにホースを向ければ、どこから来たのだろう、ところどころ焼けかけた紙切れがひらりと水に侵食し始めた床に落ちた。
「なに、これ」
 華ちゃんがしゃがみ、それを回収する。気にはなったがまずは火を消さなければならない。重点的に奥の個室にホースから勢いよく出る水を掛ければ、徐々に火はその勢いを失っていく。やがて炎が消え、煤けて黒くなった扉が現れた。
「茉緒さん、茉緒さん!!」
わめきながら修が扉を叩いた。
「僕がやりますから」
 普段の姿から想像できないほど修が狼狽しているので、見ていられなくなって社が名乗り出た。父から渡された装束だが、別に好き好んで着ているわけでもない。気にもせず煤けて黒くなった扉に体当たりを何度かする。燃えて脆くなっているのだろう、数回体当たりしたところで扉が開いた。
「ああ、なんてことだ……」
 開いた扉の先を修は見てしまった。固く目を瞑ると、まるで全身の空気が抜かれたかのように脱力した。
「……隣の扉も開けます」
 一度深く息を吐いてから、社はその隣の扉に体当たりする。奥の個室に広がっていた風景は、あまり長く見ていたい景色でもなかった。こちらは奥の個室ほど損傷が激しくないが、煙でいぶされてやはり煤けている。けれど鍵がその機能を果たしているせいかなかなか開かない。
「とりあえず、中に人がいるか確認したほうが良いじゃろ。ほれ宮守君、ワシを肩車せんか」
「ええ、僕が社長を?」
 文句を垂れつつ、けれどその中身を見る役も進んでやりたくはない。渋々社長を肩に担ぐと、どうやらその中にいる人を確認出来たようだった。
「佐倉……佐倉君か?」
「佐倉君さん?大丈夫なんですか?」
「わからん。けど、燃えてはいないみたいじゃの、おい鍵を……」
 このトイレのカギはスライド式だ、ならば内側から鍵をスライドさせる必要がある。けれどこれだけ隣が激しく燃えていたのに、佐倉さんは逃げようとしなかったのだろうか。
「では、こちらでどうにかなりませんでしょうか」
 そう言って四十八願さんが渡してきたのは、清掃用のモップだった。それを寿社長が掴み、柄をトイレ内へと降ろし、鍵のレバーに引っかけるべくガチャガチャと試行錯誤する。社の肩と脚が限界に来たところでどうやら鍵が開いたらしい。
「開いたようじゃ」
 ようやく重荷から解放され、社はドアを外側に開いた。その中には、煤にまみれた佐倉さんが、便器に座ったままだらりと壁にもたれかかっていた。
「宮守さま、ここはわたくしが」
 そう四十八願さんに言われて、社はここが女子トイレだったことを思い出す。確かにここは佐倉さんの安否に関わらず、女性に交代したほうが良さそうだった。
「……煙を吸ったみたい、息も弱いです。とりあえずここから出しましょう」
 四十八願さんが個室の中で佐倉さんの身体を抱きかかえる。鶴野さんも手伝い、個室から佐倉さんを引きずり出した。
「近くの部屋……修さん、部屋のカギはお持ちですか?」
「あ、ああ……」 
すっかり魂の抜けてしまった修に声を掛けると、力の抜けた様子で修がジャケットのポケットから、緑の石のついたカギを取り出した。
「これを」
 途中犬尾さんにも手伝ってもらい、佐倉さんをベッドに寝かせる。気道を確保しやすいよう頭を高くしてやると、どうやら息を吹き返したようだった。
「良かった……でも、意識が戻るかどうか」
 煙を吸って一酸化炭素中毒になり、脳に酸素が行っていない可能性がある。仮に心肺機能が生きていたとしても、意識を取り戻すのは難しいという。
「しかし、茉緒君は、もう……」
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