ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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業火1

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 浅い眠りだった。それもそうだろう、ここはふかふかのベッドでもなければ暖かな部屋でもない。いかに高級品とはいえ固い椅子に腰掛けた状態で、なかなか熟睡もできなかろう。
 しかもすでに二人の命が失われていた。次は誰か。自然とそう思ってしまうのも無理はない。そんな緊張の中で狭い椅子に身体を押し込み、それでも疲れは待ってくれないようで時折意識を奪われそうになっていると、どこか遠くで誰かが喋っているような気がした。
『……ギシキ……』
 ん?ギシキ?儀式って……ああ、萌音が亡くなった時のやつか?
『もうすぐギシキの時間だ、ああ、僕はもう……』
 僕?いったい誰がブツブツと言っているのだろう。
『嫌だ、僕を……僕を食べないで』
 食べない?食べるわけないじゃないか。人間なんて、おいしくないだろ。
 遠くで鐘の音が聞こえた気がした。ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。ああ、今は何時なんだろう?
 そこで目が醒めた。
「……誰?」
 相変わらず薄暗い室内に目を巡らすも、皆さすがに疲れているのだろう。恐怖心もあったろうに疲れに抗えず、ある者は椅子にしだれかかり、ある者はいびきをかいて寝ている。
 夜中でさえサングラスを外さない修は寝ているのか起きているのかはわからなかったが、少なくともあの声は低い修の声とは違かった。なんというか、もっと若い、けれど子どもというには少し大人びている男の子の声だったような気がする。
 けれど当然、この場に男の子などいるわけもなく、ああ今のは夢だったんだなと社は納得する。夢にしてはなんだか鮮明に声が聞こえた気がするが、いろいろあって気が立っているからだろう、と思うことにした。
けれどあの声。前にも聞いたことがある気がするけれど、あれはいつだったろうか。
それに、『食べないで』だなんて。大切に取っておいた好物を誰かにつまみ食いされたならともかく、主語が『僕を』だなんて気味が悪すぎる。
 ぼんやりと考えていたら目が暗がりに慣れてきた。社のとなりで華ちゃんが縮こまってすやすやと寝息を立てている。よくもまあ、こんな状況で眠れるものだ。社は感心する。
 その隣には社長と鶴野さん。さらに奥に犬尾さん。けれどその隣とさらにその隣の椅子が空いていた。あそこは確か、茉緒さんと佐倉さんが座っていたような気がしたけれど。そう思って部屋全体を見回せば、入り口付近で休んでいた四十八願さんの姿もなかった。
「……トイレかな」
 夫を失った悲しみに暮れる茉緒さんだったが、人間いくら悲しいことがあろうとも、生理的現象には敵わない。社は華ちゃんのお母さんが亡くなって、そのお葬式に呼ばれた時のことを思いだす。華ちゃんのお母さんは優しくて、社にもいろいろと良くしてくれた。
 その大切な人の死を弔う場所だというのに、場所特有とでも言おうか、告別式の会場の底冷えする寒さを思い出していた。結局社のなかの悲しみよりトイレへの恋しさが募って、よりにもよって焼香中に席を外すという失礼を働いてしまったことを思い出す。子供とはいえ、してはいけないことをしてしまったのだ、という念は幼い社の中にでさえ芽生えた。
 とそんなことを思い返すほどにこの場所は寒い。いかに暖炉に火をくべようとも寒いものは寒い。社は思わず身震いした。皆各々持てる防寒具やら部屋の寝具やらを持ってきてはみたものの、底冷えのする北国の冬はやはり寒い。
そんな中、トイレが近くなるのはごく自然な生理現象だ。けれどあいにくこの部屋にはトイレが設備されていない。一度この部屋を出、ホールか大浴場側にあるトイレに行かなければならないのだ。
 けれどそこまで行くのも億劫だし、なによりひとりで行けだなんて言われたら怖い。それに、もしかしたら第三の被害者になってしまう可能性すらある。ならば自分ならどうするだろうか。どうということはない、他に人を誘うしかないだろう。大方、女性三人の姿が見えないのもそんな理由だからではなかろうか。
 こんなことなら華ちゃんか自分の部屋を解放してやればよかった。社は今更ながらに気が付いた。二人の部屋はどちらも会議室に接しており一番近い。そこで用を足せればいちいちビクビクしなくてもよかっただろうに。
 もっとも自分の場合、一人の瞬間を狙って萌音が現れるかもしれないので、うかうかと単独行動もしたくはなかったのだけど。
 変な夢を見てしまったせいもあるのかもしれない。再び眠ることも出来ず、椅子の上で身じろぎしているとなにやら慌ただしく扉が開かれた。飛び込んできたのは四十八願さんだった。あれ、他の二人はどうしたんだろう?
「茉緒さまと、佐倉さまが……!」
 飛び込んだ彼女が放った第一声はそれだった。嫌な予感が全身を駆け巡る。あの二人の身に何か起こった、としか思えない緊迫感。
「四十八願さん、どうしたんですか?」
「ああ、宮守さま、お二人が……お二人が入ったトイレが」
「トイレ?」
 そんなところで一体なにが起こったって言うんだ。
「……なに、どしたの?」
 騒ぐ声で目が醒めたのか、続々と皆が起き出した。社の隣では華ちゃんが伸びをしつつ、寝ぼけ眼でうにゅうにゅと口を開く。
「お二人がなかなかトイレから戻って来られないものですから見に行きましたところ、トイレが……炎に包まれておりまして」
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