ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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 うなだれる社の首元を、華ちゃんがしげしげと眺める。
「なんか大変なことになってない?僕の首元」
「うーん、今のところ大丈夫そうだけど」
 そう彼女は言ってくれたが、あるいはそれは社を励ますためにそう言ってくれたのかもしれなかった。
「犯人、ねえ。……あまり疑いたくないんだけど、なんで寿社長は十年前にいた人たちを呼び集めたんだろう」
「言ってたじゃないか、鎮魂のためだって」
「そう言えば聞こえはいいけれど。もしかして、十年前に殺しそびれた人を殺すために、もう一度集めた……とか」
「社長が?そんなことするわけないだろ。大体動機だってないだろ、せっかく格安でこの城を譲ってくれた鈴鐘家の分家の人たちを殺したりするもんか」
「もともと寿社長はこの城を狙っていた。どうにかして自分が手に入れるために細工をして天井を落とし、鈴鐘家を全員殺そうとした。けれど失敗。なんとかこの城を譲ってもらったが、まだ何人か生き残りがいる。万一、十年前のことを今の修さんみたいに調べられたら厄介だ、だからその前に殺してしまおう――」
「無茶苦茶だよ!」
「じゃあ犬尾さん?佐倉さん?四十八願さん?けれどあの三人と鈴鐘家に何かあったっていうの?」
「それは……」
「ねえ、修さん。何か知ってますか?この三人と鈴鐘家、なにかありました?」
「いや……知らないな」
 そう華ちゃんが詰めるものの、修の歯切れは悪かった。
「じゃあ、今のところ一番怪しい湯布院さんは?修さんの言った方法なら、力のありそうな男の人の方が有利じゃない。しかも……あれ、社長、湯布院さんについてなにか言ってた?」
「何かって、なにを?」
「もう、社くん忘れちゃったの?事件当日のこと、寿社長が教えてくれたじゃない」
「そうだったっけ?」
 そこで社は必死に思い出す。そう言えば、萌音に脅されて事件のことを調べなきゃって、社長に聞いて……。
「ああ、確か、社長が音に驚いてホールに向かったら馬虎さんと四十八願さんがいて、さらに犬尾さんがやってきて、しばらくしてシャワーを浴びてた佐倉さんが来て、それでみんなで扉を開けたって……あっ」
 扉を開けた時の社長の記憶には、湯布院さんは登場していない。
「でも、そのあと『湯布院さんは怖くて震えてた』みたいなこと言ってなかった?」
 社より数段記憶力のいい華ちゃんが付け加えた。「ってことは、扉を開けた時には湯布院さんはいなくて、そのあと合流したってこと?」
 それは怪しい。現に今だって一番容疑が濃厚だ。
「犯人は湯布院だよ、ショートさせた後片付けをしてたから一番遅くなったんだ。早く萌音に報告しないと!」
 ぱああ、と顔を輝かせて社が声を上げた。これでもう僕は殺されないで済むぞ!
「ちょっと待てよ、本当に湯布院が犯人なのか?」
 とそこへ水を注すのは修だ。ああもう、お前に構ってる時間なんて僕にはないんだけど。
「証拠はあるのか?」
 そう言われて社はグッと言葉に詰まる。
「それは……一番遅れてきたからだろ」
「そんな理由だけじゃ逮捕は出来ないだろ、なあ刑事さん」
 そう言って修が華ちゃんの方を見た。
「え、ええ。状況証拠としては疑わしいですが、決定打にはならないかと」
 見つめられて華ちゃんも気弱に答えた。
「だろ。早合点ばかりしてると生き急ぐぞ」
 生き急ぐも何も、僕にはあと数時間しか残されてないんだぞ!
「でも別に僕は犯人を警察に突き出すんじゃない、萌音に突き出すだけだ。証拠なんかなくたって大丈夫だろ」
「でもそれで、実は無実の人間を差し出して、その人間に幽霊が何かしたらどうお前は責任を取るんだ?」
「責任って……まさか、萌音は犯人を……」
 殺すとでも?でも、そんなことを萌音はしないと言ったのは、他ならぬ修じゃないか。けれど万一そんなことがあったら寝覚めが悪いのは確実だ。社は崩れ落ちるようにへたり込むと、
「わかったよ、証拠を見つければいいんだろ」とふてくされてしまった。
「でも困ったなぁ。アリバイがないのはみんな一緒でしょ?確か儀式の間、皆自分の部屋にこもってたって」
 一族以外が決して立ち入れない秘密の儀式だ。引きこもっていた、というよりは、外に出ないよう閉じ込められていた、のほうが正しいのだが。
「その人が天井を修さんの言ってた方法で天井を落としたって証拠、ねぇ」
 けれど十年も前の出来事だ。ホールも改装されてしまったし、証拠などないだろう。
 はあ、万事休すか。結局前進することもできず途方に暮れていると、遠くで呼ばれた気がした。その声は徐々に大きくなり、やがてそっと開かれた扉から響く。
「宮守さま、宮守さま」
「四十八願さん?」
「なかなか戻られないので心配で、お探しに参りました。ああ、修さまもご一緒でしたか。茉緒さまがお探しです」
「ああ、すまない。俺は先に戻ってるぜ」
四十八願さんに呼ばれて、おとなしく修が戻っていく。気づけばそれなりに時間が経っていたようだ。華ちゃんが開いたスマホには1:30の文字。
「すみません、ちょっと事件について調べてて」
「ああ、そちらの結城さまは刑事さまでいらっしゃるんですよね」
 ええ、警察手帳忘れちゃったんですけど、と華ちゃんが隣でゴニョゴニョと呟いたが、四十八願さんは全面的に信用してくれているようだった。
「刑事さんがいらっしゃるなら安心ですが、けれどまたなにが起こるかわかりません、単独行動は危険ですからどうぞ会議室までお集まりください。いずれにせよ、吹雪がやまなければ何もできないのですから」
 諦めたような四十八願さんの言うことももっともだった。結局、警察が介入してくれれば恐らく簡単なことなのだ。指紋やら現場に残されたDNAやらが事件を解決してくれるだろう。
けれどそれまでの間に、また何かあったら。社は嫌な予感がどうしても拭えない。何より自分の命の方はタイムリミットが差し迫っているのだが。
「華ちゃん、戻ろうか」
 これ以上ここにいても事件は解決しそうにない。ならばまたいらぬ疑いをかけられぬように振る舞った方がいいだろう。
「でも社くん」
 華ちゃんが引き留めるものの、けれど状況はひどく望み薄だ。こんなことなら呪いをはねのける祝詞でも覚えて来れば良かった。いや、そんなものがあるのかは知らないが。
「すみません、戻ります」
 そう社は返し、とぼとぼと暗い廊下を歩いて行った。
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