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カウントダウン9

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「そうか、あの時外はこんなふうになってたんだな。大けがをして搬送されて、意識が戻るまで一カ月以上かかった。再びここを訪れた時にはこんなもの撤去されてたからわからなかった」
 事件の当事者である修には、逆に事件後の資料が手元になくわからなかったのだという。
「あの場にいた人間が犯人でないのは確かだ。先ほどの話じゃないが、内側から天井なんて落とせば自分だって大けがだ」
「とか言って、お前が実はやったんじゃないのか?自分だって鈴鐘家の人間のくせして、あまりいい印象を持ってないみたいじゃないか」
「俺が一族と無理心中を図ったってか?気持ち悪い冗談はやめるんだな」
 そう鼻で笑ったのち、「お前、なんで電線に鳩がとまっても感電死しないか知ってるか?」
 ハト?なぜ今そんなことを、と思いつつ律儀に社が答える。
「そうならないようになにかカバーしてあるんじゃないのか?」
「よく街中で見かけるような電線は、一応塩化ビニールで包んであるようだが、たとえ包んでなくても鳥は感電しない。電気ってのは電圧の高い方から低い方へ流れる性質があるんだ」
「ええと……どういうこと?」
「一本の電線に触れているだけなら、電圧の差が発生しないから電流が流れないんだ。同じように人間だって、一本の電線にぶら下がれば感電しないで済む」
「よくわからないけど……つまり、電線だけ触ってれば大丈夫ってことか?」
「ああ。けれど人間は鳩のように電線の上に立てない。せいぜい電信柱にしがみついて、電線に触れるぐらいしかな」
「でもそれじゃあ、感電しちゃうんですよね」
「そうだ。でも、自分が電線にさえ触れなければ、感電せずにショートさせることが出来る。例えば電線を天井上に引き入れて、ショートさせたとしたら?」
「衝撃で、鏡が割れる……?あ、もしかして萌音ちゃんが言ってたバチバチって音、その音なのかな」
「けど電線に触れないでどうやるんだよ、超能力者じゃあるまいし」
 なにを馬鹿なことを、と肩をすくめた社を修は無視し、華ちゃんにばかり話しかける。
「事件当夜、停電があったんだよな?」
「ええ、明け方近くに。天井が落ちたのと同じくらいだって佐倉さんは言ってましたけど」
「その停電は、意図的に行われたショートによって起こったとしたら?」
「意図的に?吹雪で電線が切れたんじゃないのか?今回みたいに」
「お嬢さんの目が確かで、屋根にある窓が破られていたとする」
 社の発言を無視したまま、修が流暢に語りだす。
「そこに、通電性の高いアルミの棒を刺しておく。ほら、この写真。電柱の下に何か落ちてるだろ?」
 そう修が指さす先には、先ほど社も見た散乱した電柱付近の写真。その地面のあたりは。雪に埋もれていてわかりづらいが、何か棒のようなものが落ちている。
「これ、電柱の部品じゃなかったのか?」
「おそらく警察もそう考えたんだろうな、深く追及もされなかった。電力会社の人間も点検したんだろうが、どこからか飛んできたゴミとでも判断したんだろう。だがお嬢さんのお父さんはさすがだね、何かあると思っていたから、わざわざ写真を撮っておいたんだろう。おかげで原因が特定できたよ。さすがはしつこいだけあるな」
「すみません……」華ちゃんは肩身が狭い。 
「でも、電線ってビニールでちゃんと包んであるんだろ?そんなアルミの棒を当てたくらいでショートなんかしたら危ないじゃないか」
 修の推理に異を唱えたのは社だ。だって修が言ってたじゃないか、塩化ビニールで包まれてるって。
「普通はな。だがこの立地はあまりに厳しい。雪の水分や重みによって、通常より劣化のスピードが速いんだ。さらには海からの潮風。塩害って言葉があるくらいだ、脆くなった電線に衝撃を与えれば……」
 そうか、だから枝が当たったぐらいで今回もショートしてしまったのか。
「でも、電線までは距離がありますよ?五、六メートルくらいかな?それに、屋根の位置の方が電線より高いですし。そんな長いアルミの棒なんて、もってくるの大変だし目立つんじゃ」
「アルミ棒を繋ぎ合わせるジョイントがあるんだ。それがあれば、持ち込むときもバラして持って来られる。それにつながった一本の棒とは違って、繋ぎ合わせたものはしなりやすい」
 釣竿の要領で、棒を電線に垂らせばいいという。
「なるほど。でも、そこまでどうやって行くんですか?」
「写真をよく見てみるんだ。屋根の下の、客室のあるパイナップル型の建物部分。その上まで上がれれば、窓ガラスを破ってアルミ棒を差し込むくらい造作ない」
「そうかもだけど、そんなところに上がれるかしら、それに、うまく電線にかけられるか。だって吹雪きの中ですよ?」
「もともとその部分は上に登れるよう階段があったはずだ。景色を見られるようテラスになっている。なにしろ『ベルベル』っていうのは『眺めがいい』って意味らしいからな」
 確かに社長も、眺めがいいテラスがあると言っていたっけ。それはここのことだったのか。
「直径2センチだとしても、五メートルでアルミ棒は五キロくらい。持ち運べない重さでもないし、あらかじめ一メートルずつくらい繋げてから行けば手間も省ける。電線に当てる時は自重で落ちるにまかせればいい」
「5キロ……お米一袋くらいの重さだから、持てなくはないだろうけど」
 ちょっと大変そう、と華ちゃんは言った。
「だと犯人は男なんだろうか」
「どうだろう、女性でもできなくはないとは思うけど、私だったらやりたくないかな」
 僕もしたくはないなと社は思った。吹雪の中アルミ棒を繋げるだけでも大変だ。よほどの執念でもない限り、そんなこと出来る気がしない。
「で、まあうまくショートさせたら、ジョイントを外して棒をばらけさせて回収する。足跡だって吹雪が消してくれるだろうし、割れた窓ガラスは落下の衝撃のせいだと処理される。ただ電柱の下にアルミ棒が落ちてしまったのは犯人としては痛手だったかもしれないが、無関係と処理されてさぞかし安心しただろうな」
「まあ、それが天井を落とした方法だったと仮定してだ」
 そこまで無視を決め込まれていた社が、やる気なく発言する。
「けれどそんな無茶苦茶な方法を誰がやったって言うんだ?萌音は犯人を見つけろって言ってるんだ、方法を教えろ、じゃない」
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