ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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業火6

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「でもさ」
 社は煌々と光るパソコンの画面を見つめた。
「じゃあ、この遺書はなんだろう。修さんが、湯布院さんにすべて罪を被せて自殺したように見せたかったってこと?」
「そうなんじゃないの」
 華ちゃんの返し方はひどくぶっきらぼうだった。
「それなら、修さんと四十八願さんは、自分たちが犯人だって疑われる要素を徹底的に排除したはずだ」
 いくら今はごまかせても、科学の目はごまかせない。しっかり凶器も残っているし、それに指紋を残しておいてはマズイというのは素人にだって明白だ。
「そんな人間が、指紋を残すような初歩的な間違いを犯すだろうか」
「それは……」
「それになにより、誠一さんが殺された時に、湯布院さんはまだ生きてたじゃないか」
「そっか、そうだよね!」
 湯布院が抜け出して誠一さんを殺したのではないか確認しに行ったとき、扉から声がしたじゃないか。
 そう指摘されて、にわかに華ちゃんの顔が輝いたのは見間違いではないはずだ。
「でもそうすると、また振出しに戻っちゃうよねぇ。やっぱり湯布院さんは自殺で間違いないんじゃないかなぁ」
「そうだ、犯人は湯布院だろ。早いとこみんなに報告しに行こう」
そう意気込んで社は勢いよく立ち上がったが、どうやら勢いよく立ち上がりすぎたらしい。うっかり袴の裾まで踏んでしまい、バランスを崩しながらよろけ、床に散らばる細かいガラス粒子に足を捕られ滑り、そのまま外された扉まで突っ込んでしまった。
「うわわわわ」
「ちょっと、何やってんの社くん!」
 ガラガラガッシャーン、と大きな音を立てて、外れた扉と、その先に置かれたバリケードの残骸を崩していく。一枚扉のおかげで社は怪我をせずに済んだが、現場はひどい有様だった。
「……現場は保存すべし、って一般常識なんだけど」
 華ちゃんの言葉は冷たい。
「これじゃあ湯布院さんがバリケードを崩さないように扉を外したって証明が出来ないじゃない」
「ごめん、でも写真撮ってたじゃないか」
「撮ったけど、暗くて良く見えないんだよね」
 崩れた椅子にまみれ、そこから脱出を試む社はせめて心配してくれたっていいじゃないか、とふてくされつつ返す。ああ、脛のあたり痣になってる気がする。そうして椅子をかき分け戻るところで、なにやら黒いプラスチックの塊のようなものを見つけた。
「これ、なんだろう」
「なんか、センサーみたいなの付いてるけど。これ電源かな?」
 細長い黒いプラスチックを、無事椅子の波を乗り越えた社が華ちゃんに手渡す。スマホライトを当て、一通り検分し終わった彼女が電源らしきスイッチを入れると、
『俺は犯人じゃないからな!』となにやら聞き覚えのある声がするではないか。
「今の……湯布院さんの声?」
「そうだと思う、これ、誠一さんが殺された後にこの部屋に来たじゃない、その時の声にそっくりじゃない?」
「言われてみれば、そのような……。これ、いったいなんだろう」
 センサーが反応するらしく、『俺は犯人じゃないからな』という声が連続して響いてうるさい。辟易した華ちゃんに電源を切られ黙った機械は、どうやら人影に反応して音が鳴る仕組みらしい。
「フラワーロックと同じ原理なのかな」
 華ちゃんが機械を睨みつけて言った。
「フラワーロックって?」
「知らない?音に反応して、サングラスしたヒマワリが踊るの」
「それ、何が楽しいの?」
「知らないけど、私たちが子供の頃流行ってたんだよ」
 よくそんなものが流行るものだ。社は思ったが、その仕組みは理解した。
「人影に反応してライトが付くやつの、音バージョンってことか」
「そ」
「……ってことは、湯布院さんは誠一さんが亡くなった時、部屋を抜け出してたってことか?」
 それならばすべての犯人は湯布院で決まりだ、と社が早合点するが、
「でも、逆に死んでいるのを誤魔化すために、誰か他の……真犯人によって、生きているよう見せかけたんじゃないかしら、これで」
 と華ちゃんは慎重だ。
「それじゃあ、やっぱり修さんや四十八願さんが湯布院さんを殺したっていうのか?」
 誠一さんが亡くなった時に湯布院さんが生きていれば、彼らの身の潔白は確実だ。けれどもう死んでいたとしたら?そうなれば、再びあの二人が怪しくなってきてしまう。
「わからない。でも、犯人の目的が鈴鐘家の人間を殺すことなら、まだ殺されなければならない人がいる」
「もしかして、修のことか?けどなんで湯布院さんが鈴鐘家の人間を殺すんだ?」
「それは、強請ろうとして失敗したから腹いせに……」
 そこで華ちゃんは一度唇を閉じ、再び開いた。「まあ、あまり腑に落ちない動機ではあるけど」
「そもそもなんで馬虎さんは殺されたんだろう」
 社は考える。考えたところでわかるかどうかは甚だ怪しかったが、なにか気を紛らわせていないと打った脛は痛いし、今後自分の身の上がどうなってしまうのかが不安だったのもある。
「一度背中を刺され、振り向いたところを今度は顔面を、しかも眼球から脳天に向かって包丁を突き刺すだなんて」
 言っていて気持ちが悪くなってきた。おえ、とえづいて社は続ける。
「僕には到底できないよ。犯人は馬虎さんによほど恨みがあったって考えていいんじゃないかな」
「まあ、執拗に刺し傷や切り傷があったりだとか、遺体の損傷が激しい場合、犯人が猟奇的な趣味を持っているか、それとも深い恨みがあるかの理由に分かれるとは思うけど」
「でも、次の被害者の誠一さんは?お湯に沈められただけだろ?」
「まあ、犯人がヤバイ趣味だったとしたらパッとしない殺し方だけど」
 バラバラにするとか、はらわたを抉り出すとかってのに比べるとおとなしいもんだけど、と華ちゃんが恐ろしいことを補足しさらに続ける。
「けど溺死ってけっこう苦しいと思うんだよね。呼吸が出来なくてパニックに陥って身体をバタバタ動かすんだけど、徐々に意識を失っていて、でも息を吸おうとして水を飲んじゃうもんだから肺に水が入っちゃって、それが凄い痛いらしいんだ。で、やがて死に至る……どうしたの社くん」
「いや、想像したら苦しくなってきた」
「でしょ。まあ楽な死に方なんてないと思うけど、それにしても茉緒さんの亡くなり方は、あれはひどいと思うんだ、私」
 とさしもの華ちゃんもうなだれた様子で言うではないか。
「茉緒さん?そりゃあ、火で焼け死ぬなんて……」想像するまでもなく苦しいだろう。
「茉緒さんが亡くなってたトイレの個室、いろんなところに焼けただれた皮膚の欠片みたいのが付いてたの。あれ、炎に巻かれながら、個室を出ようってしてたんだと思う」
「ってことは、生きているところに火を撒かれて……」
「うん、犯人は茉緒さんと佐倉さんの個室の扉を外に出られないように何か……扉と壁との間にそうじ用具とかでつっかえをしたんじゃないかしら」
 便器にも水はあるけれど、火を消すには少々不便だ。狭い個室に閉じ込められて焼け死ぬのはどんな気分だろう。想像などしたくなかった。
「でも、なんで佐倉さんの方は火が放たれていなかったんだろう」
 とはいえ佐倉さんもやけどこそ負っていないものの、一酸化炭素中毒で意識不明状態だ。
「放つつもりだったのかもしれない。けれど思いのほか早く第三者――四十八願さんね、に見つかってしまって、諦めたのかも。放っておいても死ぬだろうって」
「四十八願さんに見つかったって。じゃあ四十八願さんは犯人が誰か知ってるのか?」
「たぶん、誰かが来る気配に気づいて、一度用具入れに姿を隠したんじゃないかしら。ちょうどドアをつかえるのに掃除用具を外に出してたから、人ひとり入るぐらいは出来る」
「それで、四十八願さんが助けを呼びに行ったところでそこを出て、使用した用具を戻して自分は何食わぬ顔で戻った……ってこと?」
「そ。ってなると、それが出来るのは一人別室に隔離されていた湯布院さん」
「それと、様子を見に行ったと見せかけて、実は四十八願さんが火を放ったとか……」
「四十八願さんは部屋を出て数分で戻ってきたのよ、そんな短時間でそんなこと出来ないでしょ」
「じゃあ湯布院さんが、あたかも自分は部屋にいると見せかけて、誠一さんと茉緒さん、佐倉さんを手にかけた……」
「そう考えるのが自然だと思うけど」
 そこで華ちゃんが何かを思い出したらしい。
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