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人食い2
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「……もしかしてですけど」
ごくり、と唾をのみ込みながら社は丁寧に言葉を探す。どういうことだ?儀式で見た内容を理由に相手を脅す、けれど失敗する。
失敗してどうなる?逆に自分の立場が危うくなるのでは?たとえばそう、相手は恐ろしい儀式を行うような一族だ。儀式のときに、この城に骨を埋める……。
「鈴鐘家には、ある掟があるそうです。この城に骨を埋める、という。修さんは、跡継ぎの娘が一生ここに閉じ込められるからだ、と言いました。それはそれでおぞましいことですが、けれど額面通り、本当に骨を埋められていたとしたら」
「それって、つまり……」
「鈴鐘家の儀式で、人を殺めていたとしたら?」
そう呟いた自分の言葉に、社は興奮する。続く言葉は上ずり早口となる。
「そうだ、それなら辻褄が合います。恐ろしい儀式、理由は分かりませんが人が犠牲になっている。いわば殺人です、そんなの、誰にも言えるわけがない。その証拠を湯布院さんは掴んでいた。それを理由に鈴鐘家の人間を強請ろうとした。けれど鈴鐘家の人間は応じない……」
「事件の口外を恐れた鈴鐘家の人間は、逆に強請ってきた相手を殺そうとする――」
「そうだよ華ちゃん。湯布院さんは応じない鈴鐘家に対し、危機感を覚えた。人を殺すようなやつらだ、口封じに自分も殺されてしまうのでは、って」
「だから鈴鐘家の人たちを殺した、自分が殺される前に。……ってなると、湯布院さんは自殺じゃない?」
「そんなことを金雄らはやっておったと言うのか?」
「そうなると、どなたが湯布院さんを自殺に見せかけて殺したんでしょうか」
鶴野さんのその発言に、修と四十八願さんが協力して湯布院さんを殺したのではないか、という仮説を思い出す。
そうだ、そういう理由なら、修が湯布院に手をかけていてもおかしくはない。
「まさか……修君が?」
わなわなと唇を開いたのは社長だった。「まさか、鈴鐘家に牙をむいた湯布院君の口を封じるために、湯布院君を?」
その通りだ、修なら湯布院を殺す動機がある。なにしろ彼は両親とも湯布院に殺されているのだ。その事実を知った彼が、復讐から、あるいは自衛の為に刃を湯布院に向けたっておかしくはない。
「おい、お前がやったのか?それに鈴鐘家は……本当にギシキで人を殺したのか?」
ふと恐ろしい魔女の様相の萌音を思い出す。あの醜い血まみれの牙で、まさか人を…人を殺めたのか?
「ふん、俺があのデブオッサンを?そんなことするかよ、大体証拠もないのに人を疑うの、どうかと思うけど」
そう返す修の声は、いつものふてぶてしさがなかったかもしれない。サングラスの先の瞳は見えないが、動揺しているように社には見えた。
「嘘だ、やっぱりなにかやましいことがあるんじゃないのか?」
そう社が強気に出れば、
「俺は……俺じゃない、俺は何もやっていない」
とひときわ大きな声で叫んだ。
「それに、俺の考えが正しければ、湯布院は殺人犯ではないはずだ。それをなぜ俺がわざわざ殺すと?」
「湯布院が犯人じゃない?お前の父親と母親と馬虎さんを殺したのは湯布院だろ、それを突き詰めたからお前が殺したんじゃないのか」
「いや、違う、俺の考えが正しければ、犯人はあの人だ」
「あの人?」
「言い逃れするために適当なこと言っとるんやあらしまへんか」
「言い逃れなんかじゃない、すべてあの人が行ったことだと考えれば、すべて辻褄が合うんだ」
「あの人って、湯布院が殺したんじゃないって言うなら一体誰がやったって言うんだ」
「おかしいと思っていたんだ。茉緒さんが……母が殺された時、なぜ隣りの個室は燃えていなかったのか」
「それは、茉緒さんだけを殺すつもりだったから……」
社は思い出す。奥の個室の損傷の激しかったこと。奥にいた茉緒さんだけを狙ったから、あからさまな差が生じたのではないのか。
「そうだろうか。万一湯布院が犯人だというなら、彼はマスターキーを持っていた。わざわざ二人でいるところを殺すこともなかっただろ」
「でも、皆が部屋にいる時間帯に殺しそびれたから、止むを得ず佐倉さんを巻き込んだんじゃないのか?」
「そうだとしてもおかしい。なぜ犯人は、茉緒さんが奥の個室に入ったのがわかったんだ?」
「それは、後を付けていったから……」
「いくらなんでも狭いトイレだ、個室に二人が入る前に女子トイレに侵入したら、さすがにばれるんじゃないか?しかも入ってきたのが男じゃ、誰だって騒ぎ出すだろ」
「そりゃあ、女子トイレだもん、変態が出たーって叫ぶわよ」
そう頷いたのは華ちゃんだった。
「それにもう一つ不自然な点がある。なんで佐倉は、トイレに入ってるっていうのにちゃんと下着まで身に着けてたんだ?」
そんなところまで見ていたのか。社は内心舌を巻く。確かに華ちゃんも下着を身に着けていたと言っていた。しかし母親があんな目に遭ったというのに、なんという観察眼なのだろう。
「それは……佐倉さんが怪しいって言ってるの?」
「ああ、そうだ。それに、誠一さんが亡くなった時だ。佐倉が風呂に入ったのは火事が起こる前の夕方6時すぎだ。それから6時間近く経っているのに、誠一さんが亡くなった風呂場に現れた彼女は、まだ頭にタオルを巻いていた」
「そういえば……」
長いから乾かないのかな、と思ったけれど、それにしたって時間がかかりすぎだ。何か、髪が濡れるようなことを彼女はしたというのだろうか。
「でも、証拠も動機もないじゃない、それに、いったいどうやって?」
「馬虎さん殺しに関してはお嬢ちゃんや四十八願さんが言った通りだ。移動のタイミングを狙って、あらかじめ盗んでおいた包丁で馬虎さんを殺した。ちょうど湯布院が自分の部屋のシャンデリアを落としたり、犬尾を中毒死しかけて賠償金を得ようとしていたのを知っていた佐倉は、その罪を湯布院になすりつけようとしたんだろう。わざわざマニアックな内容の新聞を湯布院の部屋に行って盗み、それを使って殺した」
「それなら別に佐倉さんじゃなくても出来るじゃない。それに四十八願さんが言ってたじゃない、ノックしたら返事があったって」
「いや、あの時のアリバイで、佐倉の姿は確認されていない」
そう言えば、と社は思い返す。四十八願さんが佐倉さんの部屋をノックした時、トイレに入っていると返されたのだと。あれはもしや、バリケードで覆った黄水晶の間のトリックと同じなのではないか。
「まさか、センサーを使って、部屋にいるように見せかけた?」
「ああ」
「でも、部屋の外をうろついてたらそれこそ四十八願さんに見つかるんじゃないですか?」
「おそらく、佐倉は四十八願さんが真っ先に自分の部屋に来ることを予測していたんじゃないだろうか」
「予測?そんなこと」
「あれだけ散々騒いだんだ。迷惑な客だと使用人らは認識するだろう。そんな客を放っておくわけにもいかないし、何よりその客は自分の荷物がある部屋に居座っている」
「四十八願さんのいた部屋に、佐倉さんは移ったんですもんね」
「とりあえずは面倒事を先に片してしまったほうがいい。有能なメイドならそう考えると思うが」
「仮にそうだったとして、誰よりも先に佐倉さんが部屋を出たとする。でもまだ馬虎さんは他の客の対応をしていて瑠璃の間には戻って来ないだろう。それこそその間どこにいたんだよ」
「決まってるだろ、トイレだよ」
「トイレって、あそこの?」
二度も社が世話になったところだ。そこには証拠品と思われる新聞紙が散らばっていた。
「各部屋には備え付けのトイレがある。わざわざ廊下のトイレに行くやつなんていない」
「それはそうだけど」
「そうしてトイレから様子をうかがって、馬虎さんが自室に戻ってきたタイミングを襲った。そう考えれば自然だろ」
確かに、長い間佐倉さんは部屋から出なかったと四十八願さんも言っていた。その間馬虎さんを殺すタイミングを見計らっていたのだというなら、あり得なくはない。
「次に誠一さんだが、彼はなぜ女湯で亡くなった?」
「それは犯人に呼び出されて……」
「なぜ女湯だったんだ?」
「もしかして、犯人が女の人だったから?」
「ああ。どういう文言で呼び出したのかはわからないが、場所から考えて、おそらく茉緒を人質にとった、来なければ湯に沈めて殺す、とあの手紙には書いてあったんじゃないだろうか」
慌てて飛び出した痕跡のあった誠一さんの部屋。誠一さんと茉緒さんを見ていると、入り婿とその妻の関係以上に仲は良さそうだった。その彼のことだ、妻のことを餌にされたら飛び出していったのかもしれない。
「そして、佐倉は女湯で待ち構える。とはいえ相手は男だ、いくら誠一さんが頼りなくても力では敵わないかもしれない。そこで彼女は考えた。自分が、殺された茉緒さんのふりをすればいいんじゃないかと」
「茉緒さんのふり?」
「慌てて誠一さんは走ってくる。静かな城内だ。足音はすぐ聞き取れただろう。その音を聞いて、佐倉は自分の身を湯船に浮かべる。まるで死んだ人間のように」
湯船に浮かぶ、女の身体。それを誠一さんは茉緒さんが殺され浮いているのだと思ってしまった――。
「確かに、佐倉さんも茉緒さんも同じくらいの髪の長さだわ」
「そうして動揺して湯船に入ってきた誠一さんは、湯船に浮かぶ女を助けようとしたはずだ。その不意を突いて、佐倉が誠一さんの態勢を崩し、逆に湯船に沈めてしまった」
死んでるかもしれないと思って抱き上げた人間が、いきなり自分に襲いかかってきたら。自分だったらすっかり腰を抜かして、沈められなくても自ら溺死してしまいそうだ。
「だから女湯じゃなければならなかった。男湯に長い髪が浮いていたら、疑いの矛先が自分に向いてしまう」
とはいえ髪が長いのは茉緒さんも一緒だ。けれど茉緒さんが夫を殺したとは考えにくい。ならばもともと浮いていても不自然でない女湯を選んだという事か。
「じゃあ、湯布院さんは?湯布院さんも佐倉さんが殺したって言うの?」
「そう考えるのが妥当だ。湯布院の部屋で見つかったセンサー。あれは湯布院のアリバイ工作の為ではなく、あたかも生きているように見せるために使われたのだとしたら?」
「っていうことは、湯布院さんは誠一さんが亡くなった時、すでに殺されていた?」
それは華ちゃんと社も考えたことだった。けれど彼らの考えでは、犯人は修と四十八願さんだった。
ごくり、と唾をのみ込みながら社は丁寧に言葉を探す。どういうことだ?儀式で見た内容を理由に相手を脅す、けれど失敗する。
失敗してどうなる?逆に自分の立場が危うくなるのでは?たとえばそう、相手は恐ろしい儀式を行うような一族だ。儀式のときに、この城に骨を埋める……。
「鈴鐘家には、ある掟があるそうです。この城に骨を埋める、という。修さんは、跡継ぎの娘が一生ここに閉じ込められるからだ、と言いました。それはそれでおぞましいことですが、けれど額面通り、本当に骨を埋められていたとしたら」
「それって、つまり……」
「鈴鐘家の儀式で、人を殺めていたとしたら?」
そう呟いた自分の言葉に、社は興奮する。続く言葉は上ずり早口となる。
「そうだ、それなら辻褄が合います。恐ろしい儀式、理由は分かりませんが人が犠牲になっている。いわば殺人です、そんなの、誰にも言えるわけがない。その証拠を湯布院さんは掴んでいた。それを理由に鈴鐘家の人間を強請ろうとした。けれど鈴鐘家の人間は応じない……」
「事件の口外を恐れた鈴鐘家の人間は、逆に強請ってきた相手を殺そうとする――」
「そうだよ華ちゃん。湯布院さんは応じない鈴鐘家に対し、危機感を覚えた。人を殺すようなやつらだ、口封じに自分も殺されてしまうのでは、って」
「だから鈴鐘家の人たちを殺した、自分が殺される前に。……ってなると、湯布院さんは自殺じゃない?」
「そんなことを金雄らはやっておったと言うのか?」
「そうなると、どなたが湯布院さんを自殺に見せかけて殺したんでしょうか」
鶴野さんのその発言に、修と四十八願さんが協力して湯布院さんを殺したのではないか、という仮説を思い出す。
そうだ、そういう理由なら、修が湯布院に手をかけていてもおかしくはない。
「まさか……修君が?」
わなわなと唇を開いたのは社長だった。「まさか、鈴鐘家に牙をむいた湯布院君の口を封じるために、湯布院君を?」
その通りだ、修なら湯布院を殺す動機がある。なにしろ彼は両親とも湯布院に殺されているのだ。その事実を知った彼が、復讐から、あるいは自衛の為に刃を湯布院に向けたっておかしくはない。
「おい、お前がやったのか?それに鈴鐘家は……本当にギシキで人を殺したのか?」
ふと恐ろしい魔女の様相の萌音を思い出す。あの醜い血まみれの牙で、まさか人を…人を殺めたのか?
「ふん、俺があのデブオッサンを?そんなことするかよ、大体証拠もないのに人を疑うの、どうかと思うけど」
そう返す修の声は、いつものふてぶてしさがなかったかもしれない。サングラスの先の瞳は見えないが、動揺しているように社には見えた。
「嘘だ、やっぱりなにかやましいことがあるんじゃないのか?」
そう社が強気に出れば、
「俺は……俺じゃない、俺は何もやっていない」
とひときわ大きな声で叫んだ。
「それに、俺の考えが正しければ、湯布院は殺人犯ではないはずだ。それをなぜ俺がわざわざ殺すと?」
「湯布院が犯人じゃない?お前の父親と母親と馬虎さんを殺したのは湯布院だろ、それを突き詰めたからお前が殺したんじゃないのか」
「いや、違う、俺の考えが正しければ、犯人はあの人だ」
「あの人?」
「言い逃れするために適当なこと言っとるんやあらしまへんか」
「言い逃れなんかじゃない、すべてあの人が行ったことだと考えれば、すべて辻褄が合うんだ」
「あの人って、湯布院が殺したんじゃないって言うなら一体誰がやったって言うんだ」
「おかしいと思っていたんだ。茉緒さんが……母が殺された時、なぜ隣りの個室は燃えていなかったのか」
「それは、茉緒さんだけを殺すつもりだったから……」
社は思い出す。奥の個室の損傷の激しかったこと。奥にいた茉緒さんだけを狙ったから、あからさまな差が生じたのではないのか。
「そうだろうか。万一湯布院が犯人だというなら、彼はマスターキーを持っていた。わざわざ二人でいるところを殺すこともなかっただろ」
「でも、皆が部屋にいる時間帯に殺しそびれたから、止むを得ず佐倉さんを巻き込んだんじゃないのか?」
「そうだとしてもおかしい。なぜ犯人は、茉緒さんが奥の個室に入ったのがわかったんだ?」
「それは、後を付けていったから……」
「いくらなんでも狭いトイレだ、個室に二人が入る前に女子トイレに侵入したら、さすがにばれるんじゃないか?しかも入ってきたのが男じゃ、誰だって騒ぎ出すだろ」
「そりゃあ、女子トイレだもん、変態が出たーって叫ぶわよ」
そう頷いたのは華ちゃんだった。
「それにもう一つ不自然な点がある。なんで佐倉は、トイレに入ってるっていうのにちゃんと下着まで身に着けてたんだ?」
そんなところまで見ていたのか。社は内心舌を巻く。確かに華ちゃんも下着を身に着けていたと言っていた。しかし母親があんな目に遭ったというのに、なんという観察眼なのだろう。
「それは……佐倉さんが怪しいって言ってるの?」
「ああ、そうだ。それに、誠一さんが亡くなった時だ。佐倉が風呂に入ったのは火事が起こる前の夕方6時すぎだ。それから6時間近く経っているのに、誠一さんが亡くなった風呂場に現れた彼女は、まだ頭にタオルを巻いていた」
「そういえば……」
長いから乾かないのかな、と思ったけれど、それにしたって時間がかかりすぎだ。何か、髪が濡れるようなことを彼女はしたというのだろうか。
「でも、証拠も動機もないじゃない、それに、いったいどうやって?」
「馬虎さん殺しに関してはお嬢ちゃんや四十八願さんが言った通りだ。移動のタイミングを狙って、あらかじめ盗んでおいた包丁で馬虎さんを殺した。ちょうど湯布院が自分の部屋のシャンデリアを落としたり、犬尾を中毒死しかけて賠償金を得ようとしていたのを知っていた佐倉は、その罪を湯布院になすりつけようとしたんだろう。わざわざマニアックな内容の新聞を湯布院の部屋に行って盗み、それを使って殺した」
「それなら別に佐倉さんじゃなくても出来るじゃない。それに四十八願さんが言ってたじゃない、ノックしたら返事があったって」
「いや、あの時のアリバイで、佐倉の姿は確認されていない」
そう言えば、と社は思い返す。四十八願さんが佐倉さんの部屋をノックした時、トイレに入っていると返されたのだと。あれはもしや、バリケードで覆った黄水晶の間のトリックと同じなのではないか。
「まさか、センサーを使って、部屋にいるように見せかけた?」
「ああ」
「でも、部屋の外をうろついてたらそれこそ四十八願さんに見つかるんじゃないですか?」
「おそらく、佐倉は四十八願さんが真っ先に自分の部屋に来ることを予測していたんじゃないだろうか」
「予測?そんなこと」
「あれだけ散々騒いだんだ。迷惑な客だと使用人らは認識するだろう。そんな客を放っておくわけにもいかないし、何よりその客は自分の荷物がある部屋に居座っている」
「四十八願さんのいた部屋に、佐倉さんは移ったんですもんね」
「とりあえずは面倒事を先に片してしまったほうがいい。有能なメイドならそう考えると思うが」
「仮にそうだったとして、誰よりも先に佐倉さんが部屋を出たとする。でもまだ馬虎さんは他の客の対応をしていて瑠璃の間には戻って来ないだろう。それこそその間どこにいたんだよ」
「決まってるだろ、トイレだよ」
「トイレって、あそこの?」
二度も社が世話になったところだ。そこには証拠品と思われる新聞紙が散らばっていた。
「各部屋には備え付けのトイレがある。わざわざ廊下のトイレに行くやつなんていない」
「それはそうだけど」
「そうしてトイレから様子をうかがって、馬虎さんが自室に戻ってきたタイミングを襲った。そう考えれば自然だろ」
確かに、長い間佐倉さんは部屋から出なかったと四十八願さんも言っていた。その間馬虎さんを殺すタイミングを見計らっていたのだというなら、あり得なくはない。
「次に誠一さんだが、彼はなぜ女湯で亡くなった?」
「それは犯人に呼び出されて……」
「なぜ女湯だったんだ?」
「もしかして、犯人が女の人だったから?」
「ああ。どういう文言で呼び出したのかはわからないが、場所から考えて、おそらく茉緒を人質にとった、来なければ湯に沈めて殺す、とあの手紙には書いてあったんじゃないだろうか」
慌てて飛び出した痕跡のあった誠一さんの部屋。誠一さんと茉緒さんを見ていると、入り婿とその妻の関係以上に仲は良さそうだった。その彼のことだ、妻のことを餌にされたら飛び出していったのかもしれない。
「そして、佐倉は女湯で待ち構える。とはいえ相手は男だ、いくら誠一さんが頼りなくても力では敵わないかもしれない。そこで彼女は考えた。自分が、殺された茉緒さんのふりをすればいいんじゃないかと」
「茉緒さんのふり?」
「慌てて誠一さんは走ってくる。静かな城内だ。足音はすぐ聞き取れただろう。その音を聞いて、佐倉は自分の身を湯船に浮かべる。まるで死んだ人間のように」
湯船に浮かぶ、女の身体。それを誠一さんは茉緒さんが殺され浮いているのだと思ってしまった――。
「確かに、佐倉さんも茉緒さんも同じくらいの髪の長さだわ」
「そうして動揺して湯船に入ってきた誠一さんは、湯船に浮かぶ女を助けようとしたはずだ。その不意を突いて、佐倉が誠一さんの態勢を崩し、逆に湯船に沈めてしまった」
死んでるかもしれないと思って抱き上げた人間が、いきなり自分に襲いかかってきたら。自分だったらすっかり腰を抜かして、沈められなくても自ら溺死してしまいそうだ。
「だから女湯じゃなければならなかった。男湯に長い髪が浮いていたら、疑いの矛先が自分に向いてしまう」
とはいえ髪が長いのは茉緒さんも一緒だ。けれど茉緒さんが夫を殺したとは考えにくい。ならばもともと浮いていても不自然でない女湯を選んだという事か。
「じゃあ、湯布院さんは?湯布院さんも佐倉さんが殺したって言うの?」
「そう考えるのが妥当だ。湯布院の部屋で見つかったセンサー。あれは湯布院のアリバイ工作の為ではなく、あたかも生きているように見せるために使われたのだとしたら?」
「っていうことは、湯布院さんは誠一さんが亡くなった時、すでに殺されていた?」
それは華ちゃんと社も考えたことだった。けれど彼らの考えでは、犯人は修と四十八願さんだった。
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