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人食い6
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「安里……」
「幸か不幸か親が双子だったおかげで、俺は修とよく似ていてね。いやさすがは鈴鐘の血とでもいうべきなのかな。やはり女性の血の方が濃く受け継がれるらしい。そのおかげで俺は、まんまと死んだ修と成り変われたわけなんだが」
「安里、お前……あの時のお前も、鈴鐘家の人間だったのね!ならばお前が何者だろうが関係ないわ、鈴鐘家の人間なんて殺してやる!」
どこかで聞いた名前だ。自分の頭が自分のものではないようなもどかしさを覚えつつ、社は必死に記憶を手繰り寄せる。ああ、誰だ、確か、萌音の……
『安里さん?』
『うわあああああ!』
いきなり空中から声が聞こえると思えば、そこには浮かぶ花嫁の姿があった。社と、社の身体を乗っ取った誰かが一斉に叫び声を上げた。
『やめて、僕を、僕を食べないで!』
口から出たのはあのセリフ。まさか、修の正体を見破ったこの誰かは、恐ろしい儀式の被害者なのだろうか。人肉を食べるという鈴鐘家の。殺され、身体を切り刻まれ、その身を食われた哀れな犠牲者なのか?
「社くん?さっきからどうしたの?……まさか、ギシキで食べられちゃった人の幽霊にでも憑りつかれたの?」
そのまさかだよ華ちゃん!社は心の中で盛大に叫んだが、その声は届かない。
『安里さんがなんでここに?亡くなったんじゃなかったの?』
その声は萌音にも届くはずもなく、彼女は突然の登場人物に驚いているようだった。
『それに、アタシはおじさんのことなんか食べないよ』
萌音は少し怒ったようにそう言ったが、社に憑りつく誰かはそうは思わないらしい。萌音が現れてから、身体の震えが止まらない。一体こいつは萌音に何をされたっていうんだ。
まさか、萌音に食われたのか?
自分の身体の震えをどこか遠くに感じながら社は考える。人を食べる鈴鐘家、ギシキで骨を埋める、魔女の城……。
萌音は本来鈴鐘家を継ぐ存在だった。彼らの言葉を借りるならば、魔女だ。人を喰らう儀式は、その彼女のために行われたものなのではないのか。
「しかし、安里君は、萌音君のフィアンセじゃったろう?」
「ああ。あの儀式に加わるにはそれしか方法がなかったからな。その節は四十八願さんには苦労をかけた」
安里。なぜ愛するフィアンセを、しかも婿に入る人間を苗字で呼ぶのか。その疑問が今解明した。安里。音読みすればアンリだ。彼は秘かに自己主張をしていたのだ。アンリ・ルソーの絵を眺めていた姿を思い出す。亡き者として扱われた自分の存在を、自分だけでも認めてやりたかったのかもしれない。
「四十八願君も協力者じゃったのか」
「もしかして、私に貸してくれたストール、あれは杏里から四十八願さんへプレゼントしたものなの?」
「ええ。鈴鐘の名を捨て、すでに城で使用人として働いていた馬虎に託され、杏里さまを育てて参りました。あれは十年前、杏里さまが下さったものなのです」
A・Yと刺しゅうされたストールを、四十八願さんは亡くなった馬虎さんにかけた。それは杏里からもらったものだからだったのか。
「けれどそこまでして萌音ちゃんに近づいて……だって妹なんでしょ?その妹の婚約者になるなんて、おかしな話じゃない」
「俺はやめさせたかっただけだ、ギシキを、萌音によって修が被害者になることを」
「修さんが被害者に?」
そうだ、僕は……僕は、あの儀式で萌音に食べられるはずだった。
「だが安心しろ、天井が落ちてきたおかげで、萌音は人食いの魔女にならずに済んだ」
そうか、じゃあ僕は、……食べられずに済んだのか。
そう思った瞬間、肩の荷が下りたような気がした。ふわりと暖かい光が、自分の身体の中から出ていくのを社は感じていた。
「……今のは……修の霊なのか?」
「社くん、大丈夫?」
がくりと膝から崩れ落ちる社に、華ちゃんが駆け寄る。「もしかして本当に憑りつかれてたの?」
「そうみたい。……だから嫌なんだ、幽霊なんて」
社が極度に幽霊を怖がるのは、幽霊が見えると同時に、やつらに憑りつかれやすいからでもある。過去に何度か憑りつかれて、恐ろしい目にあった。
けれどいつの間に修の霊が入り込んできたというのだろう。僕が意識を手放したのは……ああ、萌音が現れた時か。あの時、社の目には見えないほどの弱い霊――修の霊が、隙をついて憑りついたとでもいうのだろうか。そして、社の中の、極度に萌音を恐れる心が萌音を化け物のように社の瞳に投じさせたのだろう。
修にとって、萌音は恐ろしい人食いの魔女だったのだ。
「幸か不幸か親が双子だったおかげで、俺は修とよく似ていてね。いやさすがは鈴鐘の血とでもいうべきなのかな。やはり女性の血の方が濃く受け継がれるらしい。そのおかげで俺は、まんまと死んだ修と成り変われたわけなんだが」
「安里、お前……あの時のお前も、鈴鐘家の人間だったのね!ならばお前が何者だろうが関係ないわ、鈴鐘家の人間なんて殺してやる!」
どこかで聞いた名前だ。自分の頭が自分のものではないようなもどかしさを覚えつつ、社は必死に記憶を手繰り寄せる。ああ、誰だ、確か、萌音の……
『安里さん?』
『うわあああああ!』
いきなり空中から声が聞こえると思えば、そこには浮かぶ花嫁の姿があった。社と、社の身体を乗っ取った誰かが一斉に叫び声を上げた。
『やめて、僕を、僕を食べないで!』
口から出たのはあのセリフ。まさか、修の正体を見破ったこの誰かは、恐ろしい儀式の被害者なのだろうか。人肉を食べるという鈴鐘家の。殺され、身体を切り刻まれ、その身を食われた哀れな犠牲者なのか?
「社くん?さっきからどうしたの?……まさか、ギシキで食べられちゃった人の幽霊にでも憑りつかれたの?」
そのまさかだよ華ちゃん!社は心の中で盛大に叫んだが、その声は届かない。
『安里さんがなんでここに?亡くなったんじゃなかったの?』
その声は萌音にも届くはずもなく、彼女は突然の登場人物に驚いているようだった。
『それに、アタシはおじさんのことなんか食べないよ』
萌音は少し怒ったようにそう言ったが、社に憑りつく誰かはそうは思わないらしい。萌音が現れてから、身体の震えが止まらない。一体こいつは萌音に何をされたっていうんだ。
まさか、萌音に食われたのか?
自分の身体の震えをどこか遠くに感じながら社は考える。人を食べる鈴鐘家、ギシキで骨を埋める、魔女の城……。
萌音は本来鈴鐘家を継ぐ存在だった。彼らの言葉を借りるならば、魔女だ。人を喰らう儀式は、その彼女のために行われたものなのではないのか。
「しかし、安里君は、萌音君のフィアンセじゃったろう?」
「ああ。あの儀式に加わるにはそれしか方法がなかったからな。その節は四十八願さんには苦労をかけた」
安里。なぜ愛するフィアンセを、しかも婿に入る人間を苗字で呼ぶのか。その疑問が今解明した。安里。音読みすればアンリだ。彼は秘かに自己主張をしていたのだ。アンリ・ルソーの絵を眺めていた姿を思い出す。亡き者として扱われた自分の存在を、自分だけでも認めてやりたかったのかもしれない。
「四十八願君も協力者じゃったのか」
「もしかして、私に貸してくれたストール、あれは杏里から四十八願さんへプレゼントしたものなの?」
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「けれどそこまでして萌音ちゃんに近づいて……だって妹なんでしょ?その妹の婚約者になるなんて、おかしな話じゃない」
「俺はやめさせたかっただけだ、ギシキを、萌音によって修が被害者になることを」
「修さんが被害者に?」
そうだ、僕は……僕は、あの儀式で萌音に食べられるはずだった。
「だが安心しろ、天井が落ちてきたおかげで、萌音は人食いの魔女にならずに済んだ」
そうか、じゃあ僕は、……食べられずに済んだのか。
そう思った瞬間、肩の荷が下りたような気がした。ふわりと暖かい光が、自分の身体の中から出ていくのを社は感じていた。
「……今のは……修の霊なのか?」
「社くん、大丈夫?」
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「そうみたい。……だから嫌なんだ、幽霊なんて」
社が極度に幽霊を怖がるのは、幽霊が見えると同時に、やつらに憑りつかれやすいからでもある。過去に何度か憑りつかれて、恐ろしい目にあった。
けれどいつの間に修の霊が入り込んできたというのだろう。僕が意識を手放したのは……ああ、萌音が現れた時か。あの時、社の目には見えないほどの弱い霊――修の霊が、隙をついて憑りついたとでもいうのだろうか。そして、社の中の、極度に萌音を恐れる心が萌音を化け物のように社の瞳に投じさせたのだろう。
修にとって、萌音は恐ろしい人食いの魔女だったのだ。
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