ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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人食い5

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「――社くん?」
 再び目を開けば、包丁を握った女の人が、サングラスに革ジャン姿の男に向かってなにやら口汚くののしっていた。あんなものを持って危ないだろ、あれじゃあ僕が怪我しちゃうじゃないか。
 ん?僕?
『……お前は、誰だ?』
 社の口がそう言葉を発していた。ん?お前は誰だ?いや、お前こそ誰だよ!
『お前、何者だ?』
 いやいや、お前こそ誰だよ。自身の意志とは関係なく紡がれる言葉に、社は抗おうとするもののうまくいかない。これじゃあまるで、自分を乗っ取られたかのような。
まさか、タイムリミットの時間が来てしまったのだろうか。十年前の事件を解明できなくて、僕は萌音に殺されたのか?けれどならば今喋っている僕は何者だ?
 けれど社の形をした男の中で、こんな葛藤が繰り広げられていることに気付かないのだろう。華ちゃんが心配しながら声を掛けてくる。
「社くん、どうしちゃったの?あれは佐倉さんと修さんだよ」
『修……?』
 その誰かがつぶやいた。
『違う、修は僕だ、お前は……誰だ?』
「宮守さん、違いますよ、修さんは向こうの男の方ですよ」
 こんな状況でも鶴野さんが丁寧に訂正してくれる。そうだ、どうしちゃったんだ、僕。なんで僕が修なんだ、僕は社だぞ!
「もしかして、恐怖が限界を超えておかしくなっちゃったのかも……」
「確かにこの霊能者さん、メンタル弱そうやもんな」
 一方好き勝手言っているのは華ちゃんと犬尾さんだ。くそ、その通りだけど、でもこれは僕じゃないんだ!
 まるでガラス一枚隔てた向こうの相手に何かを伝えるかのように、もやもやとした世界の中で口をパクパクとさせていると、突然豹変した社に反応した人物がいた。修だった。
「お前、何を知っている?」
 いや、僕は何も知らないんですけど。内心そう思っている態度は誰にも伝わらないらしい。現に何かを知っているらしい社の中の誰かが再び口を開いた。
『修は僕だ、お前は誰なんだ?』
その言葉に修は社の方を睨むと――サングラス越しにでも睨まれているのがわかった、そしてふぅ、と深く息を吐くと
「ああ、俺は修じゃない」
 と言うではないか。
「何を言ってるの?そんなことを言えば、殺されないで済むとでも?」
「いや、だが鈴鐘家の血を引いていることは確かだ。結局俺一人が残ってしまった。誰よりも鈴鐘の血を疎んでいたはずなのに、まさか一族最後になるなんてな」
「何……アンタ、アンタは何者なの?」
 包丁を持つ佐倉さんの手が震えている。「鈴鐘家の人間については全員調べたわ、それこそ根絶やしにするために。人を殺め、その肉を食べるようなやつらよ、こんな気が狂った一族、滅んでしまったほうが世の為よ!」
「ああそうさ。俺もそう思った。だからそれを止めようとした。結果、誰かさんのおかげでギシキは中断、鈴鐘家の大半が亡き者となった」
「誰かのおかげで儀式は中断って……やっぱり、十年前の事故は意図的に仕組まれたものなのね?」
 華ちゃんが、静かに扉の内側に身を滑らせた。それに続くようにして社長と鶴野さんが動くが、社の身体は社の言う事を聞くつもりがないらしく、依然入口で呆然と立ち尽くしている。ああもう、一体どうしたっていうんだ、僕の身体は!
「ああ、あの時俺は偶然にも生き延びた。だからあの時、いったい何があったのかを調べていた」
 今までの尊大で常にイライラしているような修のしぐさから一変、動きが大仰で優雅なものに変わった。刃を向けられているにもかかわらず、リラックスした様子でホールに置かれたソファに腰を掛け、脚まで組んでいる。
「やり方はおそらくお前たちに説明した通りだろう。城の周りに張り巡らされた電線とホールの天井とにアルミ棒を渡し、ショートさせた。その衝撃で天井が落ちる。だが誰がやったのかがわからなかった。けれど新たな情報を得て俺は確信した」
「新たな情報?」
「ああ、事故が起きた時、犯人の身体は吹雪によって濡れていたはずだ。いかに防寒用具を着ようとも、フードははがされ髪が濡れ、さらに手袋をしたまま細かい作業を行うこともできず、袖口から雪が容赦なく入り込んでくる」
 そういえば、吹雪の中帰ってきた馬虎さんは、あれだけ着込んでいたのに濡れていた……。社はぼんやりとした意識の中で考える。
「これは犯人にとっても予想外だったのかもしれない。吹雪を甘く見ていたんだろうな。けれど髪を乾かす時間もない。あまり遅れてきたら疑われてしまう」
 現に、一番最後に現れた湯布院さんが一番怪しいと考えていたではないか。
「だから犯人はごまかすために、シャワーを浴びていたのだとガウン姿で現れた」
「……佐倉さんが、天井を落としたの?」
「そうだ。しかし、まさか俺の正体を見破られるとはな。茉緒さんも、誠一さんも充分協力してくれた。……まさか四十八願さん、あなたが言ったわけではないですよね?」
「い、いえ。わたくしはなにも……」
「そうでしょう、あなたのことを俺は誰よりも信頼しているのですから」
 そう四十八願さんにまで言うではないか。
「よ、四十八願君、君は一体……」
 狼狽した寿社長が叫んだ。
「一体、何を知っとると言うんじゃ」
「おっと、寿さん。四十八願さんを責めないでください。彼女は充分すぎるほど良くしてくれました。赤の他人の俺に」
「良くする?修君に?なんでじゃ」
「俺は確かに鈴鐘家の人間だ。けれど、本来はいないはずの存在。危うく殺されるところを、馬虎さんと四十八願さんに助けてもらった」
「殺されるところを……?」
「鈴鐘家の本家には必ず女の子が生まれる。そうでなければならない。なにせ、魔女の城の住人だ。けれど本来本家を継ぐべき女の子が産まれず、男が産まれてきてしまったら?」
「誰のことを言っとるんじゃ?」
「男が産まれて来るだなんて不吉だ。魔女たちは考える。そして、不要な存在には死が与えられる」
「死……もしかして。亡くなった萌音ちゃんのお姉さんは、実はお兄さんだった?」
「ご名答」
 ずばりと言い当てた華ちゃんに向かって、修――の姿を借りた何者かがほほえんだ。
「萌音君の亡くなった姉というと……杏里君なのか?君は」
「ああ、そうだ。俺は杏里。鈴鐘杏里だ」
 杏里がサングラスをもったいぶって外す。頑なに外そうとしなかったその下には、醜く赤くただれたやけどの跡。
 社は本来の修の顔を知らなかったが、犬尾が呟くのを聞いていた。
「せやけど、よう似とるのぉ」
「それは、十年前の事故の時の傷なのか?けれど、杏里なんて人物、あの儀式の場におったかの?」
「ああ、俺もあの事故で生死の境をさまよってね。だが悪運がいいのか、あの時も生き延びた。あの時の俺の名は、安里だったけどな」
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