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人食い4
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「佐倉……さん?」
一歩踏み込んだ瞬間立ち尽くしてしまった華ちゃんの視線の先には、てらてらと赤黒く輝く包丁を握りしめ、修にその切っ先を向けている佐倉さんの姿があった。
「え、なんで佐倉さんが?」
「あれ、あの包丁血がついとるやないか」
淡いピンクのガウンは煤け、髪の毛もボサボサだ。けれどつい先ほどまで意識不明の重体だったようには見えなかった。
「もしかして、無事だったの?」
茉緒さんが焼け死んだ火事。佐倉さんは不運にも巻き込まれただけだと思っていた。けれどその佐倉さんがなぜ修に刃を向けている?まさか、修の言ってたことが正解なのか?
「佐倉さん、どうしたんですか?修さん、大丈夫?どこか怪我でも……」
しきりに華ちゃんが呼びかける声も彼女には届かないのか、その視線は修の方を向いたままだ。一方刃を突き付けられた修は、静かに彼女と対峙していた。その瞳は何を思っているのか読み取れない。
「おい、修、お前、佐倉さんに刺されたのか?」
そう社が呼びかけるものの修の方も反応がない。まるで時が止まったかのようだ。なぜ佐倉さんが血の付いた包丁を握っている?何か僕は……僕たちは、勘違いしていたのだろうか?
いやいやいや、考えすぎだろう。社は思い直す。だって佐倉さんが鈴鐘家の人たちをわざわざ手にかける理由がないじゃないか。
そんなことより、とにかくこの状況を何とかしなければ。まずはあの包丁を何とかしなければなるまい。いったいどこから持ってきたのだろう。盗まれた包丁は2本。一本は馬虎さん、もう一本は湯布院さんの身体に深々と刺さっていたはずだ。あれはいったいどこから?
そう思いながらも佐倉さんの手に視線を向ける。そこにはこの暗がりでもぼんやりと、わずかながらに光を反射しているピンク色の石が見えた。春の光を受けてひらひら舞う花びらのような淡い光。
「あれは……」
途端、彼女の周りに花びらが舞っているかのような錯覚を受けた。花びら?いや違う、これは桜の花だ。大ぶりで、ぼてっとした八重桜。あの指輪と一緒に写っていた、佐倉さんの大好きな桜の木。そしてあの写真の男の人。
あの人は誰だ?なぜ結婚指輪をしていない?二人はめでたく結ばれたのではなかったか。なぜ、写真と婚約指輪だけが残っている?
「八重桜?」
社がつぶやいた時だった。
「……なぜ、その名を知っているの?」
一向に皆の声が届かなかった佐倉さんが反応した。
「へ?」
「私の名前。本来、そうなるべきだったのに」
そうなるべき?どういうことなんだ?佐倉さんは、何者だ。
「あと一人、あと一人よ……それで忌まわしい鈴鐘家の血が絶える。そうしたほうがいいのよ、こんな、おぞましいやつらは。前回も、今回も天は私の味方をした。あいつらを殺せと、この城から出ないようにと」
一度こちらを振り向いたものの、佐倉さんはそのまま視線を修の方へ戻すとそう呟いた。
「佐倉さん、何か……鈴鐘家について知ってるの?」
華ちゃんが聞き返す。鈴鐘家の秘密は、一族のものと湯布院さんぐらいしか知らないはずだ。
「血に穢れた一族よ、人を殺すことを何とも思わない、魔女の血族。八重はこいつらに殺されたのよ」
「殺された!?」
「八重……さん?」
その言葉に反応したのは四十八願さんだった。
「あの、料理人の八重さんの、婚約者は佐倉さまだったのですね?」
突然いなくなってしまった料理人。鈴鐘家のお屋敷に入ったばかりの四十八願さんに、いろいろな話をしてくれたという人。彼は結婚を控え、仕事を辞めてしまったとばかりに思っていた。その彼が言う、『彼女と俺は結ばれるべく生まれてきた』というセリフ。
……なるほど、ヤシゲ サクラとなるなら運命と言っても過言ではないかもしれない。苗字が佐倉ではなく、名が桜、だったのだ。そして結婚して姓が変われば、彼女の名はそっくりそのまま『八重桜』となるのだから。
「だから、執拗にピンク色にこだわっていたのね」
「それより、殺されたってどう言う事なんだよ!」
騒ぐ社の脳内にリフレインする。骨を埋めよ……。それが、八重さん?
「けど、佐倉の結婚相手を鈴鐘家が殺したっちゅうんは、なんやけったいな話やな。なあ、何があったんや?」
「人の肉を喰らう、それが鈴鐘家の儀式よ」
「人の肉……」
不意に、社の鼓膜に音が響いた。それは声なのか、物音なのか。はっきりしないままそれはグワングワンと音量を増していく。そしてそれはだんだんと言葉として認識されていく。
……べないで……食べないで……。ああ、これは前に聞いた声だ、まだ少し幼さの残る男の声。子供というには大きくて、大人というにはまだ世間知らずな甘さを持った声。その声がくっきりと聞こえてくる。恐怖に怯えた声だった。
『食べないで、嫌だ、なんで僕がこんな目に、なんで、こんな家に』
音に引き込まれ、社はどうやら目を瞑っていたらしい。ふと目を開けば、そこには裂けた口を開く花嫁の姿があった。獲物を狙う獣のように、こちらに向かってくるではないか。
「萌音!?」
叫んだ途端、バチバチと大きな音が鳴り響いた。そして世界が暗転する。人々の喚く声、何かが割れる音、そして、何もかもが途絶えた。
一歩踏み込んだ瞬間立ち尽くしてしまった華ちゃんの視線の先には、てらてらと赤黒く輝く包丁を握りしめ、修にその切っ先を向けている佐倉さんの姿があった。
「え、なんで佐倉さんが?」
「あれ、あの包丁血がついとるやないか」
淡いピンクのガウンは煤け、髪の毛もボサボサだ。けれどつい先ほどまで意識不明の重体だったようには見えなかった。
「もしかして、無事だったの?」
茉緒さんが焼け死んだ火事。佐倉さんは不運にも巻き込まれただけだと思っていた。けれどその佐倉さんがなぜ修に刃を向けている?まさか、修の言ってたことが正解なのか?
「佐倉さん、どうしたんですか?修さん、大丈夫?どこか怪我でも……」
しきりに華ちゃんが呼びかける声も彼女には届かないのか、その視線は修の方を向いたままだ。一方刃を突き付けられた修は、静かに彼女と対峙していた。その瞳は何を思っているのか読み取れない。
「おい、修、お前、佐倉さんに刺されたのか?」
そう社が呼びかけるものの修の方も反応がない。まるで時が止まったかのようだ。なぜ佐倉さんが血の付いた包丁を握っている?何か僕は……僕たちは、勘違いしていたのだろうか?
いやいやいや、考えすぎだろう。社は思い直す。だって佐倉さんが鈴鐘家の人たちをわざわざ手にかける理由がないじゃないか。
そんなことより、とにかくこの状況を何とかしなければ。まずはあの包丁を何とかしなければなるまい。いったいどこから持ってきたのだろう。盗まれた包丁は2本。一本は馬虎さん、もう一本は湯布院さんの身体に深々と刺さっていたはずだ。あれはいったいどこから?
そう思いながらも佐倉さんの手に視線を向ける。そこにはこの暗がりでもぼんやりと、わずかながらに光を反射しているピンク色の石が見えた。春の光を受けてひらひら舞う花びらのような淡い光。
「あれは……」
途端、彼女の周りに花びらが舞っているかのような錯覚を受けた。花びら?いや違う、これは桜の花だ。大ぶりで、ぼてっとした八重桜。あの指輪と一緒に写っていた、佐倉さんの大好きな桜の木。そしてあの写真の男の人。
あの人は誰だ?なぜ結婚指輪をしていない?二人はめでたく結ばれたのではなかったか。なぜ、写真と婚約指輪だけが残っている?
「八重桜?」
社がつぶやいた時だった。
「……なぜ、その名を知っているの?」
一向に皆の声が届かなかった佐倉さんが反応した。
「へ?」
「私の名前。本来、そうなるべきだったのに」
そうなるべき?どういうことなんだ?佐倉さんは、何者だ。
「あと一人、あと一人よ……それで忌まわしい鈴鐘家の血が絶える。そうしたほうがいいのよ、こんな、おぞましいやつらは。前回も、今回も天は私の味方をした。あいつらを殺せと、この城から出ないようにと」
一度こちらを振り向いたものの、佐倉さんはそのまま視線を修の方へ戻すとそう呟いた。
「佐倉さん、何か……鈴鐘家について知ってるの?」
華ちゃんが聞き返す。鈴鐘家の秘密は、一族のものと湯布院さんぐらいしか知らないはずだ。
「血に穢れた一族よ、人を殺すことを何とも思わない、魔女の血族。八重はこいつらに殺されたのよ」
「殺された!?」
「八重……さん?」
その言葉に反応したのは四十八願さんだった。
「あの、料理人の八重さんの、婚約者は佐倉さまだったのですね?」
突然いなくなってしまった料理人。鈴鐘家のお屋敷に入ったばかりの四十八願さんに、いろいろな話をしてくれたという人。彼は結婚を控え、仕事を辞めてしまったとばかりに思っていた。その彼が言う、『彼女と俺は結ばれるべく生まれてきた』というセリフ。
……なるほど、ヤシゲ サクラとなるなら運命と言っても過言ではないかもしれない。苗字が佐倉ではなく、名が桜、だったのだ。そして結婚して姓が変われば、彼女の名はそっくりそのまま『八重桜』となるのだから。
「だから、執拗にピンク色にこだわっていたのね」
「それより、殺されたってどう言う事なんだよ!」
騒ぐ社の脳内にリフレインする。骨を埋めよ……。それが、八重さん?
「けど、佐倉の結婚相手を鈴鐘家が殺したっちゅうんは、なんやけったいな話やな。なあ、何があったんや?」
「人の肉を喰らう、それが鈴鐘家の儀式よ」
「人の肉……」
不意に、社の鼓膜に音が響いた。それは声なのか、物音なのか。はっきりしないままそれはグワングワンと音量を増していく。そしてそれはだんだんと言葉として認識されていく。
……べないで……食べないで……。ああ、これは前に聞いた声だ、まだ少し幼さの残る男の声。子供というには大きくて、大人というにはまだ世間知らずな甘さを持った声。その声がくっきりと聞こえてくる。恐怖に怯えた声だった。
『食べないで、嫌だ、なんで僕がこんな目に、なんで、こんな家に』
音に引き込まれ、社はどうやら目を瞑っていたらしい。ふと目を開けば、そこには裂けた口を開く花嫁の姿があった。獲物を狙う獣のように、こちらに向かってくるではないか。
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