丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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あの子が欲しい

あの子が欲しい-6

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翌日、月曜日。
夏休みもいよいよ最後の一週間となってしまった。結局遊びに出かけたのは昨日ぐらいのものだった。そう思えば、誘ってもらえてよかった気もする。

高一の夏休みは今だけ。

その貴重な時間を、神様が経営する探偵事務所で働いてるってのも、なかなか貴重だとは思うけど。

変わらず日差しはきついけれど、東京と比べれば湿度が低いような気もする。
乾いた風を受けながら、僕はさっそく昨日の約束を守るため、白石家へと向かった。
僕の勤務は13時から18時までで、午前中はちゃんと勉強するようにとミサキから仰せつかっている。

まあその実大半は寝過ごしてしまうんだけど。

今日は白石さん、いるのかな。
「こんにちは」
小声でそう呟いて門をくぐる。声を掛けて、と言われたものの、きっと彼女はどこかに出かけてるに決まってる。そう思ってそのまま裏手に回った。
「あた神様やろ、どぎゃんかしてくれや!」

途端、ずいぶん焦った様子の野太い声があたりに響いた。
「探偵事務所までやっとるくらいなんや、それくらい簡単やろ!」
「確かにそうだが、俺は犯人捜しの神であって、ただのヒト探しは……」

縋る声に対し、困った様子で答える声があった。
丸藤さんだ。詰め寄る人は、あれは誰だろう。背が高くて、がっしりとした体つき。
どこか熊を思わせるような男の人が、腰に紺色の前掛けを巻いている。

白石家の敷地内だ、あれがあまりいない白石さんのお父さん、なのだろうか。

声を掛けるべきか迷っていたら、先に探偵が気づいたらしい。彼は器用に片眉を上げると、
「ナオ、ルリがいなくなったらしい」
と端的に言った。
「え?」
白石さんがいなくなった?

どういう、と言いかける間もなく、今度は熊みたいな人がすごい勢いで僕の方にやって来た。

「君、瑠璃ん友達かい?何か聞いとらんか?」
「いえ、何も……」
やっぱりこの男の人は、白石さんのお父さんだったみたいだ。顔つきが良く似てる。
思ってるより目が大きくて、表情が豊かなところとか。
その人が、今にも泣きだしそうな勢いでまくしたてる。

「昨日ん晩からおらんのや、友達ん家に泊まるときなんかはいつも、伝言ば残しといてくるるったいが」
彼は軽く震える手で、握りしめた拳の中から小さな紙きれを取り出した。
「昨晩帰ってきたら、こぎゃんもんがあって。電話も通じんのや」

夏休み
終わらないで
楽しい思い出
すべて忘れたくない
けど、二学期が憂鬱
定期テスト、自信ないし
明日から塾とかマジ嫌だし
残された日は短い
後悔したくないから
とりあえず家を出る
私のこと探さないで

「これは、ポエム?」
紙面をまじまじと見て、僕の口から出た感想はそれくらいだった。
詩とか書くんだ、白石さん。そう意外に思っていたら、
「そぎゃんと書くような子やなかて思うとったんやけど」
あん子は読書感想文だってろくに書き上げたことがなかばい、となぜか得意げに白石父が言った。

「確かに最後ん一週間は、夏期講習に行くごつ言い聞かせといたんやけど」
 夏期講習。来年からは行ってもらうから、と僕も母さんに言われた。幸いなのは今年は免除された点だ。
たぶんこちらに来て、生活の立て直しをしなければならない、つまり予算がないからなだけなんだけど。

「やけんって、おらんごつなるやなんて思わんやなかか!」
再びメモ紙を握りしめて、白石父が叫んだ。
「なあ、ほんなこつ何か知らんのか?」
がっつりと両腕を掴まれて、僕は慌ててしまった。もちろん娘がいなくなって焦ってのことなんだろうけれど、このくらいの年代の男の人はどうも苦手だ。呼吸が乱れる。

「その、あの」
「俺も昨日会ったが、特に変わりはなかったな」
僕を掴む父親の腕に、やんわりと探偵が手を触れる。それに気づいたのだろう、父親は力なくその腕を降ろした。

「白石さんーー瑠璃さんが行きそうなところ、心当たりとかないんですか?」
解放された安心感から、僕はようやく口を開いた。
白石さんは、少なくとも父親のことを嫌っているようには思えなかった。仲の良い父娘。僕が決して手に入れられないもの。 
ならば彼こそ何か知っているのではと聞いてみるも、
「わからんばい……年頃ん娘ば、なんやかや詮索するんなようなかやろ」
と返される。そういうところ。
たぶん白石さんがお父さんのことを嫌いじゃないのは、そういうところなんだろう。このお父さんも、彼女のことを信頼していた。それなのに。

彼女は家を出て行ってしまった。

「そうばい、彼氏がおるらしいんだばってん、どぎゃんやつかは教えてくれんのや。……まさか、そいつんところに行ったんか?」
泊りで?と、父親は顔を青ざめる。
「そぎゃん、瑠璃はまだ未成年だぞ!そぎゃんこつ」
「まだそうと決まったわけじゃない、とりあえず落ち着け」

相手の男許すまじ、と騒ぐ白石父をなだめながら、丸藤さんが僕に目線を寄越す。
「けれど可能性としてないわけではない。……相手、誰だかわかるか?」

小声でそう問われ、僕は昨日のことを思い出す。
あの、舌っ足らずでちゃらちゃらした感じの男子。隣のクラスらしくて、本名は僕も知らない。
けれど白石さんは、ケンちゃんと呼んでいた。弟思いで優しいのだと。

「ケンちゃん、って呼ばれてたことしか」
申し訳なく返しつつ、僕は一つの可能性をひらめいた。そうだ、LINE。
慌ててスマホを取り出して、画面を開く。ほら、やっぱり!
「でも、連絡は取れるかも」

友達かも?と聞いてもいないのに教えてくれるおせっかいな機能。友達の友達が、自分の友達とは限らないのに。
そう思っていた余計な情報が、こんなに有難いだなんて。

そこには、ケン、と表記された、猫のアイコン。
「たぶん、これがそうだと思う」
僕は慌てて文字を打つ。昨日会った益田直央です、突然すみません。白石さんがいなくなったようだけど、何か知らないですか、と。

ほどなくして、僕のスマホが鳴った。ピコン。
『ああ、昨日のな』
『ルリ、どっか行ったの?』
『知らんけど』
そして、マジで?と書かれた何かのキャラクターのスタンプ。
彼は本当に知らないのだろうか、それとも。

『本当に?実は、そっちに泊まってるとか』
『本当に知らんて』
『てか、親だっているのに、泊まりでやるとか無理だろ』
『そんなん出来たら苦労せんわ』

このやる、が何を示すのかを極力考えないようにして、僕はスマホを閉じた。ケンちゃんとやらが嘘をついているとも限らない、が、その可能性はひどく低いように僕には思えた。

「彼氏の家には行ってないみたい」
僕が返すと、白石父は嬉しいような、がっかりしたような表情を浮かべた。
ピコン。
再びスマホが鳴って、僕は画面を開いた。

『てかあいつ、マジでどっか行っちまったのか?』
『そうみたい。夏期講習が嫌だから、家を出るって』
『マジか。既読全然つかねぇし、電話かけても繋がらね』

どうやらケンちゃんは、白石さんのケータイに電話してみたらしい。

『塾行きたくねえ気持ちはわかるけど、電話繋がらないとかありえんし。あいつ、そんな奴じゃないと思う』
『それは、わたしもそう思う』
 どうやらあのケンちゃんは、ちゃんと彼女の心配をしてくれているようだった。そのことに僕はなんだか安心した。
「じゃあ、他にどけ行ったっていうったい!」
 ついに不安にこらえきれなくなったのだろう、白石父が大声でわめき始めた。
「一体一人でどけ行ったっていうったい、昨晩はどこで寝たんや?どうしよう、警察に連絡せんば!」
 騒ぐ父親をなだめながら、探偵が彼女の残した手掛かりに目を走らせる。夏休みが終わるのと、夏期講習が嫌だと主張するポエム。それをしばらく見つめて、急に彼はニヤリと笑った。
「いや、確かに彼女は手掛かりを残していた」
 探偵は、力強く言葉を放った。
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