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学び舎の祟り
学び舎の祟り-24
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「小俣は、屋上から落ちたんじゃない」
探偵はそう断言した。
「どうやって犯人らが小俣を学校に呼び出したのかはわからない。まあ、七瀬を懲らしめようとか、そんなことでおびき出したのかもしれないが」
小俣は、ひどく七瀬さんに対して怒っていた。
それはどちらかって言うと恐怖からくる防衛本能みたいで、それが攻撃性へ変わったのかもしれない。
やられる前に、やってしまえと。彼女は判断したのだろうか。
「でも、どこから落としたにしたって、普通抵抗されるんじゃ」
何人かで寄ってたかれば、力技で殺すことは出来るかもしれない。
けれど僕だったらそんなことされたら、大声で喚くに決まってる。その声に、用務員さんだって気づくんじゃ。
「そのために、やはり理科室の棚を倒す必要があったんだ」
あの、音楽室で使用された、ホルマリン。
濃度が高いと、意識を失う。
「そうして呼び出した小俣にホルマリンを嗅がせる。……これがクロロホルムなら、立派な推理小説の出来上がりだったが」
薄く笑って彼は続けた。
「意識のない人間を運ぶのは大変だ。何人がかりかだったとしても、あのフェンスの先から落とすのも骨が折れる」
ぼんやりと上を見上げ、探偵はこう言った。
「だから、彼らは小俣を違うところから落とした」
落としたのは屋上ではない。
ならば、他に落とすとしたら。
「もしかして、その下の階?」
「そうだ。四階の教室。あの窓から落とすだけ。その方がはるかに簡単だ」
あの、落下現場の上を気にしていた探偵の横顔を思い出す。
てっきり屋上ばかり見ているのかと思ったけれど、そうではなかった。
「人が高所から飛び降りて死ぬには、二十メートルほどの高さが必要、らしい」
様々な条件があるから一概にそうとは言えないが。そう前おいて彼は言う。
「この校舎は四階建てだ。一階四メートルだとしても16メートル」
「それじゃあ、死なない?」
「けれど相手は意識のない人間だ、頭から、コンクリートに向けて落とせば」
受け身を取ることも、腕で頭を守ることもできない。
よほど運が良くなければ死ぬだろう、と言った。
「でも、小俣が落ちてたのは」
僕は思い出す。ぬかるんだ地面。花や草が生えている、土の上。
「……恐らく、彼らの良心がそうさせたんだろう」
そう呟く彼の声は、少し柔らかかった。
「駐車場側にも窓はあった。そこから落とすことだって彼らは出来たのに、しなかった」
あるいは、いざ殺すとなって怖気づいたのかもしれない。
いくら小俣に憎しみを持っていて、死んでしまえと思っていたとしても。
本当に殺すのとは話が別だ。
「でも、屋上にあった靴は?」
けれど、まだ探偵の推理は不完全だ。屋上に残された小俣の靴。
あたかもそこで靴を脱ぎ、死を選んだかのように思えるもの。
あれがあったから、みんな小俣は屋上から落ちたんだって思っている。
「それに関しては」
探偵が、彼にしては少し心もとない声色で言った。
「四階の窓から、ロープとボールを使って屋上に靴を移動させたのだと思う」
「でも、いくら一つ下の階だって、四メートルはあるんだよね?」
しかも、その上にはさらに一メートルを超えるフェンスが立ちはだかっている。
とてもじゃないけれど、下の階から上げられる気がしない。
「さっき屋上に行った時、俺が落とした石が転がったのを覚えているか?」
そう言って、彼は胸元に手をやった。
まるで、ちゃんとそこにツバキの石があるのを確かめるように。
「うん、結構転がってくなとは思ったけど」
ガーネットは、加工された宝石と違って、キラキラ光ってはいるけれど少しいびつな形をしている。
それが転がっていくのは、今思えば不思議な気もする。
「あの屋上、傾斜があるんじゃないか?」
丸藤さんが、顎に手を添えて言った。
「恐らくだが、雨水が溜まらないよう、中央からふちに向かって軽い坂になっているんだろう」
そういえば雨の日、ぼんやり窓の外を眺めてたら、いきなりジャーって大量の雨水が流れてきてびっくりしたことがある。
あれは、屋上から水が流れてきてああなったんだろう。
「理科室のトリックで使った鉄球に、その時以上に長さを足して、上に向かって放り投げる」
そう言いながら、彼は上に向かって何かを投げる仕草をした。
「すると鉄球はフェンスを乗り越えて、屋上に落下する」
紐の長さは恐らく十メートル近くなるだろうか、と眉をよせて彼は続けた。
「落下した鉄球は、緩い傾斜を下って再び下の階へと落ちてくる」
ころころと、屋上を転がるボールを想像する。
そしてそれは、やがて重力に引っ張られて落ちてきて、フェンスをまたいで長いロープが垂れさがることになる。
「その紐の反対側に洗濯ばさみだとかを付けて、靴を挟む。そして、鉄球側の紐を一気に引っ張れば、靴が勢いよく上に持ち上がる」
そして、それはフェンスのふちだとかにひっかかり、洗濯ばさみから離れて屋上に落下する。
そう、探偵は言うのだけど。
「そんなにうまくいくかな」
だって、靴はきれいに揃えられていた。しかも、落下場所と離れたところに。
「離れていたのは、落下の勢いで遠くに飛んだんだろう。きれいに並んでいたのは、ただの偶然だ」
そう言い切りながら、けれど彼はどこか難しい顔をしている。
きっと、この人も違和感はあるのだろう。この世の多くは偶然で成り立ってはいるけれど。
「でも、まだ説明できないことがある」
探偵はそう断言した。
「どうやって犯人らが小俣を学校に呼び出したのかはわからない。まあ、七瀬を懲らしめようとか、そんなことでおびき出したのかもしれないが」
小俣は、ひどく七瀬さんに対して怒っていた。
それはどちらかって言うと恐怖からくる防衛本能みたいで、それが攻撃性へ変わったのかもしれない。
やられる前に、やってしまえと。彼女は判断したのだろうか。
「でも、どこから落としたにしたって、普通抵抗されるんじゃ」
何人かで寄ってたかれば、力技で殺すことは出来るかもしれない。
けれど僕だったらそんなことされたら、大声で喚くに決まってる。その声に、用務員さんだって気づくんじゃ。
「そのために、やはり理科室の棚を倒す必要があったんだ」
あの、音楽室で使用された、ホルマリン。
濃度が高いと、意識を失う。
「そうして呼び出した小俣にホルマリンを嗅がせる。……これがクロロホルムなら、立派な推理小説の出来上がりだったが」
薄く笑って彼は続けた。
「意識のない人間を運ぶのは大変だ。何人がかりかだったとしても、あのフェンスの先から落とすのも骨が折れる」
ぼんやりと上を見上げ、探偵はこう言った。
「だから、彼らは小俣を違うところから落とした」
落としたのは屋上ではない。
ならば、他に落とすとしたら。
「もしかして、その下の階?」
「そうだ。四階の教室。あの窓から落とすだけ。その方がはるかに簡単だ」
あの、落下現場の上を気にしていた探偵の横顔を思い出す。
てっきり屋上ばかり見ているのかと思ったけれど、そうではなかった。
「人が高所から飛び降りて死ぬには、二十メートルほどの高さが必要、らしい」
様々な条件があるから一概にそうとは言えないが。そう前おいて彼は言う。
「この校舎は四階建てだ。一階四メートルだとしても16メートル」
「それじゃあ、死なない?」
「けれど相手は意識のない人間だ、頭から、コンクリートに向けて落とせば」
受け身を取ることも、腕で頭を守ることもできない。
よほど運が良くなければ死ぬだろう、と言った。
「でも、小俣が落ちてたのは」
僕は思い出す。ぬかるんだ地面。花や草が生えている、土の上。
「……恐らく、彼らの良心がそうさせたんだろう」
そう呟く彼の声は、少し柔らかかった。
「駐車場側にも窓はあった。そこから落とすことだって彼らは出来たのに、しなかった」
あるいは、いざ殺すとなって怖気づいたのかもしれない。
いくら小俣に憎しみを持っていて、死んでしまえと思っていたとしても。
本当に殺すのとは話が別だ。
「でも、屋上にあった靴は?」
けれど、まだ探偵の推理は不完全だ。屋上に残された小俣の靴。
あたかもそこで靴を脱ぎ、死を選んだかのように思えるもの。
あれがあったから、みんな小俣は屋上から落ちたんだって思っている。
「それに関しては」
探偵が、彼にしては少し心もとない声色で言った。
「四階の窓から、ロープとボールを使って屋上に靴を移動させたのだと思う」
「でも、いくら一つ下の階だって、四メートルはあるんだよね?」
しかも、その上にはさらに一メートルを超えるフェンスが立ちはだかっている。
とてもじゃないけれど、下の階から上げられる気がしない。
「さっき屋上に行った時、俺が落とした石が転がったのを覚えているか?」
そう言って、彼は胸元に手をやった。
まるで、ちゃんとそこにツバキの石があるのを確かめるように。
「うん、結構転がってくなとは思ったけど」
ガーネットは、加工された宝石と違って、キラキラ光ってはいるけれど少しいびつな形をしている。
それが転がっていくのは、今思えば不思議な気もする。
「あの屋上、傾斜があるんじゃないか?」
丸藤さんが、顎に手を添えて言った。
「恐らくだが、雨水が溜まらないよう、中央からふちに向かって軽い坂になっているんだろう」
そういえば雨の日、ぼんやり窓の外を眺めてたら、いきなりジャーって大量の雨水が流れてきてびっくりしたことがある。
あれは、屋上から水が流れてきてああなったんだろう。
「理科室のトリックで使った鉄球に、その時以上に長さを足して、上に向かって放り投げる」
そう言いながら、彼は上に向かって何かを投げる仕草をした。
「すると鉄球はフェンスを乗り越えて、屋上に落下する」
紐の長さは恐らく十メートル近くなるだろうか、と眉をよせて彼は続けた。
「落下した鉄球は、緩い傾斜を下って再び下の階へと落ちてくる」
ころころと、屋上を転がるボールを想像する。
そしてそれは、やがて重力に引っ張られて落ちてきて、フェンスをまたいで長いロープが垂れさがることになる。
「その紐の反対側に洗濯ばさみだとかを付けて、靴を挟む。そして、鉄球側の紐を一気に引っ張れば、靴が勢いよく上に持ち上がる」
そして、それはフェンスのふちだとかにひっかかり、洗濯ばさみから離れて屋上に落下する。
そう、探偵は言うのだけど。
「そんなにうまくいくかな」
だって、靴はきれいに揃えられていた。しかも、落下場所と離れたところに。
「離れていたのは、落下の勢いで遠くに飛んだんだろう。きれいに並んでいたのは、ただの偶然だ」
そう言い切りながら、けれど彼はどこか難しい顔をしている。
きっと、この人も違和感はあるのだろう。この世の多くは偶然で成り立ってはいるけれど。
「でも、まだ説明できないことがある」
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