丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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学び舎の祟り

学び舎の祟りー25

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一通り話し終え、疲れたように目を瞑る探偵に僕は声を掛けた。
あと一つ、解決しなければならないことがある。
 
「佐倉君たちが、僕たちをこんなところに閉じ込めたの?何のために?」
「それは」
そこで、饒舌だった探偵の口が動きを止めた。

「ここの扉だって、誰かの仕業だとしたら、どうやって扉を開けられないようにしたの?」
「それは、恐らく扉が開かないように、何か障害物を置いて」
「障害物ったって、扉が閉まってすぐに開けようとしたのに開かなかった。そんなにすぐ、バリケードになるようなものを用意できる?」
「あらかじめ近くの教室にでも用意してたんじゃないのか?」
「そりゃあ、わたし一人の力ならわからないけど、石みたいっていうか石そのものの丸藤さんが体重をかけても開かないなんて、一体どんなものを置いたって言うの」
「……鉛の塊とか、彫像とか」
「そんな重いもの、あの短時間で音もたてずに動かせるわけないじゃない」
僕の声に、探偵が押し黙る。

「人間にこんな芸当出来るわけないよ、あれだって」
前に感じた違和感。
丸藤さんは、音楽室の騒ぎは牧野さんと佐倉君の仕業だって軽く片付けてしまったけれど。

「気のせいなんだろうって、僕だって思う。でも、あの時変な感じを受けたのは本当だし、さっきだって」
まるで風のように急に現れて、僕の背中を押した何か。
人間の仕業とも、思えなかった。

「仮に、僕たちをここに閉じ込めたのが佐倉君たちの誰かだとしても、なんで閉じ込めたりなんてしたの?口封じをしたいなら、それこそ殺しでもしなければ」
そこまで言って、僕はぞっとした。
いや、もし僕一人で閉じ込められていたら?
きっと一人でパニックに陥って、それで。

「本当は、殺すつもりだった?」
「……彼らの仕業なら、そこまではしないだろうさ」
ふう、と息を吐いて、探偵が棚に体重をかける。
彼の重さに棚が悲鳴を上げた。
「事件のことを嗅ぎまわるナオたちのことはさぞ気にはなっただろう。けれど、そこまで物騒なことは考えないはずだ。なにせ、小俣をコンクリートに落とすことをためらったような人間だ。……犯人が、人間なら」

そう口を開いた時だった。
ドン、と大きな音を立てて、棚からコピー用紙の箱が落ちてきた。
それは僕の鼻先をかすめ、探偵の脇へと落下する。落ちた衝撃でふたが空いたのか、中の書類が宙に舞う。

「うわあっ」
驚いて僕は立ち上がる。すると再びドン、と響く音。今度は、重量のある木箱が丸藤さんを直撃した。
「丸藤さん!」
黒い影に当たった衝撃で、木箱がばらける。いつ使ったのかもわからないような、ガラクタみたいなものがあふれ出る。
あれが人間の頭に当たったら大事だ。きっと血が出たり、脳震盪を起こしたり、最悪の場合死んでしまう可能性だってある。
のだけれど。

「こんなくだらないものを、なんで後生大事に取ってあるんだ?」
そうぼやきながら、彼は床に彼は散乱したカエルのおもちゃや独楽なんかをつまみ上げた。
「大丈夫、なの?」
「まあ、石だからな」
しかめっ面をして、探偵が身体についた埃を払う。
「人間の皮膚みたいに柔い造りはしてないんだ」
「それなら、いいけど」
いや、良くはない。僕は思い直す。
今はたまたま当たらなかったけれど、あんなものが自分に当たったら。

というか、なんで急に?
初めのは、丸藤さんが棚に寄り掛かったせいだって思ったけれど。
木箱の方は、その棚とは違うところから落ちてきた気がする。

「ねえ、これってもしかして」
ポルターガイストってやつ?そう聞くわたしの声は細くなる。その言葉にまるで答えるかのように、ガタン、と向かいの棚から物が落ちた。
理科室の棚から物が飛び出たような、そんなトリックは通用しない。
ここにいるのは僕たちだけだ。

「やっぱり、人間の仕業じゃないんじゃ」
そうわめく僕の手を引いて、丸藤さんは僕をしゃがませる。
「とりあえず、静かにしろ」
そうとだけ言うと、彼は膝立ちで、わたしに覆いかぶさるように壁に手を突いた。
「俺に当たる分には問題ないからな。どんなトリックを使ってるのか知らないが、騒ぎが収まるまでこうしてるぞ」

そうわたしを守る探偵の顔は、影になって見えない。時おりドゴン、とかガタン、とか大きな音がして、時折丸藤さんが呻く。
いくら本体が石だからって、やっぱり痛いんじゃ。
心配になって、丸藤さんの頬に手を伸ばした時だった。

「ランちゃん、ナオー、もうどこにいるのよ」
あの妙に甘ったるい声。
「ミサキだ!」
僕の上げた声に気づいたのだろう、足音が確実にこっちに向かってくる。
ヒステリーを起こしたみたいにやみくもに物を投げていた何かの手が止まり、そして、
「ちょっと、なにこんなとこで」
ぎいいい、とあっけなく扉が開いた。

「仕事さぼって……ほんとに、何してたの?」
扉の先で、ミサキが呆然と立ち尽くす。
それもそうだろう、だって部屋の中はまるで台風が大運動会を開いたくらいに散らかっていて。

「いや違うんだこれは」
探偵が慌てて立ち上がり、早口でまくし立てる。
「何かに閉じ込められたんだ。どういう方法かわからないが、勝手に物が落ちてきて」
「あら、扉の前になんて何もなかったけど」
なぜかミサキがニヤニヤ笑ってる。
「ランちゃんも隅に置けないわねえ」
そう言って、細い目を猫みたいにさらに細めた。
そのミサキの後ろで、ツバキが口元に手を当てて呟いた。

「ちょっと、お邪魔だったかしら?」
邪魔どころか。
「助けてくれてありがとう」
わたしはミサキに飛びついた。
「あら、やっぱり怖かったのね」
よしよしと、ミサキが僕の頭を撫でる。
「急に、ポルターガイストみたいなのに襲われて」
「ああ、それでこんなに」
今頃気づいたと言うように、ツバキが目を丸くして室内を見回した。

「なんだ、急にランちゃんに襲われて怖い思いしたかと思ったじゃない」
「そんなことするか!」
探偵が珍しく大声で怒鳴った。
「ちょっと、静かにしなさいよ」
ツバキにたしなめられ、バツが悪そうに彼はそっぽを向くと、
「そうだな、見回りがそろそろ来るはずだ」
といつもの調子を装った。

その言葉に僕はスマホを覗き見る。二時五十分。
いつもの三角が戻ってきて、4Gとアンテナはしっかり立っている。
「……なんで?」
「とにかく、今日はここで引き上げる」
「でも、結局犯人は?」
探偵の推理だと、人間。
佐倉君ら、以前小俣にいじめられていた人間の報復。

けれど、今さっき起こったことは?
いったいどんなトリックを使えば、人間がこんなことを出来るんだ。

「確かな証言を待つしかない」
推理の証拠がない。すべてにつじつまが合う説明が付けられない。
そう、探偵は匙を投げるかのように肩をすくめた。
「だから、石は返す」

そう言って、彼は胸元から赤く光る石を取り出した。
心臓みたいなガーネット。それをツバキの方に放り投げる。
それは空から降る彗星みたいに光の尾を引いて、すうっとツバキの中に消えて行ってしまった。

「まあ、仕方ないわね」
ミサキもそううなずいて、僕らはぞろぞろと校舎から外へと歩き出す。その僕の隣で。
ツバキが何か呟いた気がした。

「ん?」
僕が顔を向けると、彼女は優しくほほ笑んだ。
「なんでもないよ」
そう手を振る彼女の横顔は、月の光を受けて、なんだか冷たく光っている。
「ただ働きさせて、悪かったね」
彼女の言葉に、探偵がため息をついた。 

「小俣だ。……彼らの良心が本物なら、きっと彼女は意識を取り戻す」
それ以外に、この事件を解決する手段がない。
そう言い残して、黒い影は闇に消えて行ってしまった。
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