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1964.9.5 八丁堀 2
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メグに言われたとおりに警備員に伝えれば、軽く敬礼をしてすぐに通してくれた。渡されたメモを頼りに進み、途中道を間違えたものの、それらしい場所にたどり着くことが出来た。
工場よりははるかに小さい建物の入り口には、『遠野電機八丁堀研究所』と厳めしく漢字が連なっている。おずおずとノックをするものの返事はなく、真理亜はもう一度強めに扉を叩いた。すると「開いてるから勝手に入れ」と、真理亜が思い描いていた、ひょろっとしたか細いような研究員とはまるで真逆の、野太くてたくましい声で返された。
「すみません、その……」
扉を少し開けて、顔だけを差し入れる。するとモワッとした空気の中に、タンクトップ一枚の、筋肉隆々のおじさんがいたものだから真理亜は驚いてしまった。
「すみません、間違えたみたいです!」
慌てて扉を閉めようとしたら、そのおじさんに扉を掴まれてしまった。見た目に違わず力持ちのようで、真理亜が引いてもウンともスンとも言わない。
「おや、その顔には見覚えがあるな」
慌てる真理亜の顔をじろじろと眺めまわして、そのおじさんが言った。
「その狐顔に青い目。あんた、順次郎の娘さんか?」
「え?」
なぜこのおじさんが私のことを知っているのだろう。真理亜は混乱した。もしかして、ここが目的地で間違いないのなら、菅野さんがそう吹聴したのかしら。社長が勧めてきた娘がガイジンみたいな目の色なのに狐顔で、ぜんぜんかわいくない女の子だったって――。
なんだか自分のしていることが馬鹿らしくなってきて、真理亜は泣きそうになってしまった。やっぱり菅野さんは、私のことが嫌いになって、それでお父様にあんな無理なことを言ったんだわ。年が離れてるとか、お金を寄越さないと私とは付き合えないだなんて、そんな理由を挙げてまで、私と関わらないようにしたに違いない。だって、私のことが嫌いなんですもの!
だというのに私、職場にまで押しかけて。これ以上嫌われるようなことをしてしまって。なんでこんな浮かれたことをしてしまったのかしら。
早くこの場を去ったほうがいい、真理亜はとにかく逃げ出したかった。この部屋の奥に菅野がいるのだとしたら、もうどんな顔で会えばいいのかわからなかった。
けれどそんな真理亜に無頓着な様子のおじさんは、こともあろうに「おい、菅野!」と大声を出すではないか。
「いいから早く来い菅野、未来の奥方がお前に弁当を持ってきてくれたようだぞ」とまで。
「ええっ?」
いったいどういう事なのだろう。真理亜はさらにわからなくなってしまった。なぜこのおじさんがそんなことを言うのかしら。奥方ですって、とんでもない!
大声で呼ばれて、奥の方から太った男の人と、ひょろりとした――ああ、あれは菅野さんだわ、せっかく髪形を整えたのに手入れをしていないのかしら、もうボサボサに戻ってしまっている――いや、そんなことはどうでもいい、なんと彼に言えばいいのかしら。
「何寝ぼけたこと言ってるんですか主任、彼女がこんなところに来るはずが――」
そう言いかけた菅野が、真理亜の顔を認識したらしい。あからさまに驚いたような顔をして、一瞬笑みを浮かべたかのように見えた。けれどそれは気のせいだったのだろう、すぐさま太い眉を八の時にして、困ったような表情となってしまった。
「真理亜さん、なぜここに?」
「その、すみません。どうしても……菅野さんにお会いしたくって」
そう顔を赤らめて言う姿を照れだと思ったのか、筋肉隆々のおじさんと、太った男の人がヒューヒューとはやし立てる。いたたまれなくなったのは菅野も同じか、「とりあえず、外に」と彼は真理亜の手を引いて外に出た。
工場よりははるかに小さい建物の入り口には、『遠野電機八丁堀研究所』と厳めしく漢字が連なっている。おずおずとノックをするものの返事はなく、真理亜はもう一度強めに扉を叩いた。すると「開いてるから勝手に入れ」と、真理亜が思い描いていた、ひょろっとしたか細いような研究員とはまるで真逆の、野太くてたくましい声で返された。
「すみません、その……」
扉を少し開けて、顔だけを差し入れる。するとモワッとした空気の中に、タンクトップ一枚の、筋肉隆々のおじさんがいたものだから真理亜は驚いてしまった。
「すみません、間違えたみたいです!」
慌てて扉を閉めようとしたら、そのおじさんに扉を掴まれてしまった。見た目に違わず力持ちのようで、真理亜が引いてもウンともスンとも言わない。
「おや、その顔には見覚えがあるな」
慌てる真理亜の顔をじろじろと眺めまわして、そのおじさんが言った。
「その狐顔に青い目。あんた、順次郎の娘さんか?」
「え?」
なぜこのおじさんが私のことを知っているのだろう。真理亜は混乱した。もしかして、ここが目的地で間違いないのなら、菅野さんがそう吹聴したのかしら。社長が勧めてきた娘がガイジンみたいな目の色なのに狐顔で、ぜんぜんかわいくない女の子だったって――。
なんだか自分のしていることが馬鹿らしくなってきて、真理亜は泣きそうになってしまった。やっぱり菅野さんは、私のことが嫌いになって、それでお父様にあんな無理なことを言ったんだわ。年が離れてるとか、お金を寄越さないと私とは付き合えないだなんて、そんな理由を挙げてまで、私と関わらないようにしたに違いない。だって、私のことが嫌いなんですもの!
だというのに私、職場にまで押しかけて。これ以上嫌われるようなことをしてしまって。なんでこんな浮かれたことをしてしまったのかしら。
早くこの場を去ったほうがいい、真理亜はとにかく逃げ出したかった。この部屋の奥に菅野がいるのだとしたら、もうどんな顔で会えばいいのかわからなかった。
けれどそんな真理亜に無頓着な様子のおじさんは、こともあろうに「おい、菅野!」と大声を出すではないか。
「いいから早く来い菅野、未来の奥方がお前に弁当を持ってきてくれたようだぞ」とまで。
「ええっ?」
いったいどういう事なのだろう。真理亜はさらにわからなくなってしまった。なぜこのおじさんがそんなことを言うのかしら。奥方ですって、とんでもない!
大声で呼ばれて、奥の方から太った男の人と、ひょろりとした――ああ、あれは菅野さんだわ、せっかく髪形を整えたのに手入れをしていないのかしら、もうボサボサに戻ってしまっている――いや、そんなことはどうでもいい、なんと彼に言えばいいのかしら。
「何寝ぼけたこと言ってるんですか主任、彼女がこんなところに来るはずが――」
そう言いかけた菅野が、真理亜の顔を認識したらしい。あからさまに驚いたような顔をして、一瞬笑みを浮かべたかのように見えた。けれどそれは気のせいだったのだろう、すぐさま太い眉を八の時にして、困ったような表情となってしまった。
「真理亜さん、なぜここに?」
「その、すみません。どうしても……菅野さんにお会いしたくって」
そう顔を赤らめて言う姿を照れだと思ったのか、筋肉隆々のおじさんと、太った男の人がヒューヒューとはやし立てる。いたたまれなくなったのは菅野も同じか、「とりあえず、外に」と彼は真理亜の手を引いて外に出た。
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