1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.5 八丁堀 7

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「また菅野さんとご一緒出来るだなんて、夢のようだわ」
「それはこちらのセリフですよ、あんなことを言って、嫌われてしまったと思っていたから」
 真理亜は青い瞳を輝かせて言った。「そんなこと。菅野さんは、悪いことなどするような人ではありませんわ」
 その言葉に、菅野が苦笑する。
「それじゃあ、明日……じゃあ急すぎますね、来週の日曜はどうですか?」
 本当は明日だって良いくらいの勢いだったけれど、デートに行くならそれなりの準備をしていきたかった。菅野の提案に是も非もなくうなずくと、
「わかりました。うんと、おめかししていきますね」
 と照れながらに真理亜は答えた。
「じゃあ僕も、この間してもらったみたいに、精いっぱい身ぎれいにして行きますから」
 そう笑いあって、真理亜は菅野と別れた。彼は仕事中だったし、真理亜だってそろそろ大学に戻らなければマズい。それに、次の約束まで取り付けたのだ。これは大きな一歩だった。早くも来週が待ち遠しかった。
 フワフワと浮立つ気持ちで工場に戻る菅野の背を見送っていると、「お嬢様」と後ろから声を掛けられて真理亜は飛び上がった。
「メグさん!」
 いったいどこに隠れていたのだろう、メグはどうやら一部始終を見ていたらしい。
「良かったですね、菅野さんの本心が聞けて」
 すっかり彼女の存在を忘れていた真理亜は、急になんだか恥ずかしくなってきてしまった。それは向こうも同じだったようで、
「なんだか出歯亀をしてしまったようで、すみません」
 とメグはすまなさそうに詫びた。
「それに、私も見てしまいました。菅野さんの『力』を」
「ねえ、本当だったでしょう?」
「ええ、まるで手品を見ているようでした。けれど、理科の原理で説明がつく魔法というのも、なんだか不思議ですけど」
「ええ、まるで神様から授かった、奇跡の力だわ」
 真理亜はうっとりして言った。本人は歩く加速器だなんて言っていたけれど、もっとかっこよくて、素晴らしい力なんだから。
「でも、こうも何度も危険な目に遭うものでしょうか」
一人浮かれる真理亜をよそに、メグが考え顔で言った。
「ガラスに爆発に炎って。まだ交通事故の方が遭う確率は多いと思いません?」
「それは……そうかもしれないわ」
 本当にただの偶然なのか。それは真理亜も気になっていたことではあった。さらにメグは、さらりとこう言ったのだ。
「もしかしたらなんですけど。真理亜お嬢様、あなたが狙われていたのかもしれません」と。
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