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1964.10.8 遠野邸 3
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「しかしそれなら辻褄が合う。彼には真理亜を守って犯人を捕まえてくれれば金をやると言った。けれど、彼自身が犯人だったら捕まえることは出来ない。ニューオータニのガラスが割れた時も、倒れた木からお前を守ったのも自作自演かもしれん。ならば自分があたかも狙われたかのように演出して、自分が誘拐されたことにしたんだ。きっと、真理亜ならなんとしてでも自分を助け出そうとするだろう、金を出してくれるだろうと踏んで」
「そんなこと……そんなこと、菅野さんがするわけないわ」
けれどその実、真理亜は内心ひどく動揺していた。なぜだかは結局教えてくれなかったけれど、彼はお金を必要としていた。そうよ、私の護衛をしてくれたのだって、お父様が犯人にやるくらいなら君にやるとお金をちらつかせたから?
そんな疑惑が真理亜の胸に浮かんでくる。じゃあ、お父様の言うように……燃え盛る桜の木から私を守ってくれたのも、モノレールから落ちた時も、いいえそれだけじゃないわ。ニューオータニのガラスが割れたときだって、東京駅で電車から火が上がった時だって、全部わざとだったって言うの?
「私だってそうだとは思いたくないがね、けれど可能性は捨てきれない。なにせ八丁堀の研究所には、爆弾を作れるような材料がゴロゴロしてるんだ。事実、材料の在庫が合わないらしいと先の電話で赤崎も言っていた。彼だったら、爆弾を作るくらい……」
「そんなの嘘よ、私は信じないわ!」
真理亜は叫ぶと、彼を犯人だと決めつけにかかっている父親を睨んだ。
「彼は私の命の恩人よ。その人をそんな風に言うなんて、いくらお父様でも許せないわ!」
「だが真理亜、可能性は皆無じゃない。少しでも可能性があるなら、警察に相談に」
「ダメだわ、そんなこと!」
そんなことをされたら、彼の力のことが公になってしまう。それだけは避けなければ。
「菅野さんを疑うなんてあんまりだわ。お父様の人でなし!」
そう言い放ち、真理亜は食堂の扉を力任せに押し開いた。
「こら、真理亜、どこへ行くんだ!お前は屋敷に残っていなさい!」
「わかってるわよ、部屋に戻るだけだわ!」
本当はこのままこんな家など飛び出て、行方の分からない菅野を探したかった。けれど、やみくもに動くだけではどうしようもないことくらい真理亜は理解していた。怒りにまかせて階段を駆け上り三階の自室へと戻る。そして、父親が入って来られないようにしっかりと鍵を掛けた。
「いくらなんでもあんまりだわ。そんなこと菅野さんがするはずないじゃないの……」
落ち込んだ気持ちのままベッドに腰掛ける。気づけば草加次郎から送られた、C―85の席のチケットを握りしめたままだった。
「本当に、菅野さんがこんなことするかしら。このチケットだって、どうやって手に入れたのよ」
二つの円が並ぶシンプルなデザインの紙切れを眺めながら真理亜は呟いた。彼と会ってまだ二か月くらいしか経っていないけれど、開会式のチケットを買うような人に菅野は見えなかった。
というより、順次郎が言ったように、開会式のチケットなんて抽選でしか買えず、当たる人もわずかしかいないのだ。当たらなければ法外な値段で転売されるものを買うしかない。
モノレールに乗るのさえもったいないと言う人が、わざわざ開会式のチケットを用意するだなんて真理亜には考えられなかった。なにも、あんなところをお金の引き渡し場所にすることなどないのに。
それに、草加次郎は昨年の事件から考えるに、目立ちたがり屋な気がしてならない。今回だってわざわざ自分で言うなと言ったくせに、なぜだか警察署を爆破している。どうにも真理亜の中で、草加次郎と菅野はイコールにならなかった。それに、自分で自分の力をばらすだなんて言うかしら。
「やっぱり、犯人は別にいるのよ」
真理亜はチケットを握りしめた。そいつが、菅野さんを誘拐したんだわ。早く助けに行かないと。はやる気持ちが真理亜を突き動かす。勢いで飛び出しても仕方がないと頭では分かっているけれど、居ても立っても居られない。
まさかそこから飛び出ることも出来ないのに、真理亜は部屋と外とをつなぐ窓に顔を近づけた。時刻はまだ朝の八時。明るく晴れた外の世界には、家の前のゴミを掃いている主婦や、学校に遅刻しそうなのか、慌てて走っていく学生の姿が見えた。爆弾魔など関係のない、穏やかな日常の風景がそこにはあった。
「あら?」
けれどその景色の中で、一人ひどく不釣り合いな姿の男がいた。スーツに身を包み煙草をくわえる体格のいい男が、妙に大きなサングラスをして屋敷の周りをうろついているのだ。
「そんなこと……そんなこと、菅野さんがするわけないわ」
けれどその実、真理亜は内心ひどく動揺していた。なぜだかは結局教えてくれなかったけれど、彼はお金を必要としていた。そうよ、私の護衛をしてくれたのだって、お父様が犯人にやるくらいなら君にやるとお金をちらつかせたから?
そんな疑惑が真理亜の胸に浮かんでくる。じゃあ、お父様の言うように……燃え盛る桜の木から私を守ってくれたのも、モノレールから落ちた時も、いいえそれだけじゃないわ。ニューオータニのガラスが割れたときだって、東京駅で電車から火が上がった時だって、全部わざとだったって言うの?
「私だってそうだとは思いたくないがね、けれど可能性は捨てきれない。なにせ八丁堀の研究所には、爆弾を作れるような材料がゴロゴロしてるんだ。事実、材料の在庫が合わないらしいと先の電話で赤崎も言っていた。彼だったら、爆弾を作るくらい……」
「そんなの嘘よ、私は信じないわ!」
真理亜は叫ぶと、彼を犯人だと決めつけにかかっている父親を睨んだ。
「彼は私の命の恩人よ。その人をそんな風に言うなんて、いくらお父様でも許せないわ!」
「だが真理亜、可能性は皆無じゃない。少しでも可能性があるなら、警察に相談に」
「ダメだわ、そんなこと!」
そんなことをされたら、彼の力のことが公になってしまう。それだけは避けなければ。
「菅野さんを疑うなんてあんまりだわ。お父様の人でなし!」
そう言い放ち、真理亜は食堂の扉を力任せに押し開いた。
「こら、真理亜、どこへ行くんだ!お前は屋敷に残っていなさい!」
「わかってるわよ、部屋に戻るだけだわ!」
本当はこのままこんな家など飛び出て、行方の分からない菅野を探したかった。けれど、やみくもに動くだけではどうしようもないことくらい真理亜は理解していた。怒りにまかせて階段を駆け上り三階の自室へと戻る。そして、父親が入って来られないようにしっかりと鍵を掛けた。
「いくらなんでもあんまりだわ。そんなこと菅野さんがするはずないじゃないの……」
落ち込んだ気持ちのままベッドに腰掛ける。気づけば草加次郎から送られた、C―85の席のチケットを握りしめたままだった。
「本当に、菅野さんがこんなことするかしら。このチケットだって、どうやって手に入れたのよ」
二つの円が並ぶシンプルなデザインの紙切れを眺めながら真理亜は呟いた。彼と会ってまだ二か月くらいしか経っていないけれど、開会式のチケットを買うような人に菅野は見えなかった。
というより、順次郎が言ったように、開会式のチケットなんて抽選でしか買えず、当たる人もわずかしかいないのだ。当たらなければ法外な値段で転売されるものを買うしかない。
モノレールに乗るのさえもったいないと言う人が、わざわざ開会式のチケットを用意するだなんて真理亜には考えられなかった。なにも、あんなところをお金の引き渡し場所にすることなどないのに。
それに、草加次郎は昨年の事件から考えるに、目立ちたがり屋な気がしてならない。今回だってわざわざ自分で言うなと言ったくせに、なぜだか警察署を爆破している。どうにも真理亜の中で、草加次郎と菅野はイコールにならなかった。それに、自分で自分の力をばらすだなんて言うかしら。
「やっぱり、犯人は別にいるのよ」
真理亜はチケットを握りしめた。そいつが、菅野さんを誘拐したんだわ。早く助けに行かないと。はやる気持ちが真理亜を突き動かす。勢いで飛び出しても仕方がないと頭では分かっているけれど、居ても立っても居られない。
まさかそこから飛び出ることも出来ないのに、真理亜は部屋と外とをつなぐ窓に顔を近づけた。時刻はまだ朝の八時。明るく晴れた外の世界には、家の前のゴミを掃いている主婦や、学校に遅刻しそうなのか、慌てて走っていく学生の姿が見えた。爆弾魔など関係のない、穏やかな日常の風景がそこにはあった。
「あら?」
けれどその景色の中で、一人ひどく不釣り合いな姿の男がいた。スーツに身を包み煙草をくわえる体格のいい男が、妙に大きなサングラスをして屋敷の周りをうろついているのだ。
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