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1964.10.8 遠野邸 4
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「真理亜お嬢様?」
真理亜が熱心に不審者の様子をうかがっていると、部屋にノックの音が響いた。メグが心配して様子を見に来たのだ。
「メグさん?待ってて、今開けるから」
真理亜は興奮から、弾んだ声で扉に声を掛けた。それに驚いたのはメグだ。てっきりお嬢様が涙にくれていると思って部屋に来たら、そのお嬢様は扉を開くなり、なにやら目を輝かせて腕を引くではないか。
「ねえねえ、見て頂戴。屋敷の周りに怪しい男がいるの。きっと犯人は菅野さんじゃなくてアイツだわ」
「怪しい男ですって?」
メグが窓ガラスに顔がくっつくんじゃないかというくらいに近づけた。
「あの、スーツにサングラスの男ですか?」
「そうよ。あんな格好、いかにもじゃない!」
真理亜はそいつを犯人だと信じて疑わず、嬉しそうに言った。「きっと、脅迫状を読んで、私たちがどう出るかを伺っているんだわ」
「確かに、菅野さんとは似ても似つかない体型ですけれど……。じゃああの男が、菅野さんを誘拐して、真理亜お嬢様に開会式の時にお金を持ってくるように言った草加次郎なんですかね」
「そうに違いないわ!私、見てくるわ」
勢い部屋を飛び出しかけた真理亜の腕をつかんで、慌ててメグが口を開いた。
「だめですよお嬢様。玄関ホールに順次郎様がいらっしゃるんです。外に出るなんて言ったら大変なことになりますよ」
「でも、アイツが犯人なのよ!早く行かないと、英紀さんの手がかりを失ってしまうわ」
「わかりました、落ち着いてください。とりあえず私が、お屋敷の周りを掃除するふりをして様子を見てきます。お嬢様は、ここからあの男の様子をうかがっていてください。でもあんまりジロジロ見てると気づかれますから、気をつけて」
そう言って、メグは真理亜を置いて階段を駆け下りて行ってしまった。残された真理亜は面白くなかったが、玄関で父親に足止めをされたらたまったものでない。その点メグなら自由に外に出られるし、家の周りをウロウロしていても違和感ない。
ほどなくして、ご近所の若奥様と見まごうばかりの、エプロン姿のメグがホウキとチリトリを手に現れた。何食わぬ顔をして男の近くを通った時、男はメグの方をチラチラとみているように真理亜からは見えた。
そして、男がふと顔をあげた。サングラスがこちらを向く。しまった、と真理亜が思っているうちに、やはりむこうも真理亜の視線に気が付いたらしい。慌てて顔を降ろすと、男は逃げるように住宅街の奥の方へ走って行ってしまった。
出来るならこのまま窓から飛び降りてあの男のことを追いかけたかったけれど、自分には菅野のような力はない。彼の力があったなら、空気を変えたり地面を柔らかくしたりして、この家から飛び出せたんでしょうけれど。
「真理亜お嬢様ったら!窓から見ていたの、気付かれたでしょう」
そんな悔しい思いで去る男の姿を見送っていた真理亜に、戻ってきたメグが口を尖らせた。「せっかくこれから声を掛けて見ようと思ってた矢先にあれですもん。ちらっと見ただけじゃ、あの男が何者かなんてわかりませんよ。しいて言えばビートルズみたいな恰好をしていて、煙草臭かったくらいですけれど」
「煙草臭い?」
「ええ。私の彼も煙草を吸うんですけど、同じ匂いがしたから多分ピースを吸ってるんだわ」
「ピース?」
「ええ。紺色に、鳥の絵が描いた箱に入った煙草なんですけど」
「紺色……」
どこかで私、そんなデザインの物を見なかったかしら。メグの言葉に真理亜は記憶を呼び覚ます。体格のいい男の人、スーツ姿、煙草……。
真理亜が熱心に不審者の様子をうかがっていると、部屋にノックの音が響いた。メグが心配して様子を見に来たのだ。
「メグさん?待ってて、今開けるから」
真理亜は興奮から、弾んだ声で扉に声を掛けた。それに驚いたのはメグだ。てっきりお嬢様が涙にくれていると思って部屋に来たら、そのお嬢様は扉を開くなり、なにやら目を輝かせて腕を引くではないか。
「ねえねえ、見て頂戴。屋敷の周りに怪しい男がいるの。きっと犯人は菅野さんじゃなくてアイツだわ」
「怪しい男ですって?」
メグが窓ガラスに顔がくっつくんじゃないかというくらいに近づけた。
「あの、スーツにサングラスの男ですか?」
「そうよ。あんな格好、いかにもじゃない!」
真理亜はそいつを犯人だと信じて疑わず、嬉しそうに言った。「きっと、脅迫状を読んで、私たちがどう出るかを伺っているんだわ」
「確かに、菅野さんとは似ても似つかない体型ですけれど……。じゃああの男が、菅野さんを誘拐して、真理亜お嬢様に開会式の時にお金を持ってくるように言った草加次郎なんですかね」
「そうに違いないわ!私、見てくるわ」
勢い部屋を飛び出しかけた真理亜の腕をつかんで、慌ててメグが口を開いた。
「だめですよお嬢様。玄関ホールに順次郎様がいらっしゃるんです。外に出るなんて言ったら大変なことになりますよ」
「でも、アイツが犯人なのよ!早く行かないと、英紀さんの手がかりを失ってしまうわ」
「わかりました、落ち着いてください。とりあえず私が、お屋敷の周りを掃除するふりをして様子を見てきます。お嬢様は、ここからあの男の様子をうかがっていてください。でもあんまりジロジロ見てると気づかれますから、気をつけて」
そう言って、メグは真理亜を置いて階段を駆け下りて行ってしまった。残された真理亜は面白くなかったが、玄関で父親に足止めをされたらたまったものでない。その点メグなら自由に外に出られるし、家の周りをウロウロしていても違和感ない。
ほどなくして、ご近所の若奥様と見まごうばかりの、エプロン姿のメグがホウキとチリトリを手に現れた。何食わぬ顔をして男の近くを通った時、男はメグの方をチラチラとみているように真理亜からは見えた。
そして、男がふと顔をあげた。サングラスがこちらを向く。しまった、と真理亜が思っているうちに、やはりむこうも真理亜の視線に気が付いたらしい。慌てて顔を降ろすと、男は逃げるように住宅街の奥の方へ走って行ってしまった。
出来るならこのまま窓から飛び降りてあの男のことを追いかけたかったけれど、自分には菅野のような力はない。彼の力があったなら、空気を変えたり地面を柔らかくしたりして、この家から飛び出せたんでしょうけれど。
「真理亜お嬢様ったら!窓から見ていたの、気付かれたでしょう」
そんな悔しい思いで去る男の姿を見送っていた真理亜に、戻ってきたメグが口を尖らせた。「せっかくこれから声を掛けて見ようと思ってた矢先にあれですもん。ちらっと見ただけじゃ、あの男が何者かなんてわかりませんよ。しいて言えばビートルズみたいな恰好をしていて、煙草臭かったくらいですけれど」
「煙草臭い?」
「ええ。私の彼も煙草を吸うんですけど、同じ匂いがしたから多分ピースを吸ってるんだわ」
「ピース?」
「ええ。紺色に、鳥の絵が描いた箱に入った煙草なんですけど」
「紺色……」
どこかで私、そんなデザインの物を見なかったかしら。メグの言葉に真理亜は記憶を呼び覚ます。体格のいい男の人、スーツ姿、煙草……。
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